第165話 初めての休日
翌朝、エステルちゃんと屋敷の周囲を軽く走って汗を流し、屋敷に戻ってシャワーを浴びた後、朝食の席に着く。
屋敷の食堂には全員が揃っていた。
「ザカリー様、お帰りなさい」
「お帰りなさい」
「うん、ただいま。みんな元気そうだね」
「夜に塀を越えてお帰りになったって、聞いたわよー。ザカリー様らしいわよねー」
「ザカリー様が賊だったら、この屋敷はもう壊滅してるな」
「それは、塀を越える越えないの問題じゃないですよ」
「いちおう、真っ先にティモさんが見つけやしたがね」
「あれ、偶然です。偶々側を通って塀のこちらに着地された時、気づきました」
「やっぱり何か、魔法の仕掛けでも作るー? ねえエステルさん」
「そうですねぇ。考えましょうか」
この屋敷での食事は、その時にいる全員が一緒に食べるようにしている。
給仕をしてくれているアデーレさん、エディットちゃんも、配膳が終わると皆が囲むテーブルの横の小さなテーブルで食べて貰っている。
ふたりとも最初は遠慮したが、これは俺が決めてウォルターさんにも了解を貰った。
俺を加えてもたった9人なんだから、いいよね。カァ。あ、クロウちゃんもいるから9人と1羽ね。
「ザカリー様が学院でやらかしたこと、日を追って順番に話してくださーい」
「お、早速だな。でも私も聞きたいぞ」
「なんと言っても、これが楽しみでお帰りを待ってたんですよね、ジェル先輩とライナさんは」
「いや、なに、お顔を見たい、ついでだぞ」
「お顔はエステルさんに見せればいいのよー。私のおかずは、ザカリー様のやらかしエピソード」
「なんで、やらかすのが前提なのかなぁ。まあ、いろいろあったんだけどさ」
昨晩遅くまでエステルちゃんに話したこの10日間の出来事を、俺はまたこの朝食の席で話すことになった。
俺の話す入学早々のエピソードに、ほぉーとか、へぇーとか、時には大笑いしながら聞いてくれる。
うちの騎士団の皆は、ちょっとした武勇伝とか、変わった出来事なんかが大好物なんだよね。特にこのお姉さん方は。
エステルちゃんは昨晩にもう聞いていたこともあって、ニコニコしながら黙っている。
それで、皆がいちばん関心を示したのは、やはり俺が創った総合武術部だった。
「さすがザカリー様。面白いことを考えるな」
「へえー、魔法と剣術と、それだけじゃなくて、いろんな闘う技術を研究して訓練するのねー。面白そう」
「まるでザカリー様そのものが、その課外部というのになったみたいですね」
「部員たちの基礎が出来たら、うちのみんなにも稽古をつけて貰おうと思ってるんだよね」
「いいですね。私としては、ザカリー様に稽古をつけて貰いたいがな」
「それは私もです」
「タイミングのいいところで、学院にみんなを呼ぶよ」
「はーい」
「それで明日、その部員たちと言うか友だちが、屋敷に遊びに来るんだよ。みんなも会ってあげて」
「ザカリー様の同い年の子たちよねー。どんな子たちかしらー。鍛えがいがあるかなー」
「カロちゃんも来るんですよ。お手柔らかにしてくださいね」
「大丈夫だぞ、エステルさん。さすがに騎士団の子たち相手みたいに、いきなり扱いたりしないからな」
ちょっと心配なんですけど。
ブルクくんやルアちゃんは自領の騎士団で稽古をしていたと言ってたから、こんな感じは多少慣れてると思うが。
黙って朝食後の紅茶を楽しんでいるブルーノさんをそっと見ると、大丈夫でやすよという感じで俺に微笑んでるけどさ。
今日は屋敷でゆっくりすることにした。
王都内をご案内しましょうか、とエステルちゃんが言ったけど、この先いくらでもその機会はあるしね。
この世界に転生して育って、自分ひとりでこれまでとはまったく違う環境に入って、まだわずか10日間だけど少し自分を休ませたい。主に精神的に。
あと休日というものも、前々世以来だから40年振りなんだよね。
ゆっくりといただいた朝食後、屋敷のラウンジでぼーっとしながら、休日って偉大だなーとか考えていた。カァ。
「ザックさまとクロウちゃんは、なにぼんやりしてるですか?」
「お休みの日って、なんだかいいなーって思って」
「はい、ザックさまは10日間頑張りましたからね。今日は、のんびりしてくださいね」
「ジェルさんたちは?」
「屋敷警備と訓練ですよ。今日は誰も外出しないで、みなさん屋敷にいるって」
「そうなんだ。あとで訓練を覗きに行くかな」
「そうしてあげてください。わたしもご一緒しますね」
騎士団王都屋敷常駐分隊の4人と探索者チーム王都分室のティモさんの計5人は、交替でこの屋敷の警備任務についてくれている。
