第109話 ファータ隠れ里に到着
昨晩野営した高原から再び山林に入り、木立の間を快調に駆け抜ける。
ミルカさんの話では、昨日のペースで行けば6時間ほどで里に着くだろうということだ。
なので、朝8時に出発し、昨日と同様の2時間単位での早駈けを計画した。
長めに昼食休憩を取って疲れを充分に回復させ、最後の2時間に出発する。
山林は徐々に傾斜が無くなって行き、俺たちは深い森へと入って行く。
「これからしばらく行くと、里を囲む深い森に入ります。いきなり襲って来るような凶悪なものはいませんが、それでも魔物や魔獣が棲息している森ですので、ご注意をお願いします」
昼食休憩後の出発の際にミルカさんがそのように注意を促したが、たしかにアラストル大森林にも雰囲気の似た、いかにも魔物や魔獣が棲息していそうな森だ。
俺たちはその中の里に続くか細い間道を、誰も声を出さずに黙々と走って行く。
いちど小休止を挟みながら走り続けて、そろそろ2時間近くになろうとする頃、森に霧が出て来た。
地表が冷える朝方の霧ならともかく、今は陽の高い日中だし、天候も悪くない。なんだか変な霧だな。
そんなことを考えながら、徐々に濃くなる霧の中に入ると、先頭のミルカさんが足を止めた。
「里にだいぶ近づきました。みなさんにはお話しますが、この霧は里を包んでおり、晴れることのない霧です」
「すると、ファータの里で出している霧でやすか? 目くらましのために?」
「ええ、詳細は言えませんが、おそらく何百年も里を包んで隠しています」
「ファータの里から霧を出してるってこと?」
「いえ、里の周囲の森の何ヶ所から。私の口からはここまででご容赦願います。それで、ここからは速度をかなり緩めますので、見失わないように私に付いて来てください」
「それでは、みんなには申し訳ないけど、荷物を出すので、ここからはそれぞれが背負って行ってね。荷物無しの手ぶらだとおかしいからね」
「はーい」
ミルカさんは速歩レベルのスピードで、霧の中を迷いなく進み始めた。
視界は前を行く者の姿だけが捉えられるほどに悪くなっており、それぞれが重い荷物を背負って慎重に前進する。
クロウちゃんはだいぶ前から飛ぶのを止め、エステルちゃんの腕に抱かれたり、俺の頭の上に乗ったりしている。
2、30分ほど進んだだろうか。ようやく霧が薄くなり始めた。まだ深い森の中だ。
すると、周囲のあちらこちらから、俺たちを見守るいくつかの気配を感じた。
俺は敢えて、霧の中で探査・空間検知・空間把握の能力を使っていなかったが、この気配を感じて発動してみる。
5、6人だろうか。俺たちが接近するのを確認しているファータの人たちじゃないかな。
霧の厚い壁を通り抜けたのか、周囲の視界が戻って来る。
まだ森の中だが、少し開けた場所に出た。
するとそこに、木々の間から何人かの人たちが姿を現した。
「お爺ちゃん! お母さんもいるんだ!」
「ようやく帰って来おったか」
「お帰りなさい、エステル」
現れた人の中心にいたのは、エステルちゃんのお爺ちゃんとお母さんだったようだ。
エステルちゃんは、そのふたりに駆け寄って行くと、見た感じではまだ20歳代の若い女性に抱きついた。
あの人がお母さん? 凄く若い感じだけど、そうか二段階目の25歳ぐらいの姿で止まっているって言ってたな。
俺たちも歩みを早め、近寄って行く。
「ようこそ、お出でくださいましたな、ザカリー様。お待ち申し上げていましたぞ。私が、この里の長をしておるエーリッキと言いますじゃ。それでこっちは、エステルの母のユリアナですじゃ」
「ほら、エステルも離れて、ザカリー様のお隣に行きなさいな」
