第186話 学院長室での話し合い
2日休日明けの朝、屋敷で朝食を食べた後に俺は学院まで走り、自分のクラスの専用教室まで急いでいた。
なんとか今日も間に合ったかな。
「おっ。おはよう、ザック」
「おはよう、ライ」
「今日も屋敷からか」
「うん、走って来た」
「昨日、女子たちが行ったんだって? なんか、凄かったらしいな」
「凄い? なんだろ」
「怖いお爺さんがいたって」
「ああ、そのことか。うちの門番さんね」
「そうよ、カロちゃんなんか泣く寸前。おはよザックくん、昨日振り」
「泣いてません、です。おはようございます、ザックさま」
席から離れていたヴィオちゃんとカロちゃんが戻って来た。
昨日は真剣を手にした危ない女子会がひとしきり続いて、ランチをみんなで食べた後、エステルちゃんとジェルさんが先生になって、本来の目的の回復魔法と剣術の稽古をしたのだった。
「ザックくん関係は、ホント、いつも話題が尽きないわよね」
「そんなに怖い門番がいるのか。僕も怖いもの見たさで、今度遊びに行くかな」
「あなたなんか、きっと入れて貰えないわよ。わたしたちも、名前と用件をひとりづつ言わされて、なかなか入れなかったんだから。ザックくんは遠くから見てて笑ってるし」
「そう、です。腰鉈に手を添えながら、名前を名乗れ、用件を申せ、です」
「腰鉈って何?」
「エステルさんの地元の人たちが狩りで使う、四角くて分厚いブレードの刃物よ。動物を斬って皮を剥ぎ、人の骨まで断てるんだって。そうそう、それを総合武術部の部員の証にしたいから、あなたも家の許可を貰うのよ」
「部員の証で家の許可って、訳分かんないんだけど」
「あとで詳しく説明するわ」
1時限目の魔法学概論の教授でクラス担任のクリスティアン先生が入って来たので、そこでその話は終わりになった。
講義が終了すると、クリスティアン先生が俺を手招きする。
「なんですか、先生」
「学院長からの伝言だ。今日、4時限目が終わったら学院長室に来てほしいそうだ。この前、1日休んだ時の件だそうだが、ザカリー、また何かやったのか」
「いえ、してませんよ。何かな」
「まあいい。とにかく、4時限目が終わったら行けよ」
どうやらクリスティアン先生は、地下洞窟のアンデッド大掃除のことは知らないらしい。
教授たちにも秘密にしてるんだな。
という訳で、4時限目終了後、課外部はお休みにして学院長室に向かった。
部員の皆には「学院長に呼ばれたから」と言うと、「まあ、頑張れ」「しっかりね」「落ち込まないように、です」とか、なぜか励まされた。
何か仕出かして、学院長に叱られに行くとか思ったのかな。勘違いしてくれていて、それでいいですけど。
学院長室のドアをノックして入ると、部屋にはオイリ学院長とあとはイラリ先生だけだった。
「その学院長や教授の方は、人族が知らないことをもっと知っている可能性があります」というミルカさんの言葉が、俺の脳裏をよぎる。
「いらっしゃい、ザックくん。ささ座ってー」
「今日はおふたりだけですか?」
「ウィルフレッド先生とフィランダー先生ねー。お姉さんは正直だから言っちゃうけど、今日はお呼びしてないのよ」
「そうですか、でもあの件ですよね」
学院長に何か考えや思惑があるのだろうか。俺は少し気を引き締めることにした。
「そう、あの件よー。先日、王宮の内政部にウィルフレッド先生と報告に行ってね。その時の話の内容は、フィランダー先生にもお話ししてるから、ふたりともご存知よ」
「どんな話になったんですか?」
「ごく簡単に言うと、報告は受取った、今後の対処についてはこちらでも検討する、という感じかしら」
「はあ」
「まー、お役所だから。あの人たちが自分のその場の考えを、こちらに言う訳にもいかないんじゃない。ウィルフレッド先生は王宮魔法顧問の立場から、内政長官あたりと直接話をするって言ってたけど」
「そうすると、特に何かの進展があった、ということではないんですね」
「そうね。もしかしたら、もうこれ以上の進展はないかも、かしら」
「これ以上の進展はない、ですか」
「王宮、いや王家としては、とりあえず事が一段落しているのなら、それ以上深くは進展させるな、ということになるのではないかと、私は踏んでいるのですよ」
それまで黙っていたイラリ先生が、そう口を開いた。
つまり、対処に徹して深く首を突っ込むな、ということだろうね。
「学院として、それでいんですか?」
