第112話 ブラックドラゴンのアルさん
暗闇の中から、巨大な姿が浮かび上がる。
それは、真っ黒なドラゴンだった。
見鬼の力で見ていた黒く輝くキ素力の塊そのままに、実体もツヤツヤとした黒色に包まれた圧倒的な存在感。
強靭さに溢れた身体、太い2本の足、長い尾。両翼を広げ地上を滑るように、こちらに向かって来るその大きさは、20メートル近くにもなるだろうか。
そのドラゴンは俺たちのすぐ近くまでやって来ると、そこで歩みを止めて翼を折り畳み、蹲るように姿勢を低くした。
そして、その大きくて凶悪な顔に鋭く光る眼をこちらに向ける。
「エステルちゃん、来たか」
「はいー。お久しぶりです、アルさん」
ドラゴンが気さくな調子で声を発し、またエステルちゃんも親しげに挨拶する。
このドラゴンさんが、アルさん?
「ほーほー、わし的にはついこの間に会った感覚じゃが」
「たぶん、7年振りぐらいですぅ」
「そうかそうか、7年など一瞬よ」
「ところで、そちらの少年じゃな。わしの呼び掛けが聞こえたのは。あと、そこにおるカラスは、なんじゃ」
「えと、ザックさまです。わたしがお世話している方」
「こんにちは、初めまして。ザカリー・グリフィンです。あの、あなたがアルさん?」
「おうおう、初めまして。わしはアルノガータ。ブラックドラゴンのアルさんじゃ。グリフィンというと、グリフィン子爵家のかの?」
「はい、その息子です。エステルちゃんには僕の侍女をして貰っていて、今回、彼女の帰省に合わせてファータの里に来ました。それからこのカラスは、僕の式神で」
「ほうか、ほうか。して、式神とはなんじゃ?」
「えーと、僕が創りだしたもので。この世界風に言うと、魔法生物という感じですかね」
「カァ」
「????」
式神であることを初めて聞いたエステルちゃんはもちろん、アルさんもすぐに理解できなかったのか、それぞれに不思議そうな顔をした。
「えー、クロウちゃんは、ザックさまが創り出したんですかー! 知らなかったですぅ」
「今まで言わなくてごめんね。教える機会がなくて」
「カァカァ」
「だから、わたしとお話ができるんですね。カラスとお話できるなんて、なんだか変だと思ってました」
「式神? を創りだすとか、わしの呼び掛けが聞こえるとか、おぬし」
「ザックさまは、流転人なんですよ。これは誰にも秘密ですぅ。アルさんも秘密ですよ」
「お、おう。わしは、人族と話す機会が滅多にないからの。そうか、流転人か。ファータにも、そんな話が伝わっておったかの」
エステルちゃんが言うには、ファータの一族の伝承に流転人というのがあり、この世界とは異なる理から魂だけが流れて転生した人がいる、といったような話だ。
ドラゴンのアルさんも知ってるんだね。
「まぁ、僕はそんなことらしいです。もっとも、僕の魂が前に生きていた世界でも、式神を生みだせるのは、ごくごく僅かの者だけですけどね」
「それで、アルさんとエステルちゃんは、ずいぶん以前から知り合いだった、ということなんですね」
「はい、わたしが8歳の時に境界の洞穴に入ったら、ここまで滑り落ちて。それでアルさんとお知り合いになったんです」
「そうじゃな。あの時のエステルちゃんは今よりちっこくて、わしを見てちびりそうになったものじゃわい」
「ちびってません」
「じゃなじゃな。甘露のチカラ水の湧きどころの側じゃったから、ちと心配したのよ」
8歳の小さなエステルちゃんと、この巨大なブラックドラゴンのアルさんとの出会いか。なんだか、お伽話みたいなシーンだな。
「今朝、ファータの里にエステルちゃんがいる感じがして、呼びかけてみたのじゃ。そうしたら、もうひとつ別の反応があったので、これは面白いとな」
「そうじゃなくても、今回、里に帰ったら、ザックさまにはアルさんを紹介しようと思ってたんですよ」
「そうなんだね。ふたりとも僕を誘ってくれて、ありがとう」
「それでアルさんは、この境界の洞穴に棲んでいるんですか?」
「ここはな、境界の洞穴ではないんじゃ」
