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第187話 エルフの話

 オイリ学院長とイラリ先生は、先ほどからのいつもとは違う俺の口調にいささか緊張していたが、今の言葉には驚いたようだった。

 3人の間に、暫し沈黙の時が流れる。

 やがて、思い切った感じで学院長が口を開いた。


「それは、わたしたちが、皆が知らないようなことを知っているって、あなたは考えているの?」


 俺は無言で頷く。

 それを確認して目の前の彼女は、深くため息をついた。



「オイリ、ザカリー君のところのエステルさんはファータでしたね。それにグリフィン子爵家は、古くからファータの一族と繋がりが深いと聞いています」

「そうね、そうだったわ。つまり、ザックくんも、普通の人族では知り得ない話を耳にしてるかも、ってことね」


 俺は変わらず黙ってふたりを見る。

 その視線を受けて、イラリ先生と学院長は顔を見合わせお互いに頷いた。


「ザカリー君、私がお話ししましょう。オイリは、セルティア王立学院の学院長としての立場もありますしね。いいですか? オイリ」

「いいわ」

「ええ、お聞きします」



「ザカリー君がご承知の通り、わたしたちはエルフです。人族よりも遥かに長命であり、同時に、人族が知り得ないことも知っている。ザカリー君は、エルフが精霊族の一員であることはもちろんご存知でしょうが、では、エルフの成り立ちは知っていますか?」

「エルフの成り立ち、ですか」

「はい、エルフ族の成立神話です。これは、私の神話学の講義でも扱いませんよ」


 そこでイラリ先生は、ちょっとイタズラっぽく微笑んだ。

 先生は神話と歴史学概論の講義と共に、選択科目である神話学(1)の講義も受け持っている。


「話が少し逸れますが、折角ですから少しお話しましょう。この人族が多数を占める世界に混ざって暮らしている精霊族は、私たちエルフとドワーフ、それからザカリー君も良くご存知のファータが代表的ですね」

「はい」


「身体的には、それほど人族と大きく異なるところはなく、一般のエルフは肌が白く背が高めで、耳がこのように少し尖っている。逆にドワーフは、浅黒く背が低くてがっしりしている。ファータは、ほとんど人族と見分けがつかない」

「そうですね」

「しかし、人族と同じ定命とは言え、生きる年数が大きく違います」


「ドワーフが200年ほど。ファータは300年以上と言われ、エルフは500年以上とされています。ですから800年前など、人族の感覚とは随分と異なる。ではどうして、同じ精霊族と括られていても、エルフが最も長命なのか。それを理由づけるのが、エルフの成立神話です。まあ、後学のためと思って聞いてください」



 イラリ先生が語るその神話によると、遥か万年単位の昔のこと、太陽と夏の女神アマラ様の一族神であるヘイムという神様が、ある日、世界樹を伝わって地上に降りたという。

 ヘイム様は光を司る神様だ。


「ちょっと待ってください。世界樹って、あるんですか?」

「ええ、ありますよ。世界樹の聳えるそここそが、私たちエルフの母なる地です」


 世界樹とは世界を繋ぐ樹。神々の天界と地上をも繋いでいるそうだ。


 世界樹の内部を通って降りたヘイム様は、地上近くでこの世界樹を守護する精霊のドリュア様に迎えられる。

 ヘイム様はドリュア様をひと目で気に入られ、間もなく契りを交わす仲となった。

 暫くの間、地上でドリュア様やその配下の樹木の精霊たちに歓待を受けていたヘイム様だが、ドリュア様が子を宿したのが分かると、ようやく天界へとお戻りになったという。


 やがてヘイム様に授けられた男の子が生まれる。その名はアルヴァ。現在のエルフ全体の始祖であり、エルフの神話では精霊族全体の始祖ともされている。

 これは、アルヴァが後に、土の精霊と交わって生まれたのがドワーフの始祖であり、風の精霊と交わって生まれたのがファータの始祖であると、エルフの神話では伝えられているからだ。


「ただ、これは、他の精霊族は誰も信じていません。エルフはいつもそのように、自分たちを優位に置こうとすると、彼らは言うでしょう」


 種族が異なる精霊族同士が何故か仲が悪いのは、こんなところからも端を発しているようだね。



「他の精霊族との関係性はともかく、エルフの成立についてですが、そもそも樹木の精霊は自らが守護する樹木や木々、森から離れて活動することが出来ません。しかしアルヴァ様は、光を司る神であるヘイム様と世界樹を守護する精霊ドリュア様の間に出来た子ですので、樹木の精霊と異なり自由に活動出来た訳です」

