第11話 ダメ女神襲来
パーティーもそろそろお開きということで、家族連れのゲストの皆さんやまだこれからも仕事のある騎士さんなんかは大広間から退出し、俺たち子供も引上げる。
父さんは3人のギルド長に捕まっていて、まだ飲んでるな。
商業ギルド長のグエルリーノさんは先に家族を帰したみたいだ。美人エルフのエルミさんもいつの間にかいない。
さて自分の部屋に戻りましょう。乳児のときにいた部屋と違って、少し広めの自分の部屋を去年から貰っていたりする。
やれやれと部屋着に着替えると、ベッドにダイブだ。
すると部屋の中が明るくなり、白く輝くぼんやりとした塊が現れて、それが徐々に人のかたちを持って実体化していく。なんで登場シーン? それいるの?
「えへー、来ちゃったー。菊さま久しぶりー。元気してたぁ?」
菊さまというのは、前世で俺が菊童丸という幼名だったからだ。
「いまは菊さまじゃないし。……あぁ、久しぶり」
「そだね、ザックくんだった。忘れてたー」
忘れてたって、おまえがザカリーって名前をわざわざ付けといたんだろ。
「それで、なんでこの世界にまで来たんだよ。地球とは別の宇宙の異世界だぞ」
「んー、だからぁ、なんというか、神サマ留学??」
「なんだ、その駅前留学みたいなのは」
「だってー、わたしザックくんの担当だし、異世界でもお世話しなくちゃいけないでしょ。前のときにもお世話しに行ってたじゃない」
そういえば、前世でも乳児や幼児のときにはちょくちょく現れていた。
元服して、位を授かって、周囲に大人が増えて行くに従って現れる頻度は減ったけど。
「だからー、わたしもこの世界に留学して来たってわけ。ちょっと手続きに時間がかかっちゃったけど」
神サマ留学には手続きがいるのか。そりゃ必要か、こんなダメ女神が別の世界から来るんだからな。
「それでねー、こっちのアマラ様なんかは早く来てもいいわよー、って言ってくれてたんだけど、うちの上がなかなか許可を降ろしてくれなくて」
アマラ様というのは、まさに夏至祭の主役の太陽と夏の女神だ。うちの上って誰のことだろ。
「そんでもって、3年もかかっちゃったのよー。ひどいでしょ。まーわたしは永遠の18歳だからいいんだけどねっ」
まぁサクヤも手続きに苦労してまで、この世界に来てくれたんだから良しとしようか。神サマだからあまり年数とか時間とかは関係ないのだろうが。
「年数も時間も関係あるわよー。だってザックくんの赤ちゃん時代を見逃しちゃったじゃないの」
だから勝手にひとの心の声を読むな。
「まぁ、でもいいわぁ。こうして3歳児のザックくんに会えたんだし」
はい、3歳児は間違いないです。
「それでおまえ、留学ってしばらくこっちにいるのか?」
「そうねー、年に2回ぐらいは帰るかもだけど、しばらくはこの世界にいるかなー」
「年に2回って盆と正月に実家に帰省かよ。でもこの世界におまえを祀る神社もないし、ふだんはどこにいるんだ?」
「だからー、ホームステイよ。アマラ様のとこ」
アマラ様の家にホームステイで、神サマ留学ということらしい。
「ねえねえ、それよりもう剣の修行、始めたの?」
「あー、この前から始めてるぞ。まだ身体づくりからだけどな」
「そーなんだ。まだちっこいもんね。早くおーきくなーれ」
ちっこい言うな。そうなんだけど。
「菊さまのときは剣の達人て言われたんだから、そのうち元のように強くなるわよ。わたしも来たしねっ。うふふ」
なんだかその笑い、ちょっと怖いぞ。
「ただな、なかなか稽古や修行の場所がなくてさ。ホントは広い場所で、思いっきり身体を動かしたり走ったりしたいんだけど。いまはこっそりやってるから」
「そんなの、結界を張ればいいじゃない。ザックくん、もう結界は張れるんでしょー。前の世界の呪法とかこの世界の魔法とか、まだ使ってないの?」
そうだった、結界ね。俺は結界を自分の周囲に張って、防御したり周りから姿を隠したりできたんだ。
