第164話 王都屋敷に夜こっそり帰宅する
中等魔法学の講義を終えて、俺はライくんヴィオちゃんと総合武術部の部室へと行く。
部屋に入ると、もう既にほかの3人も来ていた。
今日も部屋の整備だね。でも、その前にひと休み。
「いやー、さっきのザックの魔法は面白かったなー」
「また、ザックさま、なにかしたんです?」
「面白い魔法って、どんな?」
「それがさー」
ライくんが泥濘魔法のことを話してるけど。
いえいえ、ただ面白い魔法って無いですから。あれでも充分死にますから。
「でも、わたしが興味を惹かれたのは、あの無詠唱よね。走りながら、動作無しの無詠唱で撃つなんて」
「それを、これからキミたちにやって貰おうと思ってる」
「ザックさまは、初等魔法学でいきなり短縮詠唱を教えてました、です」
「それ無理だろ。無茶させるなー」
「いやいや、無理と無茶は違うんだよ、ライくん。無茶はさせても無理は強いない。これ俺の流儀」
「ちょっと、ほかの課外部を見に行っていいか? まだ勧誘してるよな」
「キミの名前も載せた名簿を、もう提出しましたー」
「さて、男子はほっといて、部室をもう少し整えましょ」
「そうね、明日はお休みだし」
「はい、です」
だいぶ部室らしくなって来たな。ほとんど伯爵令嬢主導の趣味だけど。
でも、ゴテゴテ飾る訳ではなく、簡素で居心地の良い空間にしてるから、まあセンスは悪くない。
ちなみに課外部の活動費用は、学院から学院生会を通じて人数に応じた金額が支給される。だが、それほど多くないので、どの部も部員から部費を徴収しているとアビー姉ちゃんが教えてくれた
それも決めなくちゃだね。貴族の子息子女と大商会のお嬢さんだから、金銭には困ってないと思うが、ヴィオちゃんと相談しようかな。
「じゃ明後日ね。みんな、お昼前ぐらいにうちに来て。ランチをご馳走するからさ。屋敷の場所は分かるよね」
「大丈夫よ。凄く楽しみだわ」
「あたしも、あたしも」
「楽しみ、です」
皆で夕ご飯を食べた後、女子たちと別れて男子3人は男子寮へと戻る。
俺とライくんが第7男子寮で、ブルクくんは第4男子寮だね。
各寮は並んで立っているので、それほど離れていない。
「じゃあね、明後日」
「一緒に行こうぜブルク」
「うん、楽しみにしてるよ。それでは」
「なあ、ザックは明日の朝に屋敷に帰るのか?」
「うーん、じつはこのあと、部屋で準備したら帰ろうかと思って」
「そうなのか? もう夜だぜ。大丈夫か、って、ザックなら大丈夫か」
「まあね。気をつけて行くよ」
そうなんだよね。俺はこれから屋敷に戻ろうと思ってる。
明後日はみんなが来るし、明日1日をゆっくりしたいからさ。
ほら、以心伝心で、クロウちゃんが迎えに飛んで来るのが伝わって来たよ。
「カァ」
「迎えに来たんだね。ご苦労さん」
「カァカァ」
「じゃあ、帰るか。走って行くから、正門の上空辺りで待ってて」
「カァ」
窓から部屋に飛び込んで来たクロウちゃんは、俺の言葉を受けて再び飛んで行った。
さて、帰りますか。
寮のお世話係のブランカさんに声を掛け、「気をつけて行きなさいよー」の言葉を背に、学院正門に向かって走り出す。
門を出ると、空からクロウちゃんが俺の頭の上に下りて来た。
なんだか、久しぶりだなこの感覚。
学院区画の森の中の道を走り抜け、まだ人通りのある商業街をゆっくり通り過ぎる。
商業街を横切ると貴族屋敷区画。少し走れば、直ぐにうちの王都屋敷だ。
ところで、屋敷の門って開いてるのかな? カァ。開いてないかもって、クロウちゃんには門は関係ないか。
案の定、屋敷の門は閉まって鍵が掛かってました。
さてどうしよう。カァカァ。エステルちゃんを呼んで来る? 呼ばなくていいよ、ちょっと驚かすんだからさ。カァ。
では、さっと飛び越えましょう。
俺はえいっと、3メートルほどの高さの屋敷を囲む頑丈な塀の上に跳び上がり、塀の内側へと音も無く飛び降りた。
ん? 人の気配?
