第19話 剣術稽古の見学
5歳の誕生日がもうすぐです。
剣のひとり稽古と身体づくりは、ほぼ毎日続けている。
肉体もだいぶしっかりしてきたようだ。身長はたぶん120センチメートル近くにはなったから、まあ良いんじゃないかな。前世で俺はそれほど大きくなかったので、少し楽しみ。
こちらの世界では、人の種類も見かけもバラエティに富んでるから、身体の大きさもいろいろだ。
今のところ人族しかいない俺の回りで、いちばん背が高いのは庭師のダレルさん。190センチ以上はあるんじゃないかな。ヴィンス父さんや家令のウォルターさんも180センチは超えている感じだ。
騎士団長のクレイグさんも大きいよ。背の高さはダレルさんほどじゃないけど、なにしろ肉体が分厚そうだ。副騎士団長のネイサンさんも身長はそれほどでもないけど、鍛えられているのが良くわかる。
というか、この人たちは皆もの凄く身体を鍛えている。ハダカを見たことがあるのはヴィンス父さんだけだけど、それはそれは筋肉モリモリ蝶だった。えっ、その表現懐かしいって?
まぁそんな話題はともかく、俺はあれから3歳、4歳と剣の稽古は、素振りとひとりで行う形稽古のみだ。
今のところは、まだこれで充分だと思っている。
間合いの取り方、見切りや受けなんかは相手がいた方が良いのだけど、いまは身体をつくって成長させながら、前世で鍛えた剣をこの肉体に刷り込んで行く作業に徹している。
だから、ときどき一緒に素振りをしているアビー姉ちゃんが、「ねえザック、そろそろヤッてみない?」と言ってきても、俺は逃げている。
これ、エッチな話じゃないよ。組太刀や試合稽古つまり模擬戦のことだよ。
「いやだよー、まだ怖いからー。僕、初めてはもう少しあとでいいよー」と、俺はいつも断っている。これ、エッチな話じゃないよ。
「姉ちゃん、強いし」
「そ、そうよね。ザックはまだちいちゃいから。まだ早いか」
そう、いろいろまだちっちゃいです。
大人がいないところでアビーに怪我をさせられないし、もちろん怪我をさせないように立ち回ることもできるのだけど、まだそんな動きを見せるわけにはいかない。
それに木剣や木刀でも、人を殺せるんだよ。
アビーは7歳になって、ようやく少女らしくなってきた。
でも相変わらずいちばん好きなのは剣術らしく、ますます剣の稽古に力を入れている。
だからお世辞じゃなく、7歳にしては強いだろうというのは、木剣を振っている姿を見ていてもわかるよ。
もう少ししたら5歳になるというある日、ようやくヴァニー姉さんとアビー姉ちゃんの剣の稽古見学を許された。と言うか、父さんに誘われたんだよね。
「ザックも、ヴァニーたちの稽古を見るか」
「うん!」
それで、姉さんたちが稽古をしている騎士団の訓練場に連れられて行った。
クロウちゃんは迷惑になるといけないから、シンディーちゃんに預けてきました。
騎士団の施設は領主館の敷地内にあって、俺たちが住む屋敷からは歩いてすぐだ。
本部の建物があり、騎士団が管理する馬車の車庫や大きな馬屋、武器庫、そして騎士団寮もある。
寮には、独身の若い騎士が数人と従騎士が全員、何人かの従士、それから騎士見習いの子たちが暮らしている。ちなみに領都に家を持っているベテラン騎士は通いで、従士たちもほとんど通いだそうだ。
これらの建物の奥に広いグランドと屋内訓練場がある。
姉さんたちが騎士見習いの子たちに混ざって、すでに剣の稽古を始めていた。
指導は若手騎士のメルヴィンさんで、騎士団長のクレイグさんが少し離れて見ている。
父さんに連れられて近づく俺を見ると、クレイグさんがニカーっと笑った。なんでこの人は、俺と会うたびにニカーっとするんだろ。
