第222話 合同合宿訓練、実施決定
カロちゃんが皆に話したグリフィニアでの噂話は、ある日のお昼にふたりが突然、街のレストランに現れて、俺がエステルちゃんを泣かした、というものだ。
いつものごとく俺が無茶をして彼女を困らせたあげく、ついに抗議の涙を流したのだとか、恋人が出来たから、もう俺を構わないでくれと言って泣かしたとか、逆にエステルちゃんがとうとう愛想をつかして、実家に帰ると泣きながら言ったのだとか、いやそうではなく、早々とプロポーズした嬉し涙だとか、あることないこと噂が飛び交ったのだそうだ。
その中には、何かの記念日か、お揃いのプレゼントに感激して泣いていたという、ほぼ正しい噂話もあったようだ。これは目撃者情報だよね、たぶん。
「真実はどうなの、です?」
「ここに居るってことは、実家には帰らなかったってことですよね」
「ザックくんが、ひどいことやらかした説が有力?」
「そういうの、ありませんよ。真実はこれ。はい、ザックさまも」
そう言って、エステルちゃんは左手首のブレスレットを見せた。皆の視線は彼女と俺の左手首を行ったり来たりする。
「お揃いプレゼント説が正解かぁ」
「ルアは何、ちょっと残念そうに言ってるのよ」
「いや、やらかした説の方が面白そうだったからさ」
「でも、ケンカじゃなくて、良かった、です」
男子は話を聞きながらも、沈黙を守っていてくれた。ありがとう。
「ザックは、地元に帰れば帰ったで、大変なんだな」
「ホントに領都の人たちに見張られてるんだね」
「そ、そうだね」
そこにレイヴンのメンバーがやって来た。
「やあ、皆来たか、元気そうだな」
「あ、ジェルさん、みなさん、こんにちは」「お邪魔してまーす」
「ジェルさん、騎士爵叙爵、おめでとうございます、です」
「カロちゃん、ありがとう。お陰さまでな」
「えーっ、ジェルさん、騎士になったの?」
「若くて美人の女騎士、カッコいい」
女子の話題がジェルさんに移って、彼女には申し訳ないけど助かりました。
ジェルさんは照れまくってる。自分の村でも、こんな風にさんざん言われたのだろうね。
ライくんとブルクくんも、恥ずかしがらないで話しかけていいんだよ。
「それでだ。我が総合武術部の夏休み集中訓練なんだけど、僕から提案があるんだ」
「提案て、なんですか、ザックさま」
「わたしたちにも、出来ることと出来ないことがあるのは、わかってるわよね」
「残り少ない夏休み終盤で、無茶は勘弁だぜ」
「ゴホン。無茶なことじゃないよ。えーと、僕というより、うちの姉ちゃんからの提案で、姉ちゃんの部と合同合宿訓練をしないか、っていうものなんだ」
「アビーさまの、強化剣術研究部と……」
「合同合宿訓練て、どこかに宿泊するってことか?」
「野外訓練ですよ。つまり野営、と言うかキャンプだね」
「お、キャンプか」
「キャンプ、楽しそう、です」
「でも、アビーさまの部と合同よね」
「何か問題でも?」
「あの人たちが、一緒なのよね」
「あたし、ちょっと苦手かも」
「たしかに、です」
女子組が心配しているのは、姉ちゃんのなんとかなんとか部の男子部員だよね。
あのバカ丁寧かつホストのような物腰の先輩たち。でも女子には優しく接待してくれるよ、たぶん。
「そこは姉ちゃんが締めるから、大丈夫だよ」
「それに、エステルさんと私たちも一緒に行くぞ。いちおう護衛名目だがな」
「お姉さんたちが、訓練のお相手をみっちりしますよー」
「え、エステルさんとジェルさんたちも参加するんですか。なら賛成っ!」
「楽しそう、あたしも大賛成!」
「エステルさんと行きます。ジェルさんたちと一緒なら、安心、です」
横では、「自分とティモも行きやすから、大丈夫でやすよ」と、ブルーノさんがライくんとブルクくんに話していた。
ありがとう、ブルーノさん。
「ライとブルクも賛成でいいんだよな」
「あいつらが賛成なら、僕たちが逆らえないだろ」
「ですよ」
「ですよねー」
「ねえ、それでどこでキャンプするの?」
「日程は?」
「姉ちゃんと僕で仮に決めた予定を発表します」
「おう」
