第230話 森の中で打込み訓練
昨日に魔法訓練をした開けた場所に着いた。
キャンプ村を出発してから走って来たので、それほどの時間は経っていない。
樹上から警戒しながら猿飛で移動していた俺とエステルちゃんは、到着前には列の最後尾に戻っている。
「よし、到着。小休止の後、訓練を始める」
昨日はライナさんを中心に指導をして貰ったが、今日は剣術なので午前に引き続きジェルさんとオネルさんに指導して貰う。
俺からふたりにお願いしているのは、足場や見通しが悪い中での闘いの経験をさせることだ。
こういった訓練は、うちの騎士団だと小隊単位でアラストル大森林に入って良く行っているので、彼女らには手慣れたもの。
「騎士団見習いの時に、ザカリー様たちと大森林に入った特別訓練を想い出しますね」
「そうだね、オネルさん。もう7年前だっけ」
「はい。私もまだ12歳でしたから、みなさんと同じ年齢でしたね」
「ザカリー様は5歳だったのよねー。可愛かったわー」
「オネルさんやライナさんも、その時一緒だったんですか?」
「そうよー。見習いの子たちの特別訓練でね。オネルちゃんもまだ見習いで、リーダーだったのよー。ブルーノさんと私は付き添いでね。エステルさんは最年少のザカリー様のお世話と監視ね」
「オネルさんは、12歳でリーダーだったんですか。で、ザックくんは、その時から監視されてたんですね」
「それでも、仕出かしたけどねー」
「なに仕出かしたんですか?」
「聞きたい聞きたい」
「まあまあ、いいじゃない。それにあの時のことは、詳しくはちょっとね」
「そうなんです。少々、わが領の秘匿事項が含みますので」
「5歳でグリフィン子爵領の秘匿事項に絡むことをするなんて、ザックくんてどういう子?」
「いやー、それほどでも」
「誰も褒めてませんよ、ザックさま」
大森林の浅い場所に巨大イノシシの魔獣ヘルボア、通称カプロスが出現したことは、領内に無用な不安感を与えるということで、現在でも騎士団や内政官、冒険者ギルドなど主要ギルド以外には秘匿事項としている。他領にも当然秘密だ。
「では訓練を始める。まずは、ふたり組で森林内での打込みだ。受け手は防御だけでなく木の陰に身を隠したり、距離を取ったりもするぞ。木剣を振るうだけでなく、いかに相手を捉えて動くかに神経を注ぐこと」
「はいっ」
部員の中では剣術の技量が上のブルクくんにはジェルさん、ルアちゃんにはオネルさんが相手をする。
初級者組の3人は、カロちゃんにはエステルちゃん、ライくんにはティモさん、そしてヴィオちゃんには俺が相手となった。
ライナさんは周囲の警戒をしてくれる。
「ザックさま、ほどほどにしてあげてくださいね」
「危ないことをしたらお説教ですからな、ザカリー様」
「大丈夫だよ。普段、学院の訓練でも僕が見てるんだし」
「でも、昨日の石礫の雨の件もありますしね」
「ヴィオちゃん、がんばれ」
「死ぬなよ」
「は、はーい」
それぞれの組が少しずつ距離を取って森林内へと入る。俺はいちおう、空間探査で皆の位置をマッピングしておくよ。
「ザックくん、お手柔らかにね」
「剣術訓練に、お手柔らかなどありませんぞ」
「へ? ふゎーい」
「では、少し僕から離れて。良いと思う位置から自分のタイミングで、いつでも来なさい」
ヴィオちゃんは、5メートルほど離れてから木剣を構えた。
俺は木々の間で姿をさらして立つ。
「い、行くわっ」
彼女は足元に注意を払いながら慎重に駆け込んで、えいっと打込み、俺はそれに木剣を合わせる。
数合打たせてから、大きく彼女の剣を払う。
「よしっ、離れて。先ほどの位置から、もういちど」
「はい」
「足元に気を取られ過ぎている。足元から剣先まで、すべてに意識を向けながら、僕を良く見ること」
「え? は、はい」
俺は、今度はほんの少し近くの太い木の幹に近づいている。
