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第209話 夏至祭での前祝い

 6月22日に夏休みの帰省でグリフィニアに帰って、久しぶりの領主屋敷でなんとなくのんびりと過ごしていたら、あっという間に恒例の夏至祭。

 実際には27日が夏至の日だが、前日の26日が夏至イヴで領都を挙げて盛大に盛り上がる。

 様々な屋台が並ぶ中央広場にはカラフルな花々に飾られたポールが何本も立ち、花冠を冠った少女たちをはじめ、思い思いに着飾った人びとが繰り出して賑わう。


 これも恒例の仮設舞台上に俺たち領主一家が上がり、ヴィンス父さんが今年いちばんの明るさを込めた声を張り上げ、「太陽と夏の女神アマラ様に感謝を込めて、……グリフィン子爵領、今年の夏祭りを開催する!」と宣言する。



 あとは楽しい屋台巡りだ。

 父さんは、クレイグ騎士団長やウォルターさんなど、子爵領の重鎮たちと本部で待機しているが、アン母さんを先頭にヴァニー姉さん、アビー姉ちゃん、竜人の双子の妹のユディちゃんと手を繋いでいるエステルちゃん。それから、母さん付き侍女筆頭のリーザさんたち若い侍女さん数人と、うちの女性たちが華やかに練り歩く。


 俺は頭にクロウちゃんを乗せ最後尾に従っている。付いていてくれるのは、双子の兄のフォルくんだ。

 もう俺も、女性ばかりの集団に混ざって屋台を巡る年齢としでもなくなって来たんだけどな。

「いいから、逆らうなって」と、なぜか頭の中で同級生のライくんの諦め声が響きます。

 ライも自分の男爵領で、夏至祭の屋台巡りでもしてるのかな。



「ザカリー様、どうかしましたか? ぼーっとしてますよ」

「え? あ、ちょっと不意に友だちの声が聞こえた気がしてさ」

「お友だちの声ですか?」

「うん、いや、気のせい」


「そう言えば、トビーさんは毎年一緒に来られなくて残念ですよね」

「トビー選手は、夜のパーティーの料理準備があるからね。その分、明日は1日屋台巡りだよ」

「そうですね。なんでも、半年分の屋台料理を食べるそうです。冬至祭で残りの半年分、って言ってました」


「それもなんだかなあ。リーザさんでも誘えばいいのに」

「リーザさんですか?」

「いや、なんでもないよ」



「ザックさまぁ、こっちこっち。フォルくんもこっちですよ」


「あ、エステルさんが呼んでます、ザカリー様」

「はーい、いま行きますよー」「カァ」


 エステルちゃんとユディちゃんが、美味しそうな匂いをこれでもかと振りまく屋台の前で手を振っている。

 シシケバブ風の串焼き屋さんだな。隣は、こちらも負けじと煙を上げる魚貝焼き屋台だ。これらの焼き物料理を買って、ワイン片手に立ち食いをするのが流儀なんだよね。

 でも、フォルくんとユディちゃんは、まだワインはダメですよ。


 エステルちゃんは以前の侍女服ではなく、貴族の娘衣装だ。なんでも新しい部屋の衣装ダンスに、王都行きの際に母さんから貰った娘時代の衣装とは別の衣装が既に入っていたのだそうだ。

「人前では、こっちでも侍女服は禁止よ」と言われたらしい。



 屋台と屋台の間の各所に設置されている立食用テーブルに、買い集めて来た屋台料理を並べて食べながらワインを飲む。

 で、アビー姉ちゃんは、いつ現れたのかな?


