第224話 剣術合同訓練
まだ午前中で、お昼までには少し時間がある。
まずは野営の準備だ。全員で協力してテントを張る。
ひとつのテントに大人数を詰め込むのは俺が嫌がるので、今回は多めに用意をしてくれている。
女子組は、姉ちゃんとエステルちゃんでひと張り、総合武術部3人とレイヴン女子3人でそれぞれひと張りだ。
男子は俺たち総合武術部の3人でひと張り、姉ちゃんの部4人でひと張り、ブルーノさんとティモさんでひと張りの、全部合わせて6張りだね。ちょっとしたテント村だ。
最大で4人だし、うちの騎士団のテントはわりと大型だから、それぞれ余裕だよね。
テントも張り終えて、初日だから私たちがお昼の用意をしますよとエステルちゃんが言い、ヴィオちゃんたちも手伝いますと参加して、女子全員でお昼ご飯の支度だ。
じゃあ男子組はどうしようか。
するとブルーノさんが、「それは、これでやすよ」と釣りの仕草をする。
では、夕ご飯用に調達しましょうか。
ブルーノさんとティモさんは、なんと男子全員分の釣り竿を用意していた。
本当に用意がいいよね。
それで、9人全員で思い思いに湖に糸を垂らす。
「全員合計で最低17尾が目標だからねー」
「おー」
「ねえブルーノさん。このナイア湖って、水が透き通っていてとてもキレイだけど、底はぜんぜん見えないよね」
「少し入ると、もの凄く深くなるみたいでやすよ。」
そう言えば、このナイア湖と良く似ている前世の世界の田沢湖も、たしか日本のバイカル湖とか呼ばれていたような。
すると、ナイア湖ってセルティア王国のバイカル湖とか?
「凄く深いって、もしかして危ない水棲の魔物とかがいたりして?」
「いえ、それはいないみたいですよ。ここは大昔の妖精の森に、比較的近かったこともあって」
「あー、そうか」
ティモさんがそう教えてくれた。
水の精霊ニュムペ様が頭をしていた妖精の森は、この王都中央圏から少し離れたフォレスト公爵領にあったそうだが、でもこの辺り一帯の水関係の場所はニュムペ様のお力が強く働いていた筈だ。
だから、危険な水棲の魔物はいないということか。でも現在はどうなのかな。
ニュムペ様はアラストル大森林に隠れ棲んでるし。
「お、まずは自分が」
「こっちも来ましたよ」
ブルーノさんに続いてティモさんも釣り上げる。大型のブラウントゥルータだ。
それからふたりは、次々に釣って行く。俺もなんとか2尾ほど釣り上げた。
「ライたちはどう?」
「コホン。とりあえず1尾は」
「僕もなんとか」
「まあ初めてなんだから、釣れただけで大勝利ですよ」
ふたりとも貴族の子だからね。いろいろと初体験づくしだ。
姉ちゃんとこのエイディさんたちは野性に慣れているのか、4人で10尾の釣果を上げていた。
ブルーノさんとティモさんはそれぞれ4尾づつ。さすがです。
これで本日の釣果は、短時間にも関わらず人数が多いこともあって22尾にもなった。
「それじゃザカリー様、お願いします」
「わかった、いくよ」
俺はテント村の煮炊き場に決めた場所の近くに、土魔法で大きめの穴を開け内部を更に硬化させる。
「なになにー。言ってくれれば私がしたのにー」
「いや、ライナさんに頼むほどじゃないよ、これくらいなら。じゃみんな、この中に並べて入れて」
「おう」
皆が釣ったブラウントゥルータを運んで来て、次々にこの穴に入れる。
女子たちもお昼ご飯の用意が終わったのか、集まって来た。
「へぇー、ずいぶん釣ったのね」
「どれも大きなトゥルータ、です」
「ブルクくん、いくつ釣った?」
「いや、その、ひとつ」
「ライくん、あなたは?」
「まあなんだ、僕も1尾」
「まあまあ、ふたりとも初めて釣りをしたんだからさ。じゃ、行きますよ」
30本のブラウントゥルータがキレイに穴の中に納められたのを確認し、俺は氷魔法を発動させて氷漬けにする。真夏で傷みやすいからね。
「ザック、おまえ、ホントに便利だな」
「こういう場合は、一家にひとりほしい感じよね」
「便利な時の方が少ないから、一家にひとりいたら大変よー」
「その場合、一家にエステルさんもひとりいないと無理ですよね」
「カァ」
全員で大笑いしてるが、レイヴン女子組の俺に対する評価がいつも酷いんですけど。
エステルちゃんを頭に、女子組に頑張って用意していただいたお昼を美味しくいただく。
昼食後は、これからの訓練予定の打合せだ。
「さて、どうしようか姉ちゃん」
「そうね。直ぐに森に入りたいところだけど、今日は我慢してここで訓練をしましょうか」
「そうだな。みんなそれでいいかな」
「おう」「はーい」
「じゃ今日は午後いっぱい剣術の訓練だ。全員で素振りの後、それぞれで打込み稽古。そのあとは、そうだな、ふたつの部の対抗で試合稽古をする。いいかな」
