第234話 突風、襲来する
夏休みも残す所あと4日という今日、その出来事は突如やって来た。
合同合宿も無事終わり、特に急いですることもない俺は、だらだらとラウンジでクロウちゃんと過ごしている。
もうお昼時だよね。カァ。お腹空いて来たよね。カァ。そろそろ呼びに来るかなぁ。カァ。
そこにエステルちゃんがやって来た。
「もう、ザックさまとクロウちゃんは。だらしない」
「へい、すんません」
「カァ」
「もう少しで夏休みも終わって秋学期が始まるんですから、しゃんとしてくださいよ」
「へい、すんません」
「カァ」
そんな俺たちふたりと1羽のところへ、玄関の方からエディットちゃんがパタパタと駈けて来た。
「た、大変ですー、エステルさまー、ってエステルさま?」
「どうしたんですか、そんなに慌てて」
「あれ? エステルさま、いつ門のお外から戻りました?」
「なんですか。わたしはさっきからここにいて、このふたりにお説教してましたよ」
「へい、すんません」
「カァ」
「それで、何が大変なのですか?」
「あ、そうだ。アルポさんとエルノさんと、それからティモさんまで、地面に這いつくばってるんですー。それで、門のお外にはエステルさまがいらして……。あれれ??」
これは、これは、もしかして、もしかしてじゃないの。
俺はエステルちゃんの顔を見た。彼女も俺と同じことに思い当たったようだ。そしてクロウちゃんも。
門へ急げー。
俺たちは脱兎のごとく玄関を出て、正面門へと走る。
あやー。たしかに地面に這いつくばって、というか土下座をしている男たちがいますよ。
そこに騎士団分隊の建物の方からも、異変を察したジェルさんたちレイヴンメンバーが走って来る。
そして見えて来ました、門の外。
エディットちゃんが言ってた門のお外にエステルちゃんがいる、じゃなくて、エステルちゃんに瓜二つのお方がおられるではないですかー。
そして、俺たちの姿を見て、にこやかに手を振っている。
アルポさんとエルノさんティモさん、いつまでも土下座をしてないで早く門を開けなさい。
「あー、やっぱりここよね。来ちゃった。お元気? ザックさん、エステル、クロウちゃん。驚いた?」
「来ちゃったじゃないですよ。吃驚するじゃないですか。この人たちはもう吃驚し過ぎて、這いつくばってるじゃないですか」
「だから、おひいさま。ちゃんとお手紙を出さないとダメですよ、って言いましたよね」
「あ、シフォニナさん、こんにちは」
「申し訳ありません、ザックさま、エステルさま。お元気そうでなによりです」
このお方の側近であるシフォニナさんが後ろから現れて、詫びながらも優雅に挨拶をした。
「あの、ザカリー様、このお方は? エステルさんにそっくりなのだが。それからティモさんたちは、どうしたのだ」
遅れて駆けつけたジェルさんが俺にそう聞いて来るけど、なんと答えていいのやら。
ティモさんたちファータの面々は土下座こそ止めたものの、片膝を突き頭を垂れて控えている。
「ここじゃなんだから屋敷の中へ。エステルちゃん、ご案内をして。それからアルポさんたちも来てください」
それで全員で屋敷へと向かったのだが、騒ぎのご当人は「あら、いいところねー」とか辺りを見回しながら歩いていて、暢気なものだ。
俺はその後ろを歩きながら、付き従うシフォニナさんに小声で話しかける。
「どうしたんですか、また急に」
「それが、突然に下見を兼ねて会いに行くと言い出しまして」
「下見?」
ああ、あそこの様子の下見か。
たしかにまだ見てないから、下見をしたいというのは分かるんですけど。
単に暇つぶしとかじゃないよね。
とにかくラウンジに到着して、ソファにお座りになっていただく。
レイヴンのメンバーもそれぞれ腰を落ち着けたが、ティモさんたちファータの3人は椅子に座ろうとせず、床に再び片膝を突いて畏まっている。
もう取りあえず放っておきましょ。
「で、いきなりどうされたんですか? シルフェ様」
「やはり、シルフェ様じゃ。これはどえらいことだ」
そんな小さな呟きが聞こえて来る。
