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第118話 リガニア紛争の異変

 その日の午後は特に予定が無かったので、レイヴンの皆は思い思いに過ごすことにした。


 ジェルさんとライナさんは、カーリ婆ちゃんに引率されて里の婆さん衆の森大蜘蛛モリオオグモの糸採取に同行する。

 俺やエステルちゃんの装備にも素材として使われている、非粘着性の糸だね。

 強度と伸縮性、吸水性に優れた生地になり、ファータ探索者の特に女性の装備、そうあの下半身にぴったりしたスポーツレギンス風のあれができます。


 ブルーノさんはユルヨ爺に請われて、里の訓練生の子供たちに斥候の特別講義に行った。

 なんでも、子どもたちと森に入って斥候訓練をするのだそうだ。

 大人に対しては、自分の持っている技術を話したがらないブルーノさんだけど、子どもには優しいんだね。俺にも5歳の時から特別に優しかったもんな。


 それで俺とエステルちゃんは、せっかく里に戻って来たエルメルお父さん、それからエーリッキ爺ちゃんとこの日の午後を過ごすことにした。

 なんでも、エルメルさんが甘いものが好きなのだそうで、エステルちゃんがまた山ほどお菓子を広げている。

 昨日の女子会でも結構消費した筈だけど、うちから持って来たものがまだまだあるんですね。トビーくんはどれだけ作らされたのだろ。



「エルメルさんは、長期探索に行かれてたんですか? あ、これは聞いちゃいけないのかな」

「いや、ザカリー様には多少ならお話してもいいですよ。と言うより、少しそのお話もしたいと思いましてね」

「僕のことは、エーリッキ爺ちゃんたちと同じで、ザックと呼んでください」

「そうですか、ではそうさせて貰いますよ」


 エステルちゃんが紅茶を入れてくれたけど、エーリッキ爺ちゃんは、わしはこれがいいわいとワインを飲んでいる。

 俺は? はい、ワインはダメですか、そうですね。それからクロウちゃんは、お菓子を食べ過ぎないように。まだ帰りの分も、ちゃんと確保してあるらしいけど。


「それにしても、この焼き菓子は美味しいですね。エステルはいつも、こんなに旨いお菓子を食べているのかい」

「いつもじゃないけど。でも今回の旅にって、うちのアシスタントコックのトビーさんが、たくさん持たせてくれたのよ」

「うちの、か。そうかそうか、おまえは、本当に良いところにお世話になったな」


 持たせてくれた、じゃなくて半ば強制的に大量に作らせたのだけど。

 それから、エルメルさんはなかなかの甘党なんだね。



「じつはですね、ザック様。今回の私の探索は、このリガニア地方だったのですよ」

「あ、ボドツ公国ですか」

「そうです。今回の紛争が長期化していますのでね。それで、わたしが仕事を受けている先も、とりわけ関心がありまして」

「エルメルさんの仕事先?」

「はい。これはザック様になら話していいかな。いいですか、里長さとおさ

「まぁ、ザック様になら、ええじゃろ」


「私は現在、モーリッツ・キースリング辺境伯公の命を受けておりましてね」

「ああ、なるほど」

「キースリング辺境伯家は、ザック様のグリフィン子爵家と並んで、わがファータの大切な仕事先ということじゃ」


 うちの子爵領の隣である辺境伯領は、北方帝国ノールランドと国境を接し、かつての北方15年戦争の舞台にもなったことから、いつも緊張を強いられている。

 当然、探索にも力を入れているのだろう。この里からも、エルメルさんをはじめ、何人かの人員が行っているのかな。



「昨年の夏に、ミルカさんの報告を聞きましたが、現在はどんな状況なんですか?」

「ええ、去年のミルカの探索行や北方帝国とボドツ公国の動きは、ファータの共有情報で把握しています。それで、その情報もベースに、今回、辺境伯公の命で私が探索に向かった訳です。それに、わが里の地元とも言えますし」