「こんな夜に誰ですっ? あっ、ザカリー様!」
「ご苦労さま、ティモさん」
「お帰りなさいませ。お戻りは明日の朝だと」
「うん、ただいま」
「お帰りなさいでやす、ザカリー様」
「ああ、ブルーノさんも。ご苦労さま、今戻りました」
「ははは、あんなに高い塀を飛び越えて帰って来るなんて、ザカリー様らしいでやすな。でも、ティモさんよ。こういうお方もいるから、気をつけないとでやすな」
「そうですね」
「なんだか、ごめんなさい」
「ザカリー様のお屋敷ですから、いいんでやすよ。自分らには良い訓練で。ささ、屋敷の中へ。たぶん、エステルさんには内緒でやすよね」
「そうなんだよ。うん、ありがとう」
そおっと屋敷の正面ドアを開けて、玄関ホールに入る。
まだ寝る時間じゃないから、皆は起きてると思うけど。
ブルーノさんたちは敷地内の騎士団用宿舎に自分の部屋があるから、屋敷内にいるのはこの時間だと、エステルちゃんと住み込みで派遣されて来てるアデーレさん、エディットちゃんだけなんだよね。
と思ってたら、そのエディットちゃんがひょこひょこ玄関ホールに歩いて来て、俺がいるのを見つけた。
「あ、あっ、あー。エステルさま、エステルさまー。ザカリーさまがお帰りですー」
そう大きな声を出しながら、バタバタと階段を駆け上がって行ってしまった。
おお、ちょっと見ぬ間に、あの子も身軽に走るようになってるね。
直ぐに2階からパタパタパタと走って来る音がして、階段をひゅんひゅんとエステルちゃんが飛んで降りて来た。
あんな技は、彼女じゃないとなかなか出来ないよな。おまけに大っきな胸も、ぷるぷる揺れる。
「ザックさまぁ、なにボーッと見てるですかぁ!」
「いやぁ、なに見てるって、エステルちゃんを」
「もぅ、クロウちゃんも、なんで今晩ザックさまが帰って来るって、知らせないですぅ」
「カァ、カァ」
「ザックさまが、黙ってろって言ったんですか。もぉもぉ、もぉ……」
エステルちゃんは目から涙を溢れさせると、ぶつかって来て俺の胸を両手のこぶしで叩きながら顔を埋めた。
びっくりさせ過ぎちゃったかな。
俺の胸に顔を押し当てて泣いているエステルちゃんを、そっと抱きながら、その向うで心配そうにこちらを見てるエディットちゃんに、大丈夫だよと頷いてあげた。
「さあ、僕もちょっと疲れてるし、お部屋に行こうか」
「はい」
「エディットちゃんもありがとね。びっくりさせちゃってゴメンね。」
「お紅茶とか、お持ちしますか?」
「わたしがするから大丈夫よ。もうお部屋に下がっていいですよ」
「わかりました」
エステルちゃんが俺の手をしっかり握って離さないので、そのまま手を繋いで俺の部屋に行く。
クロウちゃんもいて、ふたりと1羽。10日振りだけど、ずいぶんと久しぶりな気がする。
「ただいま」
「はい、お帰りなさい。あ、紅茶でもいれます」
「あとでいいよ。ここに座って、よく顔を見せて」
「泣いたから、ボロボロですぅ」
「はい、ハンカチ。これで拭って」
「ザックさまが、ちゃんとハンカチ出しましたぁ。なんだか少し大人になった?」
いくらなんでも、10日では大人にならないでしょ。
でも、いろんなことがあったから、ゆっくり話すよ。
この世界の夜は長いからさ。
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