第149話 剣術VS魔法
総合剣術部というのは、この学院で最も大きな課外部なのだそうだ。
数人単位の部も多く存在するなか、傘下の課外部も加えると40人以上の部員を抱える。
全学院生の数が480名だから、1割近くの学院生が所属していることになる。
「どうだろうねザカリー君。我々と日々研鑽を積まないか。いや、剣術学特待生のきみには、ぜひ部員たちを指導する存在になってほしい」
「そうですねぇ」
「待て待て待て、待てーい」
広く取られた総合剣術部の新入生勧誘出店の中で、俺とレオポルド部長が向かい合って話していると、そんな叫び声が近づいて来る。
なんだ? と思う間もなく、ひとりの女子学院生が勢い良く走り込んで来た。
「待て待て待て、ちょっと待てー」
俺たちがポカンと見ていると、その女子が腰に両手を当て仁王立ちに立つ。
「どうした、ロズリーヌ」
「どうしたじゃないわよ、レオ。その子、ザカリー君でしょ。なに勝手に勧誘してるの? このロズ姉さんに断りもなしに」
「そりゃ、新入生の勧誘をするのは勝手だろ。どの課外部もやっていることだ」
「勝手じゃないのよー、その子については」
「どうしてだ。何よりもこのザカリー君は、我が王立学院で数十年振りの剣術学特待生なんだぞ」
「その前に、その子は魔法学特待生なのよー。それも、お母さまのアナスタシア様に続いて親子二代の」
「あのー、えーと、どちらさまで」
アン母さんの名前が出たところで、俺は声を出した。
逃げようかとも思ったけど、なんだかさらに面倒くさくなりそうな予感がしたし。
「あー、ごめんなさいね。わたしは学院4年のロズリーヌ・オドラン、伝統ある総合魔導研究部の部長よ。はじめまして、あなたがザカリー君ね」
「ええ、ザカリー・グリフィンです。はじめまして」
「魔法学特待生、おめでとう。素晴らしいわ」
「はい、ありがとうございます」
「おい、暢気に挨拶を交わしてるが、それでここに何しに来たんだ」
「暢気にじゃないわよ。決まってるじゃない。あなたが勝手に勧誘するのを阻止して、魔法学特待生のザカリー君に、総合魔導研究部に入って貰うためよ」
「おい、先に声を掛けたのはこっちだぞ」
「ザカリー君は、先に魔法学特待生になったのよ」
「うちの傘下の強化剣術研究部の部長は、ザカリー君の姉さんのアビゲイルだぞ」
「それ言ったら、上のお姉さんのヴァネッサさんは、わたしの先輩部員だったし、何よりもアナスタシア様は部長を務められたわ」
「それなら、お父さんのヴィンセント・グリフィン子爵閣下は、かつて我が総合剣術部の部長だったんだぞ」
はいはいはい。もう俺の家族全員の名前が出ましたよ。
グリフィン子爵家の全員を巻き込んだ争いになりそうですよ。
ただでさえ声のどでかいレオポルド部長と、それに負けないぐらい大きな声のロズリーヌ部長が言い争っているから、本当に煩い。
総合魔導研究部は、総合剣術部の次に大きな課外部だってアビー姉ちゃんが言っていたから、こりゃ学院の二大課外部トップの争いだね。
この騒ぎに、いつの間にかたくさんの学院生が、総合剣術部の出店の中の俺たちを眺めている。
「もう、ホント煩いわねー。何してるの?」
「あら、アビーちゃん」
「お、アビー」
そこに人垣を掻き分け、アビー姉ちゃんが入って来た。
俺のクラスメイト3人も後ろから付いて来ている。
これでようやく俺も解放されるか。いや、さらに混迷が深まりそうな予感。
「あれ? ロズ姉さん?」
「ヴィオちゃんじゃない。お久しぶり」
「ロズ姉さんがここにって、あーそうか」
「ヴィオちゃん、ロズリーヌ部長を知ってるの?」
「知ってると言うか、ロズ姉さんはうちの伯爵領の準男爵家の長女さんで、小さい時から良く知ってるわ」
セリュジエ伯爵領、オドラン準男爵家の娘さんか。
各領主貴族家に所属している準男爵家は数も多いので、さすがに俺はそこまで把握していない。
「ヴィオちゃんは、ザカリー君と知り合い?」
「ザックくんとは、同じクラスでお友だちよ」
「なるほど、そうなのね。それなら丁度いいわ。ヴィオちゃんとザカリー君とで、うちの総合魔導研究部に入って。どうせお誘いしようと思ってたし」
「おいおいおい、なに勝手に話を進めてんだ。アビーも何か言ってくれ」
「はぁー、総合剣術部と総合魔導研究部で、ザックを取り合ってるって訳ね」
