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第217話 呼び寄せの腕輪

「まあ、ザカリー様、エステルさん。ようこそいらっしゃいました」

「こんにちは、ブリサさん。お邪魔します」

「お久しぶりです、ブリサさん」


「さあさ、ゆっくり見て行ってくださいね。エステルさんをご案内して」

「はい、ありがとうございます」


 エステルちゃんは店員さんに案内されて店内を見に行った。

 これからが男の辛抱の時間だ。今世や前世にこういう経験や記憶は僅かだが、前々世には少しはある。ホントだよ。



「ザカリー様はどうされますか? 男性用ならあちらですけど、子爵家のご子息様のお眼鏡にかなうかどうか」

「いや僕は後で勝手に見させていただきますけど、その前にご相談が」

「はい?」


 俺はブリサさんに、今日はエステルちゃんが気に入った物を買うけど、それとは別に何かプレゼントする物を買いたいと伝えた。

 でも、どんな物を選べばいいか分からないので、少し助けてほしいと。


「まあまあ、ザカリー様はなんとお優しい。私の記憶が正しければ、確か以前にも、こっそり買われましたよね。そうです、髪飾りだったかと」

「良く憶えてますね」

「はい。あの時のザカリー様が、あまりにも可愛らしかったもので。いえ、お値段を聞いて、真剣に考えられていたそのお姿が。これは失礼をいたしました」


「ははは。じつはあの時、僕、初めて買い物をしたんですよ。だからまごついて。情けないですね、貴族の息子って」

「いえいえ、そういうことではないのです。私には、子どもの自分がそれなりの額のものを買っていいのか、あの髪飾りを買って本当に喜んで貰えるのか、そんなあれこれを真剣に悩んでいらっしゃるお姿に見えまして」


 そんな風に見えてたんだね。

 実際の俺は、魂は多くの経験を経た大人だから、それほど悩んではいなかったのだけど、エステルちゃんに黙って買うことに少し躊躇いがあったのかも知れない。



「それで、どのような物がよろしいでしょうか」

「それがどうも分からなくて」

「ふふふ。正直ですね、ザカリー様は。では視点を変えて、ご予算はいかほどぐらいで」

「彼女が選んだ買い物と合わせて、3万エルまでなら」


「おやまあ、それほどに。ザカリー様も随分とご成長されたのですね。では、エステルさんご自身が選ばれるのが5、6千エルぐらいと想定して、ギリギリはよろしくないですから、2万エル程度を上限としましょうか」

「良く分かりませんが、ではそれで」

「はい、うけたまわりました」


 20万円ぐらいか。それでもかなりの金額だ。ブリサさんはどんな物を勧めてくるんだろうな。

 彼女は少しの時間、店の奥に行っていたが、戻って来ると俺を半個室になっている部屋に案内した。


「こちらのお部屋は、お得意様とか高価な商品をご購入されるお客様に、お品物をご紹介する部屋ですのよ。さあ、ソファにお座りくださいな」

「はい。それでは」



「私がお勧めするのは、こちらです」


 眼の前のテーブルに広げられた厚手の布の上に置かれたのは、まったく同じデザインのふたつのブレスレットだった。

 一見華奢でシンプルなデザインのそれは、しかしただの宝飾品には見えない。


「これは?」

「先ほどエステルさんのお姿を拝見した時、首から下げておられたネックレスは、ただのネックレスではございませんでしたよね」

「はい、僕の母からの贈り物で、普通の物ではありません。僕も同じ物をお揃いで貰っていますが」

「魔導具ですね。私は、あれは身代わりの首飾りと見ました」


「さすがですね。その通りです」

「このブレスレットは、あのネックレスには及びませんが、やはり魔導具です。それもかなり古代のもの」

「どのような魔導具なのですか?」



「呼び寄せの腕輪、です」

「呼び寄せの腕輪?」

「はい。この腕輪は、もしもの時にもうひとつの腕輪をされている方を、直ぐ近くに呼び寄せます。1回きりしか使えず、使えば両方とも消えて無くなるそうですが」


「どういう風に使うんですか?」

「もう片方の腕輪をされている方を、キ素力を込めながら強く想うのです。そうすれば、どんなに遠く離れていても腕輪同士が感応して想いが伝わり、瞬時に呼び寄せることが出来るそうです。尤も試すことは出来ませんけどね。無くなってしまいますから」