彼女は先ほど同じように駆け込んで来るが、多少は勢いが乗ったかな。
また数合打たせ、彼女の木剣が斜め上から振られる刹那に、俺は太い幹の後ろに身体を動かした。
ヴィオちゃんは俺の動きに剣を合わせきれず、身体をよろけさせながら木剣は木の幹をしたたかに打ってしまった。
「あつー。ず、ずるいわっ」
「闘いにずるい、ずるくないはありませんっ」
「はいっ」
「もういちど」
「はい」
「次は、僕はこの木の後ろにいて、左右どちらかに出るから、それを見極めて打つ」
「わ、わかった」
ヴィオちゃんが接近して来るところで、俺は木の後方から不意に姿を現す。
俺を捉えられれば数合打たせ、捉えられなければ横合いからトンと彼女の肩を木剣で軽く叩いて元の位置に戻させる。
それを何回も繰返させた。
「人は闘う時に、自然に闘気を高めるから誰でもキ素力が出るんだよ。だからそれを捉える。魔法力があるヴィオちゃんならできるよ」
「え? 相手のキ素力を察知するってこと?」
「そうそう。それで相手の動きを測るんだ。僕が少しキ素力を出して、この木の後ろで構えて動くから、それを察して打って来て。走らずゆっくり接近していいよ」
「わかった。やってみる」
俺は、普通の人が闘う際に出すぐらいのキ素力を循環させ、太い木の後ろに立って放出する。
「行きますっ」
彼女がそろそろと近づいて来る。
そして予測される間合いに近づいたところで、彼女から見て右側に飛び出した。
「そこっ」
同時にヴィオちゃんの剣が袈裟に振り下ろされ、俺はそれに合わせた。
よしよし、一発で俺のキ素力の動きが分かったようだな。やはり彼女の魔法天分はとても優れているね。
そのまま数合打たせて大きく突き放し、剣を下ろさせる。
「どう? 分かるでしょ?」
「うん、ザックくんのキ素力の動きが、なんとなく感じられたよ」
「魔法の力が強くなくても、優れた剣士は鍛錬や経験でその動きを捉えているんだ。でもヴィオちゃんなら、魔法の力でそれが出来る。訓練すれば、相手のキ素力がもっと素早く、離れていても明確に感じられるようになると思うよ」
「わかったわ。それ、出来るようになりたいっ」
「よし、訓練を続けよう」
「はいっ」
それから、その打込み訓練を何回も繰返す。
接近して来るスピードも徐々に速くさせ、キ素力を捉えるばかりに意識が向き過ぎないよう、場所を変えて異なる足場での打込みもさせて行く。
ヴィオちゃんはへとへとになるまで頑張った。
「よーし、訓練やめー。小休止、するぞー」
ようやくジェルさんから訓練止めの声が掛かった。
こういうときは、離れた位置の者にもはっきりと伝えるため、大きく長く伸ばした声掛けをするんだよ。これは戦場での慣らいだ。
「ヴィオちゃん大丈夫? 小休止だよ」
「はぁはぁはぁ。だ、大丈夫よ。行くわ」
ジェルさんの声を聞いて座り込んでしまった彼女は、なんとか立ち上がった。
そして、よろよろと歩き出す。
かなり限界近くまで絞っちゃったかな。これはエステルちゃんに、甘い物でも出して貰わないとだな。
訓練拠点にしている先ほどの開けた場所に、木々の間から皆が集まって来る。
おやおやみなさん、ヴィオちゃんと似たり寄ったりのへろへろですな。
皆それぞれ頑張りましたなー。
「ライ、大丈夫か?」
「お、おう。なんとか生きてる。わるいが、あまり声が出ない……」
「そ、そうか、頑張りましたな。まあ休んでくれたまえ」
ライくんは、かすれた小さな声でそう言うと、部員たちが集まっている所に辿り着くや否や直ぐにへたり込んだ。
相手はティモさんだったな。きっと言葉少なに無駄口も無く、優しく丁寧に扱かれたことでしょう。
あ、エステルちゃんがお菓子を出してるね。
さあみんな、水分と糖分を補給してくださいよ。
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