第167話 レイヴンの模範訓練
俺とエステルちゃんは訓練装備に着替えて、ラウンジで待って貰っていた皆を、騎士団の王都屋敷分隊関係の施設がある一角へと案内する。
訓練場に行く前に、ざっと各施設を案内して廻った。
「へえー、さすがにグリフィン子爵家ですよね。王都の貴族屋敷で、こんなに施設が揃ってるところは無いと思うわ」
「うちの騎士団長と家令のウォルターさんて人が、凄く凝り性なのよ。こういうのは全力で整備するわね」
「グリフィン子爵家騎士団は、強いという評判ですからね」
「まあ、それがどんなものか、見れば分かると思うわよ」
「ほおー、ここがザックのとこの訓練場か。広いんだな」
「辺境伯様の王都屋敷でも、こんなに広くないですよ」
「えー、そうなの? ずいぶんこじんまりしてると思うけど」
「うちの伯爵家でも、もっと狭いわよ。ここ、王都の屋敷の中なのよ」
そうなんだ。グリフィニアの騎士団グラウンドより、ずっと狭いしさ。
まあ、俺がいつも訓練に使ってる、領主家専用魔法訓練場と同じぐらいだけど。
騎士団グラウンドはサッカーフィールドぐらいで、魔法訓練場はバスケットコート2面分をひと回り大きくした感じかな。
訓練場では、レイヴンとティモさんの5人が待っていた。
「まずは、剣術と魔法の複合戦闘を見て貰いましょうかな。ただし、王都でこの広さですから、魔法はそれほど派手には使えませんが」
ジェルさんの指示で、2対2の剣術と魔法の複合戦闘を行うそうだ。
ジェルさんとティモさん組対、オネルさんとライナさん組だね。これはいい組み合わせだぞ。
ブルーノさんは? 「自分は歳ですから、ティモさんに」そうですか、レフリー役ですね。
それぞれジェルさんとオネルさんが前、ティモさんとライナさんが少し後ろというポジションで距離を取って向かい合う。
ブルーノさんの「はじめ」の声で、ジェルさんとオネルさんが同時に走り出した。
その時、突如、ジェルさんの進行方向に土壁が立ち上がり、視界を遮った。
同時にオネルさんは、壁を回り込むコースに進んでいる。
しかしその、壁の向うに走り込むオネルさんの身体に、強い風が打ち当たる。
ティモさんの風魔法だ。
オネルさんが一瞬よろめくところに、ジェルさんが長剣を撃ち込む。もちろん木剣だよ。
その剣を、オネルさんが態勢を崩しながらも躱し、逆に剣を振るう。
一方でティモさんは、ライナさんが作った土壁を跳躍台にしようと跳び上がっていた。
が、土壁の頂点に足を掛けようとした瞬間、その壁はバラバラと崩れ去る。
そこでティモさんは空中で回転しながら、ライナさんに木製ダガーを数本、同時に撃った。
しかしライナさんも動きが速い。
激しくジグザグに移動しながら、ティモさんの着地予想地点の地面に大穴を開ける。
見学する我が課外部の部員たちは、目を大きく見開き、口を半開きにしながら、この突如始まった激しく立体的な攻防に釘付けになっていた。
「凄い、凄い、凄いわ」
「お、おう、これが剣と魔法の複合戦闘かー」
「剣も凄い、魔法も凄い、何より動きが凄い」
みんな、これから総合武術部で活動を始めようとする時に、いいものを見せて貰ったな。
これが闘いの訓練なんだよ。
「よし、やめー」
ブルーノさんの、やめの声が掛かる。
勝負は結局、ジェルさんの長剣がオネルさんの両手剣を撃って吹き飛ばし、終了した。
「いやー、いきなりの土壁は吃驚したぞ」
「あの風魔法が来なければ、ひと振り先手を撃ち込めたのに」
「ちょっと待っててー。いま地面を元に戻すからー」
闘っていた時間はそれほどではないが、素早い攻防とその密度の濃さに、見学した皆は圧倒されていた。
ライナさんが地面を元に戻して、さらにしっかりと固め、対戦した4人とブルーノさんが俺たちのところに戻って来た。
「あのー、凄かったです。ライナさんて魔法使いですよね。なんであんなに速く動けるんですか?」