「おう」「はーい」
「なあ部長、僕たちも試合稽古に参加なのか」
「え、もちろんですよ、ライ選手」
「ブルクとルアちゃんはともかく、2年生主体のあっちの部を相手に大丈夫かな」
「何を言っておるですか。実際の戦闘では、大丈夫かなとか言ってるヒマはありませんぞ。闘うか、それとも逃げるかです」
「じゃ、逃げると言うことで」
「ライくん、あなた、なーに言ってるの。闘う、でしょ」
「闘う、です」
「はい、すんません」
全員が装備に着替え、集合する。
湖畔のキャンプ地にしたこの場所はわりと開けているので、全員が素振りをしても充分な広さだ。
周囲の警戒は、ブルーノさん、ライナさんとティモさん、そして上空からクロウちゃんがしてくれる。
木剣は騎士団備品から持って来ているが、姉ちゃんとこの部員たちは自分のものを持参して来たようだ。
「それでは、素振り、始めっ」
ジェルさんが始めの声を掛け、皆黙々と木剣を振る。
俺は自分はある程度振ってから、全員の素振りを見て廻った。
夏休みになって2ヶ月、皆の剣の振りを見ていなかったからね。
ブルクくんとルアちゃんは、もちろん問題無しだ。だいぶ力強くなっている。
今年から本格的に剣術の稽古を始めたと言っていい、あとの3人はどうだろう。
うん、だいぶ安定して来たな。
技術云々より、身体の基礎的な力や体幹のバランスを鍛えることに重点を置いて訓練をして貰って来たけど、見違えるように良くなっている。
「良しっ。それでは小休止後、打込み稽古を始める。相手を定めて、交替の声が掛かるまでだ。いいか」
「はいっ」
これは、うちの騎士団見習いでも毎日行う稽古だ。
学院の課外部の訓練でもいつも真面目に取組んでいるけど、やはりジェルさんみたいな現役の専門家が指導すると、全員に緊張感が伝わるよね。
アビー姉ちゃんはオネルさんと組んでいた。子ども時代を思い出す、なんだか懐かしい光景だな。
ヴィオちゃんとライくんは、それぞれルアちゃん、ブルクくんと組み、カロちゃんはエステルちゃんに相手をお願いしている。
ジェルさんと俺は、各組を廻って様子を見ながら少し助言をしたりする。
俺が特に気になったのは、姉ちゃんの部の部員たちだ。
学院の部活では、これほど近寄って見たことがなかったからね。
4人の中では、サブリーダー格のエイディさんが、頭ひとつ抜けてるかな。ハンスさんとジョジーさんが同じくらい。
1年生のロルくんは、もともとそれほど剣術の技量が高かった訳ではないが、騎士の息子ということもあって、思い切って姉ちゃんの部を選んだと聞いたことがある。
うん、なかなか鍛えてる感じがするよ。
1時間ほどの集中的な打込み稽古を続けて、皆がそろそろ厳しくなって来たかなというところで、ジェルさんの「やめっ」の声が掛かる。
「それでは、少し長めの小休止を取る。水分を補給し、少し甘い物を口にしてもいいぞ。よし、小休止」
「はい」
エステルちゃんが早速お菓子を広げる。ただし大量にではなく、程よく少量だ。その代わりに果物を用意してくれている。
姉ちゃんを除く学院生たちはかなりきつかったようで、崩れるように座り込んだ。
エステルちゃんとオネルさんは何ほどのこともなく、皆の世話をしてあげているけどね。
「どう? ちょっときついかな」
「ふぇー」
「お、おう」
「いやー、みんな良く頑張ってるよ」
「ジェルさんが見てると思うと、気が抜けませーん」
「なんだか、サボると横から斬られそう」
「僕、お尻を木剣で叩かれた」
「ライくんが気を抜くからよ」
よしよし、初日からいい訓練になってるな。
「ザカリー様、試合稽古はどんな組み合わせで?」
「そうだなー。よし、こうしよう」
俺は、打込み稽古を見て廻りながら決めた対戦を発表する。
「まず第1番は、カロちゃんとロルくん。第2番はライとハンスさん。第3番はヴィオちゃんとジョジーさん。第4番はブルクとエイディさん、最後は姉ちゃん、ルアちゃんの相手をしてくれるかな」
「ルアちゃんね。オッケー、いいわよ」
「あ、あたしが、アビーさまとですかっ」
「うんうん、ルアちゃん、よろしくね」
「はいーっ」
「ジェルさんとオネルさんで、審判をして貰っていい?」
「わかりました」
「了解です」
「ザックはやらないの?」
「今日はまあ、僕はいいでしょ」
「じゃさ、試合稽古が終わったら、エステルちゃんとの模擬戦を、うちの部員たちに見せてやってくれない?」
「別にいいけど。エステルちゃん、いい?」
「いいですよ、やりましょうか」
それでは、もう少し休んだら、試合稽古を始めましょう。
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