第125話 天の時、地の利、人の和
ひとしきり女子組3人からお説教をいただいた後、俺たちはこれからの行動について相談をした。
領都グリフィニアを出発してから今日で8日目、ファータの里には到着の日から数えて5日ということになる。
滞在予定は6日間程度だったから、明日か明後日までだ。
レイヴンの皆と相談の結果、明日は里の中でゆっくり過ごさせて貰い、明後日に帰途につくことにした。
もっとも、帰りも北方山脈の峠は間道を使って越える必要があるし、馬車を預かって貰っているブライアント男爵のお爺ちゃんのもとに、誰かが連絡しなければいけない。
これは、クロウちゃんに手紙を持たせて飛ばせば済むけどね。
そんな帰りの予定は、明日にミルカさんが戻って来たら相談するつもりだ。
翌日、エルメルさん、ミルカさん、ティモさんが戻って来た。
エルメルさんは昨日、ヴィリムル内に入ってサムエル評議員に状況の説明を行った後、ボドツ公国部隊の監視を続けるふたりと合流したそうだ。
そしてボドツ公国部隊はその後、何も行動を起こさず、今朝の早い時間に撤退して行った。
「そうか、3人ともご苦労じゃった。今日はゆっくりと休むがよい」
「いやそれが、そうもいきません。私は一刻も早く、調査結果を報告に戻らなければならないので。少し休んだら出発しますよ」
「お、おう、そうかの」
エルメルさんは、現在の仕事先であるキースリング辺境伯のもとに、報告に戻らなければいけないと言う。
探索者の仕事は迅速が命だし、自分自身が動かなければいけないから本当に大変だ。
「ザック様。今回は思わぬ出来事をご一緒させていただいて、慌ただしくはありましたが、でも私としてはとても良かったですよ。いろいろと知ることも出来ましたしね」
エルメルさんはそう俺に言って、にやりとした。
「はい、僕も一緒に行動させていただいて、とても楽しかったです」
「昨日の出来事を、楽しかったと言えるザック様が凄いですけどね。それからエステル、父さんは今日出発するが、またグリフィニアに顔でも見に行くよ。母さんとは別々になってしまうかもだけどな」
「わかった、大丈夫だよ。父さんもお仕事を頑張って」
「ザック様をしっかり支えるんだぞ」
「うん」
エルメルさんは、そう俺とエステルちゃんに声を掛けると、仮眠をとるために自室に引き上げた。
その入れ替わりに、ミルカさんとティモさんが俺のところに来る。
「いやいや、昨日はご苦労さまでした、ザカリー様」
「ミルカさんもティモさんも、今朝までご苦労さまでした」
「なんの、これが私共の仕事ですからね。それに自分たちの里のためです。それで、こんなことがあった昨日の今日でなんですが、そろそろお帰りのご相談をしないとと思いまして」
「あ、それについては僕たちも相談したよ。出来れば今日はゆっくりさせていただいて、明日には発とうと思います」
「そうですね、日程的にはそれが良いでしょう」
「なにっ、ザック様は明日帰るのか。もっといても良いのではないかの」
「あなた、自分が寂しくなるからって、ダメですよ。子爵家でもご心配になります」
「それはそうじゃがの」
ミルカさんと話していると、それを聞いていたエーリッキ爺ちゃんがそんなことを言う。
俺はもう少し滞在していても良いのだけど、あまり長くなると子爵家から捜索部隊が出そうだからね。
出発は、相談した通り明後日となった。
ブライアント男爵家への連絡は今日この後に、クロウちゃんに手紙を持たせて飛ばす。男爵領までの距離は、おそらく400キロメートルぐらいではないかな。
この世界の人の常識を壊すのでいちおう秘密だが、最高時速350キロで飛べるクロウちゃんなら、無理無く今日中に往復して来られる。
本日中にでも馬車を出して貰えば、3日後にはエイデン伯爵領で合流できるだろう。
行きでも宿泊した領都の高級宿で落ち合う予定にして、ブライアント男爵お爺ちゃん宛の俺の手紙と、馬車を管理しながら待機している筈の、ファータ探索者のアッツォさんヘンリクさん宛のミルカさんの手紙を、エステルちゃんお手製の首下げ袋に入れる。
それじゃ頼むね、クロウちゃん。カァ。あ、飛ぶ前にあのお水がほしいのか、エステルちゃん、まだある?
