第236話 シルフェ様とお店巡り
シルフェ様とお付きのシフォニナさんは俺たちを従えて、フォルス大通り沿いの商業街をそぞろ歩いて行く。
普段は地面から浮くように足音も無く移動するのだが、今日はちゃんと地面を踏んで歩いている。
いちおう人族と見分けがつかないように、気を使ってるんですね。
このおふたりに俺とエステルちゃんが従い、その後ろにジェルさん、オネルさん、ライナさんのレイヴン女子組3人が更に従っている。
ブルーノさんとティモさんは姿を見せないように影護衛だね。
クロウちゃんはどこ? ああ、上空から警戒警備なんですか。カァ。
シルフェ様はエステルちゃんとほとんど同い年に見えるし、シフォニナさんはジェルさんたちと同じぐらいの年齢に見えるから、5人の年若い女性たちの中にぽつんと少年がひとりいる図だよな。それも皆、とびっきりの美人さんだ。
大袈裟にならないようにと思ったけど、これってやっぱり目立つよね。
内リング内の商業街は、いつも大賑わいというほど人通りが多い訳ではないが、それでも俺たちが行くと擦れ違う多くの人びとが振り返る。
「エステル、エステル、あなた、後ろにいないで、お姉ちゃんと歩きなさい。いつもザックさんと一緒なんだから、今日はいいでしょ。はい、手を繋いで」
「あ、はい、お姉ちゃん」
シルフェ様からやや下がって後ろにいたエステルちゃんが隣に行くと、ふたりで手を繋いで歩き出す。
今日は光らせないでくださいね。風や甘美な香りもダメですよ。
ふたりが手を繋いで先頭を歩くと、それは目立ちますよね。
可愛いと言うか、美人と言うか、この世の人とはどこか違う美しさを放つ双子姉妹に見えますからね。どちらも人族ではないですけど。
前方から来る人たちの目が見開かれ、立ち止まっている人がふたりを目で追い続ける。
でも、シルフェ様の後ろ姿がとても嬉しそうだ。
時々なにやらエステルちゃんに話しかけ、楽しそうに笑っている。
活発な姉と少しおとなしい妹。何も知らない人が見たら、そんな風に見えるのかな。
エステルちゃんは普段はおとなしい訳ではないけど、やはりまだ少し緊張してる。
服飾店や雑貨店、食材のお店など、何か気になるお店があると中に入り、ふたりで見て廻る。
商品の前で立ち止まってはシルフェ様が何か聞き、エステルちゃんが教えているようだ。
身につける装飾品など、ちょっとした物で気になる商品があると「買いますか?」とエステルちゃんが聞き、何点か購入したようだ。
見ているとそれらは決して高いものではなく、それこそ15歳の一般庶民の少女が買うようなものばかり。
風の精霊の頭は意外と庶民派なんだな。
俺たち付き従う者たちは、その様子を見守った。
シフォニナさんはずっとニコニコしていて、側近と言うよりお姉さんかお母さんのようだ。
「シフォニナさんて、ずっとシルフェ様のお側にいらっしゃるんですか?」
「ええ、他の者と交替もしますが、だいたいいつもお側におりますよ。そうですねえ、何年になりますか。何百年なのか何千年なのか」
途方もない年月ですよね。
見た目はシフォニナさんの方が歳上に見えるが、もうどちらの年齢が上とか下とか、そんな概念は無いのだろうな。年齢そのものが無意味か。
「ザックさん、そんなところにいないで、こちらに来なさい。ほら、これをエステルと買おうと思うのだけれど、どちらが良いかしらね。ザックさんはどう思う?」
来ました。定番のどっちがいいと思う、ですよ。
お揃いの髪飾りですね。どちらもいいですね。どちらも似合いますね。でもその答えは不正解ですよ。だいたいがもう決まっているのです。そこを男性に聞いて来るのが難しいところで、それをどちらもなどと言ってもダメなのです。
念話は聞こえてしまうので、俺はエステルちゃんの顔を見た。
彼女の目が片方の髪飾りを指している。そっちが、シルフェ様がより気に入ってる方ですな。
俺がそっちの商品を見て、またエステルちゃんを見ると、彼女の目がうんうんと言っている。
「そうですね。どちらもふたりに似合いそうだけど、こちらじゃないですかね。僕もこっちが好きだな」
「やっぱりそうよね。ザックさんは、エステルのことが良くわかっているわ。そうよね。こちらにしましょうか、エステル」
「はい、それにしましょう、お姉ちゃん」
よし、正解だ。ふー、役目は果たせた。エステルちゃん助かった、ありがとう。
「では、これは僕が買いましょう。いいよね、エステルちゃん」
「はい、お願いします」
「あら、ザックさんが買ってくださるの。嬉しいわ」
