第126話 王立学院入学準備
今回から第四章です。
エステルちゃんの帰省とともに行ったファータの里への訪問から、ずいぶんと月日が経過した。
ファータの里で起きた事件。ボドツ公国部隊のリガニア都市同盟の都市ヴィリムル接近と、北方帝国工作部隊の潜入を未然に防いだ件。
そして、工作部隊内にいた妖魔族と思われる男を俺が倒した件は、ひと言で言えば無かったことになった。
そもそもは、俺が国境を越えてリガニア地方内にあるファータの隠れ里を訪問したこと自体が、無かったことだからね。
普段から領主館以外で、俺の動向を詳細に知る人はいない訳だから、子爵領内でも単に2週間ほど俺の姿が見られなかったというだけだ。
もちろん、帰路は何ごとも無く領都グリフィニアに帰り着いたあと、ヴィンス父さんとアン母さん、そして家令のウォルターさんや騎士団長のクレイグさんなど、いろいろ準備をして送り出してくれた主立った人たちには、きちんと旅で何があったかを報告しました。
ブラックドラゴンのアルさんと会ったこと以外ね。あれは秘密です。
父さんたちは真剣にその報告を聞き、そして無事に帰って来たことを喜んでくれた。
俺たちの行動は、無かったことなのだから特にお咎めも無しだった。
しかし俺については、2年後にセルティア王立学院に入学する王都行きが控えているため、勉学に勤しみ行動はおとなしくしていること、と父さんから言われた。
そして、それから1年8ヶ月が経過し、年も明けていよいよ王立学院の入学試験が近づいてまいりました。
入学試験は毎年2月15日に行われるので、来月初めには王都フォルスに出発することになる。
昨年暮れには、ヴァニー姉さんが学院を卒業して戻って来ており、アビー姉ちゃんも冬休みで帰って来た。
姉さんたちふたりが、俺の入試勉強を手伝ってくれている。まぁアビー姉ちゃんはあまり役には立たないんだけどね。
家庭教師のボドワン先生は、よっぽどのことが無い限り大丈夫と言ってくれているし、俺自身は何も心配していない。
それより問題なのは、エステルちゃんだ。
俺が王立学院に入学して王都に行ってしまうと、今年から4年間は学院の寮で生活することになる。
年間の学業期間は7ヶ月で、残りの5ヶ月はおそらくグリフィニアに帰省するのだけどね。
それで、俺が王都で暮らすにあたって、エステルちゃんの処遇がまだ決まっていないのだ。
彼女は、このグリフィン子爵領に探索者として派遣されているのが本来の立場だ。
その仕事の一環として俺専属のお世話係兼監視係になり、公には侍女ということになっている。
それで、俺が5歳の時から6年以上も常に俺の側にいて、何をするにしてもほとんど一緒に行動していた。
しかし、全寮制の王立学院に入ればそれが出来なくなるのだ。
「いいです。わたしは捨てられた愛人として、遠く離れたこのお屋敷で、ひとり泣きながら暮らしていますぅ」
昨年にその話になった時、頭が混乱して妄想が膨らんだのか、そんな訳の分からないことを言っていた。
俺が12歳になる年に王立学院に入学すれば、こういう事態になるのは以前から理屈では分かっていたのだろうけど、なるべく考えないようにしていたみたいだね。
この件については、年が明けて王都へ出発するまであと1ヶ月となったので、父さん母さんにウォルターさんを交えて、きちんと相談をすることになった。
それが今日これから。エステルちゃんはクロウちゃんを抱いて、自分の部屋に閉じこもっている。
「それで、どうすればいいですかね? ウォルターさん」
「そうですな」
つまり、相談という名の、ウォルターさんに丸投げだ。
「はいはーい、先にわたしから。いいアイデアが浮かんだのよ」
「はい母さん、どうぞ」
「えーとね。エステルさんも王立学院に入れちゃえばいいのよ。あの子、見た目はまだ15歳くらいだから、ちょっと大人びた少女とかにすれば、バレないんじゃないかしら」
「おいおい母さん、さすがにそれは無理があるだろ。だいいち、ファータの里出身じゃ登録できないぞ。それに試験勉強もしてないし」
