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第201話 王宮正門前

 学院の奥の森の中に黒い霧に包まれて下りたアルさんは、俺たちが背中から飛び降りると、姿隠しの黒魔法を解くことなく再び浮き上がった。


「(それではまたですじゃ。楽しかったの)」

「(うん、いろいろありがとう、アルさん)」

「(またね、アルさん。今日は本当にありがとうございます)」

「(カァカァ)」


「(おおそうじゃ、また時間をいじっときましたからな。今はお昼ぐらいになってるの)」

「(それは助かる。いつもありがと)」

「(では、バイバイじゃ)」


 アルさんは黒雲となって空の彼方に消えて行った。



「ホントはもう、1日分ぐらい時間が経ってるよね」

「そうですね。お腹が空きましたぁ」

「カァ、カァ」

「これから商業街でお店を探すのも時間がかかるから、学院生食堂でご飯を食べようか」

「いいですね、それ」


 クロウちゃんはいったん空に舞い上がり、俺とエステルちゃんは念のために姿隠しの魔法をそれぞれ自分に掛けて森を出る。


 この辺で魔法を解いてもいいかな。クロウちゃんも下りておいで。

 カァカァ。え、なになに、身体が前より凄く軽いのか。それってシルフェ様のおかげだね。



 アルさんはお昼時ぐらいって言ってたけど、今日は休日なので食堂に学院生の姿はちらほらしかない。

 顔見知りの学院生食堂のおばちゃんに、クロウちゃんはペットでおとなしくしてるからと許可を貰って、3人分のランチを注文する。

 1人前のボリュームが結構あるけど、クロウちゃんは食べられる? カァ。ああ、大丈夫なんですね。


 直ぐ近くに人がいないから聞かれる訳じゃないけど、俺とエステルちゃんは敢えて先ほどまでの出来事に触れることはしなかった。

 ふたりの大切な経験のうちのひとつ。特にエステルちゃんにとっては。

 だからふたりだけの時に落ち着いてゆっくりと話したい。



 ランチを食べ終わった後、暫く他愛もないことを話して、そろそろ屋敷に帰ることにした。

 でも帰る途中に、ちょっと王宮でも見学に行くかな。


 学院の正門を出るところで、クロウちゃんには先に屋敷に戻って貰う。

 ティモさんに、学院を出るときクロウちゃんを飛ばして報せるって約束したからね。うちの皆は心配性だからな。

 ということで、必要な場合にと用意している伝言用の袋をエステルちゃんが出して、俺がメモを書いて入れ、クロウちゃんの首に掛ける。


 じゃ、お願いします。カァ。

 シルフェ様のおかげで身体が凄く軽くなったというクロウちゃんは、あんなに食べたにも関わらず軽快に飛び上がると、屋敷に戻って行った。




 セルティア王国の王宮は、フォルス大通りに沿って続く商業街を行くと真正面に見えて来る。

 商業街から王宮方向を正面に右手側が王立学院エリア、左手側が貴族屋敷街エリアになる。

 俺とエステルちゃんは商業街のお店を覗きながら、のんびりと真っ直ぐ伸びるフォルス大通りを歩いて行った。


「へぇー、ここが王宮前大広場なんだね。なかなか広いな」

「はい。グリフィニアの中央広場よりも、ずっと広いですよね」


 フォルス大通りの終着点は、王宮前大広場だ。

 この広場の向うに王宮の正門がある。大通りを進んで来た馬車道はふたつに分かれ、それぞれが大広場を横に見ながら外側を廻って王宮正門へと至る。

 俺たちは広場内へと入った。


 街路樹に囲まれた大広場内には庭園や噴水なども整備されているが、人影は少ない。

 石畳が敷き詰められた、何も無い言葉通りの広場が大きく広がっている。



「広いけど、何だか殺風景だよね。屋台とか無いし、人も少ないし」

「内リングの中の王宮の正門前ですから。よっぽどの用が無ければ一般の人は来ませんしね」


「この広場は、王宮の行事とかに使うんだよね」

「その時は、たくさんの人が集まるみたいですけど」

「僕はグリフィニアの中央広場の方が好きだなー」

「わたしもですぅ」