「なるほど」


「アルヴァ様は、ご自身、多くの精霊との間に子を設け、その子たちも他の樹木の精霊との間に子を成すなど、一族を増やして行きました。これがエルフ族の始まりとなったとされています」


「ちなみに、アルヴァ様の直系子孫は、光の神ヘイム様の直系でもあることから、光のエルフと呼ばれています。また、天界の神と直接繋がった子孫なので、同じ長命でもエルフが最も長く生きるのだ、と主張するエルフの神話学者もいますね。これも他の精霊族からは異論があるでしょうが」



「いや、エルフについての話が長くなってしまいました。地下洞窟とアンデッドの件でしたね。ザカリー君のご指摘の通り、私たちエルフは、特にオイリとこの私は、人族よりも多くのことを知っています」


 やはりそうだったね。ミルカさんが言う通りだった。


「わたしがこの学院に来て50年。オイリに呼ばれてですから、オイリは60年ぐらいかな?」

「ええ、そうね」

「学院に来る以前から、ワイアット・フォルサイス初代王とセルティア王国の建国戦争については、エルフに伝わる話も含めて大枠は知っていました」


「しかし、この学院の神話学と歴史学の教授になるにあたって、あらためて伝承を整理し、また学院に来てからも調査と研究は続けています。特に、この敷地の地下に洞窟が存在し、アンデッドが湧くことを知ってからは尚更」



「ザカリー君がどこまでご存知かは分かりませんが」と前置きして、イラリ先生はワイアット・フォルサイス初代王の出自と建国戦争に関する話を語った。

 そのおおよそは、ミルカさんから聞いたファータのシルフェーダ家に伝わる伝承と同じだ。


 ワイアットくんが、水の精霊ニュムペ様があるじの妖精の森で、水の精霊を母として生まれた人族とのハーフであることから、やがて人族の村で育ち、戦士となって周辺部族を糾合して部族王マルカルサスと戦い、その一族を皆殺しにして地下洞窟に葬ったことまで。


 地下洞窟に短日で地下墓地を建設し、それにこの地の妖精の森の水の精霊たちが手を貸したかもという言い伝えは、どうやら知らないみたいだけどね。



「どうやら、この辺りの伝承は、ザカリー君は既にご承知のようでしたね」


 俺がその話を聞いても、あまり表情に変化を見せなかったので、イラリ先生はそう思ったようだ。

 いや、つい一昨日に聞いたばかりっすけど。まあ、それを言う必要はないだろう。


「グリフィン子爵家のご長男であること、エステルさんの存在などを思い合わせると、ザカリー君が探索に長けたファータの強い後ろ盾を得ていると、私には想像出来ます。そしてご自身も、飛び抜けてお強い。いや、あなたは恐いお人だ」

「あのドラゴンの一件も忘れられないわよ」


 いえいえ、別に恐くないですよ。想像を膨らませるのは勝手ですけどね。

 そうだ、アルさんにもこの件を何か知っていないか、聞いてみないとだな。

 でもあのドラゴン、時間の感覚が遥かに違うし、あまり人族については関心がなさそうなんだよな。



「話を戻すと、ですから、この地下洞窟とアンデッドの真相を、おそらく充分に知っている王家から、深く追求させるなとの指示が出ているのではないかと、私とオイリは考えているのですよ」

「まあ、そうなのでしょうね。でもイラリ先生は、その塞がれた蓋を敢えて開けてみたいと、お考えなんですね」


「はい、オイリは違う考えかも知れませんが、私は蓋を開けてみたい。簡単に開けないのなら、こじ開けてでも。これは元冒険者であり、現在は学者としての私の偽らざる思いです」

「そうですか」



「私たちの把握していることは、おおよそお話ししました。さあどうでしょう。ザカリー君ご自身のお考えを、お聞かせいただけますか?」


「学院にとって、危険に陥る可能性が高まっていそうなことは、僕も身をもって理解していますし、関心もあります。何らかの探索は必要だと思います。しかし先ほども言ったように、僕の立場もあり、事は慎重に行いたい。ですから、少し考えさせてください。調べたいこともまだありますしね」


 どこか遠くから「ザカリー様が、立場とか慎重に行いたいとか言ったぞ」「慎重って言葉も知ってたのねー」「口だけはそう言っておく、てのもありますよね」とか聞こえて来るのは、気のせいでしょうかね。



「分かりました。考えがまとまったらお聞かせください。どうかな、オイリ」

「ええ、ザックくんが考えてくれるなら、心強いわ。ところで、調べたいことって何? 聞かない方がいいか」

「僕に聞かない方が、たぶんいいですね」

「はい、すみません」


 とりあえず、今日の話し合いはこんなところだ。

 で、アルさんとどこで会えばいいかなぁ。誰かに見られると、大変なことになるからさ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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