俺はこの夏にグリフィニアでエステルちゃんとお買い物をした際に、アン母さんからいただいたお金の残りをまだちゃんと持ってますよ。
この髪飾りをお揃いで買ってもそれほど高額ではないし、充分に足ります。
店員さんに言って同じ物をふたつ購入すると、「ここで付けて行きましょ」シルフェ様が言う。
それでシフォニナさんが、ふたりの髪に付けてあげた。
どちらも淡く光に輝くような青い髪。澄んだ青空の色のシルフェ様と、紺碧色のエステルちゃんのどちらの髪色にも、それは良く映えていた。
ますます上機嫌のシルフェ様が再びエステルちゃんと手を繋ぎ、王宮前広場の方に向かって歩き出す。
「エステルといると、いま髪に付けた髪飾りがどういう風に見えるか、鏡がなくても便利よね」
「あ、そうですね。わたしもどんな感じになってるか、直ぐわかりますぅ」
「そうね、ふふふ」「そうですね、ふふふふ」
お店を見て廻っているこの間でエステルちゃんの緊張も随分と解けて、本当に仲の良い姉妹らしくなって来た。
ふたりで楽しそうに笑いながら歩いている。
「ねえ、ザックさん」
「はい? なんでしょう」
「あなたとエステルが左手首にしているブレスレットって、それもお揃いでしょ」
「そうです。この前、グリフィニアで買いまして」
「あら、いいわね。羨ましいから、わたしもザックさんと何かお揃いを買おうかしら」
「えっ、あの」
「おひいさま、ザックさまを困らせてはダメですよ」
「ほほほ、冗談よ、シフォニナさん」
「でもそのブレスレットは魔道具よね。どれどれ」と、手を繋いでいたエステルちゃんの左手を見た。
ほんの少しその繋ぐ手に光が現れ、風が流れる。誰にも見られてませんよね。大丈夫ですか。
「それ、呼び寄せの腕輪ね」
「分かりますか? やっぱりそうなんですね。本物かどうか分からない、と言う条件で買ったんですよ」
「ええ、本物よ。古代魔道具ね。でも使えるのは、いち度きり」
「買った時、そう言われました。いざという時にキ素力を込めて相手を強く想えば、近くに呼び寄せられるって」
「そうね。そんな感じかしら。それ、いいものよ。大切にしなさい」
「そうですか。良かったね、エステルちゃん」
「はい」
「あー、わたしもそれ欲しくなっちゃったわ。同じ物がもうひとつあれば、わたしも着けて、何かの時にエステルがザックさんとわたしを同時に想えば、ふたりを呼び寄せられるのに」
「そんなこと出来るんですか、お姉ちゃん」
「ええ、わたしの魔法を少し込めておけば、出来る筈よ。もし、もうひとつあればだけどね。ね、ザックさん、もうひとつあればね」
そこで、もうひとつあれば、を繰返しますか。何か知られちゃってますかね。
でも、もうひとつあるとそんな事が出来るのか。作るかな。
そんな会話を交わしながら歩いているうちに、気が付いたら商業街が終わり、王宮前広場に来ていた。正面には王宮が見える。
夏休み前以来だな。あの時は、学院生会会長の公爵令嬢フェリさんと思いがけず会ったり、王宮騎士団のサディアス副騎士団長が現れたり。何か嫌な予感のする場所だよね。
後ろからするするとジェルさんが近寄って来て、「気をつけてください、ザカリー様」と耳打ちして下がって行った。
「あれが、人族の王宮とかよね。近くに行ってみましょう」
え、行くんですか?
今回はジェルさんたちがグリフィン騎士団の平時制服を着て帯剣していて、いかにも貴族関係者の護衛に見えるし、なにせ、シルフェ様だからなあ。大丈夫かなあ。
この前と同じ門衛の王宮警備兵がいたら、俺の顔もバレてるし。
「(いろいろと見つかるといけないので、門の近くには寄らないようにしましょう)」
「(あら、そう? だめかしら)」
「(僕が子爵家の息子とか、知られてるかもですので、ちょっと面倒ですし)」
「(そうしましょう、お姉ちゃん。先日来た時に、面倒くさいことがあったんですよぅ)」
「(人族の社会って、相変わらず難しいのね。わかったわ。少しだけね)」
そんな会話を、なぜか念話でコソコソ話し、正門から多少離れた場所で王宮を見ていると、ここに通じる左側の通りから広場に入って来た3人の人影が、俺たちの方を見て大きく手を振っている。
王宮方向にばかり注意を払っていて、そっち方面はあまり気にしてませんでした。
気が付いたのは、おそらくティモさんが鳴らしたピッという警戒の口笛合図と、同時にクロウちゃんの通信があったからだ。
あの3人は……。ああ、今会うと、ちょっと面倒くさい人たちですよね。
ダッシュで逃げていいですか。もうダメですか。
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