「場所は、王都から南に下って、それから東方向に行くとあるナイアの森というところだそうだ。その森にナイア湖というわりと大きな湖があって、なかなか景色のいい場所らしいよ。その湖畔でキャンプを張って、日程としては3日後の18日に出発で、3泊4日ぐらいはどうだろうというのが、姉ちゃんの案だ」
「あ、ナイア湖ね、行ったことはないけど知ってるわ。ライくんも知ってるでしょ」
「おう。僕も行ったことはないが、なかなかいいところらしいぞ」
なるほど、王都圏に隣接する領地出身のヴィオちゃんとライくんは知ってるんだね。
王家の直轄地と3つの公爵家領地を含む王都圏の中で、王都を囲む中心部は王都中央圏と呼ばれている。
地図とかでの推測や、しょっちゅう空を散歩しているクロウちゃんの話を総合すると、王都中央圏は40キロメートル四方のエリアのようだ。
その王都中央圏内の各地には小さな森がいくつもあって、アビー姉ちゃんが自分の部員を引き連れて王都外に遠征しているのは、このうちの比較的王都に近い場所にある森だね。
今回、合同合宿のキャンプ予定地に姉ちゃんが決めたのは、まだ彼女たちも行ったことのない、王都中央圏内でも遠方のナイアの森という森だ。
そこにはナイア湖というほぼ円形の大きな湖がある。
俺は王都に戻ると早速、クロウちゃんを下見に飛ばした。
クロウちゃんの視覚を通じて見ると、なるほど円形の湖だ。水が青く透き通っているが、かなり深いようで底が見えるようなことはない。
直径は5、6キロぐらいの感じで、俺の記憶が正しければ前世の世界の田沢湖に似ているんじゃないかな。
ただしナイア湖は森に囲まれた湖で、周辺との標高差はあまりない。
「姉ちゃんも行ったことはないって言ってたけど、人から聞いた話では、王都から少し離れてるし周辺に村とかがないから、剣術や魔法の合宿訓練をするには絶好の場所なんだってさ。それに森に分け入ると獣とかもいるので、実戦訓練もできるらしい」
「うわー、そうなんだ。さすがアビーさま。キャンプと訓練にはよさそうな場所よね」
「獣相手の実戦訓練も出来るのはいいね」
「あたし、森に入ってもまだ倒したことはないから、楽しみ」
「おい、魔獣とかはいないのか?」
「ライくん、あなた、ビビってるのかな?」
「ビビってなんかいねーよ。そっちこそ、森なんかに入るのは大丈夫なのか、伯爵のお嬢様」
「へ、へいきよ、平気。初めてだけど怖くなんかないわ。ビビりの男爵次男を守ってあげる」
「魔獣がいてもこの辺のはきっと凄く弱いよ。大森林じゃあるまいしさ」
「たぶん、ひょいって倒せますから大丈夫ですよ」
「あなたたちと一緒にするなー」「魔獣をひょいって、なんですかー」
「それじゃ、18日は朝一でここから出発でいいかな。野営道具一式とかは、うちの騎士団の備品を出すから、みんなは自分の身の回りの物だけでいいからね。装備はちゃんと用意すること。武器や鎧装備が不安な場合は、それもうちの騎士団のを貸すから言ってね」
「それから皆は、王都の外での宿泊許可をきちんと取るようにな。護衛は我々、グリフィン子爵家騎士団王都屋敷分隊が責任を持って行うと、皆の家の方に言ってほしい。よろしいですかな」
「はいっ。ジェルメール騎士殿」「わかりました」「了解ですっ」
どうやら、こういう場合に安心感を持って頼れるのはジェルお姉さんのようだな。
さて、合同合宿訓練も決まったことだし、姉ちゃんに連絡しときましょ。クロウちゃん、頼むね。カァ。
出発の前日、アビー姉ちゃんが戻って来た。屋敷で装備を整えるためと、俺たちと一緒に行くのだと言う。
「で、姉ちゃんとこの部員さんたちは、どうするの?」
「あ、うちの部員どもは現地集合だからさ。勝手に来るでしょ」
「ほったらかしなんですか」
「あれで、あいつら結構逞しいのよ。自分たちで馬車とか雇うんじゃない。部費も預けてあるし」
「ふーん」
合宿参加者全員分の野営道具関係と食材や飲料水などの消耗品は、エステルちゃんとレイヴンの皆が手配して揃えてくれた。
ナイア湖までは、うちの馬車ともう1台馬車をレンタルして、2台の馬車で行くことにする。レイヴンメンバーは騎馬だね。
さて準備はOKかな。皆が集まったら、合同合宿訓練にさあ出発だ。
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