第184話 建国戦争伝説の真相!?
その話が人族では俺だけにということなので、場所を2階の俺の部屋に移した。
ミルカさんは俺の私室にとても恐縮していたが、まあ遠慮しないでください。
エディットちゃんが紅茶とお菓子を運んで来てくれたが、夕食の時間になったら教えてくれと頼んで下がらせる。
「ワイアット・フォルサイス初代王が妖精の森で旗揚げして、敵を滅ぼし建国したのは、この国の者なら誰でも知っています」
「そうだね。皆、小さい頃に教わることだから」
「ではザカリー様、その妖精の森というのがどこにあるのか、ご存知ですか?」
「え? それは、えーと、王都圏のどこか、とか?」
「例えば、ザカリー様が通われる学院の講義で教わるとか、教科書などに明記されていたりしますか?」
「講義はまだそこまで行っていないけど、教科書にはなかった気がするな。というか、今までに読んだどの本にも書いてなかった」
これは盲点だった。
妖精の森で旗を揚げ、この地の人びとを脅かしていた部族王マルカルサスを打倒し、セルティア王国を建国したワイアット・フォルサイス一世の伝説。
フォルサイスの家名は、妖精の森から来て平和をもたらした人びとという意味に由来する。
では、その妖精の森とはどこにあるのか。
周辺部族を糾合して進軍を開始し、現在の王都の地に盤居していたマルカルサスの一族、兵士と戦ったのだから、なんとなく王都圏のどこかぐらいにしか考えていなかった。
「じつは、妖精の森は、もうどこにも無いのです」
「そうなんですか。初めて聞きました」
「はい、人族のみなさんは、妖精の森があったとしてもそれは伝説の中の存在で、おそらく王都の近隣では、ぐらいにしか考えてはいないでしょう。しかし私どもは精霊族です」
「そうか。例えばファータの里のご先祖は、風の精霊のシルフェ様の元から出て、現在の里を拓いたんだよね。まさに妖精の森から来た一族な訳だ」
「はい、その通りです。そして私やエステルの先祖は、真性の風の精霊であるシルフェ様だという伝承を、里長から聞かれたと思います」
「うん、エーリッキ爺ちゃんから聞いたよ」
ファータの里の人たちは、妖精の森から来た現在に生きる精霊族の人びとだ。
そしてエステルちゃんの家、隠し家名で言えばシルフェーダ家は、真性の風の精霊の直系子孫という伝承を持っている。
「話を戻しましょう。わが家の言い伝えでは、フォルサイス初代王が旗揚げした妖精の森は、現在で言えば、そうですね、フォレスト公爵家の領地内にあったと伝えられています。
フォレスト公爵家と言えば、学院生会会長のあのフェリさんの家か。ん? 待てよ、フォレスト公爵家、そうか。
「はい、ご想像の通りだと思います。フォレスト公爵家は建国戦争で中心になって戦い、フォルサイス王と姻戚関係を結んで、フォレストの家名と領地を授けられたそうです。つまり、妖精の森を護る家として」
「でも、現在はその森が無いのだとしたら、森を護れなかったということかな」
「どうやら、そのようですね。それか、若しくは肝心の森の主がいなくなったとか」
「ああ、そう言うことか」
「それよりも重要なことは、ワイアット・フォルサイス王の出自についてです」
「出自? どこの誰から生まれた人なのかってこと?」
「一般に知られている建国戦争の伝説では、妖精の森で旗揚げをして、その森から進軍を開始した、ということでしたね」
「そうだね」
「しかし、真性の精霊の直系とされている私どもの家の伝承では、ワイアット・フォルサイス王は妖精の森で生まれた、と伝えられています」
「えーと、そもそもが妖精の森の中で生まれた人だっていうこと?」
「妖精の森の中で生まれた赤子。つまりは……」
「人族じゃない、ってことですか!」
「それって、王さまが、わたしたちと同じ精霊族てことなの? 叔父さん」
「正確には、精霊と人との間に生まれたハーフということのようだよ」
「うーん。これはこの国の人族には、聞かせられない話だよな」
「はい。ですから、ザカリー様にだけです」