門番は置いていないので、主に屋敷内と周囲の巡回警備で、担当時間外は剣術や体術などの訓練、あとはエステルちゃんが外出する時の警護だね。
「門番さんとか置いた方がいいのかなあ」
「その話は出てますよ。今は問題ありませんが、全員が外出してしまうとアデーレさんとエディットちゃんだけになってしまうので」
「そうだね。でも、王都で誰か雇うのも、人選が難しそうだよな」
「ええ、費用の方は王都屋敷の予算で賄うとしても、誰でもいいという訳には行きませんから。あと、さっきも少し話に出ましたけど、ライナさんが魔法で屋敷が護れないかって、考えてます」
王都屋敷の年間予算にどのぐらい充てて貰ったのか、正直言って俺はほとんど知らないんだよね。
全部、エステルちゃんまかせだ。なにしろ、この屋敷の管理権限は全面的に彼女にあるから。
あと、屋敷を魔法で護る、か。不可能ではないよな。
例えば、ファータの里を隠している深い霧とか、俺の結界とか。
でも、この貴族屋敷区画で、グリフィン子爵家の屋敷だけ霧に包まれてたらまずいよね。
ライナさんとエステルちゃんで検討してるらしいから、俺に相談が来たら考えようか。
「エステルちゃんは、いろいろ出掛けて王都内を把握したんだって? クロウちゃんから聞いたけど」
「えへへ、行きましたよ。貴族屋敷街区をお散歩して廻って、どこにどなたのお屋敷があるか、だいたいチェックしましたし、王宮やお役所なんかの配置も頭に入れましたぁ。王宮騎士団も覗きに行って、中には入れませんでしたけど」
「まさか、ひとりで探索して廻った訳じゃないよね?」
「ちゃんと、ジェルさんたちのどなたかと一緒ですよぅ。だから、忍び込む訳にいかなかった、というのもありますけど」
「忍び込むって。まあ出来るのかも、だろうけど」
「王宮は、出来ない訳じゃないけど、さすがに難しそうですね」
「そうなんだ。警備が厳しいんだろうな」
「じつは、ライナさんと行って、あの人に見張って貰いながら、姿隠し魔法でちょっと入ってみましたぁ。でも警戒の気配が凄くて、バレると拙いから直ぐに出ましたけど」
「エステルちゃん」
ジェルさんなら止めてくれるだろうが、ライナさんだときっと面白がるよな。
探索のプロ訓練を修めているエステルちゃんなら、発見されるようなヘマはしないと思うが、グリフィン子爵家王都屋敷の女主人が王宮に潜入して捕まったら、これ大問題になりますよね。
「エステルちゃん。ほどほどに」
「大丈夫ですよぅ。そういう時は、ちゃんと武器や暗器も隠し持ってますし」
「えーと」
そういう問題ではないと思うんですけど。
そのあと、ジェルさんたちが訓練をしているのを見に行った。
王都屋敷の敷地内には、分隊本部の建物や分隊各員の自室と宿泊施設がある建物、それから武器庫や馬車庫、馬小屋、そして小規模ながら訓練場も備えている。
これらの施設を、ティモさんも加えた5人で維持管理しているのだから、ちょっと大変だよな。
馬車と騎馬用で6頭いる馬の世話だけでも、それなりに結構大変だし、そっちの下働きをしてくれる要員も必要な気がする。
そんな話をエステルちゃんとしながら訓練場に行くと、やってるやってる。
ジェルさんとオネルさん、それにティモさんが加わって戦闘訓練のようだ。
ブルーノさんとライナさんは巡回警備かな。
ジェルさん対オネルさん、ティモさんの1対2の模擬戦闘だね。
オネルさんがアタッカーで正面から攻め、ティモさんが遊撃で自由自在に動いている。
でも、ジェルさんはさすがだな。
オネルさんの繰り出す剣を捌きながら、ティモさんの速い攻撃も同時に躱し反撃もする。
「お、ザカリー様、いらっしゃいましたか。どうです、やりませんか?」
「そうだね、やろうか」
「ザカリー様とは久しぶりです。やる気出ます」
「私も加わってもいいですか?」
「もちろんだよ、ティモさん」
「じゃわたし、装備を持って来ます」
エステルちゃんがぴゅーっと屋敷に走って行き、自分はもう着替えて俺の訓練装備を持って直ぐに戻って来た。
彼女に手伝って貰って装備を身につけ、訓練場内に入る。
「じゃ、僕とエステルちゃん対3人ね」
「では、複数高速戦闘ですな」
「そういうこと」
「頑張ってついて行きます」
「じゃ、行くよ」
「はいっ」
お昼ご飯ですよと、エディットちゃんが呼びに来るまで、俺たちは訓練場を縦横無尽に動いて高速戦闘の訓練を続けるのだった。
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