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第232話 部員たちだけの狩り

 俺たちが待つ開けた空間に向かって、ファングボアが森の中を走り込んで来る。

 勢子せこ役のエステルちゃんとティモさんが上手く追い立てて来たようで、既に興奮していてかなりの速度だ。

 人間に警戒して逃走するのを防ぐために、ジェルさんとオネルさんがコントロールする役として待機していたが、その必要はなさそうだな。


 俺は挑発と敵意のイメージを込めて、ごく弱い闘気を前方から走って来るファングボアに向け放った。

 こちらに意識が向いたな。よし、こっちだ、来い。



 ドドドドッと大きな音を立てて飛び込んで来たそいつは、俺とライナさんが立つ場所に向かって突進する。

 あと数秒、スピードに乗り、その凶悪な牙で俺たちを跳ね飛ばそうと頭を低く走るファングボアの眼前に、いきなり分厚い土壁が立ち上がった。

 ナイスタイミング、ライナさん。


 俺はその刹那、3メートルほどの高さになった土壁の上に跳躍して立つ。

 ライナさんは素早く壁の背後から横方向へと走った。


 ファングボアは、いきなり現れた土壁に驚き突進のブレーキをかけるが、もう間に合わない。

 ドーンと勢い良く打ち当たり、そしてつんのめる。今だぞ。



 右手からアイススパイクが2本飛んで来て、ファングボアの大きな胴体に見事突き刺さる。

 やや遅れて、左手から鋭いウィンドカッターが同じく胴体を切りつけた。

 ヴィオちゃんは得意の氷魔法、ライくんはコントロールの難しい雷魔法ではなく、ウィンドカッターを選んだようだ。

 どちらも数より威力を込めたようだが、それだけではまだまだ致命傷には至らない。


 手負いのファングボアは、転倒から突進の姿勢へと構え直そうとする。

 そこに左手からブルクくん、右手からルアちゃんが、うぉーっと声を上げて走り込んだ。

 ルアちゃんは速い。一撃二撃と斬り込み、暴れ出そうとするファングボアから素早く離れる。

 そこにブルクくんが斬撃を繰り出す。


 まだだ。ファングボアは痛みを振り払うように全身を大きく揺らし、まだ近くで剣を構えるブルクくんに狙いを定め、牙を向ける。

 危ないぞ。ルアちゃんは間合いから離れている。


 再びアイススパイクが1本飛んで来るが、ファングボアの激しい身体の動きに狙いが定まっておらず僅かに外した。

 続けてウィンドカッターも来るが、射線上近くのブルクくんに当たらないようと躊躇いがあり、大きく外れる。

 ルアちゃんが背後から走って来るが、タイミングが遅れる。


 これは、と俺が手を出そうかと思った瞬間に、大きな水の固まりがファングボアにドシャーンと当たった。

 大型にした水弾だ。カロちゃんかな。威力を溜め、撃つ頃合いを計っていたな。

 これでファングボアは横倒しになる。


 そこに駆け込んで来たルアちゃんが、跳躍して剣を上から胴体に突き込み、横合いからブルクくんが首筋の辺りに斬撃を入れた。



 やれやれ、これで終わりだな。ファングボアは横倒しのまま痙攣し、やがて息絶えた。

 俺は土壁から飛び降り、ファングボアにこうべを垂れて、森の命をひとついただくことに感謝の祈りを捧げる。


 ブルクくんとルアちゃんは、まだ興奮が収まらず、ふたりともぜいぜいと肩で大きく息をしていた。

 そこに魔法を撃った3人も走って来て、横たわる大きなファングボアを囲んで無言で見下ろす。


 俺は静かな祈りを終えると、振り返って5人を見回した。それに気が付き、皆も上気した顔をこちらに向ける。


「よしっ。狩りの終了だっ。みんな、良く闘ったよ」

「うおーっ」


 5人全員が、剣を拳を天に突き上げ、生まれて始めての勝利の喜びを全身で表した。



 まあ、じっさいは5人掛かりでの一方的な狩りで、特に反撃も受けなかったのだが、今はこれでいいだろう。

 命を断ったファングボアは、ちゃんと皆で感謝しながらかてとしていただきますから。


 レイヴンのメンバーがのんびり近づいて来ていて、わーわーと輪になって喜ぶ5人を温かく眺めている。

 そしてそろそろ落ち着いて来たところで、「さあ、解体するぞ」というジェルさんの声が掛かった。


「みんな、これからジェルさんたちが、このファングボアを解体してくれるから、倒した者の責任としてちゃんと見るように」

「あ、はい」「わかった」「おう」


 俺はファータの腰鉈こしなたをエステルちゃんに渡して、部員たちと一緒に解体を見守ることにした。俺が手を出すと、無言でいいですって全員から目で言われるからね。



 ファータの里で子ども時代から経験しているエステルちゃんとティモさんはもちろん、騎士団でも普通に獣の解体は行われるので、他の3人も慣れたものだ。

 血抜きがされ、剛毛に覆われた皮が剥がされ、みるみるうちに解体されて行く。


「みんな、凄いのね。エステルさんもジェルさんたちも」

「エステルちゃんとティモさんは実家の里で慣れてるし、うちの騎士団は大森林があるからさ」


「こんな狩りや闘いが、身近にあるんだね」

「ブルクのとこも、そうじゃないの?」

「そうかもだけど、僕は見たことがなかった。ルアちゃんは?」

