第173話 地下洞窟調査の開始
大きな岩の、人がひとりやっと通れる狭い裂け目から中に入ると、これも狭い通路が斜め下に向かって奥に伸びている。
横幅はやっとふたりが擦れ違えるほどだが、天井は高いようだ。
列になって進む俺たちの先頭の方で、頭の上に灯りがふわふわと浮かんだ。ウィルフレッド先生の灯明の魔法だね。
この灯明の魔法は一見すると生活魔法のようだが、じつはとても高度な魔法だ。
基本は、四元素の火と風を複合させて灯りを浮かせるのだが、術者のキ素力に紐付されてその人の頭の上をふわふわ浮かせながら、移動すると追随させるようにする。
明るさの強弱や灯る時間も、その人のキ素力と技術に依存するんだよね。
ウィルフレッド先生の魔法はさすが、なかなかに明るい。
「さあここが、最初の開けた場所です。『始まりの広間』と昔から呼ばれています。もう学院生に知られる心配はありませんので、ここで少しこの洞窟のご説明をしましょう」
イラリ先生を先頭に10分ほど洞窟通路を進んだところで、開けた空間に到着した。
始まりの広間か。何が始まるのかな。
オレたち一行の14人が全員この空間に入っても、充分に余裕のある大広間といったところだ。天井も3階分ぐらいの高さがある。
ウィルフレッド先生の頭の上でまだ灯明の魔法の灯りが浮かんでいるが、広い空間だと明るさが全体に届かないよね。
しんがりでここに入った俺は、上方を見上げて灯りを天井近くに灯した。
始まりの広間全体が明るく照らされ、円形の空間を囲む岩肌が見えた。
「おお、ザカリー、明るいし高さも凄いの。あとでそれ、わしに教えてくだされ」
「いいですよ。でも、あれを移動させるのは難しいですよ」
「そうなのか」
「ザカリー君、ありがとう。この広間が、こんなに明るく照らされたのを見るのは、私も初めてです」
「ザカリー様ってよ、1年生じゃねえのか? 先生に魔法を教えるのか?」
「魔法学特待生だからよー」
「学院生にも教えてるみたいですよ」
「講義の助言役もやってるみたいだな」
「ほおー」
「でも、ときどきやらかすみたいよねー」
「だろうなー」
はい、そこ、つまらないことで感心したり納得したりしていないで、イラリ先生の説明を聞きましょう。
「あそこに見える通路入口から奥に進むと、15分ほどで『繋ぎの大広間』に着きます。そこまでの通路は、入口からの通路よりずっと横幅が広いですが、いくつかカーブや曲がり角がありますので、見通しはききません」
「冒険者が定期調査とアンデッド掃除のために入るのは、その繋ぎの大広間までです。大広間と呼ばれるだけあって、ここより数倍広く、天井も更に高い。その大広間の更に奥から彷徨い出て来るアンデッドを何体か討伐して、通常は掃除が終わります」
「ですが、繋ぎの大広間から、この始まりの広間までアンデッドが来てしまうと、外への出口は直ぐですから。それで大広間で掃除をして、アンデッドの移動を留める訳です。ここ数年の定期調査での討伐数は、1回で多くて5体ほど。脅威になるというほどではありません」
「しかし先月、念のために新学期調査をお願いしたところ、繋ぎの大広間で10体近くを発見し、冒険者パーティは討伐を諦めて、報告だけのために戻りました。王都の冒険者は強くないですから。死人が出て、それがアンデッドになっても困りますしね」
元一流冒険者で、ほとんどの現役エルフ冒険者の師匠だというイラリ先生は、王都の冒険者さんに対する評価が厳しいんだな。
まあ、経験豊富な先生が言うのだから、そうなんだろうね。
10体近くのアンデッドじゃ、下手に手を出さずに戻って報告するのが正解だね。
「質問をしていいかな。どんなアンデッドが出るのだろうか」
「ええ、ジェルメールさん。そのご説明をしていませんでした。通常の定期調査で、討伐されるのはスケルトンです。あとはごくたまに、レヴァナントが確認されることがあります。どちらも武装していますね」
スケルトンは動く骸骨だ。
