第200話 魂の繋がり
「さあ、エステルはザックさんの隣にお座りなさい」と言われて、エステルちゃんは俺の直ぐ側に座る。
彼女からは、シルフェ様と同じほのかに甘い香りが漂って来ている。
クロウちゃんはこれまで以上に甘えて、エステルちゃんの膝の上に落ち着いていた。
「アルから聞いてるわ」
「王都の地下洞窟のことですか?」
「ええ、それから、あなたが住む国の王さんの家とニュムペさんのことね」
「わしもまだ、ニュムペさんを見つけておらんのじゃ」
ニュムペさんとは水の精霊の頭で、俺が住むセルティア王国の初代王ワイアット・フォルサイス一世は、ニュムペ様の配下のネーレという下級精霊と人族の男性との間に生まれた子だという。
やがて、人族の村で育ったワイアットくんが率いる部族たちの軍が建国戦争に勝利を収め、それまで人びとを苦しめていた部族王マルカルサスの一族と戦士、兵士を皆殺しにした。
その骸を葬るため、現在の王都の地下洞窟に地下墓所を短期間で建設するにあたって、母親をはじめ多くの下級精霊が協力したため、不浄に関わった精霊たちが住むニュムペ様の妖精の森は清浄さを損なわれて後に消滅してしまい、ニュムペ様は行方知れずになってしまった。
これらは、ファータにもエルフにも断片的ではあるが伝承として伝えられ、しかもアルさんは妖精の森が消滅する前の時期に、ニュムペ様から直接愚痴を聞いている歴史的事実なのだ。
「その辺のことは、随分と昔にわたしも、ニュムペさんから愚痴を聞かされていてね。彼女の妖精の森が無くなったというのも、聞いてはいたのだけど、彼女自身には会ってなかったのよ」
「そうなんですね」
ニュムペ様はシルフェ様にも愚痴を言っていたんだな。
水の精霊の頭が、風の精霊の頭に愚痴を言ってる図って。
ご近所の主婦同士の会話とかじゃないよね。
「それでアルから、ザックさんとエステルが住む場所の地下で、アンデッドが邪な力のせいで騒がしいと聞いてね。これはニュムペさんを探し出して、水の精霊に責任を取らせないと、って思うのよ」
「責任を取らせるんですか?」
「そうよ。だって元はその水の下級精霊と、その息子だかのせいなんでしょ。人族たちが勝手に争うのはまだ仕方ないとして、だいたいなんで、精霊に地下墓所なんかを造る手伝いをさせたのかしら。それも、うちのエステルとザックさんが住むところの地下なんかに。アンデッドが湧くということは、その墓所がちゃんと浄化されてないってことだわ。それに、地下墓所の入口がザックさんの学んでる学院にあるのよね」
「…………」
シルフェ様は言葉にしながら、徐々に怒りが湧いて来たようだ。
あの、800年前と現在がごっちゃになってますよ、シルフェ様。怒るのは分かるんですけど。ちょっと危険そうな匂いのする風が、お身体から洩れ出てますよ。
「だからわたしが、ニュムペさんを探し出します。それであの子になんとかさせます」
「はあ」
「まあまあ、シルフェさん。怒るのは分かるがの、あのお方自身も当時は困っておったのじゃし」
「でもね、アル。困って愚痴を言うだけじゃなくて、何とかするのが精霊を束ねる者の責任でしょ。そんなのだから、自分の森を無くしたり、邪なのにつけ込まれたりするんだわ。そうだわ、原因を作ったその王さんだかの一族にも責任を取って貰いましょ」
もしかして、セルティア王国の王家が滅びる危機にまで話が発展してます? ある日突然、王宮を壊滅させるような大嵐が吹くとか?
