第228話 森の中の不意打ち訓練
「いいこと、もう訓練は始まってるのよー。どこからターゲットが飛び出して来るか分からないから、配置を決めてキ素力を循環させながら、周囲全体に気を配ること。それからー、分かってると思うけど、火属性の魔法使用は厳禁よー」
ライナさんの言葉にまずヴィオちゃんが反応して、直ぐに配置を決める。
魔法に秀でた彼女とライくんを対角に、まだ初級者のカロちゃん、ブルクくん、ルアちゃんを間に配置する。
周囲の森に対するように、間隔を空けて背中合わせのゆるい円形を作った。
まあ、そうするしか無いかな。ではこちらも行動を開始しよう。
「(エステルちゃん、エステルちゃん)」
「(はい、ザックさま)」
「(順番にひとりづつ出るよ。ティモさん、エステルちゃん、僕の順ね。これを繰返す)」
「(りょーかい)」
すると、彼女が身を隠している方向で、ピーッという鋭い口笛が鳴った。ファータの口笛合図だね。
その音に、周囲を警戒していた部員たちが身を固くしたようだ。
だがまだ何も起きない。
森の木々の間を通り抜ける風が、ザワザワと枝葉を揺らす音だけが聞こえる。
静寂が長時間、続いているかの彼らには思えるだろう。じりじりとした緊張がこちらにも伝わって来る。
突如、森の中で僅かにドサッという音がした。
これはティモさんだね。彼なら何の音も立てずに着地出来るから。これはわざとだ。
そして彼が徐々にこの開けた場所に近づいて来る。
まだ誰も気づかないかな。いや、ライくんがいきなり雷撃の魔法を森の中に撃った。
バリバリと雷撃が飛んで行く。
続けてヴィオちゃんが、アイススパイクをその方向に向けて撃つ。
2本、3本、4本。しかし、半分は途中で樹木の幹に阻まれてしまっている。
ティモさんらしき人影は、部員たちのいる空間に走りながら近づき、しかし開けた場所には姿を現さずに再び森の奥に消えた。
部員たちから、ふぅーという息が漏れる。
「な、何も出来なかった」
「わたしも、です」
「あたしも」
「しっ、耳を澄ませてっ」
ヴィオちゃんの小さく鋭い声がする。
バサバサっという枝葉を揺らす音がすると同時に、ティモさんの人影が消えた方向に注意を向けていた全員に背中に、ドーンという突風の圧力が当たる。
それは転倒させるほどの威力ではないが、皆の身体をよろめかせた。
エステルちゃんだね。
5人の背中に当たるようにコントロールされた突風の魔法だ。
ごく初級の風魔法だけど、間隔を空けて立つ部員たちが同時にバランスを崩す程度の強さに制御された、職人技のような魔法。
部員たちは転びそうになるのを堪えながら、慌てて背後に身体を向ける。
すると、既に彼らの右横方向に森の中を回り込んでいたエステルちゃんが、木々の間に姿を現しながら同じ魔法を発動させた。
思わぬ連続攻撃に、全員が再び身体のバランスを崩す。
しかし、いちばん魔法が飛んで来る方向側の位置にいたカロちゃんが、なんとかアクアスプラッシュを放つ。
しかしその小さな水の固まりは、敢えなく木の幹に当たって砕け散った。
そしてエステルちゃんの姿は消え、再び静寂が支配する。
「ひゅー」
「怖かった、です」
「今のはエステルさんだよね」
「たぶん最初は、ティモさんだった」
「と言うことは、次にザックくんが……」
そうそう。今度は俺の番ですよ。
では、少し間を空けて行きますよ。
俺は彼らの様子を伺っていた高い木の上から、枝を伝わり飛びながら少々森の奥へと入った。
そして地上に降りると、わざとバサバサと草を踏みしめる音をさせ、途中途中で木の幹を蹴って揺らしながら森の中をジグザグな経路を辿りながら走って行く。
それほどの速度は出してないよ。
でもイメージとしては、手負いの獣が威嚇しながら近づいて行く感じかな。
部員たちとの距離が縮まる。これだけ音を立て木々を揺らしていれば、当然彼らも気が付いているだろう。
俺の走る軌跡の後ろに、雷撃が飛びアイススパイクが刺さり、水弾やウィンドカッター、石弾が樹木に当たる。
カロちゃんは水を弾丸にした水弾を撃ち、ウィンドカッターはルアちゃん、そして石の礫を撃ち出す石弾はブルクくんだね。
雷撃を撃ったライくんは火属性と風属性があり、雷魔法が使える。アイススパイクのヴィオちゃんは水と風で氷魔法が得意だ。
ルアちゃんはライくんと同じく火と風で、ブルクくんは火とそれから学院生には珍しく土属性を持っていた。
カロちゃんは水と風と火の3属性が使えると俺は見ているが、発動出来るのはまだ水と風の魔法だけだ。
