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第9話 夏至祭の日の出来事(3)

 結局、串焼きやトルティージャ、ポルトガル風の揚げ物やキッシュなどを、みんなで分けながら食べて廻った。どれも美味しかったな。


 アビー姉ちゃんは「ぜーんぶの種類、食べるんだからっ」と、更にアン母さんの手を引っ張ろうとしたが、ヴァニー姉さんに頭をこづかれていた。

 それにしても、騎士さんたちに見護られているとはいえ、領主の一家が領民たちに交じって屋台を巡るなんて、わが領は平和だよね。前世ではそういう機会もなかったし、もしあったとしても誰も近づくことすらできなかっただろう。

 アン母さんは人気があるから若い娘たちに握手をせがまれて、「あらあら、いいわよー」とか気軽に握手してるし、姉さんたちも「キャっ、可愛いー」と言われてニコニコ手を振っている。

 後ろの方から野太い声の「可愛いー」が聞こえたのは、聞かなかったことにしよう。


 と、食後ののんびりした気持ちが、発動しっぱなしにしていた探査と空間検知のアラートによって破られる。

 なにか敵意のあるものが、この中央広場に向かって急速に近づいて来る。

 俺は3年振りの敵意アラートの緊張で、つないでいた侍女のシンディーちゃんの手を思わず強く握ってしまった。

 まだ屋台の方を見ていたシンディーちゃんが、「えっ」と俺の顔を見る。


 そのとき、俺たちからかなり離れた屋台に並んだ人の列の、「あーっ!」「なんだっ!」という声を突き破って、人影が広場に走り込んで来た。

 それを追って来る警備兵たち。

 全身を覆うような黒マント、目だけしか出ていない黒い覆面のようなものを被ったその人物は、一瞬だけ止まり視線を動かして領主家族の存在を確認すると、こちらに向かって再び走り始める。


 あいつ、大胆にも幅広のククリナイフみたいな曲刀を抜きやがった。

 走って来る黒マントと俺たちの間に、素早く騎士たちが割り込む。後ろからは警備兵が囲うように近づく。


 騎士に行く手を阻止され止まった黒マントを、背後からひとりの警備兵がスピアの柄で叩こうとするが、黒マントは振り向きざまにその槍の穂先を斬り落とす。なかなかの手だれか。

 それを見て騎士たちも、間隔を取って囲むように位置を取りながら、ロングソードを構える。

 黒マントはすぐさまこちらに向き直り、片手で握るククリナイフを下段に構え静止する。おいおい、なんで俺を睨んでるんだ、3歳児だぞ。


 すると、どこから現れたのか俺も一瞬気がつかなかったのだけれど、騎士団長のクレイグさんが騎士たちの間を抜けて黒マントの前に立った。

 そして見定めるように視線を向けると、ロングソードの剣先を相手に向けるかたちでゆっくり高く構える。


 それを見た黒マントが、わずかな間を置いて覚悟を決めたのか、ククリナイフを握り直した。

 何か別のエネルギーが、黒マントの体内で急激に膨れ上がるのを感じる。

 これは? この世界でこれまで感じたことのない感覚。

 そうだ、前世で始めて鬼に出会ったときのものと似た……俺の見鬼の力がアラートで光を帯びる。なんだ、こいつは?


 黒マントは、瞬発力を込め弾かれたような走りで、クレイグさんとの距離を縮める。

 下から斜めに腕を伸ばし上げ、ククリナイフで突き上げようという意図だろう。長めの刃渡りとはいえ、刀長は40センチほど。しかし頑丈な武器だ。

 懐に入って突き上げの一撃、もしくは躱されても上から振り叩くようなニ撃を狙っての、決死の突っ込みだ。


 その刹那、急接近する相手との間合いに一気に踏み込んだクレイグさんが、ロングソードを上段から力強く振るい、袈裟懸けに肩口から斬り下げる。

 何も成すことなく、黒マントは地に倒れた。



 ここまで、あっという間の出来事。

 瞬間の後の先の見切りと間合い、なかなかやるねクレイグさん。強い。

 しばらく地に伏した黒マントを見ていたクレイグさんは、いきなりこちらに振り返った。

 えーっと、何でニカーっと口元だけ笑いながら俺を見ているのかなー。


 黒マントが倒れたのを確認した警備兵さんたちが集まり、あっという間に運び去って行く。そして残った兵たちも血が流れたこの場をキレイに、何もなかったかのように掃除する。

 そこに現れたのはヴィンス父さんだ。


「さあ、騒ぎは収まったよ。危険な事はもう何も起こらないし起こさせないから、皆は祭りを楽しんでくれ。さあさあ、音楽を奏でて奏でて」

 広場の楽団が演奏を始めると、ヴィンス父さんはこちらにゆっくりと歩いて来てアン母さんの前で止まり、右手を差し出して優雅に一礼した。


 アン母さんはニコッと微笑むと、奇麗なカーテシーをして父さんの手に手を重ねる。

 そしていまの出来事でぽっかりと空いた空間の中央に手をつないで歩いて行き、ふたりは楽しそうに踊り始める。

 それをポカンと見ていた人びとも、ぽつりぽつりと何組かのカップルが踊り始め、やがて大勢の人たちのダンスの輪が広がっていた。


 さすがだな父さん母さん。先ほどまで泣き出す寸前だったわが家の少女幼女も、今はふたりで見よう見まねでキャッキャと踊っている。

 それにしても、あの黒マントは何だったんだ。

 冷静に思い起こすとまあまあぐらいの腕だったが、追いつめられて刃向かったという感じかな。でも、あのエネルギーの膨張は?

 俺たち家族を狙っていたのか。それとも単に騒ぎを起こそうとして見つかったってことか。

 祭りを狙った盗賊や強盗などには思えなかったから、騒乱を目論むどこか他国か他領の間諜か。甲賀忍びがそんなの得意だったな。

 って、いけないいけない、どうも前世の戦国時代の感覚で考えてしまった。俺はよく狙われたし、騒動も頻繁に起きてたからねー。


 たぶん3歳児の俺には、聞いても誰もちゃんとは教えてくれないだろうな。

 そうだ、夜にダメ女神のサクヤが来るって、肉の串焼き手旗信号からのテレパシーで言ってたので、あいつに聞いてみよう。

 どうせどこかで見てただろうから、事情も知っているかも知れない。いやあいつだから知らんかな。まぁいいや。


 それにしてもサクヤ、この世界まで来たんだな。ほかの神サマの世界なのに、何で来たんだ? まーそれも聞いてみよう、どうせ、しっかりとは答えないと思うけどね。


 今日3年ぶりにあいつの顔を見て、ちょっとドキっとして、でも少し温かい気持ちにもなった自分に慌ててしまった。

 まるで昔馴染みの女と偶然再会して、急に気持ちが落ち着かなくなってしまったかのように。

 だから、昔馴染みの女じゃなくて、昔馴染みの女神だし。

お読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 柄で叩こうとしたのに対し穂先を切り落としても柄は残ってるような…? 避けながら切ったのかな?
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