クロウちゃんを飛ばした後は、特にやることもないのでファータの訓練場に行くことにした。今日も子供たちが、元気に訓練してるね。
俺たちが行くと、子供たちが集まって来る。
特にブルーノさんは半日特別講師をしたこともあって、訓練指導をせがまれていた。
それで、エステルちゃんがダガー撃ちやダガー戦闘、ライナさんが魔法、ブルーノさんは斥候技術の訓練をしてあげることにする。
俺はどうしようかな。そこにジェルさんが近寄って来た。
「ザカリー様。ちょっといいですか」
「うん、なに?」
「少しお伺いしたいというか、手ほどきをしてほしいというか……」
昨晩のお説教タイムと帰り旅の相談で、妖魔族との戦闘などの疑問や詳細については、結局うやむやになっている。
ジェルさんは、あらためて聞きたいことがあるのかな。
「あの妖魔族と闘った時に、ザカリー様が出された変わった形の細剣とか、いろいろと聞きたいことはあるのですが、特にあの最後の斬り合いが不思議で」
「ああ、なるほどね」
「あの闘いで僕が使ったのは、剣ではなくて刀だよ。でもあれは秘密の武器なので、とりあえず黙っていてほしいんだ」
「カタナですか。はい、わかりました」
「それから、最後の一刀か。あれは、そうだなぁ、一之太刀のようなものと言うか、なんちゃって一之太刀というか」
「ひとつのたち?? なんちゃってひとつのたち、ですか?」
「本当は剣の奥義なんだけど、それをいつどこで、誰から教わったかは聞かないでほしい。ジェルさんだけの心の内に留めておいてくれるのなら、少しだけ」
「はい、もちろんです。誰にも言いません」
「その師匠いわく、真の闘いでは、勝機は天の時、地の利、人の和にあり、それを得た者が一刀のもとで勝つ」
ジェルさんは、俺の言葉を聞いて暫く黙って考えていた。そしてようやく口を開く。
「よく分かりません。たしかに、闘いのその時やその場が自分に有利に働けば、勝機が生まれるのでしょうが」
「そうだね、じつは僕にも本当のところは分からない。だけどなんとなくそれは、時間と空間と、それから自分の魂が一体となる瞬間を、創りだすことであるような気がしている」
「時間と空間と魂を一体にですか」
「うん、そうであれば、剣を何合も合わせる必要は無い。たったひと振りで勝つ。だから一之太刀」
「うーん、ますます分かりません。ただたしかに、ザカリー様はひと振りで勝ちました」
「あの時、自分の魂を出来るだけキ素力に込めて刀に伝え、時間と空間に一体化させるために、相手の剣の見切りと踏み込み、それから斬る瞬間に全力を注いだんだ」
「ほぼ同時に振り下ろされた相手の剣だけ、少し軌道が逸れたように見えました」
「まったく同時ではなく、僕の方が後の先なんだけどね。それで、僕の刀に込められた魂が、擦れ違い様に相手の剣を逸らしたようだ。特にあいつの剣技は、剣を合わせてしまうとあの奇妙な爆発が起きて、僕の刀が吸い込まれるか、僕の腕まで壊されてしまいそうだったから」
「ただ、あの時の僕のひと振りが、その師匠から伝えられた一之太刀であったかどうかは、僕にもよく分からない。だから、なんちゃって一之太刀なんだよ」
それから俺たちは、木剣を借りて暫く模擬戦闘を行った。
ジェルさんは真剣でやりたかったようだが、エステルちゃんに怒られるから我慢して貰ったよ。
ジェルさんは特に、全身にキ素力を巡らせ、更に打ち合いを行わずに闘う練習を一所懸命にしていた。
彼女は魔法がそれほど得意ではないので、これまでは闘気を高めるぐらいだったが、まずはキ素力を出来るだけ循環させる訓練からだね。
俺もそれに付き合って、模擬戦闘では身体の動きだけで対処する。
そんな訓練をかなりの時間続け、お昼時間になったので皆で里長屋敷に帰った。
やがて、クロウちゃんも無事に手紙を届けて帰って来た。ご苦労さま。お昼を貰いなさいね。カァ。
さて、明日になれば帰るのか。
このファータの里では、いろいろあったな。
ブラックドラゴンのアルさんのところに行って、エルク狩りをして、ハンナちゃんとも模擬戦闘をして、それからボドツ公国部隊の偵察、北方帝国のクラースさんとの再会、妖魔族との本気の戦闘と、じつに盛りだくさんだった。
帰ったら、ヴィンス父さんとアン母さんはじめ、俺たちを送り出してくれた皆さんに、何をどう話そうかな。
アルさんのことは話せないとして、あとの報告はジェルさんたちに丸投げしよう。
でも俺がちゃんと話さないといけないこともあるから、内容は多少整理しないとだな。
女子組3人は女子会で、ブルーノさんはミルカさんとどこかに行ってしまったから、俺はクロウちゃんの相手をしながらそんなことを考える。
まあ難しいことは考えずに、帰りの旅も楽しめばいいよね。面倒くさいことは、帰ってからでいいか。
「(ザックさま、ザックさま)」
うん? エステルちゃん、女子会中になんで念話?
「(帰ったら、子爵さまと奥さまに何をお話しするか、ちゃんと整理して考えておいてくださいね。そうじゃないと、また謹慎をくらいますからね)」
「(はい、ちゃんと帰りの旅の間に考えます)」
「(カァ、カァ)」
「(誰かに丸投げとか、帰ってからでいいや、とかはダメですよ)」
「(はい)」
念話が使えるようになると、こうなるのは予想通りでした。
でもこれからは、これが日常になりそうだなー。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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今回で第三章は終了です。
次回からは第四章。少し時間が経過して、ザックは王立学院に入学するため王都に行く予定です。
いよいよ学院編になるとかですかね。




