表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

119/1124

第114話 クロミズチ襲来伝説と霧の石

「あ、戻って来ましたよー」

「やっと戻って来たな。おーい、心配しましたぞー」


 里の中を抜けてファータの訓練場に走って行くと、ジェルさんとライナさんが大きく手を振っていた。

 ブルーノさんとハンナちゃんも、ほっとした顔でこちらを見ている。

 やっぱり心配かけちゃったかな。


「エステルちゃん、あんた1時間近くもザカリー様を連れ回して、どこを走ってたのよ」

「えと、久しぶりに里の周りを走ったら楽しくて。ザックさまと一緒だったし。えへ」

「もー、心配するじゃない」

「長くなるようでしたら、私どももお連れください」

「あー、ごめんごめん。気持ちよく走ってたら、ついね」


 1時間近くか。境界の洞穴に入ってから帰って来るまで、4時間は経っている気がしていたから、アルさんの時間減速の魔法は時間経過を4分の1ほどにしたんだな。

 境界の洞穴とアルさんの洞穴とは、時間と空間が歪んで繋がっているとも言っていたのもあるし。


 こちらの時間では、エステルちゃんの家を出てから1時間だから、まだまだ午前中だよね。

 お昼ごはんまで時間があるけど、クロウちゃんも我慢しなさいね。カァ。



 俺たちはお昼まで、ファータの子供たちと訓練を続けた。

 エステルちゃんはハンナちゃんに捕まって、ふたりで話をしている。

 野営の夜でも熱心に話していたけど、6年振りだからいくら話しても話し足りないよね。


 それからお昼どきになり、また里の中をゆるゆると散策しながら里長さとおさ屋敷まで戻った。

 今日はこれから特に予定もないから、エーリッキ爺ちゃん、カーリ婆ちゃんとお話でもして過ごそうかな。



「エーリッキ爺ちゃん、里には僕に隠すようなものは何も無いって言ってたけど、あの里を囲んでる霧は秘密なの?」

「おお、ザックさまには迂闊なことは言えませんなぁ。たしかに、隠すものなど無いとは言いました」

「あなた、ザックさまには良いんじゃないのかね」


 ちなみにブルーノさんは、ミルカさんが訪ねて来てふたりで出掛けて行った。

 どうやら、周辺の森を案内して貰いながら探索して来るようだ。

 ジェルさんとライナさんにハンナちゃんを加え、エステルちゃんがどっさり持込んだお菓子を広げて4人で女子会だね。女子会って、いくらでもできるのだろうか。


「これは我らの里の秘密じゃぞ。誰にも洩らしてくれなさんな」

「はい、お約束します」

「あの霧はの、遥か昔にシルフェ様からいただいた、霧の石から生みだされておるのですじゃ」

「シルフェ様? 霧の石?」

「シルフェ様とは、我らファータのご先祖様ですじゃ」



 シルフェ様とは、どうやら風の精霊のシルフ、乃至はシルフィードのことらしい。

 精霊族のファータ人の伝承では、真性の風の精霊であるシルフェ様が遠い古代のご先祖とされていると言う。

 また、シルフェ様やその一族の風の精霊と、人族との間に儲けられた子供たちの子孫がファータ人という伝承もあるそうだ。

 風の精霊の子孫だからファータ人は皆、風魔法が得意ということなんだね。


 特にこのエーリッキ爺ちゃんの里長さとおさの家は、シルフェ様の直系の子孫だということになっている。

 なので、ファータ人は普段は家名を使わないが、この家の隠し家名はシルフェーダ。

 エステルちゃんのフルネームは、エステル・シルフェーダということになる。



「それで、霧の石というのは何ですか?」

「これは古い伝承じゃが、事実でもある。そう思って聞いてくだされ」

「はい」


「遠い昔、我が一族が森を拓いてこの里を造った。しかしその頃は、里を護るものが無くての。周囲から里を侵す魔物や魔獣、あるいは別の種族の悪党どもには、我ら伝来の風魔法や体術で迎え撃っていたのじゃ」

