第15話 3ギルド長+カロちゃん来訪
7月も半ば過ぎのある日、今日も良いお天気です。
こちらの世界、いま俺がいるこの地域はやや緯度が高いせいもあってか、真夏で気温が高いわりには湿度がそれほどでもなく過ごしやすい。もちろん蒸し暑い日もあるんだけど、今日は過ごしやすいね。
午前は日課の剣の稽古と身体づくりをこっそり行い、今はお昼ご飯のあとで屋敷の前庭の中にあるテラスでまったりしているところだ。
式神のクロウちゃんが領主館で公認の俺のペットになったので、いつも一緒だ。クロウちゃんもお昼ご飯をちゃんと貰って、満足したのか隣の椅子の上で羽根を休めている。
ちなみに現実世界で飲み食いしたものは、おしっこやウンチになります。でも指示しなくてもちゃんと飛んで行って済ませてくるんだよね。かしこいかしこい。
剣の稽古のときには上空を旋回させて、俺が発動している結界と合わせて念のために警戒をして貰っている。
そうそう、式神を放つ呪法に続いて結界を張る呪法も発動できました。でもまだ前世ほどの強さの結界が張れないので、クロウちゃんにも上空から周囲を見させているというわけだ。
剣の稽古もこの世界で始めてから1ヶ月以上が過ぎ、最近は形稽古も始めている。
アビー姉ちゃんが一緒じゃないときは、子供用ショートソードの木剣ではなく、無限インベントリに保管していた小太刀サイズの本赤樫の木刀を取り出す。
刀長は2尺(約60.6センチメートル)。俺が愛用していたものや、その後の時代に刀の定寸とされた2尺3寸5分(約71.2センチメートル)よりも10センチほど短いものだ。
とはいっても、俺の今の1メートルちょいの身長にはまだ長いし、それに重たい。
それでも身体の軸をなんとか安定させながら、袈裟、払い、立割、下切りといった古来から伝わる基本の形をなぞる。
さて、今日は商業ギルド長のグエルリーノさんが、娘のカロリーナちゃんを連れて遊びに来るそうだ。
冒険者ギルド長のジェラードさんに錬金術ギルド長のグットルムさんも来るというから、遊びを目的に来るというのはカロリーナちゃんだけだね。
あとのおっさん3人(ひとりはじいさん)は、何かうちのヴィンス父さんたちと悪巧みの相談でもあるのだろう。
そう考えているうちに、俺のいるテラスに侍女さんに案内されたグエルリーノさんがカロリーナちゃんを連れてやって来た。
「ザカリー様、こんにちは。今日も良い天気ですなー。ほらカロリーナもご挨拶しなさい」
カロリーナちゃんは可愛らしくカーテシーをして、小さな声で「こんにちは、です。ザカリー様」と挨拶をする。
まだまだ、恥ずかしがりの年頃だよねー。俺と同い年だけど。
「グエルさん、こんにちは。カロリーナちゃんもいらっしゃい」
「はい、ありがと、ございます。わたしのことは、カロて呼んでください、です」
「じゃあ僕のことはザックって呼んでね」
同い年の幼児の会話は、なんとも微笑ましい光景に違いない。
それから、椅子の上でまったり日光浴をしているクロウちゃんを見つけ、「わー、真っ黒い鳥さんだー」と近づく。
「クロウの九郎だよ。クロウちゃんて呼んであげてね」
「ほへー」とカロちゃんの思考が一瞬停止しているようだが、早口言葉じゃないよ。
「おー、これがザカリー様のペットですか。なんでもとても賢いそうですなー」
「カァ」
グエルリーノさんは、うちの誰かに聞いていたようだ。クロウちゃんはぴょんと身体を起こして、なんだか自慢げに羽根を広げている。
カロちゃんがクロウちゃんの顔を覗き込んで、「クロウのクロウのクロウちゃん。クロウのクロウのクロウちゃん」と呼びかけているけど、だから早口言葉じゃないから。それにそんなに苦労を背負わせないでほしい。
そうこうしているうちにアン母さんとヴァニー姉さん、アビー姉ちゃんがやって来た。後ろからはヴィンス父さんも、ジェラードさん、グットルムさんと連れ立って来る。
今日は美人エルフのエルミさんは一緒じゃないんだな。んー残念。
それから皆でたわいもない会話をしながら、お茶とお菓子を楽しむ。
話題は、侍女のシンディーちゃんが俺の部屋でクロウちゃんを発見したときの話だ。
「それでアナスタシア様は、即座に飼うことを許可したのじゃな」
「だってー、ザックが珍しく真剣な顔をしてたでしょ。クロウちゃんもとても賢そうでおとなしくて、ザックによく懐いてたし」
そこでクロウちゃんも、「カァ」とひと声鳴く。
「ほっほっほ。これはまたちょっと毛色の変わったカラスじゃのう」
おい、グットルムじいさんまで、探るようにクロウちゃんを観察するんじゃない。
しばらくして、心地よいとはいえ日差しも強いので、屋敷の中へと移動だ。
俺たち子供組は、2階の領主家族用のラウンジへ行く。ここは、姉さんたちがふだんお勉強をする勉強室でもあり遊戯室でもある。
建物のちょうど中央部分の2階で、隣には宿泊するゲストのためのラウンジがあって、正面の庭園を望む眺めのいいバルコニーでつながっている。
今は宿泊しているゲストもいないから、子供たちが多少うるさくしても大丈夫。
大人たちはどうやら1階の領主執務室に行ったようだ。ヴィンス父さんの仕事部屋で、内輪のメンバーを集めた会議なんかもここでする。
隣にはアン母さんの執務室があって、続き部屋になっているんだよね。
なんかの密談かな? まぁあとで、こっそり探ろうか。
「ねえねえ、カロちゃんがうちの子だったら、ちょうどふたつずつ違う3姉妹だよね」
「そうねー、カロちゃん、うちの子になる?」
「それともザックのお嫁さん、って手もあるわよね」
はいはい、そんな手は当面ありません。
カロちゃんはあわあわしてるけど、姉さんたちとすっかり仲良くなったようだ。
俺は聞いていないふりをしながら、俺の頭の上にちょんと乗っている式神のクロウちゃんをバルコニーから空へ放つ。
クロウちゃんはスピードを上げて舞い上がり、領主館の上空を大きく旋回して飛ぶ。
しばらく飛行させてから、父さんたちがいる領主執務室の窓が見える方向にある、庭園の樹木の枝に止まるよう指示する。
そうそうその辺。あまり近くの木だと、魔法の天才・元少女のアン母さんとかに気づかれるからね。
そして、視覚を同調させながらクロウちゃんを中継アンテナにして、領主執務室に向け音響探知を発動させる。パッシブの音響センサーだね。
夏の午後で窓を開け放っているから、室内の音が拾いやすい。音声が明瞭になるように、探知のフォーカスを調整していく。
「ねー、ザックー。みんなでゲームしようよ。ゲーム!」
アビー姉ちゃんの呼ぶ声がするので、室内に戻って子供たちの相手をしましょ。カロちゃんと俺がいちばんちっちゃい子だけどね。
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