「初めて。あたしも出来るようになりたい」


 ルアちゃんはホントに好奇心が強いし、何でもやってみたいって思うんだね。鍛え甲斐のある子だ。

 一方でヴィオちゃんとカロちゃん、ライくんは、解体の様子を恐る恐る、でもしっかりと見ていた。

 この世界の子たちは、都会暮らしの少年少女でも強いよな。


 おおまかに肉が捌かれ、牙が抜かれる。

 肉の塊は俺が凍らないぐらいに魔法で低温にして、こっそり無限インベントリから取り出した大きめの紙で入念に包み蔓で縛る。

 部員たちは、俺がなんでそんな紙を持ってるのかと不審そうに見ていたが、特に言葉には出さなかった。


「ザックさま、牙はどうします?」

「そうだね、牙だけ持って帰るか。総合武術部の部室にでも飾ろう」

「お、いいな、それ」

「初めての狩りの記念ね」

「それ良い、です。戦利品、です」




 それから俺たち総合武術部は、意気揚々とキャンプに引揚げる。

 解体後の皮や骨は素材としては勿体ないが、今回はライナさんに大きな穴を開けて貰い、部員たちに埋めさせた。

 そして彼らに肉や牙を持たせて帰路につく。



 キャンプ村に戻ると防御結界を解き、本日の夕食にする分だけの肉を取り分け、あとは俺が凍らせ、馬車から取って来る振りをして、またこっそり無限インベントリから出した布で更に包んで紐で縛る。


「ザックのとこは、ホントに用意がいいんだな」

「え、いや、まあね」


「ザカリー様はなんで、あんな布とか大量に持ってるんですかね」

「ホント便利よねー」

「ほかに何を持ってるんだ」

「何をどのぐらい持ってるのか、わたしも知らないんですよぅ」


 はいそこ、コソコソ話をしない。黙ってなさい。



 やがて空からクロウちゃんが帰って来た。カァ。そうそう、お肉。今晩の食材を調達したんだよ。カァ。キミは豚肉も好きだよね。ファングボアだけど。


 直ぐにアビー姉ちゃんたちとブルーノさんも帰って来た。


「これって、肉の塊? 大量にあるじゃない。てことは」

「イノシシでも狩りやしたか? おや、牙でやすな」

「うん、うちの部員たちだけで、ファングボアを狩って貰った」

「えー、ずるいー。昨日、わたしらが見つけたやつじゃないの?」


 別に狡くは無いですよ、姉ちゃん。たまたまこっちに来たから、狩らせていただきました。

 姉ちゃんところの部員のエイディさんたちも集まって来る。


「ヴィオさんたちだけで仕留めたのでありますか。それは凄いでありますな」

「この牙のサイズや肉の量からすると、かなり大きなファングボアでありますな」

「うん、凄く怖くて大変だったけど、何とかわたしたちだけで」


「カロさんも、参加したんですよね。いや、したでありますか?」

「うん、参加した、です」

「怖くなかった? 大丈夫だった?」

「うん。わたしは、魔法を撃っただけ、だから」

「でも、凄いよ。いや、凄いであります」


 1年生部員のロルくんとカロちゃんが話してる。なんだか良い感じじゃない? カァ。クロウちゃんもそう思うよね。

 でもふたりで話すときは無理に、でありますとか言わなくてもいいんじゃないの。



 全員で準備をして、ファングボアバーベキューですよ。

 合同合宿もこれで終了。今夜はバーベキューで打ち上げだ。

 それではワインかミードで乾杯しましょうか。え? 今回は合宿だからと馬車に積んで来てないの。


「じゃ、僕が出していいかな、エステルちゃん」

「うーん、そうですね、打ち上げですからいいかな。でも、少しだけですよ」

「了解です。では、エステルちゃんとティモさん、ちょっとこちらに」

「何ですか? ザカリー様」


 俺はふたりを連れて、皆に見えないようテントの陰に行き、ワインとミードの瓶を何本づつか無限インベントリから出した。

 ティモさんも俺の能力はもう知ってるから、特に驚かないよ。

 そして3人でその瓶を抱えて皆のところに戻り、乾杯をするよとカップに注いであげる。



「みんなに行き渡ったかな。それでは僕からひと言。今回の合同合宿訓練、誰も大きな怪我もなく無事終えることが出来ました。みんなとても頑張りました。夏休みのこの貴重な経験を、秋学期でも活かしましょう。それから、レイヴンの皆もありがとう」

「ありがとうございました」


「では、乾杯するよ。乾杯っ!」

「かんぱーい!!」


 全員で杯を上げ、そして大きな拍手が静かな湖畔に響く。

 さあ、思いっきり食べましょう。


「いい合宿でしたね、ザックさま」

「うん、いい合宿ができたね。エステルちゃんも楽しかった?」

「はいっ。とっても」



「ワインとミードなんか積んでたかな」

「ザカリー様ですよ」

「ええ、あそこから出しました」

「ホント、うちの大将って便利よねー」

「ですね」「そうだな」


 はいそこ、コソコソ話をしない。黙ってなさい。

 ブルーノさんはそんな会話を横で静かに聞きながら、笑顔で俺とエステルちゃんに向かってサムズアップをした。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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