「そこなのよねー。学院としては、学院生や教授、ここで働いてる人たちに当面危険が及びそうにないのなら、王宮と王家の意向に従うことになるわよねー」
「危険が及ぶか及ばないのかは、確認されていませんよね」
「まさに、ザカリー君の言う通りなのです。それで私は、早期に探索して危険があるかどうかを調べる必要があると、オイリに言っているのですよ」
「でも、イラリ叔父さん。その早期の探索って、誰が実行するの? また冒険者ギルドに依頼するの?」
「いや、王都の冒険者ギルドでは難しいでしょう」
「だったら、またザックくんたちにお願いするってこと? 早期にって、いま王都でそれが出来そうな人たちが他にいるのかしら」
「王都でということになると、その実力がありそうなのは、王宮騎士団ぐらいでしょうか」
「でも、王宮騎士団が動くのには、王宮と王家の指令が出ないとダメよね」
王宮騎士団か。どのぐらいの実力があるかはまったく知らないので、フィランダー先生が王宮騎士団の元騎士だったことから想像するしかないな。
先日の闘いで言うと、普通のレヴァナントぐらいなら援護があれば単独で倒せる実力を備えている、という感じかな。
「そうしたら、やっぱりザックくんのパーティしかいないじゃない。でも、学院長としては、いくら飛び抜けた強さがあると言っても、学院生のそれも1年生のザックくんにお願いする訳にはいかないわ。それに王都にいるこの子のパーティだって、グリフィン子爵家の騎士団でしょ。もし頼むなら、本当は子爵家にちゃんとお願いしないといけないことよね」
「それは、私も充分承知していますよ。それを承知のうえで、ザカリー君の意見を聞きたかったのです」
学院長とイラリ先生が下手な芝居をしているのでなければ、ふたりの言っていることはどちらも素直な発言なんだろうね。
でも一昨日、ミルカさんからファータのシルフェーダ家に伝わる伝承を聞いた俺としては、それほど素直な意見をここで今、言う訳にはいかない。
「おふたりのご意見と言うか、それぞれのお気持ちは良く分かりました。まず子爵家としてですが、先日の大掃除は、グリフィニアの冒険者ギルドと所属冒険者が受けた依頼ですし、かつ、その遂行が難しそうな予測がされたので、グリフィン子爵家騎士団王都屋敷分隊としての責任で、その補助を行った訳です。ここまではいいですか?」
「はい」
「ですが今回、もし再度の探索や調査を行うとして、それをグリフィン子爵家騎士団王都屋敷分隊が受託することを望まれるとすると、これはセルティア王立学院からグリフィン子爵家への正式な依頼ということになります。しかし、果たして学院という存在から領主貴族家にそのような依頼が可能なのか、また王宮もしくは王家が関与せずに可能なことなのかどうか」
「僕については、グリフィン子爵家騎士団王都屋敷分隊の直接指揮権を持っています。ですが、僕自身がそういった外部からの依頼による、戦闘を伴う可能性のある、かつ王都内での騎士団行動に参加し直接指揮を執る場合、これは子爵閣下、つまり僕の父からの命令及び指示がない限り、それを行うことはできません」
「これが王都でのグリフィン子爵家の責任を担っている立場からの、僕の公式の意見です。ここまでご理解いただけましたか?」
「はい」
「ふー。やっぱりザックくんは、子爵家の立派なご長男なのね。そこまでマトモな意見を言われると、わたしたちはもう何も言えないわ。つまり、公と私というか、公的なことと学院内のことをごっちゃにしないでキチンと分けなさい、ってことよね。ねえ、イラリ叔父さん」
「ええ、私としてもあらためて理解しました。少々、自分の気持ちや望みが先走っていたようです。頭を冷やしていただき、ありがとうございます」
「いえいえ、別に責めたり批判したりしている訳ではなくて、僕も公式の意見を言わなければいけない立場がありますので。で、ここからは公式ではなく、学院の敷地の地下洞窟にいるアンデッドの危険性という、同じ認識を共有している者としての意見、というかお願いです」
「危険性を共有している者としてのお願い、ですか」
「どんなお願いなのかしら?」
「はい、それでは。今日はここに3人しかいませんから、敢えて失礼を横に置いて言います。人族ではなく、長命のエルフ族であるおふたりが本件でご存知のことを、出来ましたら僕にちゃんとお話いただきたい」
「え!?」
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