「だから、うちの養女にして登録して。試験は、そうね。ザック、あなたなら自分の解答をなんとか伝えられるでしょ」
俺とエステルちゃんが念話で会話できるのは誰も知らない筈だが、うちの母さんは勘がいいからな。念話を使えば、答えを伝えることもできるだろうけど。
それにしても、かなり無理のある案だよね。
王立学院に確か公式の年齢制限は無いが、その年に12歳になる少年少女が入学するのが慣らいではあるし。
「奥様の案はなかなか魅力的ではありますが、さすがにいろいろと難しい面もありそうです」
「そうかなー。いい案だと思うのだけど」
「はい。ですが、エステルは本来、探索者として我が子爵領に来て貰っておりますし」
「ウォルターさんは、何かいい考えがある?」
「とりあえず彼女を、グリフィン子爵家の王都屋敷常駐にしましょう。あの屋敷の管理権限を、エステルに与えることにします。現在のように、常にザカリー様のお側に居ることはできませんが、まずは少なくとも、同じ王都内での居場所を確保するということで」
「うん、それでいいだろう。あの屋敷の管理権限は、エステルさんに与えよう」
「とりあえず感はあるけど、仕方ないわね。でも、ザックが王都にいる間は、エステルさんにあの屋敷の女主人になって貰うっていうのも、いいかもね」
「あと、エステルが王立学院を自由に出入りできるよう、私が交渉しておきましょう」
「学院長は、ウォルターやクレイグの古い知り合いだったな」
「はい、来月初めにザカリー様が入学試験で王都に行かれる際は、私も同行して学院長に会って来ましょうかな」
確かに母さんの言う通り暫定案的ではあるけれど、子爵家の王都屋敷に居れるだけでもエステルちゃんは安心するだろう。
しかし、王都屋敷の女主人って何ですかね、母さん。
「それじゃ、今日相談した内容は、ザックがエステルさんに話しなさい。お仕事の正式な指示とか詳細は、ウォルターさんに伝えて貰うけど」
「そうだね。わかった」
それで俺は、エステルちゃんの部屋のドアをノックして、俺の部屋で話をすることにした。
「ということで、エステルちゃんは子爵家の王都屋敷に常駐、ということに決まったよ。屋敷の管理権限も与えるそうだ」
「はいっ」
「それから、僕は寮住まいになるけど、エステルちゃんが王立学院を自由に出入りできる許可を、ウォルターさんが交渉してくれるんだって」
「わたしは王都のお屋敷で、ザックさまの留守を預かる愛人に復活ということですねっ」
「えーと」
「それとも週末妻ということでしょうか。週の終わりには、お屋敷にちゃんとお戻りくださいよぅ」
「あのー」
「カァ、カァ」
この世界の1週間は6日で、週末や土日の概念は無い。
俺が別の世界から転生した、ファータの伝承で言う流転人だと知っている彼女に、前の世界では土日には学校や仕事はお休みだ、という話をしたことがある。
たぶんそれを憶えていて、週末妻とか言ってるんだろうな。
未だに混乱して妙な妄想があるみたいだけど、ポジティブ傾向になったからまあいいか。
それから何日かして、俺たちの王都への出発は少し早めの2月6日と決まった。
旅程は馬車で2泊3日。2月8日中には王都屋敷に到着する。
学院寮に戻るアビー姉ちゃんも一緒で、同行するのはウォルターさんだけだ。
ヴァニー姉さんやアビー姉ちゃんの入学試験の時には、侍女さんがひとりお手伝いで付いたが、今回はエステルちゃんが行くのでウォルターさんのみとなった。
それから騎士団の護衛は、ジェルさんたちレイヴンのメンバーが行くので、彼女たちが所属するエンシオ騎士とメルヴィン騎士の小隊から、総員で騎士小隊の半数の9名が付いてくれるそうだ。
騎士団員の間では、レイヴンメンバーとして俺と行動するジェルさん、ブルーノさん、ライナさんはとても羨ましがられているそうだが、これでレイヴンも活動休止かな。
しかし、入学試験なんて何年振りだろう。
前回の最後が前々世の18歳での大学入試だから、50年以上振りですか。
ずいぶんと年月が経ったものだね。
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