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202/1121

第197話 アビー姉ちゃんの帰宅

 休日明けの2サイクル10日間の学院生活は、久しぶりに通常通りだ。

 学院長からの呼び出しも無く、講義を真面目にこなし、総合武術部の部活に精を出す。


 実技科目である初等魔法学と中等魔法学、剣術学中級はなぜか教える側の立場になってしまったので、どうも学院生としての感覚が狂うよね。

 特に剣術学中級は、受講生がブルクくんとルアちゃんだけなので、先生たちが加わった部活という感じだ。

 本来の担当教授であるフィランダー先生に、ディルク先生とフィロメナ先生も欠かさず参加するので、講義というよりこれは合同訓練だよな。これでいいのだろうか。



 5月27日。今日はエステルちゃんに指摘された俺の誕生日だね。

 この世界では一般的に誕生日や年齢は、前々世の世界ほどあまり気にされない場合が多い。

 ドワーフやエルフなど、見た目と年齢が人族の基準とは違う人たちがいるのも、理由としてあるのかな。

 だいたい12歳になれば、大人と同じように扱われることが多い。また、今年は12歳だねと言われれば、誕生日前であってももう12歳なのだ。


 と言うことで、本日俺は正式にやっと12歳になりました。

 学院では誰にも言ってないので、もちろんそれについての話題は無い。

 だいたい俺も、王都での身近な存在で誕生日を知っているのは、エステルちゃんとアビー姉ちゃんぐらいのものだからね。


 ところで前世では誕生日による星座占いなんてのがあったけど、この世界にもあるのかな。

 前々世が12月生まれの射手座で前世が牡羊座、今世は双子座になる訳だけど、だいたい1ヶ月の日数など暦も違うし、そもそも違う天体のようだから同じ星座があるのかも良く分からない。

 それにしても、3つも異なる星座を持つ俺の星座占いはどうなるのだろう。



 誕生日だからかそんなつまらないことを考えながら、たまたまひとりで学院内を歩いていると、何か強いエネルギーの塊がどこからか飛んで来て、俺の身体に凄い勢いでぶつかった。