うちの部員は、それぞれ2属性以上の魔法が使える可能性を持っている。
よし、全員が何とか魔法を撃つことが出来たな。
「(エステルちゃん、エステルちゃん)」
「(はーい)」
「(第二波、行きます。順番は同じ。ティモさんに伝えて)」
「(りょーかい)」
再びエステルちゃんから口笛合図が響く。今度はピーッピッと鳴ったが、あれで伝わるんだね。
俺は樹上に上がり、先ほどまで様子を伺っていた場所に戻った。
「今の、ザックくんだったんだよね」
「獣みたいだったよ」
「そうだね、何か大きな獣が近づいたみたいな気がした」
「おい、獣かよ、ブルク」
「でもきっと、ザックさま、です」
「わたしたちの魔法、当たらなかったわよね」
「ザックなら無理だな」
「です」
「気を緩めちゃだめよー。これで終わりか、分からないわよー」
「はいっ」
少し弛緩した空気を、ライナさんが締める。
部員たちは再び最初の配置に戻った。
突如、周りの木々の枝が強い風に激しく揺れた。
ティモさんが起こした風だ。ファータである彼も、かなりの風魔法の使い手だ。
5人は一気に緊張して辺りを伺う。
すると、何本かの木製の小型ダガーが彼らの目の前の地面にガンガンガンと当たった。
「ひぇっ」「わっ」
直ぐ目の前に小型ダガーが飛んで来たライくんとルアちゃんが、突然のことに驚いて後ずさる。
その時、エステルちゃんがもの凄いスピードで森から飛び出して来ると、部員たちの周りを走りながら先ほどの突風の魔法を四方から次々に当てた。
5人は身体を揺さぶられて、大きくよろめく。そして態勢を持ち直した時には、既にエステルちゃんは消えていた。
「ふわー」「ひゃー」
今度は俺の番だ。
俺はわざと音を立ててその場から木々の間に飛び降りると、先ほどと同じく大きな音を出しながら、部員たちがいる空間を巡るように森の中を走る。
そして、土魔法で大量の小型の石弾を出し空間魔法と風魔法でそれを周囲の森の中から彼らにバラバラと撃ち入れた。
もちろん威力はほとんど無く、当たっても怪我はしない程度だ。
「ひぇー」「ふぇー」「いつー」「痛い、痛い」「助けてー」
四方八方から次々に石弾が飛んで来て、部員たちの空間に降り注ぐ。
直前にエステルちゃんの突風で身体のバランスを崩されていた彼らは、周囲から横殴りに当たる石弾の雨で全員が頭を抱えてしゃがみ込んでしまっていた。
俺は彼らのいる場所に歩いて行く。エステルちゃんとティモさんも姿を現した。
「はーい、もう何も飛んで来てないわよー。立ちなさい」
「あ、はいっ」
「あちちち」
「ふわー、痛かったぁ」
「お、ザックがいる」
「エステルさんとティモさんも、です」
「はいはい、みんなしゃきっとしなさいねー」
部員たちは、ようやく落ち着いて来たようだ。
それぞれが、身に着けている装備に石弾が当たった箇所を確かめたりしている。
「はーい、集まりなさい」
「はいっ」
「あなたたちは、たぶん生まれて初めて攻撃を受けたのねー。怖かったでしょ」
「はい」「怖かった」「死ぬかと思った」
「死ぬかと、ではなく、諸君たちは今の二波の攻撃で、実際には5回以上は死んでいる」
「5回以上……」
「ジェルちゃんの言った通りよー。第一波のザカリー様だけ、わざとみんなに魔法を撃たせてくれたけど、あの時も攻撃されていれば6回ね」
「そ、そうですね」
「森の中って、怖いし、魔法が難しいでしょ。でも、これはいい経験になった筈だわー」
「はいっ」
「こういった敵を視認しにくい場所では、いかに接近を察知し攻撃準備ができるか、そこが肝心だ。不意打ちへの心構えや対処も必要だな」
「はいっ」
「それから、ザカリー様」
「なんですか? ジェルさん」
「その、最後の石礫なんだが、私らにも当たって、痛かったのだが」
「あ、その」
「そうですよ。部員の皆さんから離れていたとは言え、側に付いているんだから、あれだと、当然私たちにも当たるのが分かってますよね」
「そうよー、土壁を立てるとあの子たちが見えなくなるし、わたしは風魔法があまり強くないから、風で防御が出来なかったのよー」
「すみません、です」
「まあ、少々痛かっただけだがな。ただ、量が多過ぎたな」
「あれに威力があったら、2、30回は死んでますよね」
「はい、そですね。すみません」
「こういう訓練なので、お説教はしないがな」
「はい、ありがとうございます」
さて、気を取り直して、次の訓練はどうしましょうか。
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