第226話 真剣を使った模擬戦闘
「どういう感じで行きます?」
「そうだな。魔法なしの高速機動戦闘。で、真剣でやろうか」
「真剣ですか。いいですけど、どうして?」
「真剣の闘いを見せるのもいいかなって」
「そうですね。でも、ジェルさんに許可を貰わないとですよ」
そこで、ジェルさんにそう話した。
「真剣ですか。まあおふたりなら問題はありませんが、エステルさんに怪我させたら、お説教ですからな」
「はい、わかっております」
俺たちが模擬戦闘をするということで、思い思いに休息を取っていた皆が集まって来る。
エステルちゃんは、いつものロングダガーの二刀流。俺は両手剣でも良かったけど、彼女の速さや動きに対応するためにスピード重視の片手剣だ。
「これより、ザカリー様とエステルさんが模擬戦闘を見せてくださる。これは試合稽古ではないから、審判は立たない。まあ、審判がいても動きに付いていけないがな。それと、今回は真剣でやるそうだ。訓練場などではなかなか真剣で出来ないが、この場所でもあるし、皆に見て貰うために特別だそうだ。おふたりの技量だと、斬られれば死ぬか重傷を負う。もちろん、そんなことにはならない技量もお持ちだが、見学する皆も心して見るように」
ジェルさんの言葉に、全員に緊張が広がった。
レイヴンのメンバーは別として、学院生たちは真剣での対人戦闘などおそらく見たことはないだろう。
俺とエステルちゃんの模擬戦闘はとかくアクロバティックになりがちだが、それを単なる見せ物的に見学するのではなく、一歩間違えば大ごとになる闘いとして見て貰いたかった。
「行くよ」
「はいっ」
いつもは様子見で、距離を離して複雑な動きをするエステルちゃんが、今回はほぼ一直線に突っ込んで来た。
おそらく彼女も分かっていて、真剣での闘いの鋭い緊張感をまず見せるつもりだろう。
だから俺も動かず構える。
凄まじいスピードで接近した彼女が、間合いに入るや否やロングダガーの二刀流を続けて繰り出す。
俺は初手を見切ったあと、続けて伸びて来たダガーの刃を片手剣で敢えて受ける。
キーンという鋭い音が響いた。見学する皆が固唾を飲んでいるのが分かる。
二手目を跳ね飛ばされた勢いにそのまま乗るように、エステルちゃんは大きく後ろに跳んだ。ありえない距離の後方跳躍。先にやられたな。
それを見て今度は俺が突っ込む。が、途中で急激に横に走る方向を変化させ、ジグザグ移動へと切り換える。これは逆に、エステルちゃんがよくやる動きだよね。
それを見て瞬間ニコッとした彼女は、俺が移動する方向に距離を取って並ぶように走り出すと、途中でいきなりトンと空中に跳躍した。
まるで前々世での体操選手が行うタンブリングのような動きだ。それともパワータンブリングか。
キ素力を使っているのでそれよりも遥かに高く跳び、飛翔距離も長い。
しかも空中で、木製ではなく本物の投擲用小型ダガーを俺目がけて撃ってますよ。
何本も変化を付けて撃ち、容赦が無いですよ。風魔法を使っていないのが救いですけど。
こいつは、防御には両手剣の方が良かったかな。
俺は動きながら、高速で次々に撃たれる小型ダガーを時には躱し、時には片手剣で跳ね飛ばす。
地面にはそれらのダガーがザクっザクっと突き刺さる。
空中で回転しながら高く俺を飛び越えたエステルちゃんは、俺の後方に着地すると反撃に備えるように激しく動いて距離を取るが、俺はここで縮地もどきを発動して一気に距離を縮めた。
そして間合いに入るや否や剣を振るう。
しかし彼女はそれを躱すと、瞬時に後方へ動いた。エステルちゃんも最近、短い距離なら縮地もどきが使えるようになってるんだよね。
そしてそのまま、真っ直ぐ上へと再びキ素力を使って高く跳び上がった。
でも今度は俺も跳ぶよ。
空中でふたりは接近し間合いに入る。
ロングダガーの二刀と片手剣が交差し、エステルちゃんは地上へと下りて行った。
しかし俺は彼女よりも高く跳んでいて、身体をコントロールしながら追撃するように下降し、着地するエステルちゃんの肩口に剣先を軽く触れる。
「負けましたぁ」
「刃のついたダガー撃ちとか、あり?」
「ありに決まってるじゃないですかぁ」
そう言ってエステルちゃんは、地面に突き刺さっている小型ダガーをいそいそと回収している。
何本あるの? しかしそんな量をいったいどこに収納しているのだろうか、謎だ。