 グリフィニアの中央広場は領都の真ん中にあって、いつもたくさんの屋台が出ている。

 多くの領都民が散策や買い物で利用し、昼時や夕食前の時間帯には屋台で売っている食材や料理、お菓子類などを求めていつも賑わっている。

 それと単純に比べることはできないが、こちらの王宮前広場は奇麗に整備されているだけに、いかにも官製の施設といった感じだ。



 王宮の正門に到着する。凄く大きくて立派な門だ。

 門の左右にはそれぞれ、飾りの施されたハルバートを地に立てて持つ王宮衛兵が身じろぎもせず立っている。

 普段の徒歩の出入りは、格子門の左右にある小門を使うのだろうね。

 俺とエステルちゃんが閉ざされた巨大な格子門の前に立つと、衛兵がギロっと目だけでこちらを見た。


「ふーん、この門を入ると、正面に大きな建物があるよね」

「ちょっとザックさま。お顔をそんなに格子にくっつけるとバッチいですよ」

「いやー、門の外から中を覗くなんて、したこと無いからさ」

「ほらほら、両手で握ると手も汚れます。それに、間違って格子を曲げたら怒られますよ」


 いや、俺は超人なんとかじゃないからさ。さすがにキ素力とか込めないと、この金属製の格子は曲がりませんよ。



「おい、おまえら。身なりは良いからどこぞのボンボンかも知れんが、王宮正門の前で騒ぐな。門から離れて、気が済んだら立ち去れ」

「へい、すんませんこって」


「なんですか、そのお返事は」

「いやー、なんとなく」

「どこで覚えるんですかね、そんな言葉使い」


 エステルちゃんに小声で叱られた。

 俺は王都では学院内でしか顔を知られていないし、もちろん貴族の息子と知られることも無い。

 俺的にはどっちでもいいけど、王宮前で知られるのはちょっと面倒くさいかな。



「お嬢様、お待ちください。いま馬車のご用意をしておりますから」

「商業街に寄りたいから、私は歩いて行きます」

「そんな、ダメですよ。ここは学院の中ではないのですから」

「いいのです。あなたは黙って付いてらっしゃい。それとサディアスは、ここでもういいですから」


 俺がエステルちゃんと正門前でコソコソ話していると、門の内側からそんな声が近づいて来た。

 なんだか聞き覚えのある声なんですけど。

 そちらを見ると、ふたりの女性が言い合うその声は左側の小門の方に移動している。

 直ぐに立ち去った方がいいよー、という心の声が聞こえて来た。


「えーと、エステルちゃん、ただちに」

「はい?」

「あー、あー、そ、そこにいるのはー。ザ、ザッカリー君!」


 見つかりました。逃げ遅れました。危険を知らせる勘が遅かった。

 俺の方を向いていたエステルちゃんが、「えっ?」と声の方に振り向く。

 小門からは、よそ行きの美しい衣装に身に包んだ貴族のご令嬢とそのお付きらしい侍女、そしてひとりの騎士が出て来たところだった。



「おお、これはこれは、フェリシア様ではないですかー」


「(ザックさま、どなた?)」

「(フォレスト公爵家の長女で、うちの学院生会の会長。入学式にいたでしょ。とっても面倒くさい人)」

「(ああ)」


「ザ、ザカリー君、こんなところで、どうしたのかな、かな?」

「お嬢様、どなた様でございましょう」

「あなたは何言ってるの。ザカリー・グリフィン様、グリフィン子爵家のご長男よ」


 フェリさんが大きな声でそんなことを言うものだから、先ほど俺に「おまえ」とか言った衛兵さんが、慌てて恐縮して頭を下げてるじゃないですか。

 そしてフェリさんの後ろの騎士さんが、強い眼差しで俺のことを真っ直ぐ見つめて来た。


 なんだか面倒くさいのが増し増しな予感がする。

 時刻は午後過ぎだけど、時間がいじられている俺とエステルちゃんの経過時間はもう夜なんだよね。

 とても疲れてるんですけど。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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