第131話 探索者チーム分室
「許可を貰いましたー。自由に出入りしていいそうですー」
ウォルターさんに連れられて、学院に行っていたエステルちゃんが帰って来た。
出入り自由の許可を、学院長から無事にいただいたそうだ。よかった。
「すっごく広いんですよ。それに、王都の内側の城壁の中なのに、学院全体が森林に囲まれていて。あそこだけ、なんだか別世界みたい。中に入ると、お庭とか芝生とか林とか、緑がたくさんあって、そこに建物が点在してて」
王立学院の様子を俺に話そうと、興奮気味に話す。ちょっと落ち着こう。どうどうどう。
以前に、クロウちゃんの視覚を通して空から眺めたことがあるのだけど、エステルちゃんの言う通り、学院全体が内リンクの都市城壁の内部にある、広い森林に囲まれているんだよね。
内リンクの都市城壁内で最も広い施設は王宮で、セルティア王立学院はその次に広い敷地を誇っている。
おそらく学院だけで、うちの子爵館の3倍ぐらいの広さがあるのではないかな。
子爵館の敷地内にも、屋敷のほかに騎士団関係や内政官関係の施設、庭園や果樹園があってかなり広いのだけどね。
「学院長さんは、とてもお優しい方でしたよ。エルフさんだそうです。わたしのことファータって、すぐバレちゃいました。えへへ。だって、うちのお爺ちゃんとお婆ちゃんのこと、ご存知なんですって。びっくりですぅ」
「へーそうなんだ。エーリッキ爺ちゃんとカーリ婆ちゃんのお知り合いかー」
学院長は、うちの探索者チームの元締めであるウォルターさんの古い知り合いだというから、エーリッキ爺ちゃんとカーリ婆ちゃんとも繋がりがあるのだろうね。
「はい。それでお話したあと、学院長さんに学院の中を案内していただいて。今は冬休み中だからと、ザックさまが学ばれる教室とか、学生寮の中とかも見せて貰いました。お部屋は個室ですけど、とても狭いんですよ。ベッドと机と椅子とテーブルで、いっぱいいっぱい」
「それから、学生食堂でお昼ご飯をご馳走になりました。ボリュームもあって美味しかったですよ。学院の中にお店もあって開いていました。日用品は揃ってるけど、お菓子の種類が少なかったですぅ。トビーさんにたくさん作って貰って、ザックさま宛に送らせましょう」
「そ、そうだね。そうかな」
それからもエステルちゃんは、ひとしきり学院内で見聞きしたことを話し続けた。
ウォルターさんは、「ちょっと別用がありますので」と、直ぐにどこかに行ってしまった。
俺はちゃんとエステルちゃんの話を聞くよ。こういう時はしっかり聞いていないと、後が面倒くさいからね。
彼女の話がひと段落した頃合いを見計らって、ジェルさんたちと話した内容を伝えた。
「はい、わかりました。お屋敷の外では、お三方のどなたかと行動するということですね」
「うん、初めて暮らす王都だから、何があるか分からないからね」
「それはもちろんですよ。レイヴン女子組も4人になりましたから、わたしたちが王都の中を探索します」
「えーと、僕が言ったことと、ちょっとニュアンスが違うような」
「いえ、違いませんよ。ザックさまは学院の中にいるのですから、外にいて動けるわたしたちのお役目だと思います」
「そ、そうかな。そうとも言えるけど」
ついつい忘れがちになるけど、エステルちゃんは5歳からその教育や特殊訓練を受けて、12歳で現場に入った根っからの探索者なのだよね。
彼女の言うことを頭からダメと言ってしまったら、彼女のアイデンティティのかなりの部分を否定することにもなりかねない。
まあ、ほかの皆もいるし、大丈夫でしょ。
俺もいちおう、入学試験までは毎日追い込みをしないといけないので、今日はそのぐらいにして自室で受験勉強をする。
エステルちゃんは、「お邪魔をしちゃいけませんからね」と、クロウちゃんを抱いて出て行った。
翌日は朝食の後、やはり自室で勉強をしていると、小さくドアをノックする音がするので顔を出すとエディットちゃんだ。
「エステル様が、下に来ていただきたいとお呼びです」
用があれば自分で呼びに来る筈なので、何だろうと玄関ホールまで行くと、ウォルターさんとエステルちゃんが誰かと話している。