「取り合ってるって、俺がザック君と話をしていたら、こいつが勝手にひとの部に来て、訳の分からんことを言い出したんだ」
「なによ、訳の分からんことって。先に魔法学特待生になっているザカリー君に、最初にお話をすべきなのはこっちじゃない? アビーちゃんもそう思うわよね」
「もー、ふたりとも煩い。静かにしなさいっ。周りに迷惑でしょ」
「はい」「はい」
アビー姉ちゃんて、どんな環境にいてもブレないというか、上級生のそれも二大課外部の部長さん相手でも強いんだね。
さすが俺の姉ちゃんだ。
「要するに、魔法学と剣術学の特待生になったザックを、どっちも自分のところに入部させたいんでしょ」
「そりゃアビー……」
「そうよアビーちゃん……」
「煩いっ。黙って」
「はい」「はい」
「この子、きっとどっちの部にも入らないわよ」
「そうなのか?」
「そうなの?」
「この子はね、特別なの。わたしなんかと比べものにならないほど。もしかしたら、うちの母さんよりもずっと。だから、魔法と剣術の両方の特待生にもなったし、どっちの課外部とか、そんな枠には納まらないのよ」
やっぱり姉ちゃんは、俺のこと良く分かってるんだよな。
総合剣術部にしろ総合魔導研究部にしろ、そんな課外部のいち部員として活動する姿は、想像出来なかったのだろう。
「どうせどこの課外部にも、この子、納まりはしないし、例え入っても直ぐにはみ出ちゃうだろうから。それで、わたしの部に入れようかとも思ったんだけど。でも、ふたつの特待生になったって聞いて、いくらわたしがいてもうちの部で納まる訳ないし、それも諦めたとこなのよ」
姉ちゃんは、自分が創ったなんとか剣術なんとか部に俺を取りあえず入部させて、監視しつつ面倒を見ようと思ってたんだね。
ありがとうな、姉ちゃん。
でもあの、厳ついホスト風男子部員ばかりの部は、ちょっとなー。
「えー、お話はあらかた済んだということで、僕はこの辺で……」
「ザック、あんたのことなのよ。直ぐ逃げようとしないのっ」
「はい」
「で、どうなの? あんた自身としては」
「どうなんだ、ザカリー君。やっぱり剣術だよな……」
「ザカリー君、どう。一緒に魔法を……」
「静かにっ」
「はい」「はい」
「えーと、僕としては、まだ講義が始まって2日目ですし、課外部についてはもう少し、ゆっくりキチンと考えたいというところもありまして、せっかくのお誘いではありますが、どちらにもお返事は差し控えるということで」
「あんたなら、そういう政治家みたいな返答をすると思ったわ」
「おとななのね、ザカリー君は」
「さすが子爵家の長男と言うべきか」
「違うの。この子、ひとを煙に巻くのが得意なのよ。手強いわよ」
ようやく俺は、ふたりの部長さんから解放された。
アビー姉ちゃんはまだ部長たちと話があるみたいだし、後片付けもあると言うので、俺たち4人で夕ご飯を食べに行くことにする。
「そう言えば、カロちゃんはどうすることにしたの。姉ちゃんの、なんとか剣術なんとかに入ることにした?」
「強化剣術研究部、です。ザックさまがうちの部の名前を覚えないのは、ぜったいわざとだ、てアビーさま、言ってました」
「わたしも、保留にさせて貰った、です。強化剣術て言うのが、たぶんわたしには、まだ無理そう。それに、あのおっきくて愛想のやたらいい、先輩男子たちの中に加わるのは、ちょっと」
「…………」
「ヴィオさんはどうするの?」
「わたしだけさん付はイヤだから、カロちゃんと同じように呼んで」
「ああ悪かった。で、ヴィオちゃんも総合魔導研究部に誘われてたけど」
「わたしも取りあえず保留ね。確かに総合魔導研究部は伝統もあるし、順当なんだろうけど。ちょっと考えたいの」
「ライは?」
「え、僕? まだあまり考えてない」
「キミならそうでしょうな」
「ですかね」
ヴィオちゃんとカロちゃんは男子の会話など聞かず、ふたりでもう関係ない話をしていた。
それにしても今日も疲れたな。主に精神的に。
さあ、寮に帰りましょう。俺とライくんは学院内をとぼとぼと、第7男子寮まで帰る。
「なんだか、ザックは大変なんだな」
「そう思うか」
「そう思う」
ライくんがぽつりと、そんなことを言う。これ昨日のデジャヴ?
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