そう言えば、この世界に転生してから使ってたのは探査系だけで、それ以外のスキルや呪法、魔法とかを今まで試してみたことがなかったな。魔法や魔道具があるんだよね、この世界。
この部屋にもある灯りとかも、じつは魔道具なんだよな。スイッチ入れるとふつうに灯りが点るから何も気にしていなかった。
明日から結界を張る練習をしよう。ゼロ歳当時から使っている探査・空間検知・空間把握と同系列の能力だしね。
「ザックくんは、おっちょこちょいのちょいさんだからなー。やっぱりこのサクヤちゃんがいないとダメよねー」
なんだ、ちょいさんて、おまえホントの年いくつだ。それにそこで胸張るな。前の世界での女房装束と違って、この世界の初夏らしい服着てて、わりと薄着だから……けっこう胸あるんだな。
「あははー、菊さま、じゃなかったザックくんのエッチぃ。おねえさんの胸、そんなに見たいのかな、かな」
長いつきあいのダメ女神だけど、たしかに神話でも絶世の美人とされ、本人が言うように永遠の18歳の姿だからちょっとドギマギさせる。なんだかくやしい。
「そんなに褒めなくてもいいのよー」
だから、ひとの心の声読むな。
無理矢理話題を変えよう。
「ところで、昼に広場で事件があっただろ。あれおまえ何か知ってる?」
「あー、あれね。そうねー」
こいつ何か知ってるな。というか、留学生とはいえ神サマだから当然知ってるよな。
「ザックくんは、この世界にふたつの大きな陸地があることは知ってるでしょ」
「うん、知ってる」
「いまいるこのニンフル大陸と、もうひとつはエンキワナ大陸ね」
「間に狭い海・ティアマ海があるんだよな」
「そう、広い海の大ワタツ海も間にあるのだけど、まぁそれは今はいいわね。それでエンキワナにも当然、生き物、魔物も棲んでいて、人もいるし国もあるの。で、そのなかに妖魔族の国もあるのよねー」
妖魔族とは鬼人や魔人、吸血鬼などを総称した種族名のことだと、前に本で読んだことがある。
「その妖魔族の国というか、彼らの大きな集団がいくつかあるんだけど、そのひとつがどうもこちらのニンフルの国を窺っているのよねー」
サクヤの説明を簡単にまとめると、エンキワナ大陸にある妖魔族の国のうち、ニンフル大陸への侵攻を目論む集団があり、どうやらティアマ海に面するこのセルティア王国のグリフィン子爵領に、国情を偵察しに人を送り込んだようだ。特に、兵力やその強さなどを調べに来ているらしい。
それで祭りで浮かれる夏至祭の最中に、ちょっとした騒ぎを起こそうとしたみたいなんだよね。反応の早さとか指揮能力や対応力、個々の兵の練度なんかを測るために。
それをうちの警備兵やら騎士団が素早く発見して、大きな騒ぎを起こされる前に潰したということらしい。
当然、祭りの様子や兵の動き、それから領主とその一家つまり俺たちを観測していた者たちが別にいたのだろうけど。
「まー、向うの大陸のなかでもいろいろと対立や争いがあるみたいだから、すぐに侵攻して来るとかはないと思うけどねー。こちらはこちらで、これからいろいろあるだろうし」
なるほど、この世界でもいろいろあるのだろう。何も起こらない平和な世界に俺が転生させられたとは、もちろん思ってはいない。
「あー、たくさん喋っちゃったわ。そろそろ帰るねー。うちのホストファミリーって、いろいろ厳しいのよー。それじゃまた来るねっ。おっやすみー」
あっという間にサクヤは消えた。ホストファミリーとは、太陽と夏の女神アマラ様のことか。アマラ家って家族で住んでるの?
まあいいや。本当に久しぶりにサクヤと会ってたくさん話したな。というか、ほとんどサクヤが喋っていたけど。
とりあえず明日からは、スキルや呪法、そしてこの世界の魔法の研究も始めようか。
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