ん? あの人は。ファータの里のティモさんだ。
「ティモさん、お久しぶり。里からの帰り以来だね」
「あ、ザカリー様、お久しぶりです」
ジェルさんが言っていたファータの里から来る人というのは、ティモさんだったんですね。
「ザカリー様、勉強中のところすみません。ティモはよくご存知ですよね。彼に来て貰った理由など、少々ご説明をしたいと思いまして。お時間はよろしいですかな」
「うん、勉強はひと区切りしたから大丈夫だよ」
「それではこちらに」
昨日にジェルさんたちと話をしたラウンジで、説明を聞くことになった。
ティモさんは遠慮して腰掛けようとしなかったが、ウォルターさんが座らせる。
「これまで、この王都屋敷をあまり活用しておりませんでしたのは、ザカリー様もご承知かと思います」
「そうだね。ほとんどは空き屋状態だったんだよね」
「はい。それで、ザカリー様が王立学院生となり、エステルにこの屋敷を任せることになりましたので、騎士団長と少々相談をいたしました」
はい来ました。子爵家が誇る、深謀遠慮のおじさんふたりの相談です。
「それで、既にご承知の騎士団員常駐となった訳ですが、それに加えて探索者チームの王都分室もここに置くことにしたのです」
「探索者チームの王都分室ですか」
「ええ。現在、私が指揮しているグリフィン子爵家の探索者チームは、領都の子爵館を本部に、アプサラに分室を置いています」
エステルちゃんの叔父さんのミルカさんは、初めて会った時は領内の港町アプサラにいて、はっきりとは聞いていないが現在は領都にいるようだ。
分室から本部に異動したということだね。
探索者であと俺が知っているのは、ファータの里への行き帰りで会ったアッツォさんとヘンリクさんだ。
「それで今回、王都分室を置いて、まずはティモに常駐して貰うことにしました。これはもちろん、里長の了解もいただいています」
「その話を聞いて、里の年寄りどもが何人も、わしが現役に復帰して行くと言い張りましたが。里長が抑えて、私となりました」
ティモさんがそんなことを真面目そうな顔で言う。あの爺さんたちか。それはそれで賑やかそうだけど。
そこに、騎士団の王都屋敷分隊員の4人がやって来た。
「みなさん、お集りいただき恐縮です。どうぞお座りください」
ウォルターさんが声を掛け、皆が思い思いに腰掛ける。この4人も、エディットちゃんに呼びに行かせたのだ。
全員が座ったところで、アデーレさんとエディットちゃんが紅茶をいれてくれて下がった。
さすが王都でグエルリーノさんの商会から派遣されただけあって、美味しくて洗練された紅茶を出してくれるよね。
「さてこれで、この王都屋敷に常駐していただく全員が揃いました」
その言葉を聞き、俺は皆の顔を順番に見て行く。
ジェルさんにオネルさん、そしてライナさん、ブルーノさんに、今日ティモさんが加わった。
それから、俺の隣に座っているエステルちゃん。クロウちゃんも忘れてないよ。
「あなたたち5名で力を合わせて、この屋敷を護りザカリー様とエステルを支えてください。それが第一ですので、私からもお願いします」
「はい」
「ティモは、オネルヴァさん以外はご存知ですね。彼は大枠は私の指示で動きますが、ブルーノさんがご協力いただけると、クレイグ騎士団長から聞いております」
「へい、そのように指示されておりやすので、お任せください」
「ありがとう。それで、騎士団王都屋敷分隊の指揮権はザカリー様にありますが、探索チーム王都分室の直接指揮も、ザカリー様にお願いしようと考えています。ですので、行動予定や結果の報告はザカリー様に直接か、エステルにするようにしてください」
「はい、エステル嬢さんが、私の直接の上司と考えていますので」
「それで結構です。ザカリー様とエステルも、それでよろしいですね」
「あ、はい」「えと、はい」
ウォルターさんが王都屋敷のこれからについて、方針を話して行く。
騎士団分隊と探索チーム分室の指揮権は俺にあるのか。
あのう、俺って、王立学院に入学するために王都に来たんですよね、確か。
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