第181話 地下洞窟とアンデッドの秘密
このセルティア王立学院の、いや王都フォルスのど真ん中になぜ地下洞窟があって、そこにアンデッドがなぜいるのか。
「私は、セルティア王国の建国に関わりのある話だと思っています」と、イラリ先生が口を開いた。
先生は元冒険者のエルフさんだけど、現在は神話学と歴史学の教授だから、それについては専門家だ。
「王国の建国ですか?」
「セルティア王国が、およそ800年前に初代国王のワイアット・フォルサイス一世によって建国されたのを、ザカリー君はもちろん知ってますね」
「はい、入学試験にも出ましたから」
「私の概論講義でもやがて扱うことになりますが、王国民が一般に常識として知っているのは、初代国王が妖精の森で兵を挙げ、この辺りを治めていた部族王マルカルサスを打倒し、セルティア王国の礎を築いたというものです」
これはこの国の貴族ならもちろん、一般庶民でも知っている伝説だ。
この王都辺りに根を張っていたマルカルサスの一族は、圧倒的な戦闘力を誇り、威圧と暴力で周辺の部族や人びとから富を搾取していた。
妖精の森で生まれたとされるワイアット・フォルサイス一世は、マルカルサスから人びとを守るために近隣の部族を糾合し、自らの誕生の地である妖精の森に兵を集結させ、進軍を開始する。
そして激しい戦闘の末、部族王マルカルサスの兵と一族に勝利を収め、セルティア王国の初代国王となった。
だからフォルサイスという家名は、妖精の森から来て平和をもたらした人という意味に由来している。
「と言うことは、つまりあのアンデッドは、マルカルサス一族の……」
「ザカリー君は勘がいいですね。はい、あのアンデッドどもです。ワイアット初代王はマルカルサス一族や従う兵を皆殺しにし、その死骸をあの地下洞窟に封じ込めたという説があります。これは一般には知られてませんし、私の講義でも教えませんがね」
「つまり、この学院のある場所が、800年前の古戦場だという訳じゃ。ここまでは一部の者も知っておる。当時戦った戦士たちは、現在もかなりの数で貴族や騎士のご先祖様じゃし、各家で伝えられておるじゃろうからな」
王宮魔法顧問でもあるウィルフレッド先生が、そう補足した。
うちのグリフィン子爵家で俺はそんな話を聞いたことがないけど、うちには伝わってないのかな。それとも俺が知らないだけか。
「じゃが、マルカルサス一族やその戦士を皆殺しにしたとか、その死骸をすべて地下洞窟に封じたといった話は、どこにも明確に伝わってはおらん。そんな説があるというだけじゃ。しかし、学院の地下に洞窟があって、そこからアンデッドが時折湧くことを知っている者は、もしかしたらこのアンデッドは、と思ってしまうがの」
「残念ながら、明らかにそれを裏付ける資料は何もありません。それに、事はこの国を建国した初代王と、その建国伝説に関わるものですから、真実は分からないのです。私は解き明かしてみたいのですがね」
イラリ先生が、別れの広間の更に先も探索したそうだったのには、そういった理由があったんだな。
先生は人族とは異なるエルフさんだし、この国の人族王家の建国に関わる真実を探るについては、あまり忌避感がないのかも知れない。
同じエルフでイラリ先生の姪のオイリ学院長は、どう考えているのだろうか。
「学院長はどう思われているんですか?」
「わたし? お姉さんには立場があるのよねー。学院を危険から護らなければいけない立場と、王国に雇われて学院を任されている立場と。もちろん個人的には、イラリ叔父さんと同じように、もっと探ってみたいのだけど」
「王家は、その辺のところ、どう考えているのでしょうかね」
「王宮からは、とにかくアンデッドが外に洩れ出ないよう、そしてアンデッドがいることを、学院生や一般の人たちに知られないように、しかるべく対処してくれって指示だけね」
「それが、昔から続いているアンデッド掃除という訳じゃよ」
「なのに、これまでに確認されなかったような、大量のアンデッド、強力なアンデッドが湧き出しそうになっちまった、ということだぜ」
「そうなのよねー、フィランちゃん先生。今までだったら年に1回、数体を掃除すれば済んでたのだけどね。学院の長い歴史でも、こんなこといちども無かったみたいよー」
フィランダー先生は、学院長の言葉に顰め顔になった。それがアンデッドのことなのか、フィランちゃんと呼ばれたせいなのかは知らないけど。
「とにかく、王宮には今回の大掃除の結果を報告に行かなきゃだから、その時に王宮内政部と相談するしかないわねー。ウィルフレッド先生、一緒に行ってくださるかしら」
「もちろんじゃ」
「あのー」