更に詳しくシルフェーダ家に伝わる伝承を聞くと、ワイアット・フォルサイス王が生まれたという妖精の森は、水の精霊であるニュムペ様が主となっていた森なのだそうだ。
水の精霊のニュムペ、つまりニンフだね。
そのニュムペ様の配下にネーレという下級精霊がいて、このネーレさんがある日、妖精の森に迷い込んだ人族の若い男性にひと目惚れをし、誘惑の末に契りを結んだのだそうだ。
そして誕生したのがワイアット・フォルサイス王。
その時はまだフォルサイスの家名は無いから、ワイアットくんだね。
彼は森の中でネーレさんたち下級精霊に育てられた後、少年となってから近隣の人族の村に出される。
森からひとりで現れた少年は、その村の長の家で保護されるのだが、下級精霊と人族とのハーフだから普通の人族の少年よりも魔法に秀でていて、また剣術にも才能があったようだ。
彼はやがて〈小さな戦士〉と呼ばれるようになり、村を護る中心人物になっていく。
そしてついには、周辺部族を糾合して部族王マルカルサスに挑むことになる訳だ。
ちなみに、彼を保護して育てた村の長の家には同じくらいの年齢のひとり娘がいて、その子がワイアットくんのお嫁さんになるんだね。
後に生まれた長男が、フォルサイス家を継いで現在の王家へと続く。
そして次男は、フォレスト公爵家となった母方の実家の跡継ぎとなったのだそうだ。
「凄い伝承だなー。でも、と言うことは、王家の一族はやっぱり精霊族のファータってことになるの?」
「いえ、ファータはあくまで風の精霊のシルフェ様ゆかりの一族で、水の精霊のニュムペ様関係はまた異なります。それに先ほどお話ししたように、ニュムペ様の妖精の森は無くなってしまいましたので、ニュムペ様ゆかりの精霊族も確認されていません」
「それに水の精霊たちは、人族を誘惑して子を生すことはありますが、一族としてまとめることはしないと聞いています」
「だから、少年までは育てて、人族の村に出したということか」
「そのようですね」
「そうすると精霊族的には、下級精霊のハーフから続くこの国の王家よりも、シルフェ様の直系子孫であるエステルちゃんたちの、シルフェーダ家の方が格上ってことになるのかな」
「まあ、そうなりますか」
ご本人のエステルちゃんは、ひゃーっとか言って、人ごとのように吃驚してるけどね。
「それで、地下洞窟のアンデッドのことだけど」
「ああ、そうでしたね。私たちファータは、その建国戦争には直接的には関わらなかったようです。と言うよりも、ワイアット・フォルサイス王が水の精霊の関係ですから、敢えて関わらなかったということでしょうか」
「そうなんですね」
「ですが当然注視はし、探りもしたようです。ワイアット・フォルサイス王と彼に率いられた周辺部族は、それまでの暴力と搾取に耐えていた反動で、マルカルサスとその一族、彼らに従っていた戦士やその係累まで、すべて皆殺しにしたというのは、ですからファータでは事実とされています。つまり虐殺による建国ですね」
「そして、その骸を地下洞窟に閉じ込めたと」
「いえ、これはうちに伝わる伝承ですから真実かどうかは分かりませんが、この地にあった地下洞窟に大がかりに手を入れて、巨大な地下墓地を僅かの日数で造り上げ、そこにすべて葬ったとか。また、この地の水の下級精霊たちが、その地下墓地の建設に手を貸したので、それで清浄な妖精の森を維持するのが難しくなり、後に森が無くなってしまったのだ、という伝承もあります」
なかなか衝撃的な話が盛りだくさんだった。
今日お話ししたのは、すべてシルフェーダ家に伝わる伝承のうちのひとつだと、ミルカさんは最後にもういちど念を押すように言った。
でも、300年以上の歳を重ねるというファータの、それも里長の家の伝承だ。
800年前の出来事など、ほんの数世代前のことに等しい。
3人は無言になり、それぞれが何か考えごとをしていると、俺の部屋のドアが小さくノックされた。エディットちゃんだね。
さて、とりあえず気分を変えて、アルポさんとエルノさんの歓迎会を楽しみましょうか。
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