「手に取ってみていいですか?」

「はい、どうぞ」


 俺はひとつを手にして、見鬼の力でこのブレスレットを凝視みつめる。

 確かに魔導具であることは間違いない。しかしその能力までは分からなかった。

 ただ俺には試すことが出来る。すべてのものを完全にコピーする、神サマから与えられた写しの力があるからだ。



「どうです。このブレスレットに本当にそんな力があるか、試すことが出来ないので分かりませんよね。でももし、ザカリー様にご関心があるのでしたら、お譲りいたします」

「お幾らで?」

「おふたりがお持ちの身代わりの首飾りの価値は、買えばおそらく5千万エルは下らないでしょう。アナスタシア様がお持ちだった物でしたら、間違い無く本物ですので」


 ひぇー、あれって5億円ですかー。そうですかー。これはエステルちゃんには内緒にして置きましょう。


「この呼び寄せの腕輪は、ある方から譲り受けた物で、本当にそんな能力があるか確かめようがありません。ですので、ザカリー様とエステルさんが身に着けていただけるのなら、そうですね、1万エルで結構です」

「え、1万エルですか? 身代わりの首飾りが5千万エルですよね。それよりは価値が下がると言っても」


「はい。でも偽物だとしたら高いお買い物でしょ。それに、本当にもしもの時に、もし何の効果も起きなかったら、普通の人ならそれで人生がお終いですよね。でもザカリー様とエステルさんなら、なんだか冗談で済みそうな気がしまして。これは失礼なことを申しました。ほほほほ」



 まあ、俺とエステルちゃんなら、このブレスレットに頼らなくてもどんな危機でも乗り越えられる自信はある。

 でもこれをふたりで身に着ければ、たとえ紛い物でもなんだか絆がより一層強くなる気がした。

 きっとそうなるよと、ふたつのブレスレットが俺に語りかけて来るようにも思える。


「よしっ、買いましょう。いえ、この呼び寄せの腕輪を是非いただきたいです」

「ザカリー様なら、そうおっしゃると思いましたよ。これで商談成立ですね。それでは後でおふたりで開けられるように、ひとつずつ箱に入れて包ませましょうね」



 俺の買い物が決まり半個室を出て、女性物の売場へと行く。すると、試着室からエステルちゃんが出て来るところだった。

 あれは秋物かな。シックで大人っぽい装いだ。見た目15歳の彼女だが、王都に行ってなんだか貫禄が付いて来たようにも思え、大人びた服でも似合う感じがする。


「ザックさま、ザックさま、これどうですか? 似合います? ザックさまはお好きですか?」

「うん、良く似合うよ。いいと思う。秋の王都にきっと映える。僕も好きだよ」


 言葉と態度、行動とカタチ、言葉と態度、行動とカタチ。


「そうですか、そうですよね。でも、こっちと迷ってるんです。どっちにしようかな」

「どれどれ」


 同じような秋物だが、色合いやデザインが少し違うようだ。どっちも同じじゃ、と口から出そうになるのを危うく留める。

 エステルちゃんは手に持ったもう1着を見ながら、うーんうーんと悩んでいる。

 言葉と態度、行動とカタチ、言葉と態度、行動とカタチ。

 側に女性店員さんいるのに気が付き、小声で尋ねる。


「今着てるのはお幾らですか?」

「はい、お召しになられているのは2千2百エルでございます。お手にされているのは2千エルになります」

「ありがとう、わかりました」


 特別に高価という訳ではないんだね。いや、あまり高いものをエステルちゃんが選ばなかったのかな。

 でも、いちばん気に入ったのなら、それが良い物だよね。



「エステルちゃん、ふたつとも買おうよ。1着じゃ足らなくなるよ」

「えー、でもでも。さっき、トゲトゲを3つも買っちゃったし」

「大丈夫。ここは僕にどーんと任せて」

「もうザックさまは。ランチ代残ります?」

「ダイジョブダイジョブ」

「もう」


「あれ両方ともお願いします」

「はい、承知いたしました」


 ここは俺が強引に押し切った。ブリサさんが呼ぶので、会計を済ます。


「エステルさんは、お値段が高くなくても良いものを選びましたね。それをふたつとも買われた今日のザカリー様は、ちょっとだけ男らしいですよ」

「ちょっとだけ、ですか?」

「ふふふ、ちょっとだけです。お品物なんて、お財布に余裕があれば誰でもいくらでも買えますからね。以前と比べると随分と男らしくなられましたけど、だからちょっとです」

「はあ」


 さて、お腹も空いて来たし、ランチに行こうかな。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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