第172話 なし崩し参加
エステルちゃんとレイヴンの皆が帰って来た。サンダーソードの面々も一緒だね。
どうやら馬車に付き従って、走って来たようだ。
エディットちゃんが、冷たい濡れ手拭を人数分持って来る。気が利く子だ。
「おかえり、どうだった?」
「ただいまですぅ。結局、向うの勢いに負けちゃいました」
「つまり?」
「つまり、わたしたちも討伐に参加することになりましたぁ。だって、誰も反対しないんだもん」
レイヴンの皆は表立って嬉しそうに出来ず、バツが悪そうな表情をしている。
ニックさんたちは恐縮しきりだ。
「具体的にはどうなるの?」
「一刻を争うと言うので、明後日の早朝、まだ夜が明けない時刻に、王立学院に集合となりました。正面の事務棟前に集まって、それから講堂内で打合せして、地下洞窟入口まで行くそうですぅ」
学院生に見られないように、太陽が昇る前に行動する訳だな。
講堂から講義棟なんかがあるエリアを通らず、敷地内の森がある方向に移動ということかな。
「サンダーソードとレイヴン以外は?」
「人数が多くなり過ぎると、洞窟内での討伐に支障をきたしやすので、どうやら王都のギルドから案内の冒険者なんかが、少人数付くみたいでやすな」
「まあ、それはそうだろうね。洞窟内の様子にもよるけど」
「言っておきますけど、今回はザックさまは、ちゃんとお勉強をしててくださいね」
「え? えーと、そうですねー、朝から講義がありますからねー」
「ちゃんとお勉強ですよ。勝手に自分で入口を見つけて、わたしたちが洞窟に入ったら、中からやあやあとお出迎えとか、絶対なしですよ」
「そ、そんなこと、しませんよー」
「ま、まあ、君たち頑張ってくれたまえ。君たちなら心配はないと思うが、くれぐれも気を抜かないように。サンダーソードの諸君には、もし不足する物とかあったら騎士団から支給するから。ジェルさん、お願いしますよ」
「ええ、心得ています」
「ありがとうございます、ザカリー様」
「なんだか怪しいわよねー。ああいう風にマトモな発言をする時が、いちばん怪しいのよ」
「だんだん私も分かって来ました。怪しい時ほど、発言が大人びて来ます」
「エステルさんがいちばん分かってるから、先に釘を刺すのよねー」
「でも、その刺した釘を気がついたら抜いてるのが、ザカリー様だな」
そこの女子組、コソコソ話でもなんでもない声の大きさで話さないように。
そしてその日になりました。
まだ夜も明けぬ暗いうちに、俺は起き出した。
窓をコンコンと叩く音がする。クロウちゃん、今朝は随分と早いね。カァ。
いつものようにエステルちゃん弁当を持って来てくれたんだけど、学院に出掛ける前に用意したんだよな。
お手紙も入っている。
「ザックさまへ
今朝は例の件で屋敷を出るのが早いから、みんなでいただいた朝食と同じね。
ちゃんとおとなしくお勉強ですよ。心配しないでくださいね。
エステル」
さて今朝は特別に、お弁当持参で日課の早駈けに行きますか。
クロウちゃんも一緒に行く? カァ。
どうしてそんなフル装備を着ているかって? はて、どうしてでしょう。
なぜだか、いつもの学院の練習着じゃなくて、真っ黒の戦闘装備で身を包んじゃったなー。
俺はこっそり寮を出ると軽く学院内を走り、なんとなく講堂の方に来てしまったので、やはりなんとなく中に忍び込んでしまった。
外もまだ暗いし、講堂の中も真っ暗だよね。探査と空間把握を発動してと。
さて、朝食弁当でも食べようかな。
暫くして、10数人がこの講堂内に無言で入って来るのが、探査に引っかかった。
見鬼の力も合わせて発動しているので、その人数がそれぞれ身体から発するキ素力のオーラが、サーマルカメラの映像のように見えますね。
普段から俺がよく知っているオーラです。
「誰か潜んでいやすよ」
「え?」「なにっ」「誰?」
「この感じ、わたし分かりました。ほんとに、もう、やっぱり。それに、お弁当を食べた匂いもしますぅ」
その時、講堂内の灯りが点った。
俺はまだ、なんとなく物陰に潜んでいるんだけど。
「そこに潜んでいる、わたしのよーく知っている人、いいから出て来てください。怒りませんからぁ。お茶ありますよ」
「はーい」
仕方ないので姿を現す。高い天井のどこかに隠れていたクロウちゃんも、バサバサと下りて来て俺の頭の上にとまった。
