第117話 ファータの里で模擬戦闘
「行きますっ」
ひと声、気合いを入れるように声を発すると、ハンナちゃんは俺に向かって走って来た。
いつも縦横無尽に変則的に走るエステルちゃんとは違って、様子を見るような真っ直ぐとした走りだ。
それでも、みるみる俺との距離が縮まる。まずは受けようか。
ほぼ正眼に構える俺に、間合いに入ったハンナちゃんの右手の木剣が横薙ぎに来る。
払えば、左のダガーか。おそらく左右の連続攻撃だろう。
俺は木剣を払うと同時に、その払われた彼女の剣の動きに合わせるように瞬時に左に動き、ダガーの間合いを外す。
案の定、木剣を払われたと同時に突き出された左手のダガーは、空を斬った。
ハンナちゃんの態勢が崩れる。
俺がそこに横合いからロングソードの木剣を落とすと、彼女はかろうじて右手の木剣で受けながら、反動で後ろに飛んで距離を取った。
「まだまだー」
俺が踏み込んで来ないと見て、ハンナちゃんはそこでいったん乱れた体幹を落ち着かせ、態勢を整えた。
そんな彼女に向かって、俺は静止したまま剣を向ける。
おそらく次は、動いて来るだろうな。
不意にハンナちゃんが左方向に走り出す。
俺を軸にして、時計回りに大きな円を描くように。横走りだがなかなかの速度だ。
ショートソードとダガーを持つ両手は軽く広げ、俺の隙を慎重に狙っている。
俺は立ち位置をそれほど動かさず、走るハンナちゃんに身体の正面を向けて回転の動きを取っていた。
おそらく彼女は、俺の動きの乱れを探しているのだろう。
誘うか、それとも動くか、さて。
俺の少しの躊躇いを察したのか、ハンナちゃんは咄嗟に鋭く左手の木製ダガーを俺に投げると同時に、横移動から縦移動へと動きを変えて突進する。
勘のいい子だね。
俺は飛んで来るダガーを打ち払いながら、俊速のホンモノ縮地を発動する。
まだ、縮地モドキほどの距離は出ないんだけど。これは魔法じゃないからOKでしょ。
ダガーを打ち払った木剣とともに俺の姿が消え、ほぼ同時に走るハンナちゃんの横合いに現れると、彼女の木剣をしたたかに横から打ち据えた。
その威力で、ショートソードもろともハンナちゃんの身体が大きく吹っ飛び、ごろごろと転がった。
「やめ、やめー。ザカリー様の勝ちじゃ」
ユルヨ爺の大音声が響き、その声でエステルちゃんが転がったハンナちゃんのもとに駆け寄った。
アン母さんから勉強中の回復魔法を、少しかけてあげている。
それでハンナちゃんも立ち上がり、ふたりで俺の方に歩いて来た。
「最後のあれは、魔法では」
「あれはザックさまの体技です。魔法じゃないのでセーフですぅ」
「こっちはセーフじゃなかったわよ。でも、あんなのが体技なんて……」
「さっきのは、いちばん早いやつでしたけど。でも、あれのややゆっくりバージョンとか、遅いけど距離が長いバージョンとか、わたしと戦闘訓練をする時には色んなのを混ぜて来ますから、凄く厄介ですよー」
「そう……。あんた、いつも凄い訓練をしてるのね」
「いやー、でもいきなりのダガー撃ちは、ちょっとヤバかったな。判断が遅れてたら、ダガーを払った後にやられてたかもね」
「ザカリー様はその僅か前に、ほんの少しの躊躇いがありましたからな」
「ユルヨさんにはバレてたか。俺もまだまだだね」
闘いでは躊躇いが隙に繋がり、そこを突かれれば負けが近づく。
「ちょっとどう動こうか躊躇ってね。ハンナちゃんにも、勘づかれちゃったかな」
「いえ、なんだか瞬間的に今撃てって直感が響いて、その時もう撃っていて身体も動き出していました」
「エステルちゃんもだけど、ハンナちゃんもそういう戦闘の勘が鋭いんだね」
「わしらの仕事は、そういう勘働きが命を救いますからな。しかしそれでも、負ける相手がいることが分かったじゃろ」
「はい」
ユルヨ爺とエステルちゃんを交えてそんな話をしていると、うちのレイヴンメンバーをはじめ、見学の爺さん婆さんたちが近づいて来た。