「ザカリー様、いらっしゃい。見学は初めてでしたな」
「おはようございます。クレイグ騎士団長。今日はよろしくお願いします」
俺の挨拶に、「ザカリー様も訓練に参加しますかな?」と、ニヤニヤしながら聞いてきやがったよ。
俺は思わず、横にいる父さんの顔を見上げてしまった。
「いやいや、クレイグ。ザックは5歳の誕生日を迎えてからだな」
「はっはっは、そうでしたな。もう少し我慢してもらうとしましょうか。退屈でしょうが」
やれやれ、このおっさん、なんだか俺をからかって楽しんでるな。
まだ何か俺に言いたそうだったけど、無視して姉さんたちを見ましょ。無視、無視。
姉さんたちと騎士見習いたちは、指導騎士の掛け声で素振りを続けたあと、「ふたりずつ組になって打込み稽古始めっ!」の声に、「はいっ!」と一斉に応え、間隔を空けて広がり、打込み稽古を始めた。
うん、皆なかなか元気があって、よろしい。
打込み稽古は、ふたりで組になり、俺が元いた世界で言う片方が打太刀、もう片方が仕太刀となって、打太刀側が剣を打込むというもの。
前世と異なるのは、受ける仕太刀側が剣とは別の手で木製のバックラー(小型の丸盾)を構えていることだ。打太刀側は相手のバックラーに向かって、思いっきり打込むことができる。
ガン、ガン、ガンと威勢の良い音が響く。
姉さんたちもそれぞれ騎士見習いの子と組んで、勢い良く打込み稽古を行っている。
アビー姉ちゃんは、自分より大きい男の子の構えるバックラーに、まるで全身バネのように躍動して木剣を打込む。
一方、今年9歳になったヴァニー姉さんは、同じ年齢ぐらいの女の子の騎士見習いと組んで、想像していた以上に激しく打込み稽古をしている。
屋敷でふだんは、どうしてもアビーと比べるとおとなしくて女の子らしいヴァニー姉さんだが、なかなかどうして。それになんとも、打込む姿も、相手の木剣を受ける姿もしなやかで美しい。
「どうだいザック。姉さんたちも、なかなかのもんだろ」
ヴィンス父さんは自慢げだ。と言うか、なんだか娘たちの様子を眺めて顔が緩んでいる。親バカだな。
「うん、姉さんたちはとても上手だね」
「子爵家令嬢じゃなかったら、すぐにでも騎士見習いで引き取るんだがね」
と、クレイグさん。
「今日は試合稽古を行う! 左右に二手に分かれて、俺に名前を呼ばれた者は前に出ろ! 今日は子爵様と団長、それにザカリー様も見学しているから、気合い入れろよっ!」
「おおーっ!!」「よしっ!!」「はいっ!!」
元気いっぱいの声が響く。
試合稽古か、なかなかいいね。ところで俺が見学してるのは、おまけだよね。
姉さんふたりを加えた10人の少年少女たちが、距離を空けて左右二手に分かれて並ぶ。
「では最初は、エイリークとアビゲイル様! 前に出ろ!」
おっ、アビー姉ちゃんがトップバッターだ。エイリークくんは、騎士見習いの子たちの中で最年少の、たしか8歳だったかな。
ふたりが、片手にショートソードの木剣、もう一方の手に木製バックラーを持ち、ゆっくりと前に出る。
みんなお揃いの練習用の皮鎧を着用しているので、多少は木剣が身体に入っても大丈夫だろう。
エイリークくんはちょっと緊張してるな。アビー姉ちゃんは……アビーの脳内辞書には緊張という2文字は存在しない。
試合稽古とはいえ、ヴァニー姉さんとアビー姉ちゃんが誰かと戦うのを見るのは、これが初めてだ。
どんな試合になるのだろ。うん、楽しみだね!!
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