どうして、活動したり闘ったりが出来るのかは分かっていないらしいが、骨だけになった身体を、浄化されていない魂がキ素力を使って動かしているんじゃないかな。
一方、レヴァナントも浄化されていない死者だが、こちらは肉体を持っているそうだ。
どちらもまだ俺は出会ってないから、教科書や書物からの知識だけど。
「武装しているというと、この洞窟の奥に騎士や兵士の死者が、たくさん葬られているということかな」
「それは良く分かっておらんのじゃよ。これまでに冒険者が探索したのは、繋ぎの大広間の先の『別れの広間』までじゃからな。のう、イラリ先生」
「ええ、随分と昔に、別れの広間までは行きました。私もそれに同行したのです。なぜ別れの広間という名前になったかと言うと、そこから通路が3本伸びているのです。その先にも行きたかったのですが、その時は別れの広間にたくさんのアンデッドが、それも強いレヴァナントが何体か混ざっていましてね」
「俺やウィルフレッドの爺さんも、だから繋ぎの大広間までしか行ったことがないんだ。その時もレヴァナントが1体いて倒したがな」
「あの時は、今ほど爺ではなかったぞ。そう言うフィランダーも、王宮騎士団を辞めたばかりで、まだ若々しかったがの」
討伐パーティと一緒ということもあるのか、先生たちも普段の学院教授とは雰囲気の違う話し方になっていた。あ、フィランダー先生はあまり変わらないか。
「話を戻しましょう。ですので、今回の目的は、まずは繋ぎの大広間の様子の確認と、そこに屯していると思われるアンデッドの大掃除です。おそらく10体以上のスケルトンと、それにレヴァナントもいることが予想されます」
「それから先は、どうするんですか?」
「ザカリー君はその先が気になりますか? まずは、繋ぎの大広間の大掃除をしっかり行いたいのですが、それから先は掃除が終わった後に考えましょう。私個人としては、今回は別れの広間までは探索してみたい」
「俺も行ってみたいな。今回はレヴァナントを何体かぶっ殺す」
「わしもじゃ。アンデッドなぞ一掃じゃ」
わりと血の気の多い、おっさんと爺さんでした。まあ知ってたけど。
うちのメンバーの顔を見ると、えーと、行く気、殺る気満々ですね。
サンダーソードはちょっとビビってるけど。
皆、血の気が多くてゴメンね、でも本来、キミたちが依頼されたお仕事だからね。
「では、まずは先行探索をしながら、進みましょうか。ブルーノさんと私と、それからサンダーソードのマリカさんが斥候職ですね。この3人で先行しましょう。あとの皆さんは、少し間を空けて付いて来てください」
「ザカリー様、クロウちゃんをお借りしていいでやすか?」
「あ、そうだね。クロウちゃん頼むよ」「カァ」
クロウちゃんは洞窟の入口からずっと、エステルちゃんの大きなお胸に抱かれていた。
いいよねキミは。楽ちんそうだね。そろそろ働きなさい。カァ。
「なあザック、あのカラス、(カァ)じゃなかったクロウちゃんは、斥候とかもできるのか? ペットじゃねえのか」
「えーと、敵発見能力があると言うか、眼と耳がいいと言うか」
「うちのパーティの優秀な一員なんですよ」
「そうなのかの、エステルさん。なんだか変な感じがするカラス(カァ)……。その、クロウちゃんは、どこまでわしらの声がきこえるんじゃ」
「あの、凄く離れてても聞き分けるので、発言には注意しないと怒られますぅ」
普通に音でも聞くけど、音波探知も出来るんですよ。
イラリ先生とブルーノさん、マリカさんの3人は、手慣れた動きでそれぞれの間隔を空けながら先行して行った。
クロウちゃんはその頭上を、音を立てずにスピードをコントロールしながら飛んで行く。
聞かれても秘密なんだけど、ドラゴンと同じで空気の揚力じゃなくてキ素力で浮かんで飛ぶからね。
それでは、俺たちも進みましょうか。
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