第179話 闘いの後、そして大掃除終了
闘い終えた皆は、レヴァナントナイトだかジェネラルだかがいた別れの広間の奥に集合した。
良く見ていなかったけど、そのナイトが座っていたのは岩石で出来た、ひとり用のベンチといった感じだね。
自然物かも知れないが、座面は平らで人工物のようにも見える。
地面に座って安静にしていたロブさんとセルマさんも、普段通り歩いて来た。良かった。
ナイトの骸を熱心に検分していた先生ふたりもやって来る。
「何か分かりましたか?」
「うむ、このあとイラリ先生にも見て貰いたいのじゃが、あやつが装備している頑丈な鎧は、相当に古いもののようじゃった。尤も、胴体鎧には7つほど小さな穴が開いていて、鎧の中はぐちゃぐちゃだったがの」
「首の切断面が異様にキレイだったな。相当に鋭く斬ったのだろうが、斬った得物も凄い物のように思えるぞ」
あの時だけ、俺は童子切安綱の太刀に替えているのだが、さすがにそれを明かす訳にはいかない。
まあ無言で置いておきましょう。
「みなさん、お疲れさまでした。それぞれ大変な相手だったけど、なんとかみなさんの力で倒し切ることができました」
「いや、ザックのところの皆は本当に強い。俺たちもいい経験をさせて貰った」
「誰も大きな怪我をしなかったのが幸いです。いや、あの咆哮ですか、あれには吃驚させられました。でも、素早くこちらに来て、回復魔法をかけていただいたエステルさんのおかげです」
「わしらの方にそれは飛んで来なかったが、どんなものか詳しく聞きたいの。それと、エステルさんはアナスタシアの弟子だそうじゃが、ホントにアンタは優秀じゃ」
先生方の関心がエステルちゃんに向かっていろいろ聞きたそうだが、彼女も俺に負けず明かせないことが多いのでね。
「まあ、反省やら分析やらは、また追ってということで。イラリ先生、この後はどうしますか?」
「そうですね。私個人としては、この先をもう少し探索してみたいところですが。しかし、2戦続けての闘いで、みなさんも疲れているでしょう。それにお腹も空いて来ました」
俺やエステルちゃん、レイヴンの皆はそれほど疲れていないが、サンダーソードの面々はかなり辛くなって来ているな。
初めてのアンデッド戦で、肉体的にも精神的にも疲労したのだろう。特に今の闘いはキツかったようだ。
フィランダー先生とウィルフレッド先生は……。元気そうだな、このおっさんと爺さん。
それに、夜が明けぬ早朝から出発して、かなり時間も経過している。
もうお昼時は過ぎているだろうか。今回は長時間探索という話ではなかったので、昼食は用意していないようだ。
エステルちゃんなら何か持っているだろうけどね。
「そうですね。では、少し休憩して戻りましょう。いいですか?」
「はい。当初の目的は充分に達成しましたし」
ニックさんたちサンダーソードの皆は、明らかに安堵した表情だった。さあ暫し休憩してください。
エステルちゃんが案の定というか、お菓子を配っている。
「お水はみなさん持ってますね。少しですけど、甘い物は疲れを取りますからね」
「姐さん、ありがとう」「すんません、姐御」
「カァ」
「クロウちゃんとレイヴンの分も、もちろんありますよ」
先生方にもちゃんと配っていた。彼女にとってお菓子は、別腹ならぬ別荷物なんだよね。
俺もいただいた後、先生たちと別れの広間内を検分する。
ナイトが座っていた岩石のベンチを挟み、向かって右側にひとつ、左側にふたつの通路口が開いている。イラリ先生が言っていた通りだ。
「この先には、まだ誰も行っていないんですよね」
「少なくとも、私が学院に来てからこの50年ほどはそうですね。それ以前についても、この奥を探索したという話は聞いていません」
「今、学院に在籍している教授で、ここまで来たことがあったのは、イラリ先生だけじゃからな。今日、ここまで一緒に来られて、わしも感慨深い」
俺はいちばん右の通路入口に立ち、暗く見通しの利かない奥に向かって探査・空間検知・空間把握を発動してみた。
この先も、やはり曲がり角やカーブがいくつもある。途中に分かれ道や合流地点はないようだ。
アンデッドの類いなど、動くものも検知されない。
直線距離で500メートルほど探査して行くと、そこでなんだかモヤっとして探査や検知の糸が切れた。
何かに阻害されたのだろうか。これは実際に行ってみないと分からないな。
それから左側のふたつの入口でも探査を試みたが、こちらも同様だった。
先生たちは俺の様子を黙って見ていたが、我慢が出来なくなったようだ。
「ザカリー、何か探っているようじゃが、何をしておるのじゃ。と言うか、なにか分かるのかの」