「シルフェ様ってどなたなのかしらー? ジェルちゃんは知ってる?」
「しーっ」
「ザックさんて、もう夏休みが終わりなんでしょ。だから、夏休みが終わる前に、ザックさんとエステルに会おうかな、と思ってね。それにほら、下見よ。学院が始まっちゃうと子供たちが大勢いるんでしょ。それから、ザックさんの魔法の進捗具合も確かめたかったのよね」
「はあ、そうですか」
「それより、わたしをみなさんに紹介しないの?」
「え? いいんですか?」
「いいわよ」
「ちゃんと、正しく紹介しても?」
「いいわよ。だってみなさんは、ザックさんの配下なんでしょ」
うーん、ご本人がいいと言うならいいのかなぁ。ホントかなぁ。どうなっても知らないよ。
「ゴホン。それでは、みんなにご紹介します。この方は、真性の風の精霊で、風の精霊の頭であらせられる、シルフェ様です。それからもうおひと方は、ご側近のシフォニナさん……」
俺の言葉が終わらないうちに、どかどかと音を立てて椅子から転げ落ちるように床に座り、エステルちゃん以外の全員が平伏した。ティモさんたちは前から既に床だけどね。
「あらあら、それじゃお話がしにくいから、みなさん椅子に腰掛けて。エステル、みなさんが椅子にお座りになるように、ほら」
「みなさん、シルフェ様がそうおっしゃられてますから、椅子にお座りください。ティモさんもアルポさんもエルノさんもね」
「し、しかし、エステル嬢さん」
「シルフェ様のお言葉ですよ」
「は、はい」
少し時間が掛かったが、ようやく全員が椅子に座り直した。
ファータの面々も恐縮して小さくなっているけど、ちゃんと座ったね。
「あの、少しお聞きしてよろしいでしょうか?」
「なにかしら。あなたお名前は?」
「は、はい。グリフィン子爵家騎士ジェルメール・バリエであります。このたびはご尊顔を拝し奉り……」
「堅苦しいご挨拶はいらないのよ。すると、あなたがジェルさんね。こちらがライナさんで、そちらがオネルちゃん。それからブルーノさんね。うちの身内は、えーとアルポさんに、エルノさんとティモさん、かしら。シフォニナ、合ってる?」
「合っておりますよ、おひいさま」
「それでジェルさんのご質問ね。何かしら」
「あ、はい。先ほどから、凄く気になっているのですが、その、シルフェ様のお顔がエステルさんと、とても良く似ていらっしゃると言うか、そっくりと言うか」
「ああ、そのことね。それはそうですよ。だってエステルは、わたしの妹ですからね」
「ええーっ」
また全員が椅子から転げ落ちそうになった。
ちょうど紅茶を運んで来たアデーレさんとエディットちゃんが、その様子に吃驚して紅茶をひっくり返しそうになっていたが、大丈夫ですよ。お紅茶ありがとね。
「えーとだね。つまり、皆も知っていると思うけど、エステルちゃんはシルフェ様の直系の子孫で。それで先祖返りというか何というか、姿がそっくりな訳で。だから、シルフェ様から妹と呼んでいただいているのですよ」
俺はそう説明したのだが、納得したかな。皆は、シルフェ様とエステルちゃんの顔を交互に見比べ続けている。
まあそっちは放っておいて。
「ところでシルフェ様。もうお昼時なんですけど、お昼ご飯て食べられますよね?」
「ええ、ええ、ご馳走になるわ。わたしの妖精の森から飛んで来たから、もうお腹がぺこぺこなのよ」
「エステルちゃん、お食事の用意を」
「は、はいっ」
やっぱり、風になって飛んで来たのだろうか。
それにしても、真性の風の精霊でもお腹がぺこぺこになるんだね。食事が必要ないのに、お腹を空かせるクロウちゃんと同じなのかな。
て、キミはエステルちゃんが厨房に行った隙に、どうしてシルフェ様のお膝の上に移動して落ち着いているのかな。
あまり甘やかさないでくださいね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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