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第227話 森に入る

 合同合宿2日目。今日の予定は、午前中は合同で剣術の訓練。

 うちのジェルさんとオネルさんが、皆の剣術の指導を行うことになった。

 これは総合武術部もそうだが、姉ちゃんの部の部員たちからも要望があったからだ。


 いや、別に美人のお姉さんから、あれやこれや手取り足取り指導してほしいという理由わけじゃないよ。

 現役の騎士、従騎士から、緊張感を持って厳しく指導を受けたいということだ。


 そして午後からはナイアの森に入る。

 ふたつの部で合同だと部員だけで10人を超えるし、レイヴンも当然同行するから、森の中で行動するには人数が多すぎる。

 そこで部ごとに分かれることにした。



 姉ちゃんの部は、王都近隣の森に行ってこういった訓練に慣れているから、初めて入る森ということで探索を中心とした行動訓練を行うそうだ。

 一方うちの部は、森の中での初心者向け行動訓練とともに、適当な場所を見つけて魔法の訓練もしたい。

 訓練場といった整備された空間ではなく、自然のフィールドの中での魔法発動を訓練する。


 姉ちゃんは「自分たちだけで大丈夫よ」と言ったが、「万が一迷うといけない」とジェルさんからお許しが出ず、ブルーノさんが付き添ってくれることになった。

 ブルーノさんは、森の中の斥候・偵察のプロ中のプロだからね。

 また上空から、クロウちゃんが常に彼らの位置把握を行う。


「ブルーノさん、クロウちゃん、頼むね」

「まあ自分が、危険の無いように誘導しやすよ。それに空から、クロウちゃんが見張ってくれやすから」

「カァ」


 俺たちの部の方は、ティモさんが案内してくれる。

 どうやらブルーノさんとティモさんは、先日の事前調査で湖周辺の森もかなり把握しているようだ。



「先に出発するわね。ザックたちも気をつけて行動しなさいよ」

「行って来るであります」

「ブルーノさんの指示には、ちゃんと従うんだよ」

「了解であります」

「わかってるわ。ね、ブルーノさん」


 姉ちゃんと4人の男子部員は、意気揚々と森の中へと入って行った。

 その後ろからブルーノさんが追い、クロウちゃんが空へと飛び立つ。

 どうやら基本的には、自由に探索行動を彼らにさせるつもりのようだ。


「じゃ、僕たちも出発するか。あらためて注意しておくよ。今日は全員が真剣を帯刀しているけど、ジェルさんかオネルさん、僕の指示がない限り、抜いてはいけない。抜く時は、必ず周囲の味方の位置を確認すること。今日は狩りが目的ではなく、あくまで森の中での行動の習熟と魔法訓練が目的だからね。いいかな」