「大丈夫よザックくん。あなたがいたことは言わないし、子爵家の騎士団のことも隠すわよー。今回は、グリフィニアの腕利きパーティにお願いした、ということだけにするわ。冒険者ギルド長には、エステルちゃんや騎士団の人たちが参加したのを、口止めしとかないとだわね」
「すみません、お願いします」
今日の事後検討会と言うか、話し合いはここまでとなった。
近々にオイリ学院長とウィルフレッド先生が王宮内政部に報告に行って、その結果でもういちど話し合うことにするそうだ。
学院長は、それに俺も混ぜてくれると言ってたけど。
「ザカリー君、ちょっといいですか。お時間はまだあります?」
「え、いいですよイラリ先生」
「では、私の研究室にご足労いただけますか」
同じ教授棟内にあるイラリ先生の研究室に案内された。
部屋は学院長室ほど広くはないが、ゆったりとしていて快適そうだった。
先生のデスクやぎっしり本の詰まった壁一面の本棚、研究作業用と思われる大きなテーブルや応接セットもある。
「まあ、そこのソファに腰掛けてゆっくりしてください。お茶をいれましょう」
「ありがとうございます」
先生自らが紅茶をいれてくれた。無限インベントリから、こっそりお菓子でも出すか。いや、やめておきましょ。
「ザカリー君の家庭教師はボドワンでしたね」
「はい、ボドワン先生です。よくご存知ですね」
「私の教え子ですから」
俺たちグリフィン家の子供たちの家庭教師ボドワン先生は、専門が神話学と歴史学だからそれはそうだ。
「彼はとても優秀でした。グリフィニアで内政官をしているオスニエルもね。たしか、自然博物学が専門でしたが、ふたりともあなたの父上に勧誘されてしまいました。奥様にしたアナスタシアさんもですが、子爵様は優秀な人材に囲まれている」
「さっきの、イラリ先生やウィルフレッド先生のお話は、初めて聞きました。地下洞窟はともかく、この学院の敷地が800年前の古戦場だったとは」
「ああ、それはたぶん、グリフィン家には伝わっていません。あなたの家のことですから、もっといろいろご存知かもですが。グリフィン家は、建国戦争には加わっておりませんので」
「そうなんですか、知らなかった」
「グリフィン家の出自も、また不明なところが多い。それに、あなたのところにはアラストル大森林がありますし、少し離れていますから、建国戦争には加われなかったでしょう。これは例えば、キースリング辺境伯家も同じです」
「なるほど」
「ワイアット・フォルサイス一世が糾合したのは、現在の王都圏とその周辺にいた部族の者たちですね。公爵家三家や、王都圏に隣接するセリュジエ伯爵家などには伝わっているでしょう」
学院生会長のフェリさんのとこや、ヴィオちゃんの家には伝わっているんだな。ライくんのモンタネール男爵家も王都圏に接しているから、同じくかも知れない。
「ザカリー君と話しておきたかったのは、そのように、あなたの家が建国戦争にまつわるしがらみに影響を受けにくいということも、理由としてあります」
「はい」
「つまり私としては、例え王家の禁忌に触れることになったとしても、これを機に、あの地下洞窟の秘密を探ってしまいたいのです。それには、あなたの助力が不可欠だと、昨日、確信しました」
どうやらそういったことではと、イラリ先生に引き止められた時に思ったが、その勘は当たりだったな。
立場のあるオイリ学院長はもちろん、王宮魔法顧問を兼任しているウィルフレッド先生や、元王宮騎士団騎士のフィランダー先生がいる場では、話し辛かったのだろう。
「具体的には、何をお考えですか?」
「もういちど探索を試みたい。それには、王都の冒険者ギルドを巻き込むのは、得策ではありません。情報秘匿にも、戦力的にもね。それから、オイリが王宮内政部と話し合った結果にもよります。ですが私としては、早々に少数精鋭で挑みたいのです」
「今日のお話を聞いて、それから実際の地下洞窟の今の状況からも、昨日の大掃除で終わると、僕も思っていませんでした。ですから学院の安全のためにも、ご協力しましょう。ただ」
「ただ?」
「僕も子爵家の長男で、実質的に王都駐在の騎士団員を預かっている立場があります」
「あなたは本当に、学院の1年生とは思えない時がありますね。どうしてあなたがそうなのか、教師としても個人的にも、ぜひとも知りたいところですが……。いや、話が逸れました。その言葉だけで結構です。あなたのお立場については、最優先で私も考えます」
それからは、顧問の先生と部長に戻って総合武術部の話をしたり、ボドワン先生の学院生時代の様子などを聞いたりして暫く過ごした。
まずは、オイリ学院長と王宮内政部との話し合いの結果次第だけど、それほどのんびりしていられない気がする。
俺は俺で、具体策を考えてみようかな。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