「それで現在の状況をひとことで言えば、双方引きもせず、強く押しもせず泥沼化、といったところでしょうか」

「北方帝国の軍事顧問団がボドツ公国に常駐しているとか、帝国直属の工作部隊がリガニア都市同盟の都市に入っているかも、という話もあったけど」


「軍事顧問団は少数ながら、ほぼ駐留軍のようになっていますね。工作部隊については、都市同盟側も、それからわれわれも、未だに実態を掴めていません」

「まだ掴めんかの」

「こちらの探索行動を、見破られる訳にも行きませんしね。おそらく向うも動いてはいるのでしょうが、お互い様の状況ですよ」


「そろそろ、里として動いた方が良いかの」

「いや、それはまだ。それに里の年寄衆が出張ると、無用の暗闘が始まりかねませんし。もう少し様子を見ましょう」

「そうじゃのう」


 里の爺さんたちが出ると、無用の暗闘が始まる可能性が出ちゃうのか。エルメルさんやミルカさんたち現役世代と違って、あの爺さんたちならやりそうだよね。


「ねえねえ、エステルちゃん」

「ザックさま、なんですか?」

「どうして里にいるお年寄たちは、エルメルさんやミルカさんと違って、血の気が多そうなのかな?」

「あー、それは、15年戦争でも特別工作戦闘部隊とかになって、かなり激しく闘ったそうですからねー」


 俺はエステルちゃんにこっそり聞いてみた。

 特別工作戦闘部隊ですか。破壊工作と戦闘の両方をこなす、スペシャルフォースということなのかね。怖い部隊だ。

 北方15年戦争は31年前に終結したけど、あの爺さんたちならその15年間を、思う存分に闘い抜いたのだろうな。



「エルメルさん、今回のリガニア地方の紛争長期化について、キースリング辺境伯家ではどう捉えているんですか?」

「それについては、グリフィン子爵様のところと同じかと思いますが、特に辺境伯領は北方帝国と国境を接していますので、挟撃を懸念しています」

「挟撃ですか」

「はい、もし万が一にでもリガニア地方がボドツ公国の手に落ちてしまうと、セルティア王国が北と東から、同時に攻められる可能性が増します」


「その場合、王国各領の兵力が二方向に分散され、北方帝国軍の矢面に立っている辺境伯領は、かなり辛い闘いになります。ですから、今回の紛争では、なんとか都市同盟側に頑張って貰いたいという訳です」

「それは、隣のうちの子爵領も同じですね?」

「おそらくそうなります。ですから逐一、状況を把握しておきたいのです」



 そんな話をしていると、里長さとおさ屋敷に勢い良くミルカさんが入って来た。


里長さとおさ、エルメル兄! ザカリー様もいらっしゃいましたか」

「どうした、ミルカ」

「今、周辺地域を巡回探索していたティモが戻りました。その報告によると、この里に最も近い同盟都市ヴィリムルに、ボドツ公国部隊が接近したそうです」

「なんじゃと!」


 いつの間にかそのティモさんが、音も無くミルカさんのすぐ横に控えていた。

 この人も手練てだれだよね。


「ティモ、詳細を」

「はい、昨夜遅くボドツ公国部隊約200が、ヴィリムルから1時間ほどの距離に野営を張りました。騎馬中心の高速部隊ですが、そのまま動かず駐屯中の模様です」

「帝国の軍事顧問団は?」

「確認はできませんでした。ごく少数が同行している可能性はあります」

「ヴィリムル内で、何か工作の動きは?」

「それも確認できませんが、特にそういった動きは無いようです」



 200の部隊では、本格的に都市を攻めるということではないだろう。

 挑発か威力偵察か。

 同盟都市ヴィリムルはリガニア地方南部にあり、このファータの里に最も近い人族中心の都市だ。


 ここからは徒歩でだいたい5時間、走れば1時間半ほどで到着するそうで、里からは時折買い出しに行く街だと聞いている。

 ボドツ公国から離れているその南部の都市に、わざわざ少数部隊を派遣したということか。


「まさか、この里の在処ありかが知られたということはないじゃろうが、近隣にボドツ公国の部隊が来たのは由々しき事態じゃな」

「そうですね。これからどういう行動を彼らがするのか、注視しなければいけませんな」

「今、この里には誰がおるかの」

「ハンナは、もう任地に戻るため出発したでしょうから、現役は今ここにいる3人ですね」

「わたしもいるから、4人ですぅ」

「エステルは、ザック様の側におらねばならん」


 エステルちゃんが、納得しながらもちょっとぷーってしてるけど、俺が動けば彼女も一緒に動くことになるよね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。


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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しています。

彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。


ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。


それぞれのリンクはこの下段にあります。

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