「ザックさま、ここはファータの里から、すっごく遠いところなんですよ」
「おぬしなら分かるじゃろ。境界は、時間と空間の境目じゃ。だからファータの里側の境界の洞穴とこことは、時間と空間が多少歪んだかたちで繋がっておる」
「なるほど、何となく分かります」
「だからここは、そうじゃの。言ってみれば……アルさんの洞穴じゃわい」
「はぁ」
溜めて言うほどの名称ではなかった。
以前に家庭教師のボドワン先生から、ドラゴン族という一族がいるが、出会ったことがある人は滅多にいないと聞いたことがある。
それほど稀少な一族なのか、それとも皆このような洞穴とかにいるからなのか。
「アルさんはブラックドラゴンって言ってましたが、ドラゴン族って色んな方たちがいるんですか?」
「おうおう、わしらのことじゃな。わしら一族は、五色四元素ドラゴンと言っておる」
「五色四元素ドラゴン?」
「黄竜、青竜、赤竜、白竜、黒竜の五色と、火竜、水竜、風竜、地竜の四元素じゃ。それにエンシェント・ドラゴンでは金竜さんがおるが、これは黄色の上位ということじゃの」
「へー、そんなにたくさんのドラゴンがいるんですねー。初めて聞きましたぁ」
「エステルちゃんは、そういうこと聞かなかったからの」
「でも、人族とかが出会うのは、滅多にないって聞きましたが」
「今日みたいに、わしらが呼びかけんとなかなか会えんぞ」
「それって、アルさんみたいに洞穴に引きこもりしてるから、とか?」
「わし、引きこもりと違うし」
「エステルちゃん、自分から呼びかけて来る引きこもりさんはいないから、アルさんは違うんじゃない」
「そうか、そうですよね。ごめんなさい、アルさん」
「ありがとじゃの、ザックさま」
「僕に、さまとか付けないでください」
「いやいや、式神とやらも創れるようなお方じゃて。わしもエステルちゃんと同じように、ザックさまと呼ぶわい。よし、今からそう決めた。わしのことはアルさんでいいぞ」
「はぁ」
気さくと言うか、エステルちゃんと気が合うようだけど、なんだか理由が分かる気がした。
「わしらは一族の数もそれほど多くないし、外で飛ぶ時も、人には見えないように飛ぶからの」
「一族の数が少ないんですね。ファータと同じですぅ」
「ファータ人よりもずっと少ないぞ。さっき言った五色四元素ドラゴンが、それぞれ数家族ぐらいのものじゃ。でも、わしらは定命ではないからの」
「定命ではない、ですか?」
「運命で命の年数が定められていないってことだね、エステルちゃん」
「そうそう、ザックさまは流転人だけあって物知りじゃの」
前世の世界では、人間の定命は120年だという古代からの説もあった。
こちらの世界ではどの生き物も寿命が長いので、おそらく長ければ150年はあるのではないだろうか。
ファータはおそらく300年以上。エルフだと500年以上という説もある。
ドラゴンは定命ではない分、一族の数も少ないことでバランスを取っているということかな。
「ザックさま。それって、あのフェンリルのルーさんも定命じゃないってことですかね。神獣だし」
「あー、そうかもね」
「ちょっと待て待て。フェンリルのルーさんとは、あのルーノラスのことか? アラストルの生意気な引きこもりの」
「アルさんは、ルーさんのこと知ってるんですか?」
「それは、こっちが聞きたいわい」
ドラゴンなら、神獣のフェンリルも知っていておかしくないか。
それにしても、アラストルの生意気な引きこもりとか、ちょっとディスってるよ。
さっき自分が洞穴の引きこもりって言われて、拗ねてたくせにね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しています。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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