第194話 休日のレイヴンミーティング
「お、ザカリー様ぞ。開門、開門」
屋敷の門前まで歩いて行くとアルポさんが目敏く俺を見つけ、エルノさんが門を開けてくれる。
最初の休日で、夜に塀を飛び越えて入ったことを考えると、ついこの間なのに隔世の感があるよな。
ふたりのお爺ちゃんがピンと身体を真っ直ぐに伸ばし、そして揃って一礼した。
「お帰りなさいじゃ、ザカリー様。お疲れではないですかな」
「お早いお帰りだ。ささ、入ってくだされ」
「アルポさん、エルノさん、ご苦労さま。変わったことは無かったかな」
「はいな。至極平穏でありましたぞ」
「平和過ぎて、ちと退屈ですわい」
「それは、まあ王都だからさ。しょっちゅう何か起きても困るし。まあ我慢して」
「我慢などと、とんでもない。身体や勘を元に戻す、ええ機会ですわい」
「交替で毎日、騎士団のみなさんと戦闘訓練をしてますからの」
「そうなんだ、今度僕とも訓練しようか」
「それはええですな、是非とも。これは楽しみですのう」
「おおそうじゃ、エルノ。エステル嬢さんに、ザカリー様がお帰りになられたと、走れ」
「承知じゃ」
エルノさんが屋敷に走る。音も立てず、早い。そんなところからも、現役時代の片鱗が窺えるよね。
俺はその後ろ姿を見ながら、ゆっくりと屋敷の玄関へと向かった。
「お帰りなさい、ザックさま」
「お帰りなさいませ」
玄関ホールに入ると、知らせを受けたエステルちゃんがエディットちゃんを従えて、いつものように俺を出迎えてくれる。
「今日は早かったですね、お夕食は?」
「食べてないんだ。何か頼めるかな」
「あらあら。エディットちゃん、アデーレさんに」
「はい、エステルさま」
こうやって見ていると、エステルちゃんも王都屋敷の女主人が随分と板に付いて来たね。
なんだか少し、落ち着きや貫禄も出て来たかな。
アン母さんに貰った娘時代の貴族衣装も似合っていて、立ち姿がとてもキレイだ。
カァ。お、クロウちゃん、ただいま。キミもそう思う? カァ。
「なに見てるですか。お食事が用意出来るまで、シャワーでも浴びて着替えてくださいよ」
「あ、はいです」
「お食事の後は、お話を伺いますからね」
「は、はいです」
食事も終えて、俺の自室でエステルちゃんとクロウちゃんと、ふたりと1羽。
屋敷に帰った夜の習慣となっている、この間の学院でのことをエステルちゃんに報告する時間だ。
特に今回は、オイリ学院長とイラリ先生のエルフコンビとの話し合いから始まって、アルさんと地下洞窟を調査した話、今日の学院長室での先生方との話まで、盛りだくさんですよ。
エステルちゃんは途中で口を挟まず、黙って聞いてくれた。
ただ、別れの広間の先の通路を塞いでいた薄闇の半透明壁のくだりでは、表情を硬くし何か言いたいのをぐっと我慢しているようだった。
「と言う感じだったんだ」
「ふー、ともかく、広間の入口をアルさんが魔法障壁で封印してくれたのは、良かったです」
「そうだね。これで50日間は安全だ。その後も、またアルさんに貼り直して貰えばいいし」
「ですね。でもザックさまは、それで済むって考えてないでしょ?」
エステルちゃんは俺の考えをそう言い当てた。言葉や表情に出さなくても、彼女には分かるんだよね。
このまま何も無く、また何年も何十年も時が過ぎたりはしないだろう。きっと放っておくと何かが起こる。
俺の勘がそう告げて、頭の中でイエローランプが点灯していた。
「明日、レイヴンのみんなにも、ある程度は話しておこうかと思うんだけどさ」
「それはそうした方がいいですけど、アルさんのことはどうします?」
「ジェルさんたちは、昔、ルーさんとも会ってるし、それほど驚かない気がするんだ。だから、もう話してもいいかなって。アルさんが僕たちと一緒にいる機会が、なんだか増えそうで」
「そうですねぇ。いいでしょ。話しちゃいましょ」
それからエステルちゃんは、地下洞窟やアンデッド、邪神とか悪神とかを振り払うように、講義の様子や総合武術部のこと、カロちゃんたちのことなどを聞きたがった。
反対にエステルちゃんには、屋敷の様子を話して貰う。
そうしてクロウちゃんが寝てしまっても、俺たちふたりは夜遅くまで、他愛もないけど楽しい会話を続けるのだった。
翌朝、皆でテーブルを囲んで朝食をいただく。
レイヴンの4人にティモさん、アルポさんとエルノさんにアデーレさんとエディットちゃん。そして隣に座るエステルちゃんと、深皿の食事に集中しているクロウちゃん。
アビー姉ちゃんはなんだか滅多に屋敷には帰って来ず、自由気ままに学院で暮らしている。あいつ、ホント自由だよな。