「つまり、まだ霧は無くて、この里も隠れ里ではなかったということですね」


「そうじゃ。それでも我らのご先祖は、なんとか撃退し続けたそうじゃ。しかしある時、森の奥の入らずの池に棲むクロミズチが、里を攻めて来よった」


 俺は思わず自分の服を見てしまった。

 今は、午前中に着ていた軽装鎧装備を脱いで普段着に着替えていたのだが、あの装備の革素材こそ、ファータの里から贈られたクロミズチの革と聞いていたからだ。

 クロミズチとは、フォレストサーペントと言う巨大なヘビの魔物のことだと、以前に家令のウォルターさんから聞いている。


「ザックさまの装備に使われている、あの革の出どころじゃよ」

「へー、そうなんですか。凄く古いものなんですね」

「千年か何千年か、分からぬほどにな。それで、そのクロミズチの襲撃は、それまでの魔物とは比較にならぬほど酷く手強いもので、多くの一族の衆が倒れた。これでこの里も、我がファータの一族もおしまいじゃと誰もが思った時、どこからともなく大竜巻が現れて、クロミズチを飲み込んだのだそうじゃ」

「大竜巻ですか」


 エステルちゃんが最近得意としている竜巻魔法を、俺は思い浮かべた。

 そう言えば、先日の山賊撃退でも遠隔で発動させてたよな。まだ、それほど大きなものではないけれど。



「クロミズチは、その大きくて長い全身を大竜巻の渦の中で揉まれながらも、なんとか渦から逃れようと、もがいていたそうじゃ。それでもクロミズチは、絶命するまでには至らない。さて、どうすればいいんじゃと、残った里の者たちが大竜巻を見守っていると」

「いると?」

「わが家のご先祖様、当時の里長さとおさの頭の中に美しい声が響いたそうじゃ」

「なんて響いたんですか」

「いま、このクロミズチの力は、われの竜巻が封じている。われの竜巻は、わが子孫には何も害を為さないゆえ、そなたが中に飛び込んで、そのヘビを倒せ、とな」


「その声を聞いて、わが家のご先祖様は勇気を振り絞り、両手にダガーを握って大竜巻に飛び込んだのじゃ。そして、弱っていたクロミズチの両目に、ダガーを撃ち込んだのだと言われている」

「風魔法とダガー撃ちですか。それがファータの得意攻撃になった訳ですね」

「そうじゃよ。ご先祖様の撃った2本のダガーは、両目から頭の中まで突き刺さり、クロミズチは瀕死となった。すると、大竜巻は止んで、クロミズチがどさりと倒れたところを、一族の者たちが止めを刺したということじゃ」



 エーリッキ爺ちゃんはここまで語り終えると、ふーっと大きく息を吐いた。

 あとからエステルちゃんに聞いたけど、この伝承は里の者なら全員、エーリッキ爺ちゃんから聞かされる話なのだそうだ。

 でも、話の中に霧の石は出てこなかったよね。


「霧の石はな、その後の話なのじゃよ」

「この爺さんは、このクロミズチ退治の話でいつも盛り上がって、話し疲れちゃうのだわね」

「何を言うとる。この先が肝心なのじゃ」

「続きをお願いします」


「それでの、里の衆が気がついてみると、大竜巻はクロミズチだけを弱らせて、里の中のどこにも被害をださなかったのじゃ。ああこれはシルフェ様のお力だったかと、一族の誰もがそこで気がついた」

「なるほど」


「そしてその夜、わが家のご先祖様のもとに、それは美しい少女が現れた。ちょうど今のエステルぐらいの姿だと、伝えられておる。その御方がシルフェ様だと、ご先祖様はすぐに分かったそうじゃ」


 俺は何となく、向うでお菓子を食べながらお喋りをしている、女子会の中のエステルちゃんを見た。



「それでシルフェ様は、このファータの里を護るために霧の石をいくつか授け、里の周囲に置けと教えて去って行ったそうじゃ」

「シルフェ様が授けてくれた霧の石から、あの里を囲む霧が生まれていると」

「そういうことなのじゃ。霧の石は、風の精霊の魂から分かれて造られるものだと言われておる。つまり、里を護るあの霧は、シルフェ様の魂から分かれたものなのじゃよ」


 エーリッキ爺ちゃんのファータの伝承語りは、これで一段落のようだ。

 俺はもういちど、向うにいるエステルちゃんの姿を眺めるのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しています。

彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。


ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。


それぞれのリンクはこの下段にあります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