第21話 ヴァニー姉さんの魔法の稽古
この世界では満8歳の年に魔法を習い始める。
つまり生まれて9年目の年だ。
ヴァニー姉さんは昨年に満8歳になり、魔法の稽古を始めていた。
師匠は魔法の天才・元少女のアン母さん。
グリフィン子爵領騎士団でも騎士見習いの子たちが満8歳になると、魔法技能の高い騎士や従士が先生となって教えているが、ヴァニー姉さんはアン母さんの個人指導だ。
剣術は、他の者と共に精進することを良しとするヴィンス父さんの方針もあって、騎士見習いの子たちと騎士団で訓練をしている。
しかし本来、貴族の子弟はお抱えの教師について学ぶのが普通だし、アン母さんの考えもあって魔法は個人指導となっているようだ。
ただアン母さんは、騎士団でもときどき先生になって教えているけどね。
それで、剣術稽古の見学に続いて、ヴァニー姉さんへの魔法の実地指導も見学させて貰えることになった。
うちの魔法稽古場は、騎士団の訓練場とは違って、領主館敷地内の広い果樹園の奥にひっそりとある。
ここは、元から子爵家の魔法稽古用の空き地であった場所を、母さんが嫁いで来て拡充したものだそうだ。
稽古場の整備は、庭師のダレルさんが母さんと一緒に行ったのだという。ダレルさんは土魔法の使い手なんだよね。
普段はほぼ立ち入り禁止になっているが、今日は母さんとヴァニー姉さんと一緒に初めて足を踏み入れる。
ちなみにアビー姉ちゃんは、騎士見習いの年下組と剣術の自主練とかで、騎士団の訓練場に行ってしまった。
今日は家族だけなので、式神兼ペットのクロウちゃんも俺の頭の上に乗って、ついて来てるよ。キミは鳥だから、飛んで来れるんだよねぇ。
初めて入った魔法稽古場は、果樹園の中で主に栗の木が植えられている奥まったエリア。
果樹園内の道を入って行くと、枝と葉が広がるひと際大きな栗の木に隠されるように入口があり、稽古場全体も栗の木々で隠されているようだ。
門を潜って中に入ると、果樹園よりも地面が3メートル近く掘り下げられていて、階段で降りるようになっている。
そこは周囲が壁で囲まれた、およそ30メートル四方の空間だった。中に入ると壁の高さは4メートル以上はあるように見えるから、つまり外から壁が目立たないようにしているんだね。
稽古場内には、休憩用の椅子やテーブル、荷物置き場や倉庫なんかもある。いやいや、隠し訓練場としても本格的ですよ、ここは。
クロウちゃんは上空から見たことがあったのか、初めての様子ではなかったが、それでも中に入ると飛び立って内部を点検するように一周し、再び俺の頭の上に戻って来た。
「それじゃ、お稽古しましょうか。ヴァニー、準備して。ザックはそこの椅子に座って見ていなさい」
「はい」と、ヴァニー姉さんは慣れた様子で倉庫に入り、標的だろうか、デフォルメされて人の形に作られた物を2つ両手に抱えて持って出て来た。そしてそれを、正面方向の壁の方へと抱えて行く。
「あれは攻撃魔法の的ね。この稽古場の周囲は、中にレンガが積まれて土で固めた壁でできていて、多少の攻撃では崩れないようになっているのよ」
なるほど。
姉さんは、正面の壁の少し前に2つの的を、間を離して立てて戻って来た。
「それじゃ、お稽古始めるわよ。まずは準備運動ね。私も一緒にやるわね」
今日は母さんがいろいろ解説しながら、訓練を進めてくれるみたいだ。
魔法の稽古にも準備運動があるんだね。
母さんと姉さんが少し離れて向かい合い、姉さんは両手のひらを軽く前に向けるようにする。
「まずは、周囲の〈キ素〉を身体の中に循環させて練り込むの」
おっ、やはりサクヤ言うところの「キ素」の力、つまり〈キ素力〉というわけか。それを体内に集めて循環させるのだから、俺の使う呪法と同じだよな。
俺は感づかれないように、見鬼をほんの少し発動させる。
俺の見鬼の力は、前世では鬼や妖怪など普段は人には見えない存在やそのエネルギーを、そして神の存在すらも見られるようにするものだ。
最近は前世でのように、だいぶコントロールできるようになってきたから、少しだけなら感づかれないだろう。
いや母さんには分かっちゃうかな。まーいいか、そのときは誤摩化そう。
すると、前に出している姉さんの両手のひらを極のようにして、キ素力が姉さんの身体の中に流れて入って行くのが見える。
なかなかキレイな流れのように見えるね。
見つめてしまうとバレるかもなので、チラと母さんの方を盗み見ると、おー、凄いぞ。
母さんは姉さんのように手を前に出さずに、ただ自然体で立っているだけだけど、身体の周囲から体内へ色とりどりの奔流のように美しく力強いキ素力が流れ、溢れ出るようにまた外へと循環している。
「ふふ、ザックは分かるかしらね」
ヤバい、見てるのばれてる?