「おまえのすることは、何も聞くなと言われたがよ。少しぐらいは教えて貰えないか」
「この先は、歩いて10分ほどの同じような1本道の通路が続きます。しかし、その先は分かりません。これは3つとも同じですね」
「お、そ、そうか」
「なんで、10分も歩く先の様子が分かるのかは、聞いてはいかんのじゃろな。魔法を放った様子はなかったが……」
この世界には探査系の魔法もあるようだが、せいぜい周囲に2、30メートルほどらしい。
まあ、俺のは魔法じゃなくて、転生特典の固有能力だけど。
それから、その先に探査の阻害となる何かがあることも、もちろん言わない。
このまま今行っても、おそらく対処が出来ない予感もしたしね。
エステルちゃんのファータの里にある、例のアルさんの洞穴に繋がる境界の洞穴を思い起こしたけど、時空を歪めて繋ぐあそことはどうも違う気がする。
何か危険な予感だ。ここが、単に『分かれ』ではなく、『別れ』の広間であることも含めて。
ところでブラックドラゴンのアルさんは、この地下洞窟のことを知ってるかな。
休憩と広間検分を終えた俺たちは、ここまで来た通路を引き返した。
スケルトンの骨が散乱する繋ぎの大広間、そして始まりの広間へと戻って行く。
「ブルーノさん、洞窟の入口から外を窺って来て貰っていいですか?」
「そうでやすな。誰かに見られると、まずいでやすからね」
「あたしも行くよ」
ブルーノさんとマリカさんが、素早い動きで入口の方へと走って行った。
暫くすると、マリカさんが戻って来る。
「大岩の周囲には誰もいないよ。森にも人影は無いわ」
「わかりました。では行きましょう」
緩やかな登り道を進み、岩の裂け目から注ぐ眩しい陽光が見えて来た。
まずは先生方が外に出る。そしてサンダーソード、次にレイヴンと、ひとりづつ順番に狭い裂け目を通り抜ける。
俺はエステルちゃんの後ろで、念のためその後ろのジェルさんに挟まれて外に出た。
出ると直ぐに、潜んでいたブルーノさんが俺の横に付き、反対側にオネルさんが付く。
ライナさんはエステルちゃんの横に付いた。
「なんだかこれって、悪いことして護送されるみたいじゃない?」
「本来の要人護衛の密着形態は、こんな感じですぞ」
「さいですか。姿隠し、する?」
「そこまで必要ないでやすよ」
幸いに、森の中は人影がまったくなく、森を出て教授棟に着くまでも学院生の姿は無かった。
どうやら、午後の3時限目真っ最中の時刻のようだ。
僅かに事務職員さんと出会ったが、誰もいないかのように擦れ違って行った。
先生方に先導されて、俺たちはオイリ学院長の部屋に案内される。
その広い部屋に入ると、デスクの向うに座っていた学院長が跳んでやって来た。
「みんな無事ね、あー良かったわー。いつ戻って来るのか、じりじりして待ってたのよー」
「まあ何とか無事だ。大掃除はいちおう終わったぞ」
「お疲れさまー。それで、どこまで行ったの?」
「別れの広間までです。それよりオイリ、話は後にして、皆にランチをご馳走してあげてくれないか。皆腹ぺこなんだ」
「わかったわ、イラリ叔父さん。みなさん、気がつかなくてごめんなさいねー。さあ、ご案内するわ」
それから俺たちは、教職員用のレストランに案内された。ここは2回目だね。
もう昼食時が終わっているのでレストランは貸し切りにされ、ボリュームのあるランチが出された。
「さあみなさん、食べて食べて。今日はいつもより量を多くして貰ったわよー」
「はい、遠慮なくいただきます」
サンダーソードの面々は、慣れない場所での食事で恐縮していたが、俺が頷くと美味しそうに食べ出した。
うちのレイヴンメンバーはいつもマイペースだから、もう普段みたいにおしゃべりしながら食べてるけど。
クロウちゃんも、ちゃんと食べやすいように深皿に盛られたのを貰ってるね。
「今は3時限目ですか? 4時限目は講義に出た方がいいかな」
「3時限目だけど、ザックくんは1日お休みになってるから、お屋敷に戻っていいわよー。今日はお屋敷でゆっくり休んで、明日、1時限目に間に合うように登校すればいいわ」
「では、そうさせて貰います」
「今日はこのあと先生たちに聞いておくから、あなたとは、また明日にでもお話しましょ」
「わかりました」
じゃあ、みんなで屋敷に戻って、今晩はサンダーソードも交えて打ち上げでもしますか。
念話でそうエステルちゃんに伝えると、「(それはいいです。そうしましょ)」と返って来た。
ニックさんたちも頑張ったからね。食べ終わったら、帰りますよ。
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