第20話 騎士見習いと姉さんたちの試合稽古
アビー姉ちゃんとエイリークくんが、ショートソードの木剣と木製バックラーを手に向かい合って構える。
「よし、始めっ!」
指導騎士のメルヴィンさんの合図に、ふたりがじりじりと接近する。間合いはもうすぐだ。
意を決したエイリークくんが緊張を振り払うように、肩に担ぐように構えていた木剣を「やぁっ」という掛け声とともに上段から振り下ろす。
しかし、その大降りな振り下ろしは、予測していたアビーがバックラーで受けてはね返す。
すかさずエイリークくんは構えを戻して、今度は横から薙ぐように剣を振るが、アビーはこれも難なく自分の木剣で払う。
アビー姉ちゃんは、異様に動体視力がいいんだよね。おそらく、エイリークくんの基本に忠実な動きはすべて見えているのだろう。
エイリークくんが剣を振り、はね返されて構えがぶれたところにアビーが木剣を出す。これをエイリークくんはなんとかバックラーで防ぐ。
そんな攻防を数合重ねたところで、不意にアビーが後方に飛ぶようにして距離を開いた。
瞬間の後方跳躍。なんてバネだよ、アビー姉ちゃん。
その動きにエイリークくんは不意を衝かれ、前傾するかたちで体勢が崩れる。
慌てて構えを戻すが、その前にアビー姉ちゃんが弧を描くように急接近して、やや下段から剣を振るった。
俊速、とはいかないまでも、目を見張るスピードで間合いを詰め、木剣を振るったアビー。
エイリークくんは、前に出していた左手のバックラーを弾き飛ばされて、手から離してしまった。
「やめっ」の声がかかる。
アビー姉ちゃんの勝ちだ。
姉ちゃんは一気に弛緩したように頬を緩め、俺の方を向くと木剣を掲げ、ぴょんと飛び跳ねた。
「アビゲイル様の勝ち。動きに変化をつけて不意を衝いたのが良かったな。エイリークは常に相手の動きに対応できるようにしろ。魔物はもっと速いぞ。それでは次っ」
メルヴィンさんが簡単に講評して、試合稽古は次に移る。
今度は双方とも男の子だ。たしか名前は、うん知らなかった。
ふたりともエイリークくんよりは少し年上みたいだけど、訓練期間が長い分、基本に忠実ながら、なかなかしっかりした剣さばきだね。応用もできているみたい。
しばらく激しく打合い、お互いに疲れてきたところ、一方の剣が肩口に決まって戦いは終了した。
負けた方は身体を折り曲げて膝をついたが、うん大丈夫だ。すぐに立ち上がる。
次は、ヴァニー姉さんだろう。
「よし、次はカティヤとヴァネッサ様。前へ」メルヴィンさんが呼び出す。
カティヤさんは、獣人族の犬狼人の女の子なんだよね。打込み稽古でも、ヴァニー姉さんと組になっていた。
きりっとした顔の美人さんで、背は姉さんより少し高いかな。
ヴァニー姉さんとは同い年の9歳で、お互いに「ヴァニー」「カティー」と呼び合って、とても仲がいいみたい。
「今回は負けないわよ」とヴァニー姉さん。
「いいわよっ、受けて立つわ」
前回はカティーさんが勝ったみたいだね。
ピンと立った頭の耳をぴこぴこさせながら、カティーさんは何で俺の方を見て、ウィンクするのかな?
ふたりの試合が始まった。
先ほどの打込み稽古と同じく、なかなか激しい打ち合い。交互に木剣とバックラーの攻防が続く。
カティーさんは、さすがに犬狼人なだけあって躍動感が素晴らしい。体幹もしっかりしている。身体全体で木剣とバックラーを繰り出す感じだ。
対してヴァニー姉さんは、流れるような滑らかな動きをする。力強いというより舞いを舞うように美しい。でも鋭さは伝わってくる。
カティーさんが変化をつけて仕掛けた。
上段から振り下ろすヴァニー姉さんの木剣を、正面から受けるのではなく横からバックラーで叩き、姉さんがわずかにつんのめるところを、左から肩口に斬ろうとしたのだ。
だが姉さんは、そのまま身体を回転させると直ぐに構えを取り、袈裟懸け、左からの払い、右からの胴薙ぎと三連撃を繰り出す。
最後の胴薙ぎが決まった。カティーさんが痛さに片膝を地につける。
ヴァニー姉さんが勝った。
額の汗が、満面の笑顔にキラキラ光っているようだ。
「あ、カティー大丈夫?」
「ぜんぜん大丈夫よっ。次は負けないからねっ」
カティーさんはなかなか勝ち気な子だね。
試合稽古はあとふた組。
次は、人族の女の子ユリアナさんと、やはり人族の男の子だ。
ユリアナさんはとても可愛らしく、明るく気さくな感じの子だ。たしか10歳でヴァニー姉さんたちより、ひとつ年上だね。
男の子の名前はなんだっけ? うん知らなかった。
この試合もなかなかの攻防だ。前々世に俺がいた世界で言えば、小学校の高学年ぐらいなんだけど、もう戦い慣れた者同士の対戦と言っても良いぐらいだ。
そういえば前世でも、俺の小姓たちがこんな風に試合稽古をしていたな。そんな感慨に耽っているうちに、男の子の勝ちで試合は終わっていた。
最後は年上組の対戦だね。
「最後、イェルゲンとオネルヴァ、前へ」
イェルゲンくんは獣人族の獅子人の男の子。背も高く身体もしっかりしていて、前々世の中学生ぐらいに見える。
人族のオネルヴァさんは、騎士見習い最年長のたしか12歳の女の子で、女の子というよりもうお姉さまだね。
背も高く、肉付きもほどほどにあって引き締まり、プロポーションが素晴らしい。
さっきから、女の子の情報の方が詳しいって? そんなことないですヨ。
ふたりの対戦は、とても見応えがあった。
獅子人のイェルゲンくんが、身体能力を活かして力強くオネルヴァさんに挑みかかる。
でもお姉さまは余裕で受けて立ち、イェルゲンくんに充分働かせるかのように攻撃させているみたいだ。
イェルゲンくんもなかなかタフなのか、木剣を振る手を緩めない。
しばらくは受けに徹していたオネルヴァさんだが、そろそろという感じで徐々に気を高めているのがわかる。
それにつれてイェルゲンくんの顔色が、緊張を増したのか少し変わってくる。
そして、真上上段からの斬撃が大振りになってしまった瞬間、オネルヴァさんがすっと間合いをわずかに詰め、相手の肩口に木剣をポンと置くかのように当てた。
見ていた姉さんたちや騎士見習いの子たちから、「ふーっ」という声が漏れたようだ。
俺も思わず、ほぉーっと見入ってしまっていた。
「よしっ。これで試合稽古は終了。今日の訓練も終わりだ。みんな、子爵様、団長、それからザカリー様に挨拶し、そのあと片付けだ!」
メルヴィンさんの声に、みなさんはバラバラとこちらに駆け寄って来る。
「ありがとうございましたっ!!」
声を揃え、一礼する。うん、若い子たちが元気よく礼儀正しいのは、気持ちがいいね。
それからみんなで、俺に近寄り取り囲む。ナンダナンダ?
「ザカリー様ももうすぐ、剣術の稽古を始めるんですよね。私たちと一緒に頑張って訓練しましょう!」
オネルヴァさんが、代表するように声を掛けて来た。はい、ガンバリますヨ、お姉さま。
「もうすぐ後輩ができますですー」とか、エイリークくんが嬉しそうにニコニコしてるけど、アビーの方が既にきみより年下だからね。
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