姉ちゃんには自分で自分の責任を持って貰うとして、この10人と1羽のことは俺が責任を持たなきゃだね。
例えどんなことが起こって、何に立ち向かうことになったとしても。
アルポさんとエルノさんは既にすっかり慣れた様子で、交替でさっさと食事を済ませ、門番と屋敷の巡回警備の仕事に戻って行った。
この後の時間、落ち着いたら話があるから、レイヴンとティモさんの皆に俺の部屋に来て貰うようにとジェルさんに伝える。
ラウンジではなく俺の自室という点に気が付き、ジェルさんは気を引き締めたようだ。
「はい、了解であります、ザカリー様」
「いや、いつもみたいに気楽でいいからさ」
握った右手拳を胸に添え、公務の時の返事をして、ジェルさんはいったん騎士団の建物へと戻って行った。
俺の部屋は、この屋敷でヴィンス父さんとアン母さんの部屋と同じぐらい広く、ベッドルームと執務、応接、リビングを兼ねた部屋のふた部屋続きになっている。
隣はこの部屋より少し小振りで、同じくふた部屋続きのエステルちゃんの部屋だ。
「侍女には広過ぎますぅ」と強く拒否したエステルちゃんに、「あなたはこの屋敷を預かる立場ですから」と、ウォルターさんが無理に使うようにさせた出来事が懐かしいね。
内心は俺の部屋の隣で、凄く嬉しかったみたいだけど。
「ザックさま、みなさんいらっしゃいましたよ」
「うん、さあ入って入って」
「失礼します」「入りやす」「失礼しますわよー」
「みんな、いつものようにして。ラウンジでは、ちょっと話しにくいだけだからさ」
ソファに座る俺とエステルちゃんの目の前に、現在は共に従騎士のジェルさんとオネルさんが座り、ほかの3人も思い思いに腰掛ける。
「それで、お話とは何ですか? やはり、地下洞窟の件でしょうか」
「うん、僕が学院に行っていたこの10日間の出来事を話して、これから僕たちがどうするかを相談したいんだ」
「はい」
「今から話す内容は、ここだけに留めなければいけないことや、これまでジェルさんたちにも黙っていたことも含まれる。でも、エステルちゃんとも相談したんだけど、話せることはぜんぶ、みんなに話そうと思う」
「だけど、その中には僕の父さん母さんや、ウォルターさん、クレイグ騎士団長にも話していないものがあって、まだ暫くは秘密にしておきたいんだ。それは、騎士団員や探索者チーム員としては、あまりよろしくないのかも知れない。そこら辺のところはどうかな?」
ジェルさんたちは、今の俺の言葉を咀嚼するように少し考えていた。
この人たちは、王都では俺の指揮下にいるけど、グリフィン子爵家騎士団の一員であり、ウォルターさんが統括するグリフィン子爵家探索者チームのメンバーだからね。
「ザカリー様。わたしたちレイヴンは、いえ、ティモさんも含めてレイヴンは、騎士団や探索者チームに所属しておりますが、ザカリー様とエステルさんの旗下にあり、パーティであり、仲間でもあります」
「うん」
「ですから、ザカリー様が私たちを信頼くださり、秘密にせよと言われるのなら、どんなことでも墓に入るまで胸にしまっておきます」
「ありがとう、ジェルさん。ほかのみんなはどうだろう」
「自分は、ザカリー様がお小さい頃からの配下でやすから」
「あなたがすっごくちっちゃいときから知ってるのよー。そんなの、言われるまでもないじゃない」
「私は、レイヴンでは新参ですが、ザカリー様に従うことを決めています」
「オネルには、今さらだな」
「オネルちゃんの剣は、とっくの昔にザカリー様に捧げられてるものねー」
「もー、ジェルさんもライナさんも」
「みんな、ありがとう。ティモさんは、どうかな?」
「はい。まずジェルさん、私もレイヴンと言っていただいて感謝します。嬉しいです。そして私はファータの里の者として、エステル嬢さんに従うのはもちろん、ザカリー様にすべてをお預けします。これは、おふたりに身近でお仕えすることが決まった時に、里長からも厳命されており、また私自身の気持ちでもあります」
ティモさんはとても珍しく、自分の気持ちをはっきりと言葉にした。
「ありがとう、ティモさん。そうだね、ティモさんもジェルさんが言ったように、レイヴンのメンバーであり仲間だ。エステルちゃん、いいよね?」
「はい、もちろんですよ。良かったですね、ティモさん」
「は、はい。ありがとうございます」
では、長くなりそうだけど、順番にお話ししましょうか。
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