 衝撃で少しよろける。ちょっと痛いんですけど。

 これって、例のキ素力を混ぜ込んだ思念の塊だ。


 まあ俺が独自に開発した遠隔通信用の方法で、この前にブラックドラゴンのアルさんとのやりとりに使用したもの。

 距離にもよるが、それなりに強力なキ素力と思念を撃ち出す必要があるし、相手がいるだいたいの方向が分かっていなければ届かない。

 それにこの通信を受ける方も、受け止める強さが必要だから、今のところアルさん相手ぐらいしか使えないものだよね。


 つまり今、俺に届いたのはアルさんからだ。思念の個性からアルさんのものとも分かる。

 なになに、近々会いたい、エステルちゃんも、か。

 なんだろう。アルさんの調査に何か進展でもあったのかな。

 エステルちゃんにも会いたいのだろうね。


 どうしよう、そうすると休日がいいよね。

 4日後の午前、この前と同じ場所で、という内容の思念の塊を作って、今届いたアルさんの思念の軌跡を辿るように超高速で撃ち出す。

 直ぐに、わかったじゃ、という返信が届く。だから、痛いんですけど。

 これ、普通の人宛に撃ったら相手は気絶するかな。死にはしないと思うけど。




 休日の1日目、午後に久しぶりにアビー姉ちゃんが屋敷に帰って来た。


 門の方が何やら騒がしいので行ってみると、姉ちゃんとアルポさんがファータの腰鉈こしなたを振り回している。


「何やってんだ、姉ちゃんは」

「あ、ザカリー様。アビゲイル様が帰っていらして、わしらの腰鉈こしなたに興味を示されてな。どうやって扱うんだと。それでアルポが」


 どうやらアルポさんに、腰鉈こしなたの使い方を教わっているらしい。

 それにしてもアルポさんも姉ちゃんも声がでかいから、騒がしいんだよね。

 そこにエステルちゃんもやって来た。


「アビーさま。門の直ぐ内ですよ。おやめください。そこで騒いで刃物を振り回してると、王都の衛兵が来ますよ。アルポさんも、やめなさい」


 ほら、怒られた。


「お、エステル嬢さん。すまんこって。でも、アビゲイル様がどうしてもと言うで」

「あ、エステルちゃん。つい珍しくて、使ってみたくて。ごめんなさい」

「アビーさま、お屋敷に入りますよ。腰鉈こしなたはエルノさんに返して」

「はい」



「ねえねえザック。エステルちゃんて、ちょっと見ないうちに貫禄出て来てない?」

「そうかなあ、そう言えばそうかも」

「うちの母さんにも少し似て来たよね。あんたもこれから大変だわ」

「そ、そうかな」


「なに、後ろでコソコソ話してるですか」

「いえ、何も」

「姉ちゃん、屋敷に帰るの久しぶりだな」

「そ、そうだねー」


「ごまかしてもダメですよ」

「これって、姉ちゃんもお説教かもよ」

「えーっ」

「カァ」



 アビー姉ちゃんとは、剣術訓練場で彼女も自分の課外部で訓練をしているので、わりと良く顔を合わせている。

 だが、休日に屋敷に帰って来ることはほとんど無いんだよね。

 自由人で野性人だから、いったい何をしていることやら。


「今日はザックさまのお誕生日会ですから、お説教はしませんよ。アビーさま、お帰りなさいませ。休日にはもっと顔を見せてくださいな」

「うん、ただいま。わたしもいろいろ、することがあってさ」


「どうせ手下を連れて、王都の中を練り歩いてるとかじゃないの?」

「手下って、あれはうちの部員でしょうが。違うわよザック」

「じゃあ、休みの日は何してるんだよ」

「あのー、部員と遠征訓練よ」


「遠征訓練? 何だそれ」

「どこに遠征してるですか?」


 俺はエステルちゃんと顔を見合わせた。

 この自由人の野性人、部員たちを巻き込んで何をしてるんだ。



「ちょっと王都の外に出て、そのー、近くの森とかにね」

「えー、姉ちゃん、王都の城壁の外に出掛けてるのか」

「アビーさまは、子爵家のお嬢さまですよ。危ないじゃないですか」


 話を聞いてみると、王都生活3年目のアビー姉ちゃんは、学院の中はもちろん王都内にも飽きてしまい、遠征訓練と称して王都の門外に部員たちを引き連れて行っているらしい。

 王都周辺には小さな森がいくつかあって、薬草採取など王都の冒険者の働き場所でもあるのだが、凶悪なのはいないものの獣や時には魔獣に出会うことがあるそうだ。


 野性の血が騒ぐのか、アビー姉ちゃんは出会でくわせばそういった獣や魔獣と闘い、森の中で実戦的な訓練を行っているらしい。

 だからさっき、ファータの狩りと戦闘の道具である腰鉈こしなたに強い関心を示したのか。

 この娘は、いったいどこを目指してるんだ?



「アビーさまはお強いですし、部員の方たちが付いているのなら大丈夫と思いますけど、気をつけてくださいよ」

「わかったわ。結構、慎重に行動してるから心配しないで。それより、ねえねえエステルちゃん。さっきの腰鉈こしなたって、手に入らないかな」


 姉ちゃんもか。どうして俺の周りの女の子たちって、そんなに腰鉈こしなたが好きなんだ。


腰鉈こしなたを手に入れてどうするんですか?」

「ほら、森で薮やつるを払うとか、それに獣にガツンと。そういう道具なんでしょ」

「それはそうなんですが。でもうちの里から取り寄せるとしても、ちょっと日にちがかかりますよ」

「そうかぁ」


 アビー姉ちゃんは日にちがかかると聞いて、落胆していた。

 気に入ったら、直ぐに手に入れて行動したい性格だからな。

 俺もかなり大切にしてるものだけど、まあ姉ちゃんにならいいか。


「(エステルちゃん、あれ、姉ちゃんにあげていいかな)」

「(ザックさまのですか? まああれはうちのお古ですので、また取り寄せればいいですけど。ザックさまがいいのなら)」

「(僕は普段使う訳じゃないから。道具としても使ってもらった方が喜ぶでしょ)」

「(まあ、そうですよね。それにアビーさまになら)」



「姉ちゃん、ちょっと待ってろ」

「なによ、急にふたりで黙り込んだと思ったら」


 俺は部屋の武器収納箱から、エステルちゃんちで貰った腰鉈こしなたを取って来た。

 お古とは言え、里長さとおさの家のものだから、かなり質の良い道具だ。

 じつは部屋から出る前に、もの凄く久しぶりだが俺の固有能力である写しの力を使って、鞘ごと寸分違わぬ完全コピー版を作成したんだ。

 コピーの方は武器収納箱に残した。この能力はエステルちゃんも知らない。


「これ、姉ちゃんにあげるよ。俺のお古で悪いけど。でも使ってないし、新品同様だよ。エステルちゃんもいいよね」

「ええ、うちの実家にあったものですけど、いい出来のものですよ。アビーさまなら、ぜんぜん構いませんよ」


「えーっ! いいのザック、エステルちゃん。嬉しいっ」


 俺が手渡すと、直ぐに鞘から抜いてブレードを見つめ、重さを確かめ、構えたりしていた。


「凄い凄いっ。いいよ、これ。大切に使うわ。ありがとうザック、エステルちゃん」

「ほらほらアビーさま。抜くのはいいですけど、お部屋の中で振り回さないでくださいね」

「えへへ、ごめん。つい嬉しくて」


 やっぱり野性の血が騒いでいるようでした。

 でも俺の誕生日に、俺がプレゼントする側ってどういうことだ? まあ姉ちゃんにならいいけどさ。



 その日の夕ご飯は、俺のお誕生日会ということで、いつものうちのメンバーにアビー姉ちゃんを加えて、少し豪勢な晩餐を楽しくいただきました。

 お料理はアデーレさんにエディットちゃんと、それからエステルちゃんも手伝って丹念に用意されたものだ。

 アルポさんとエルノさんも今日は特別だからと、ふたりともゆっくりしていてくれる。


 王都にいる家族はこれで全員だよね。俺が信頼する人たちだ。ありがとうみんな。俺も今世でようやく大人の一員になったよ。

 前世の世界がどちらの方向にあるのかは知らないが、俺は窓の外の夜空にそっと目をやった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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