「えー、レイヴンのメンバーの中じゃ、私がいちばん足が遅いのよー。いちばん速いのはエステルさん」
「でも、あの激しい動きの中で、地面に大穴を開けたのは、驚きです」
「あれぐらい動けないと、うちじゃやって行けないのよー。あそこで動けなかったら、ティモくんのダガー撃ちにやられて、あっと言う間に1対2になっちゃうでしょ」
「そのティモさんの動きも、凄かったよ。風魔法を撃って空に跳び上がって、空中で回転しながらダガーを撃って、落とし穴にも落ちなかったし」
「いや、まだまだです。土壁のてっぺんに足を掛けようとしたのは、少し拙かったです」
ヴィオちゃんは、魔法使いらしからぬライナさんの激しい動きや、動きながらの土魔法に感心している
自分も身軽さを活かしているルアちゃんは、ティモさんの身体能力や体術に驚いたようだね。
一方、魔法攻撃を浴びてからの剣の攻防を、ブルクくんはふたりに聞いている。
「どうだ、ライ」
「すげーな、おまえんとこ。なんだか感動した」
「そうか。見て貰って良かったよ」
「はいはーい。それじゃメインイベントねー。ザカリー様とエステルさんの対戦よー」
「ふたりの、いつもの立体高速戦闘、お願い出来るかな」
「私たちが前座って、分かるわよー」
そういうことね。いいですよ、どうせその立体高速戦闘になっちゃうし。
「ねえ、エステルちゃん。どうする? 魔法はあり? なし?」
「直ぐ死んじゃうのと、ザックさまの火魔法は禁止ですね」
「えー、火魔法禁止なの?」
「周りから火事とかに間違えられますぅ。それに爆発音も迷惑」
俺とエステルちゃんは、そんなことを話しながら訓練場の中央に向かい、それから大きく距離を取る。
ご近所迷惑は拙いし、体術中心にやりますかね。皆には戦闘時の動きを見て欲しいし。
特にブルーノさんの掛け声もなく、俺たちは阿吽の呼吸で走り出す。
もちろんふたりとも、直線的な動きなどしないよ。
エステルちゃんは小さくジグザグに動きながら、大きなカーブを描く。俺の縮地もどきによる接近を警戒しているな。
ならば俺は、緩やかな曲線の動きからストンと上空に跳び上がり、スパーンスパーンと空気の圧縮弾を威嚇に5連発ほど叩き付ける。
これでも当たれば、気絶ぐらいはするけどね。
あ、いきなり靄が湧き出して、そこに空気弾が着弾するが、彼女の姿は消えてる。
最近エステルちゃん得意の、靄魔法に姿隠しと高速移動の複合技だ。
「後ろですよぅ」「おっと危ない」
着地した俺の背中にダガーが何本も撃ち込まれる。それも、風魔法で三方から敵に迫るダガー誘導弾だ。
だが、俺の身体は縮地もどきでまず真横方向に超高速移動して、そこから抜け出す。
そして続けてエステルちゃんのバックを取るために、再度縮地もどきを発動させ超高速移動する。
しかし、それを予測していたらしく、今度は彼女が高く跳び上がって身体を回転させながら離れ、着地と同時に距離を取るため移動すると、俺に目がけて小型の竜巻魔法を遠隔発動させた。
竜巻に捕まったらヤバいぞ。
俺は両手剣を上段に構え、一刀、むんと向かって来る竜巻目がけて斬る。
竜巻は、キ素力を多少混ぜた俺のひと振りで、たちまち霧散した。
だが後方から、エステルちゃんが両手にロングダガーの二刀流で、俺の背中に走り込んでくるぞ。
俺とエステルちゃんの攻防は続ければ果てしなく続くので、ある程度のところで念話で「(そろそろ)」と合図して、始まりと同じ阿吽の呼吸で終了した。
どうですかー、みんな。楽しんでくれましたかね。
皆のところにふたりで近づくと、全員、目が点になって身体も固まってるんですけど。
その後ろでは、うちのレイヴンメンバーとアビー姉ちゃんがニヤニヤ笑ってる。
さあ、屋敷に戻って休憩しますよー。移動しますよー。
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