そんなことになると王国が弱体化して、北方帝国や下手をするとエンキワナ大陸の妖魔族なんかに征服されてしまうんじゃないか。
とりあえず、シルフェ様は怒りを収めて落ち着きましょう。
俺は仕方がないので、妖魔族と手を結んでいるらしい北方帝国ノールランドの触手が、この何年かに渡ってじわじわと迫っていること。実際にリガニア地方で続いている紛争や、ファータの里の近くで2年前に俺たちが体験したことなどを話した。
「どうも僕は、今回の件がそれらとまったく無縁とは思えないんですよね」
「なるほどのう。妖魔族が随分と騒がしいのじゃな。この前、ザックさまが言っていた、妖魔族の剣士の技と、あのふにょふにょ壁との類似もあるしの」
妖魔族の剣士の技と聞いてその時の情景を想いだしたのか、エステルちゃんが俺の腕に手を絡ませる。
「大丈夫ですよ、エステル。ザックさんはそんな者どもには負けませんし、万が一の時はわたしたち風の精霊が、総力を挙げてザックさんとあなたを護ります」
俺は以前にファータの里でエーリッキ爺ちゃんから聞いた、クロミズチ襲来伝説の話を思い出した。
大昔に、ファータの里を襲ったクロミズチをシルフェ様が起こした大竜巻が飲み込み、シルフェーダ家のご先祖様がダガーをクロミズチの目に撃ち込んだという伝説。
「わかりましたよ。とりあえず、ザックさんたちが住む国が弱ってしまうようなことは、しないでおきましょう。でも、責任を取らせるかどうかはともかくとして、ニュムペさんは探さないとだわね」
「そうだの。わしも引き続き、探すとしますじゃ」
それからは、ファータの里のことなどに話題を変えて楽しく話をした後、俺たちはお暇することにした。
エステルちゃんは、来た時の服に着替えに奥に行っている。
「ザックさん、ちょっと近くにいらっしゃい」
「はい」
「あなただけには言っておくわね。エステルには内緒よ」
「何でしょうか」
「あのね、さっきの魂の繋がりの話なんだけど」
「はい」
「エステルには、わたしの魂が強く繋がっています。それはわかりますよね」
「ええ、ふたりを見れば」
「でもなぜそうなのか。それはあの子に、もうひとつ別の魂の繋がりがあって、どうやらそれらが融合してお互いを高め合って、だからファータの誰よりもわたしの魂との繋がりが色濃く出ているようなのよ」
「それで、そのもうひとつの魂の繋がりなのだけど」
「はい」
「あなたのと、なんだか似てるのよね。流転人であるあなたのと」
「え? そうなんですか。それって?」
「わたしにも、はっきりとはわからないのだけど。たぶん、アマラ様なら……」
その時、大きな包みを抱えてこちらに近づいて来るエステルちゃんの姿が見えた。
シルフェ様は俺の耳元で「またお話しましょ」と小さく囁いて、話はそれで終わった。
「今度は、わたしがエステルの住んでるところに行くわ」
「えー、シルフェ様がわたしのところにいらっしゃるんですか?」
「そうよ、その王都とかいうところにも興味があるし。いいでしょ」
「はいーっ」
シルフェ様からいただいたドレスがたぶん入っている大きな包みは、俺の無限インベントリに収納する。
「あらあら、ザックさんはそんなお力があるのね」
「ええ、僕固有の能力ということで」
「それは、神様のどなたかからの贈り物かしらね」
「そんなところです」
到着した草地に来た俺たちは、元の大きさに戻ったアルさんの背中に飛び乗る。
「そうだわ。ザックさんにわたしの力を授けるのはおこがましいけど、クロウちゃんにならいいわよね。ちょっといらっしゃい」
「カァ」
クロウちゃんが音を立てずに飛んで行き、シルフェ様の胸に飛び込む。エステルちゃんのお胸に飛び込む時と同じだな、キミは。
すると、クロウちゃんを抱いたシルフェ様を風と光が包み込んだ。
「さあ、これでいいわ。あなたは風に乗ってどこまでも自由に飛べます。そしてあなた自身が強い風を起こすこともできます。それでザックさんとエステルを助けなさい」
「カァ」
シルフェ様の甘い移り香が残っているクロウちゃんが、俺の腕の中に戻って来た。
なに? エステルちゃんと同じ感触だったの? カァ。その話はまた後で。
さあ、それでは帰りましょうか。
アルさんの巨体がふわりと宙に浮き、ゆっくりと上昇する。
下を見ると、シルフェ様と精霊さんたちが手を振り、それに合わせて優しい風が下から沸き起こって来る。
高く上昇しても、その爽やかな風だけが、アルさんの魔法障壁に護られた俺たちに名残惜しそうに薫って来るようだった。
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