「だってほら、母さん姉さんと侍女さんたちは、あっちのアクセサリー系の露店巡りに行ったからさ」

「姉ちゃんも食べてばかりじゃなくて、たまにはアクセサリーとか見ればいいじゃん」

「いいの。わたしには、エネルギー大量摂取という大切な作業があるの。それよりもあんたの方こそ、エステルちゃんとユディちゃんに何か買ってあげなさい」


「僕、じつはお金持って無いんですな。ぜんぶエステルちゃん」

「あんたは」

「今日は少し持ちますかって聞いたんですけど、いいっておっしゃるから」

「この4人の中で、いちばん貧乏なんですわ」

「て、無一文なんでしょ。あんた、どうしてそういうとこ、自立出来ないかな」

「カァ」



 屋台料理とワインを楽しみながらそんな話をしている俺たちの前に、大人数の人影が現れた。なんだなんだ。なぜ並んで立つ。


「ザカリーの旦那、エステルのあねさん、それからアビゲイル様。お帰りなさいまし」

「旦那、お帰りなさい」「姐御あねごもご壮健で」「ねえさん、お久しぶりぃ」「ご無事でなにより」「お務めご苦労様です」


 冒険者の皆さんでした。

 俺とエステルちゃんが屋台巡りや屋台料理を楽しんでいると、うちの領の冒険者さんが揃って挨拶に来るのが、近年の夏至祭と冬至祭のこれも恒例行事になっている。


 挨拶とかいいからって言っても、一向にやめないんだよね。

 それから、お務めご苦労様って何だ。ムなんとか帰りじゃないんだから。

 フォルくんもユディちゃんも初めは吃驚して怖がってたけど、さすがにもう慣れたみたいだよ。


「うん、ありがとう。無事に帰省しました(やっぱり今年も来るかー)」

「皆さんもお元気そうで(毎年だけど、恥ずかしいですぅ)」


「ザカリー様、エステルねえさん、その節は」

「お、ニックさんたちか。王都に来たら、また寄ってね」

「へいっ、ありがとうございます」


「それじゃ失礼します」「たまには、ギルドにも遊びに来てくだせぇ」「ねえさん、またー」「しゃーっす」



 やれやれ、やっと行きましたか。

 ニックさんたちサンダーソードも、余計なこと言い出さなくて良かった。どうやら口にチャックはしているようだ。


「ねえザック、あれ確かニックとかいう人でしょ。その節はって?」

「ああ、なんでも王都で依頼があったとかで、サンダーソードの連中が王都屋敷に顔を出してくれたことがあったんだよ。それでお昼をご馳走してさ。ね、エステルちゃん」

「は、はい、そうですね。先月でしたか」

「ふーん」


「それにしても、冒険者が集団であんたたちのところに挨拶に来るのも、すっかりお祭りの風物詩になったわよね」

「あはははは、困ったものですぅ。お祭りのご迷惑にならなければ、いいんですけど」

「僕とエステルちゃんは、そんな風物詩いらないんだけどね」

「領都の人たちも、すっかり慣れてるわよ。気にせずみんな踊り始めてるし」


 中央広場では、領都民が子どもも大人も、老いも若きも、男性も女性もこぞって参加し輪になって踊る。

 まず最初にヴィンス父さんとアン母さんが踊り出し、それから大勢の人たちが加わって行くのも毎年の光景だ。

 そう言えば父さん母さんがまず踊り始めるのって、9年前の夏至祭事件がきっかけだったんだよな。




 夜は領主屋敷の大広間で、夏至と冬至の年に2回のご招待客をお呼びしたパーティーだ。

 と言っても、招待客はほとんどが領都の有力者たちで一般の領民だし、それほど格式張ったものではない。

 皆が少し着飾った装いで参加し、レジナルド料理長とトビーくんが腕によりをかけた料理とお酒を楽しみ、楽器が弾ける侍女さんたちの演奏や唄声を楽しみ、思い思いに踊る。

 そんな気安い雰囲気のパーティーだね。



「みんなちょっと聞いてくれー。おーい、ジェルメール従騎士はこちらに。子爵様と奥様もお願いします。それからザカリー様、エステルさんも」


 クレイグ騎士団長の良く通る戦場声が大広間に響き、大広間の全員が注目する。奏でられていた音楽も止まった。


 カロちゃんも交えて話していた俺とエステルちゃんは顔を見合わせ、クレイグさんのもとに行く。

 ジェルさんが呼ばれたので、きっとあの件だね。

 既にジェルさんが緊張した面持ちで騎士団長に並んで立っており、ネイサン副騎士団長とウォルターさんも横にいた。


「お、発表するか。それじゃ頼むぞクレイグ」

「ほらほら、ジェルメールさんもリラックスよ」

「子爵様、奥様。それでは始めますかな。ザカリー様とエステルさんもこちらに」


 クレイグ騎士団長とジェルさんを中央に挟んで、父さんと母さんふたりと俺とエステルちゃんがそれぞれ並ぶ。その横にはネイサンさんとウォルターさんだ。

 オネルさん、ブルーノさん、ライナさんのレイヴンメンバーも近くに来てるね。



「お集りいただいた皆さんに、ご報告することがある。ここに控えるジェルメール・バリエ従騎士が、来る7月3日、晴れて騎士爵を叙爵することが正式に決まった。お父上は現在、お身体の具合が不調のため領地の村で静養されていて、残念ながら共に祝うことが出来ないが、叙爵式に先だってここで皆さんにお知らせし、ジェルメールを盛大に祝ってほしい。それでは子爵様、ひと言お願いします」


「うん。叙爵式は4日後だが、まずは先にジェルメール従騎士にお目出度うと言っておこう。彼女は8歳より見習いとして騎士団に入り、従士、従騎士と順調に成長しながら務めを果たして来られた。特にこの何年かは、ここにいるエステルさんと一緒に、ザックのおりを大変だが良くしてくれている」


 そこで大広間内に笑いが起こった。そこ、笑うとこかなぁ。


「特に今年からは、王都屋敷分隊長として、エステルさんと共に我が子爵家の王都屋敷をしっかり護ってくれている。ありがとうジェルメール従騎士。そして騎士となり、バリエ家の柱として、グリフィン子爵家騎士団の重要な一員として、より一層活躍することを期待する。さあ皆さん、ジェルメール従騎士のために乾杯しよう。杯は持ったかな。少し早いがジェルメール・バリエ騎士に、乾杯っ」

「カンパーイ」



「あ、ありがとうございます……」


 ジェルさんは深々と頭を下げた。横にいる俺とエステルちゃんも一緒に頭を下げる。

 大広間が盛大な拍手で包まれ、「お目出度う」「頑張れよー」という声がいくつも掛かる。「これからもザカリー様を頼むぞー」という声もあるけど。


 拍手が鳴り止むまで下げ続けたジェルさんが頭を上げると、大粒の涙を流しながらもその顔は、晴れ晴れと誇りに満ち溢れた笑顔だった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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