第10話 夏至祭パーティーと3ギルド長
アン母さんはヴィンス父さんとひとしきり踊ると満足したようだ。
「そろそろ帰るわよー」
と子供たちに声をかける。
「えー、もう?」
アビー姉ちゃんが不満げに声をあげているけど、侍女のドナさんに促されおとなしく従う。
ヴァニー姉さんも名残惜しそうに賑わい続ける屋台を見ていたが、「ザック、帰りますよ」と自分にも言い聞かせるように言い、俺の手を取った。
うん、俺もそろそろいいかな。なにせお金を持ってないから屋台を見てもね。武器とか道具とか骨董品とかの屋台も見たかったけど、また次の機会にしよう。
来たときと同じように馬車に乗って領主館まで帰る。ヴィンス父さんや騎士団長のクレイグさんはまだ残るみたいだ。
馬車の窓から見ていると、家令のウォルターさんは父さん、クレイグさんと話をしていたが、侍女さんふたりと一緒に後ろの馬車に乗ったようだ。
父さんたちと話をしているとき、ウォルターさんの背後に、なんだか存在が薄い感じがする小柄な人が姿勢を低くして控えていたけど、あれは誰だろう? こちらからは顔が見えなかったが、なんとなく憶えておいた方が良い気がする。
さて、帰りましょう。俺の初めてのお祭り外出もこれで終了。
今回は中央広場に行っただけだったので、そのうち街なかをいろいろと見て回りたいな。
街の人や獣人さんやエルフさんやらとも話もしてみたい。獣人さんのケモミミとか尻尾を、間近で見てみたいのが本心? いやいや誰も触りたいなんて言ってませんヨ。
今日の晩ご飯はちょっとしたパーティーだ。玄関ホールから続く大広間に、多くの人たちが集まる。
ヴィンス父さんをはじめとした俺たち領主一家に、家令のウォルターさんや家政婦長のコーデリアさん、シンディーちゃんたち侍女のみんな、庭師のダレルさんといった、この領主館で働く人たちが集まる。それほど人数は多くはないけど、うちはみんなが家族みたいなものだ。
それから騎士団長のクレイグさん、副騎士団長のネイサンさんほか何人かの主立った騎士の人たち。
ネイサンさんは祭りの警備の責任者だそうで、今日明日はとても忙しいのだろう。この時間だけ抜けて来たようだ。優しそうな顔でニコニコしてるけど、内心緊張は緩めていないようだ。昼にはあんなことがあったしね。
筆頭内政官のオスニエルさんをはじめ、領内全体とこの領都グリフィニアの内政に携わっている主要な内政官のみなさんもいる。
つまり、グリフィン子爵の身内が大集合というわけだ。
あと、まだ紹介されていないゲストやその家族と思われる人たちも招かれている。
パーティーは立食形式。料理が次々と運ばれて来る。
この屋敷の食事はすべて料理長のレジナルドさんが仕切っていて、毎日アシスタントコックのトビアスくんに大声で指示を出しながら腕を振るっている。
レジナルドさんは恰幅のいい中年男性で、いつも声がでかくて、でも愛嬌たっぷりのおじさん。トビーはまだ10代後半ぐらいだけどなかなかしっかりした青年で、調理場にこっそり遊びに行った俺に手作りのお菓子をくれたりする。
アビー姉ちゃんもお菓子ほしさにトビーに懐いているな。現金な幼女だ。
レジナルドさんが作る料理は、もちろんこの世界の料理で、俺が元いた世界で言えばヨーロッパ各地域の料理が混在したような西洋料理風? 毎日趣向を変えて出てくるし、それぞれがどれもとても美味しい。
毎日が西洋料理風で飽きないかだって? いやいや、今まで29年間も京風の和食だけ食べて来たんだから、まだぜんぜん大丈夫だよ。
29年間、洋食というものをまったく口にしなかった人生というものを、想像してみてください。
ヴィンス父さんがワインを片手に挨拶する。
「今日はみんなご苦労だった。おかげでなんとか無事、夏至祭の1日目を終えることができたよ。今夜も明日もまだそれぞれ仕事があるけれど、今は夏至のお祝いを楽しんでくれ。それでは、太陽と夏の女神アマラ様への感謝を込めて、乾杯!」
はい、乾杯。俺はジュースだけどね。
どれもが美味しい料理をひとしきり食べて大満足。落ち着いて来たところで、わが家で楽器を演奏できる侍女さんたちが、音楽を奏で出す。
えっ、シンディーちゃんは歌うの? なかなかいい声だね。ヴァニー姉さん、アビー姉ちゃんも加わってとても可愛らしい。
俺は父さんと母さんに呼ばれて、ゲストで来ている人たちに紹介されるようだ。
たしか去年も顔を合わせている筈だけど、3歳になって中央広場でもお披露目されたから、あらためてということらしい。
「こちらは商業ギルド長のグエルリーノさんだよ。わが子爵領の商売の親分だ。ザック、挨拶しなさい」
「こんばんは。ようこそいらっしゃいました。あらためましてザカリーです」
「商売の親分て、子爵様。はい、商業ギルドの長をさせてもらっていますグエルリーノです。グエルと呼んでください。それから妻のラウレッタと息子のオリヴィエーロ、娘のカロリーナです。カロリーナはザカリー様と同じ、今年3歳になりましたです」
「あらあら、カロリーナちゃんはザックと同い年なのね。ザック、お友だちになってもらいなさいねー」
アン母さんの言葉にカロリーナちゃんは恥ずかしそうに、俺に向かってぎこちなくカーテシーをした。うん、俺とは違う本当の3歳児です。
「こいつらは、冒険者ギルド長のジェラードに錬金術ギルド長のグットルム、それから冒険者ギルドのたしかエルミさんだね」
「おいおい、俺らの紹介が雑だな。こんちはザカリー様。よろしくな」
冒険者ギルド長は、案の定むさいおっさん。筋肉モリモリのモリモリ蝶だ。
だけど、こいつ強いな。単なる脳筋だけじゃない、モリモリの中にしなやかさと繊細さも見てとれる。
エルミさんは無言で丁寧な挨拶を俺にしてきた。
おー、エルフさんではないですか。細面の美人さんで背も高く、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。尖って長い耳が美人顔をさらに引き立てている。
「ザックったら、ぽかーんとエルミさんを見ちゃって。キレイなエルフさんとお会いするのが初めてなのよねー。ほら顔をしゃんとしてご挨拶しなさい」
はい母さん、余計なこと言わない。
「ほっほっほ。男の子らしくて良いではないですか。わしは錬金術ギルドの長をしているグットルムじゃ。あんたさんは、なかなか奥の深い目をしてるのう」
じいさん、俺の目を覗き込むのはやめなさい。何かがバレる気がします。
「はい、みなさんこんにちは。あらためましてザカリーです。よろしくお願いします」
こんな感じでそれからも、ゲストのみなさんに挨拶をして回った。
この世界に生まれて、いちどにこんなに大勢の人たちに会ったのが初めてだったから、少し疲れたな。
今夜はダメ女神のサクヤが会いに来るって言うし、早めに部屋に戻らせてもらおう。
って、あそこで料理をパクついてるの、ダメ女神じゃねーか。あー、人間には見えないようにしてるんだね。
お読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。