うちのレイヴンの皆は、やっぱりねという顔をしている。
後から続いて来たサンダーソードの5人に、それから良く知る人たちの顔があった。
「いやー、バレました。さすがはブルーノさんとエステルちゃん。あらためて尊敬します。お茶をありがとう」
「もう、何を言ってるんだか。わたし、おとなしくお勉強て言いましたよね。お手紙にも書きましたよね。それが、このふたりは。おまけに、しっかりフル装備だし」
「はい、すみません」「カァ」
「まあまあ、エステルちゃん。その辺にしといてあげなさいな。来ちゃったものは仕方ないしねー」
「だって、学院長さま」
「まあ、ザックくんは特待生だから。それに、あなたたちのリーダーなんでしょー」
「ほらねー、特待生って結構効いてるわよー」
「あれ、ライナさんの言う通りです」
「リーダーで私たちの上司っていうのも事実だしな」
「時間もないし、みなさんにざっと説明して、洞窟入口に向かうわよー。今日の大掃除に参加して貰うのは、グリフィニアから来て貰った、冒険者パーティのサンダーソードのみなさんと、それから急遽参加することになったレイヴンのみなさん」
「王都からは、冒険者に参加させることも考えたんだけどー、昨日ギルド長から子爵家のレイヴンが加わるって聞いたから、それは取消しにして貰って、学院から案内を出すことにしましたー」
「で、一緒に洞窟内に入るのは、魔法学部長で王宮魔法顧問のウィルフレッド先生、剣術学部長で元王宮騎士団騎士のフィランダー先生、それから洞窟内に詳しくて元一流冒険者でもあるイラリ先生。このベテランたちを揃えたから、冒険者ギルドには断りを入れて、学院が直接手を出すことにしたの。最強のメンバーよー」
それでこの人たちがいるんだね。
王都の冒険者さんの実力は知らないけど、確かにこの面々なら頼りになるよな。
フィランダー先生は元王宮騎士団の騎士なのか。なんとなく納得だ。
「つうことだ、よろしく頼むな、ザック」
「わしもまだまだ動けるでな、足手まといにならんように頑張るぞ、ザカリー」
「よろしくお願いしますね、ザカリー君」
「もぅ、なんで先生方も、ザックさまがリーダーで参加するのが、前提なんですかぁ」
「でもよエステルさん、ザックがこの中じゃ最強なんだろ。俺もそう思うがよ」
「わしも今から楽しみじゃぞ」
「これで寮に帰れって言ったら、先回りしてひとりで洞窟内を片付けちゃいそうよねー。わたしの責任で許可するから、参加させてあげなさいな。今日はお家の事情で、講義をお休みするってことにしとくわ。ね、エステルちゃん」
「うー、学院長さまがそう言うなら、仕方ないですぅ」
「やったー」「カァ」
「その代わり、酷く無茶なことしたら、お説教100倍ですからね」
「はい」「カァ」
もう夜が明けかかってきたので、一行は急いでその洞窟入口があるという学院内の森に向かう。
そのエリアに向かう途中、『学院長の許可無く立ち入りを禁じる』の立て札が立てられていた。
特に柵や門などがある訳ではないが、木々が濃く立ち、無闇に立ち入るのが憚れるような雰囲気だ。
「ここよー。この大きな岩の陰」
学院内の起伏のほとんどない森の奥に、巨大な岩がぽつんと地面から顔を出していた。
その岩を回り込んで近寄ってみると、ひっそりと人がひとり通れるぐらいの裂け目が口を開けている。
近くで注意深く探らないと、見逃してしまいそうな入口だった。
「では入りますよ」
「よし、行くぞ。みんな、俺たちに続いてくれ」
「おう」「はい」
イラリ先生を先頭に、フィランダー先生、ウィルフレッド先生が裂け目から中に入り、サンダーソードのメンバーがそれに続く。
そしてレイヴンの5人が順番に中に入った。エステルちゃんがクロウちゃんを抱いて入り、俺はしんがりだ。
「ザックくん、大掃除もお願いなんだけどー、行けるとこまで、行ってみてほしいの」
「え?」
「あなたなら、なんだか出来る気がして。ほら、みんなが待ってるわよー。行ってらっしゃい。気をつけてねー」
そんなオイリ学院長の言葉を背に、俺は洞窟の中に入るのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