俺も手伝って回収し終わり、皆が見学している方へふたりで歩いて行くと、ふたつの部の部員たちが整列している。
そして俺たちが近づくと、「ありがとうございましたっ」と何故か頭を一斉に下げられた。
その横では、アビー姉ちゃんとレイヴンのメンバーがニヤニヤしていた。
「みんな、どうしたのかな?」
「この子たち、真剣での対人戦の怖さが分かったみたいなのよ。だから、それを見せてくれたお礼よね」
「はい」
「そうか、それはなによりだ。ね、エステルちゃん」
「そうですね。本当の戦闘は怖いものですよ。わたしだって模擬戦闘とは言っても、怖い中でやってますからね」
「しかし、エステルさんは凄いであります。ザカリーさんと互角で渡り合うなどと」
「本当であります。凄いであります」
「いえいえ、互角なんかじゃぜんぜんありませんよ。もしザックさまが、相手をホントに斬ろうと思っていたら、わたしが最初に突っ込んだ時、ダガーに合わせずに、後の先で斬られて死んでました」
「えっ……」
「あれは、ザカリー様が敢えて刃を合わせたのだな。本当の闘いならば、ザカリー様は剣を合わせること無く、相手を斬りますな」
「そうそう。あれはきっと、真剣を使ってるって緊張感を演出したのよねー」
「それを分かっていて、いきなり二刀を叩き付けたエステルさんとの、信頼の証しですよね」
「キーンて音で、一挙に緊張が高まったわよねー。この演出家は、憎いことするのよー」
ジェルさんライナさんオネルさん、解説をありがとうございます。
まあ、演出と言えばそうなんだけど、そこまで言わなくてもいいですよ。
昼前に釣ったブラウントゥルータを塩焼きにして、皆で夕ご飯を美味しくいただく。
そのあとは夜間の見張り当番を決めた。
護衛は自分たちなのでとジェルさんは言ったが、そこは俺が全員に割り振ってすることにした。
1日が27時間なので、夜の21時から朝の6時までの12時間、3時間ずつの4交替。17人もいるから、だいたい4人ずつで余裕だ。
それでも、1年生の俺たちの部を早めの時間帯にして、真夜中をレイヴンが受け持ち、最後の早朝を姉ちゃんの部員たちにするよう、ジェルさんが最終的に決めてくれた。
それでは見張り当番の割り振りも決めたことだし、総合武術部でミーティングでもしましょうか。
姉ちゃんたちもミーティングをするようだ。
ブルーノさんとティモさんとクロウちゃんは、周辺警戒で姿を消している。
「ということで、試合稽古は全敗でした」
「相手も1年生なのに、ごめんなさい、です」
「いや、やはり無理だった」
「2年生相手じゃ勝てなかった、わね」
「もしかしたら、いけるかと思ったんだけど」
「やっぱりアビーさまは、強かった」
1番から5番までの敗退の弁でした。
「いやいや、学院に入学して、ほぼ初めての対外戦というか試合稽古だったからね。それに向うは、剣術に特化して訓練している相手だから」
「でも、やっぱり悔しいわ。わたしたちだって、半年頑張って来たんだから」
「そう、です。相手が同じ1年生。勝ちたかった、です」
「まあまあ、ヴィオちゃん、カロちゃん」
「ロルくんは1年生とは言っても、騎士の息子さんで、子どもの時から木剣を振っているそうだし、なかなか鍛えられているよ」
「でも、ブルクくん」
「少しいいですかな、ザカリー様」
「うん。ジェルさん、どうぞ」
「特に3人は、今日が初めての試合稽古だったのだな。それはまず、玄関のドアを開けたということだ。これから外に出る。その時にどう出ようとも構わないのだ。出る、ということが大切だからな」
「ジェルちゃん、いいこと言った」
「そうですよ。私なんか、騎士団見習い卒業の記念試合で、これからスタートというところで負けましたから」
「オネルの相手は、たしかあの当時7歳のザカリー様だがな」
「もう、ジェル姉さんは。でもあの時に精一杯闘って、だけど負けて、あらためて私の剣が始まったんです」
「まあそういうことだ。稽古や訓練なら、勝っても負けてもいい。それで経験が積み重なるのなら。そして本当の闘いで勝てば良いのだ」
「はいっ」
やっぱりうちのお姉さんたちは、頼りになるよな。
それから試合稽古を経験した皆は、ジェルさんたちにどこが良くてどこが悪かったのか、熱心に尋ねていた。
こうして、合同合宿初日の夜は更けて行った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




