第17話 綾の奥をほんの少し見られてた?
領主執務室での大人たちの報告会は雑談に移ったようだ。
それではそろそろ、式神のクロウちゃんも回収しましょうか。
「もー、ザックはどうしてそんなに下手なの。負けちゃうじゃない」
負けず嫌いのアビー姉ちゃんが俺に文句を言うけど、これサイコロの出目が悪いのもあるんだからね。
ヴァニー姉さん、カロちゃんと4人で今やっている、コリュードというゲームの話。
ふたりずつで組んで、ヴァニー・カロ同盟VSアビー・ザック同盟で争っているのだけど、どうやら俺たちの負けが決まりそうだ。
いちばんにヴァニー姉さんが全軍をゴールさせ、カロちゃんももうすぐ。
そして、アビー姉ちゃんもあと僅かというところでカロちゃんがゴールさせて、ヴァニー・カロ同盟の圧勝。
カロちゃんは大喜びだ。よかったよかった。え、俺はビリだよ。
さて、こちらのゲームも勝敗が決したし、クロウちゃんを呼び戻そうとしたところ、領主執務室からこんな声が聞こえてきた。
「そういえば、あのとき、ザカリー様のこと気がつきましたか?」
騎士団長のクレイグさんの声だ。
「え? ザカリー様がどうしたんだって」
おいおい、俺の話題かよ。冒険者ギルド長のジェラードさんが食いついた。なんだなんだ??
「じつは、私があの黒マントを倒したとき、ほかに敵がいないか周囲を探っていたんだよ。そうしたら私の背後から、とても強いキ素力が飛んで来ているのに気がついてね」
「ほうほう、それからそれから?」
と、錬金術ギルド長のグットルムじいさんが相づちを入れる。
「特徴的なキ素力だったので、私はすぐ分かったのだ。観察し深く探るような強いエネルギー。奥様は気がつきませんでしたか?」
「それが、ザカリー様だったって言うのか」
「ええ、私も気がついていましたよ。それに、ちょっとびっくりしたわ。どんなに怖がっても、うちの子供たちには現実をちゃんと見せないと、と思っていたのに、それがいちばん小さなザックがあんなに強いキ素力を発しながら、注意深く観察しているだなんてね」
母さん母さん、やっぱり母さんは感づいておられましたか。
「ですから、黒マントを斬り倒したあと、私は思わず振り返ってしまいましたよ。そうしたらザカリー様の目が、なんだかふだんとは違う色と輝きをしている気がして。ちっとも怖がりもせずに、その目でこちらをじっと見つめていたんだ。ちょっと驚いたけど、これは、と思わずニヤっとしてしまってね。ザカリー様は少し慌てていたみたいだったがね」
そうそう、あのときクレイグさんはすぐに振り返って、俺を見てなんだかニカーっと笑ってたな。これは、ってナニナニ?
「まぁ、あの子はいろいろありそうだから、これからも温かい目で見守ってあげてね」
母さん、いろいろってナンですか?
「そうじゃのう、あのクロウって鳥のペットもなんだか面白そうじゃし。そういえば先ほども外を飛んでいたようじゃしの」
はい、クロウちゃんはすぐに回収。母さんはもちろん、騎士団長とかグットルムじいさんとか、あぶないあぶない。
ボードゲームを終えて、女の子たちはあやとりを始めていた。
あやとりか。前世の世界でも子供たちがよく遊んでいたよねー。糸さえあればお手軽に誰でも遊べる、だけどとても奥深い遊戯。
「綾」は、糸が組み合わさって模様を作っている織物のことだけど、じつは綾には、表面では見えない複雑な何かが、その奥に潜んでいることを表す意味があるのだという。
それを交互に取り合い何かを交わしていくのが、あやとりの真義とか言う者も前世にはいたなぁ。
そういえば、まだ年端も行かない男の子と女の子がふたりだけであやとりをすると、将来に結ばれるのを願うことができる、なんていうのもあった。
前世で彩凪と出会った当初、年端も行かないというほど幼くはなかったけど、あやとりをしたいと良くねだって来たよな。そのたびに、ふたりで飽きるまであやとりをした。
サナは無事に、どこかの未来に生まれ変われただろうか……。いかん、ちょっとしんみりした。
俺は、あやとりをしている姉さんたちから目を逸らすようにして、バルコニーに出る。
そしてクロウちゃんに、屋敷とは反対方向の樹木の間を低く静かに飛んでから、上空に上がるように指示を送る。太陽はだいぶ傾いて来たけど、1日が長いこの世界の夏の日差しはまだ強い。
屋敷の建物は西南西方向に向いているから、クロウちゃんは太陽を背後にゆっくりと舞い降りて来た。
はい、長い時間ご苦労さまでした。お菓子食べる? クンクン。
クロウちゃんを頭の上に乗せて部屋の中に戻ると、「あっ、クロウちゃんだー」とカロちゃんがパタパタ走り寄って来た。
姉さんたちも近づいて来て、アビー姉ちゃんは「ずいぶんと長いこといなかったわねー、どこまでおしっこに行ってたの?」とか、阿呆なことをクロウちゃんに聞いている。
クロウちゃんはちょっとバカにするように、カァーと低めにひと声鳴いた。
「ねぇザック、クロウちゃんって、わたしのことバカにしてるときが、ちょっとない?」
アビーは動物的な感だけは鋭いです。
ヤバいとクロウちゃんも思ったのか、ピョンとカロちゃんの頭の上に飛び移り、カァと高く鳴いてなんだか誤摩化したようだ。いきなりのことでカロちゃんが「ほよー」とか、びっくりしてるよ。
「クロウちゃんは、飼い主のザックに良く似ているのよ」
と、ヴァニー姉さんがちゃちゃを入れて笑ってる。
「なになにっ、ザックはわたしのことバカにしてるのっ」
今さらじゃないですか、って、いえいえ、アビーちゃんは可愛い姉ちゃんですよ。
そんなこんだしているうちに、アン母さんや3人のギルド長がこの領主家族用ラウンジにやって来た。
「みなさま、カロリーナと遊んでいただいて、ありがとうございます。カロリーナ、楽しんでいたかね」
さすがグエルリーノさんは商業ギルド長で大商人なだけあって、子供たちにもそつがない。
それに引き換え、そっちのおっさんとじいさん。なんで俺のことを興味津々に見ているのかな?
とりあえず知らんぷりしよう。
3歳、3歳、カロちゃんと同じ3歳児、と俺は心の中で三度唱えておいた。
お読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。