「まぁ、いいわ。ヴァニーは、そろそろ大丈夫ね」
どうやら準備運動は終わりのようだ。
「それじゃヴァニー、前回の火魔法の続きよ。まず火球を作りなさい」
姉さんは母さんと俺から離れた位置に移動し、先ほどと同じように両手のひらを前に出した状態で立つ。どうやら体内に循環させたキ力を集中させ、魔法を発動しようとしているみたいだ。
「火球よ、出よ!」
発動の言葉なのだろう、それをトリガーに出している両手の少し前方に、赤く球状に燃えて浮く火が出現する。
「そうそう、うまく出たわね。じゃ、それをもう少し凝縮するように……そうね、固めて火の力がもっと強くなるようにイメージして」
火球は少しばかり小さくなって、燃焼の輝きが増した。赤から黄味を帯びた色へと変わる。
姉さんの身体が少し揺れ始めたようだ。
「今回はこんな感じかしら。はい、いいわよ。的に向けて放ちなさい」
「火球よ、行けっ!」
ヴァニー姉さんの、先ほどとは違う短い言葉が発せられたと同時に火球は一直線に飛び、20メートルほど離れて立てられた的に当たって、パーンと弾けた。
俺の頭の上に止まっているクロウちゃんが、思わずといった感じで、カァとひと声鳴く。
「うん、うまく当たったわね」
「はい!」
的の人形が崩れたり破壊されたりはしていないが、表面は黒く焦げている。
一発で倒して殺す威力は無いにしても、火傷を負わせて動揺させることはできるだろうね。
9歳の子が放つ魔法としては、この威力はどの程度のレベルなんだろうね。
それから姉さんは、火球発現から飛ばして当てるまでのプロセスを数度繰り返した。
「習熟すると、火球を出して飛ばすまでを一瞬でできるようになるのよ」
それを見守っていた母さんが、俺に教えてくれる。
「ねえ母さん、母さんがやるとどんな感じなの?」
と言ってみる。
「そうねぇ、私は火魔法がそれほど得意じゃないのだけど。まぁ、いいわ」
母さんは、癒しの魔法の天才・元少女だもんね。
「ザックに見せてあげるわね」
とヴァニー姉さんが魔法を発動していた場所まで歩いて行くと、「ちょっと離れてなさい」と交替する。
こっそり見鬼の眼で見ていると、母さんを包むようにキ素の奔流が激しく渦巻く。
「えいっ」
片手を的に向けて出した元少女の可愛らしい声とともに、凄まじいスピードで青白い色の火球が飛び出し、的に命中してドッカーンと爆散した。
人形は跡形も無く破壊されて四散。離れて立つもうひとつの人形も、黒焦げになって吹っ飛んでいた。
俺の頭の上のクロウちゃんも声が無い。
「母さんヤバい、凄いわ……」
俺の横で姉さんがつぶやく。
アン母さんは俺たちの方に向き直ると、「ふふふ、やっちゃった」と微笑んだ。
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