「ハンナも良く闘った。惜しかったの」
「いや、あの動きをされたら、まず勝てんじゃろ」
「消えた、と思ったら、走るハンナのちょうどすぐ横に現れましたな」
「で、現れたと同時に、ハンナがもろとも吹っ飛ぶほど、剣を叩かれた」
「ザカリー様は、手のひらを当てるだけで大男を吹っ飛ばしますよー。もっとお小さい頃に、冒険者にやりましたからー」
「なんとなんと」
「あの体技で、いきなり距離を縮めて、それであの剣技じゃ」
「それで、首がちょんぱ、と言う訳かいの」
ライナさんは、なに爺さんたちに混じって言ってるですか。
昔、冒険者ギルドでニックさんに掌底を撃って、吹き飛ばしたのを知ってるんだね。
「騎士団でも、その話は有名でやすよ」そうなんですか、ブルーノさん。
あと、この里でも首ちょんぱ様とか、呼ばれないようにしないとだ。カァ。クロウちゃんもそう思うよね。
ん、爺さん婆さんたちの後ろから、爺さんじゃない、わりと若めの男性がこちらを見てるな。なんだか、にこにこ笑顔だね。
「ザックさま、どうしたんですか?」
「あの、こっちを見てる人」
「あーっ、お父さんだ」
「え、お父さん?」
エステルちゃんがぴょんぴょん跳びはねて大きく手を振ると、その男性は爺さんたちが囲む間から俺たちの前に近づいて来た。
「お父さん、帰って来たんだー」
エステルちゃんがそう言って、その男性に抱きつく。
「エステルちゃん、この方がお父さんなの?」
「初めまして、ザカリー様。エステルの父のエルメルです。妻とは入れ違いになってしまいましたが、ザカリー様が里におられる間に、なんとか戻って来れました」
「そうですか、エルメルさん。初めまして、ザカリー・グリフィンです。楽しく過ごさせて貰っています」
「それは良かった。ハンナとの模擬戦闘は、見させていただきましたよ」
「いやー、お恥ずかしい」
「はいはーい。もう挨拶はいいから、家に帰ったらゆっくりお話しましょ」
「そうだな、エステル」
レイヴンのメンバーもエルメルさんに紹介する。
「ブルーノさんのお噂は聞いてますよ」と、エルメルさんもブルーノさんのことは知っているようだった。
それから、少し休憩したら仕事のため出発するというハンナちゃんに声を掛け、彼女もエステルちゃんたちうちの女子組とひとしきり会話を交わした後、自分の家に戻って行った。
俺とハンナちゃんの模擬戦闘イベントも終了し、皆さん解散となった。
オレたちはエルメルさんと一緒に里長屋敷に戻る。
「おお、エルメル、お帰りじゃ。それから、ザック様の実力の一端を見させて貰いましたぞ。なかなかのものじゃったわい」
「なにを偉そうに。今は落ち着いてこんなこと言ってるけど、遠くからハラハラしながら見てたのですよ、この人は」
エーリッキ爺ちゃんとカーリ婆ちゃんも見てたんだね。
「ハンナちゃんぐらいじゃ、ザックさまには敵わないですよ」
「そうじゃ、そうじゃな」
「もっと強い相手だったら、きっと無茶なことしますから」
「そうなのかいの」
「ハンナちゃんには悪いけど、無茶するまでの要素はなかったですねー」
「そうそう、わりと普通の闘いでしたな」
「ヤバい相手だと、いきなりでっかい魔法をぶっ放しますからねー」
「ああ、あれ撃たれると周囲が燃えるな」
「そんなこと里のなかでやったら、ご飯抜きでお説教ですよぅ」
「カァカァ」
「…………」
はいはい、女子組は黙りましょうか。
カーリ婆ちゃんは楽しそうに笑ってるけど、エーリッキ爺ちゃんとエルメルさんは言葉を失ってるからね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しています。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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