第129話 王都屋敷と常駐分隊
王都フォルスの都市城壁の内側に入るのは、意外とスムーズだった。
もっとも、俺たち一行が入った東側のフォルス大門は、その名の通り巨大な都市門で、一般の通行と貴族関係者の通行が分離されている。
頻繁に貴族やそれに関わる人たちが出入りする、王都ならではのことだ。
王都フォルスの面積は、およそ700ヘクタール。グリフィン子爵領の領都グリフィニアがだいたい78ヘクタールだから、9倍近い面積になる。
これはあくまで屋敷の図書室にあった簡易な地図や、以前にクロウちゃんを王都まで飛ばした時の空間把握からの俺の推定だ。
だいたいそんな感じということ。
王都は都市城壁で囲まれていて、その長さは10キロメートルにも及ぶ。
都市外とを隔てるこの城壁は外リングと呼ばれ、王都内には更に王宮や貴族屋敷地区などを囲むもうひとつの城壁があって、これは内リングと呼ばれている。
つまり王宮という指に、二重のリングが嵌められているという訳だ。
内リングの中だけでもグリフィニアよりもかなり広く、200ヘクタールぐらいはあるだろうか。
その内リング内に、俺たち一行が向かっているグリフィン子爵家の王都屋敷があり、また俺が入学する予定のセルティア王立学院もある。
内リングの中に入るための門の警備は、先ほどのフォルス大門よりも厳重だった。
馬車を停止し、確認に来た警備兵にウォルターさんが通行書類を見せる。
チェックはわりと簡単だったが、王家や貴族関係者以外が通行する際はもっと厳しいそうだ。
大きな邸宅が立ち並ぶエリアに入り、ひとつの邸宅門の前で馬車が停車する。
「さあ着きました。メルヴィン騎士、門をこれで開けてください」
馬を寄せて来たメルヴィンさんにウォルターさんが鍵束を渡すと、やがて門が開けられ、王都屋敷の敷地内に一行が入った。
領都の屋敷ほどではないが、なかなか立派な建物だよね。半分ぐらいの規模の2階建ての屋敷だ。
「いやいや、お待ちしておりましたよ」
「予定通り、無事到着しました。商会長自らのお出迎えで、恐縮ですな」
屋敷内の小振りの玄関ホールで待っていたのは、グリフィニアの商業ギルド長のグエルリーノさんだった。
屋敷の管理を任せているある商会というのは、グエルリーノさんの商会という訳か。
それにしても、商会長自身がこの王都で俺たちを出迎えるとは。
「アビゲイル様、ザカリー様、それからエステルさん、お久しぶりですね」
「カァ、カァ」
「あ、クロウちゃんもお久しぶりです」
「グエルリーノさんがなぜここに?」
「いやなに、うちのカロリーナも入学試験を受けますからな。それで今回は取引仕事がてら付き添いで、王都まで来たということですよ」
「あ、カロちゃんも受験するのね。そうか、カロちゃんはザックと同い年だったわね」
「はい、アビゲイル様。あの娘も、おふたりと同じ学院で学ぶのを、とても楽しみにしています」
セルティア王立学院は、王族や貴族、騎士の子弟子女のほかに、ある程度裕福か学業に優れた一般の少年少女も入学することができる。
学院内では、学生は身分差無く扱われるのが基本だ。
カロちゃんとは夏至祭と冬至祭の時に、子爵館で開かれるパーティーで会うぐらいだから、幼少期とは違って近頃はほとんど話したことがないよね。
身分や立場を問わず学力重視の王立学院は、入試の倍率も高いからカロちゃんも受験勉強を頑張ったのだろうな。
「さて、皆様は長旅でお疲れでしょうから、私はこれで引き揚げることにします。お屋敷のお世話には、このふたりを担当させようと思いますので、エステルさん、よろしくお願いいたします」
「あ、はい」
「こちらがアデーレと言いまして、料理や買い物などをメインに。それからこっちがエディットで、掃除洗濯などの雑務をお申し付けください」
「よろしくお願いいたします。若奥様」
「え、えと、わ、わかおくさま、じゃないですけど、エステルって呼んでください。よろしくお願いします」
「ははは、いいじゃないのエステルちゃん。若奥様って呼んで貰いさないな」
「なに言ってるですか、アビーさまは」
グエルリーノさんが、この王都屋敷の使用人として商会から派遣してくれたのは、少し小太りで前世の世界だと、たぶんイタリアのマンマみたいな雰囲気のアデーレさんと、働きに出たばかりの感じの少女エディットちゃんだ。
若奥様と呼ばれたエステルちゃんは、ずいぶんと慌ててたけど、結局はエステル様と呼ばれることになったようだね。
様付で呼ばれるのも断ろうとしてたけど、グエルリーノさんがそう呼ばさせてくださいと頼み、ウォルターさんもそうしなさいと言ったので、それ以上は諦めたようだ。
屋敷内には父さんと母さんが王都に来た際に使う部屋、それから姉さんたちのそれぞれの部屋が決まっていたので、俺の部屋とエステルちゃんの部屋をあらためて決める。
