第190話 通路を塞ぐ薄闇の壁
ブラックドラゴンのアルさんの背中には、何かが詰められてぱんぱんに膨らんだ革袋が3つほど積まれていた。
何が入ってるの? カァ。ああ、アルさんの洞穴の甘露のチカラ水か。クロウちゃんの大好物だもんね。
と言うか、濃い濃度でキ素が溶け込んでいるこのチカラ水は、本来、キ素をエネルギー源にしているクロウちゃんにとっては、より簡単に効率よく摂取出来る燃料みたいなものだ。
もちろん、人が飲んでも気力や力が湧く。
この甘露のチカラ水が詰まった革袋を、とりあえず無限インベントリに収納し、さて洞窟内に入ってみることにしたのだが、だいたいアルさん、あなた大き過ぎて入れないでしょ。
「(特に入口の岩の裂け目は、人がひとり、やっと通れるぐらいなんだよ)」
「(そこはそれ、わしの特別の魔法で)」
「(特別の魔法??)」
「(ほれっ)」
アルさんが掛け声を発すると、彼の巨大な身体全体を黒い霧が覆う。でも、姿隠しの黒魔法じゃないよね。
すると、アルさんの全身を隠したその黒い霧の大きな塊が、みるみるうちに凝縮して、ちょうど人が3人ほど横に並んだぐらいの大きさになった。
そして突如、その黒い霧が霧散すると、そこには今あった霧の塊の大きさになっているアルさんの姿があったのだ。
「ほおー」「カァー」
「(どうじゃ、随分と小型になったじゃろ)」
「(そんなこと出来るんだね。凄いや。それ、なんて魔法?)」
「(うほほ、じゃろじゃろ。これはの、姿縮みの黒魔法じゃ。ふん)」
魔法名称は、そのままでした。でもどういう仕組みなんだろ。能力も縮むとかないのかな。
その辺を聞くと、仕組みはわしも良く分からんだと。でも可能なのは、高位のドラゴン族だけなのだそうだ。
ドラゴン自体が魔法で出来た存在みたいなものだからね。能力は若干縮小するらしいが、気にするほどではないと言う。
「(でも、まだ大きいよね。高さは大丈夫そうだけど、横幅、特に翼が)」
「(なに、これからじゃよ、ザックさま。ほいっ)」
再びアルさんの全身を黒い霧が覆う。
するとその霧が空中を流れて移動し、大岩の裂け目からその中に吸い込まれるように入って行った。
「(おおー)」「(カカァー)」
「(おーい。ザックさまたちも、早く入って来なされよー)」
俺がクロウちゃんを抱いて裂け目の入口から洞窟内に入ると、やはり狭いがふたり分ぐらいの横幅がある通路で、ドラゴンの姿に戻っていた。かなり窮屈そうに翼を折り畳んでいるけど。
「二段階魔法かー。凄いね。理屈は分からないけど」
「じゃろ。まあ簡単に言うと、自身の身体をすべて、キ素力の塊に近いものに変化させてしまう魔法じゃな。あまり長い時間は無理じゃがな。まあこれは、クロウちゃんなら出来ると思うぞい」
「カァ」
「ああ、なるほどね」
クロウちゃんは、この世界のキ素力をベースに俺が呪法で生みだした存在だからね。
洞窟の中に入ったので、普通の会話に切り換えることが出来た。
始まりの広間まではこの狭い通路が続くので、窮屈そうに移動するアルさんに合わせてゆっくりと進む。
やがて、始まりの広間へと到着した。アルさんが、やれやれという感じで翼を広げる。
「ここがなんじゃったか」
「あ、始まりの広間ね。ここから先の通路は、わりと幅も広いよ。次の繋ぎの大広間と、その次の別れの広間で戦闘をしたんだ」
「では、そのザックさまが前回行ったところまで、サクッと移動するかの」
「そうだね。ちょっと待って」
俺は別れの広間まで探査をかける。活動する存在は何も無いようだ。
固有能力の探査・空間検知を発動している俺の様子を、アルさんは興味深げに見ていた。
以前にもやって見せたことがある筈だが、姿縮みの黒魔法で小さくなって、目線が俺と同じくらいの高さになっている分、前方を見て黙って探る姿にあらためて関心を持ったのかも知れない。
「よし、何もいないな。走るよ。クロウちゃんも自分で飛んで」
「ほいさ」
「カァ」
俺は俊速で走り、クロウちゃんはその上を飛ぶ。
アルさんは曲がり角にぶつからないように気をつけながら、滑るように移動して行く。
直ぐに繋ぎの大広間に到着し、案の定と言うか、地面に散乱している筈のスケルトンの骨や、レヴァナントの骸が消えて無くなっているのを確認しながら、次の通路を目指す。
あっと言う間に、別れの広間へと俺たちは到着した。
ここにもレヴァナントの骸は無いね。ひどい臭いも残っていません。カァ。