「わかりました、部長」


「よし、それじゃ出発だ。と、その前に少々魔法をキャンプ地にかけるから、待ってね」



 全員が離れて空になるキャンプ地に、俺はかなり強めの防御結界を張った。

 これは前世の結界の呪法と、この世界の空間魔法を複合させた独自のものだ。

 呪法発動のため、心の中で「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」の九字を切る。


「前よりだいぶ強力にしたのねー」

「うん、視認阻害と物理及び魔法防御の強化をしたよ。誰かがちょっかい出しても、僕が駆けつけるまでは、たいていの攻撃には持つかな」


「おい、なんだか薄ぼんやりになったぞ」

「これ、なに。聞いちゃいけないもの?」

「まあ詳しくはちょっと。防御結界ってものだけど、とりあえず秘密ね」

「だから、あっちの部を先に行かせたのね」


 ライナさんたちは以前にも見ているけど、総合武術部の部員は初めて見る。

 彼らは結界の外から、陽炎が立つように揺らいで見えにくくなっているテント村を暫く眺めていた。


「さあ、出発しよう」

「おう」「はーい」




 ティモさんと俺は、それぞれファータの腰鉈こしなたを持って、前方を塞ぐ蔓などを時々払いながら獣道を行く。


 この腰鉈こしなたはファータの里では必需品で、方形の分厚いブレードの刃長は30センチメートル以上もある。

 エステルちゃんの実家から貰って来たものは、以前にアビー姉ちゃんにプレゼントしたから、これは写しの力でコピーした方だ。

 ティモさんはもちろん、自分の愛用を持参して来ている。


 ある時、このコピー品をエステルちゃんに見つかって、「それって前に、アビーさまにプレゼントしましたよね」と不審がられた。

「いやじつは、もうひとつ貰ってあったりして」などと言い訳しておいたけど。

「ふーん」とか薄い反応をしたものの、信じてはいないみたいだ。

 今頃姉ちゃんも、これと全く同じ腰鉈こしなたを得意げに振るっているだろうな。



 隊列はティモさんと俺が先頭で、その後ろに部員たちが続く。そして最後尾にエステルちゃんとジェルさん、オネルさんという順だ。

 部員たち、中でもライくんやヴィオちゃんカロちゃんは、初めての森の中での行動ということで少々緊張していたが、進むうちに慣れて来たようだ。


「なあザック。獣とかいないのかな。鳴き声も聞こえないよな」

「なにライくん。あなた、まだビビってるの」

「ビビってなんかねーし。そういうお嬢様は足元に気をつけろよ」

「なになに、わたしの心配をしてくれてるのかな。あなたこそ、転ぶんじゃないわよ」


 俺の直ぐ後ろで、ライくんとヴィオちゃんのいつもながらのやりとりだ。このふたり、入学以来、ホントに仲がいいよね。

 その後ろでは、ブルクくんとルアちゃんが小声で時々言葉を交わしながら進み、カロちゃんはそのまた後ろでエステルちゃんと並んで話しながら歩いている。



 俺は探査・空間検知・空間把握で周囲を探りながら進んでいるが、小動物や小鳥ぐらいしか引っ掛からないな。


「この辺にいるのは、小さな動物か小鳥ぐらいだね、ティモさん」

「そうですね。獣の影は薄いです」


「ねえ、ティモさんて、騎士団員さんじゃないですよね」

「あ、私ですか。私はその……」

「ティモさんは騎士団員とは違うよ。エステルちゃんの実家から、派遣して貰ってるんだ」

「ふーん。ここにも、秘密の香りがするわ」


「私は、エステル嬢さんをお護りする役目でして」

「エステルさんて、どこか外国とかのお姫さまなの?」

「いやいやヴィオちゃん、まあ国外にある村の村長の娘さん、てなとこだよ」

「ザックくんとエステルさんは、なんだか秘密の香りだらけよね」



「ザカリー様、そろそろ少し開けた場所に出ます」

「どれどれ、なるほど。それじゃ小休止だね」


 空間検知・空間把握では50メートルほど前方に、ティモさんが言うように少しばかり広めの開けた場所があった。

 そこにも特に大きな獣などの姿は無いようだ。


「みんな、あと少し行くと手頃な休憩場所があるそうだから、そこで小休止をするよ」

「おう」「はーい」


 湖畔のキャンプ地を出て森の中を進んで30分ほどかな。

 小休止には早いけど、まあいいでしょ。


 このナイアの森は、アラストル大森林ほど木々の密度が濃くはないので、内部に分け入ってもかなり明るい。

 その中でも、ひと際明るく夏の陽光が降り注ぐ場所に出た。

 キ素量もそれほど濃くはないが、森林特有の空気が気持ち良い。


 あ、さっき昼食を済ませたばかりなのに、もうお菓子が広げられるんですね。



 俺はテント村の防御結界を維持しながら、クロウちゃんの視覚を通じて上空から姉ちゃんたちの様子を伺った。

 あちらはまだ歩き続けているね。ゆっくりとだが、周囲を警戒し探索をしながら着実に進む姿が見える。


 こちらとはだいぶ方向が違って距離も離れて行くが、最後尾でブルーノさんが余裕の様子だから、何も問題はないのだろう。

 引き続き頼むね、クロウちゃん。カァ。


 ではこっちは、この場所を拠点にして魔法訓練をしましょうか。

 指導教官はライナさんにお願いして、俺とエステルちゃんとティモさんでターゲット役でもやるかな。

 と言うことでレイヴンメンバーと簡単な打合せをして、部員たちへ説明をする。



「これから、見通しの利かない森の中で、動くターゲットに対して魔法を撃つ訓練をするよ。訓練目的は、素早く発見し、素早く発動して撃ち、そして当てることだ。ターゲット役は僕たち3人ね。では、さらばじゃ」


 俺たちターゲットの3人は森の中に消えることにする。

 いちにのさんで、3人が猿飛の術で別方向の高い木の枝に跳んだ。


「おいーっ」「ふあーっ」「ひょぉー」


 重なり合う枝の陰に隠れて様子を伺うと、部員たちが変な声を上げている。


「3人とも、あっと言う間に消えました、です」

「今さらだけど、凄いわ」

「ど、どうして、あんなことが」

「あの人ら、同じ人間なのか」

「あたしにも、できるようになるかな」


「ザカリーさまたち、とっくに人間やめてるわよー」

「おいおい、まだ多少は大丈夫だろ」

「どうなんでしょうね」


 まだかろうじて人間ですよ。エステルちゃんは、最近ちょっと精霊度が高くなって来てるけど。

 あとルアちゃんは、このぐらいは出来るようになりそうだな。


 ではそろそろ、森の中の魔法訓練を開始します。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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