ここでもなんだかんだがあったのだが、結局、2階にある大きめの部屋が俺で、その隣のそれより多少小さめの部屋を、エステルちゃんの部屋とすることになった。
「ザックさまのお隣は申し分ないですけど、このお部屋は立派過ぎますぅ」と言っていたが、これもウォルターさんが「あなたが実質的なこの屋敷の主人ですから、この部屋にしなさい」とか話して、無理矢理納得させていた。
こうやってひとつひとつ決めて行くのって、意外と大変なんだよ。
ちなみにクロウちゃんの寝床は、なぜか俺の部屋とエステルちゃんの部屋の両方にある。キミは自由でいいよね。
さて、今日が2月の7日で入学試験は15日。それまでの7日間ほどは、俺は屋敷で最後の追い込みだ。
アビー姉ちゃんは部活も始まるとかで、明日早々に学院に戻るそうだ。
ウォルターさんは、エステルちゃんを伴って学院長に会いに行くほか、いろいろとやることがあって忙しいらしい。
そんなことを話しながら、アデーレさんが作ってくれた晩ご飯をいただいた。
今晩は、騎士団の護衛9名分の食事の用意もあるので大変だよね。
この王都屋敷の敷地内には別棟が建っていて、騎士団の皆さんはそこに泊まる。
なんでも、もしもの時に子爵領から騎士団などの部隊を呼んで駐屯させられるようにと、宿泊施設や武器庫、馬小屋、訓練場などが小規模ながら揃っている。
王都邸の屋敷自体を多少質素にしてでも、こういう施設や設備をあらかじめ整えておくのが、グリフィン子爵家らしいと言えばらしい。
さて翌朝、アビー姉ちゃんは早々と学院の寮に戻って行った。
内リンクの中は警備兵も多数いるので、貴族の娘がひとりで出歩いても大丈夫なのだそうだ。
特に学院生は王族は別として、内リンクの中であれば誰もが気軽に自由な行動をするのだという。
俺とエステルちゃんはウォルターさんに声を掛けられて、別棟の建物に案内された。
その内部の雰囲気は、グリフィニアの領主館内にある騎士団本部を小さくしたような感じで、メルヴィンさんに迎えられて広めの応接兼会議室に通される。
護衛に付いてくれていた騎士団員の皆さんも集まっていた。
「ザカリー様、私ども騎士小隊分隊は、本日には領都に戻るため出発します」
「はい、聞いています。本当にご苦労さまです」
「それで、ウォルターさんからも多少聞かれているとは思いますが、王都屋敷への騎士団員の常駐派遣について、概要をお話しいたします」
メルヴィンさんから、騎士団員の常駐派遣の説明があるようだ。
「まず、子爵様のご決定により、この王都屋敷の管理権限は、すべてエステルさんに与えられました」
「はい」
「そこで、エステルさんがこの屋敷を管理運営するのを補助し、同時に今後起こり得る王都での任務に就くため、わが騎士小隊から4名の団員を常駐派遣し、王都屋敷分隊とします」
え、3名じゃなくて4名なの?
「王都屋敷分隊員は、従騎士ジェルメール、同じく従騎士オネルヴァ、従士ブルーノ、同じく従士ライナの4名です。なおジェルメールは、本年中には騎士爵位を叙爵することが内定しております」
ジェルさんのお父さんは確かわりと年齢が高かった筈だから、今年中に引退して騎士爵位をジェルさんに引き継ぐのだね。
それからこの分隊に、従騎士になったばかりのオネルヴァさんが入るということだ。
「また、この分隊が子爵領から離れていることを考慮し、指揮権限はザカリー様にあるとの騎士団長からからの伝言です」
「なるほど、わかりました。ただ僕は学院に入学すると寮に入ってしまう訳だから、日常的にはエステルちゃんがジェルさんと相談して、行動して貰うでいいんだよね」
「はい、それで結構です」
「エステルちゃんも、それでいいよね」
「はい。えと、わかりました」
「王都屋敷への騎士団員の常駐派遣については、以上です」
「ここからは、私の言葉として聞いていただければと思いますが、この4人は精鋭で、特にブルーノはアラストル大森林探索の最高の専門家。領都から手放すのがとても惜しい」
「申し訳ありません」
「いえいえ、文句を言っている訳ではないのです。ザカリー様のお側での、王都の新たな任務がとても重要になることは、騎士団内では皆が分かっています。ただそのような意見も、少しあったということです。しかしブルーノが、この王都屋敷分隊から自分だけ外れるのは、どうしても嫌だと押し切りましてね。私を含め皆も、なんだか羨ましくて」
そんなメルヴィンさんの話を聞きながら、当のブルーノさんは何も言わずに、ただニヤリと口元で笑っているばかりだった。
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