「さて、ここからじゃな。今度は、わしが探ってみようかの」
アルさんは広間の奥の壁に開く3つの通路の入口、そのひとつの前に行って、奥に向け何かの魔法を飛ばした。
加減はしているだろうが、人族の魔法使いが飛ばせるような強さではない。
俺たちは一様に耳、ではなく感度を研ぎすませた。
そして、何も感じない。
「探査して跳ね返って来る魔法を、それなりの強さで飛ばしたのじゃが、どうやら吸い込まれたようじゃの。返って来んかった」
「ああ、そういう魔法か。なるほどね」
アクティブレーダーみたいなものかな。電磁波の代りに魔法を飛ばしている訳だ。
でもそれは吸い込まれてしまったらしい。500メートルほど先の、あのモヤっとしたところだな。
アルさんは他のふたつの通路でも試してみたが、結果は同じだった。
「これは、やっぱり行ってみるしかないかな」
「そうじゃの」
「カァ」
「でも、今日は戦闘は無しね。闘うとバレるし、怒られるから」
「ほっほっほ、エステルちゃんじゃな。まあ、わしも怒られると困るで、そうしましょうぞ」
「カァカァ」
たぶん闘うと直ぐにバレるよね。特に臭い的に。
それで、とりあえず真ん中の通路を選んで、探査が届く500メートルほど先まで進むことにする。
そこまではやはり曲がり角やカーブがあるが、横幅も広く天井も高い通路が続き、アンデッドが現れることは無かった。
そして、それが見えて来る。
「これじゃな」
「空間が歪んでいる感じがするね」
「カァ」
「厚さもあるようじゃの。どれ」
それはまるで、薄黒く濁った半透明のゼリーが通路の空間に埋められているようだった。
ぼんやりとしたそれは、光を吸い込む闇のように視覚を歪ませ、通路のその先をはっきりとは見せない。
アルさんが頭のツノでつんつんと突いたが、その壁に反発されたようだ。
俺も探査・空間検知をこの壁の前で発動させてみるが、吸い込まれるように消え、この歪んだ薄い闇の半透明壁の向うを探ることは出来なかった。
「これは通れないということかな」
「カァカァ」
「そうだね。この前に倒したアンデッドは手前の広間にいた訳だから、おそらくこの奥から来たんだよね。向かうから通過できるのかなぁ」
「ここは、ちょっとわしが試してみて良いかの、ザックさま」
「え、何を試すの?」
「ちょっと、ブレスじゃな」
「ブレス!? えーと今日は、ほどほどで」
「分かっとる、分かっとる。試しにちっとじゃよ」
俺とクロウちゃんはアルさんの後方に下がり、アルさんもその薄闇の半透明壁から少し距離を取る。
風が流れるように、洞窟内のキ素がアルさんに向かって流れ込んで行ったと思ったら、大きく開けた口から真っ黒な光線とも炎とも煙ともつかぬブレスが、ゴォーっと勢い良く噴射された。
「ひょーっ、近い近い、跳ね返って飛び散るしー」
俺は咄嗟に近くに浮いていたクロウちゃんに手を伸ばして掴むと、縮地もどきで真後ろに超高速移動した。
あれ当たったら、死ぬか再起不能になりそうだよ。触れるだけでもひどいことになりそう。
アルさんのは即死系が多いからさ。
「もう、ブレスが飛び散って危ないよ」
「いや、すまなかったじゃ。あの程度の強さではダメじゃが、少し穴が開きそうじゃったぞ」
「逃げるので忙しくて、ちゃんと見てなかったよ。でも、もっと強いブレスなら行けそうかな?」
「わしのは黒ブレスなので少々威力が必要じゃが、光系統ならおそらく簡単じゃな。魔法でも良いと思うぞい」
「ああ、そうか、光。闇を払う光か」
「そうじゃな」
え、ちょっと待てよ。なんだか似たようなのを見たことがあるぞ。
探査の力を中に吸い込む濁った闇。アルさんの黒く光るブレスに反発する濁った闇。
俺は土魔法で硬度を高めたジャベリンを空中に形成すると、瞬時に薄闇の半透明壁に高速で放った。
当たった瞬間、ズブンといった感じで、内側に収束する鈍い小爆発とともにジャベリンが壁の中に吸い込まれる。
思った通りだ。おそらく剣で打っても、持って行かれる。
先ほど、アルさんがツノでつんつんして何ごとも起きなかったのは、高位のブラックドラゴンだからかも知れない。
「ほぉー、面白いの」
「僕は以前に、これと似たような現象を見たことがある」
「どこでじゃろ」
「ファータの里の近く。妖魔族と闘った時。そいつが振るった剣が地面を叩くと、こんな爆発が起きたんだ」
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