「ザカリー・グリフィンです。このたびは、こちらの申し出を快くご了解いただきまして、ありがとうございます。お陰さまで無事到着することができました。1週間ほどお世話になると思いますが、よろしくお願いします」
エステルちゃんも、抱きついていたお母さんから離れて俺の隣に来たので、到着の挨拶をし、皆で頭を下げた。
「ザカリー様、そして護衛の方々。歓迎いたしますぞ。さあさ、里にご案内しますかな」
里長のエーリッキさんが先導し、俺たちは森の中の道を進む。
数分進んで行くと、いきなり森から抜け出て、そこに大きな村が存在していた。
やっと着いたよ、ファータの隠れ里に。
特に村の出入り口となる扉の付いた門は無く、森から出て道を少し行くと左右に1本ずつ、とても背の高い枝を落とされた丸太が立っている。
これが里の入口ゲートという訳か。それ以外に里を囲む塀や壁といったものも無い。
あの分厚い霧が、外敵から護る城壁ということなんだね。
村に入り、左右に畑や果樹のある道を行くと、やがて大きな広場に出た。
そこには100人以上居るだろうか、大勢の人たちが集まっている。
それにしてもお年寄りばかりだなー。見た目が若い人はほんの少しで、あと10数人ばかり子供たちがいる。
俺たちは、そんなみなさんの前の、少し高くなっている場所に案内された。
「ザカリー様、里に今いる全員が集まっておりますよ。ひと言お願いしますじゃ」
「はい、それでは」
「みなさん、初めまして、ザカリー・グリフィンです。お招きをいただき、エステルちゃんと一緒にやって来ました。ここにいる3人は、護衛ですが僕の仲間でもあります。1週間ほどの滞在になりますが、僕たち4人をよろしくお願いします」
「おー、よくお出でなさった。歓迎しますぞ」
「ザカリー様は、もう身内と思うておるで、お仲間の方々も大歓迎じゃ」
「そうじゃな、エステル嬢さんより年下じゃが、見栄えも良くてしっかりしたお子じゃ」
「エステル嬢さんも良いご縁をいただいたな」
「おまえさんたち、その話はまだ早いわよ」
「そんなことはないと思うぞい」
「あらー、あと100歳ほど若かったら、わたしが貰いたいくらい」
「婆さんが、何を言うとるんじゃ」
「ところで、頭の上のカラスはなんじゃろ」
元気で賑やかな爺さん婆さんたちだ。
「今晩は、ザカリー様たちの歓迎の宴じゃでな、皆の衆は準備をお願いしますぞ」
「わかったぞ、任せておけ」
この場にいたお婆ちゃんのカーリさんを紹介された後、エステルちゃんの家族4人で里長の屋敷に案内される。
木造の大きくて年季の入った建物だ。玄関から入ると広い板張のリビング空間があり、中央にこれも大きな囲炉裏が設えられている。
「ザックさま、これがうちの名物の大囲炉裏ですよ。わたしたちが普段過ごしたり、里の主だった人たちとの話し合いなんかもここでするの」
「へー、でっかい囲炉裏だねー。それに広くて天井も高いなー。とても落ち着く気がするよ」
なんだか、前世の世界の田舎屋敷にも雰囲気が似てる感じだよね。
「ささ、みなさん、適当に腰掛けてくだされ。ザカリー様とエステルは、こっちじゃこっちじゃ」
「あなた、今日は特別にご機嫌ね」
「それはそうじゃろ、エステルがザカリー様を連れて帰って来たのじゃぞ」
「あ、そうだ、エーリッキさん。以前に僕の装備ために、貴重な材料を贈っていただいて、ありがとうございました」
「何を言うとる。長年お世話になってるグリフィン家とウォルターに頼まれれば、快く応じるのが、わしらファータの者じゃよ。して、良い装備は出来ましたかな」
「うちの領都の鍛冶職工ギルド長が作ってくれて、とても良い装備になりました」
「グリフィニアの鍛冶職工ギルド長というと、ちっ、ドワーフじゃな。まぁそれは仕方ないじゃろが」
精霊族同士の、それもドワーフとファータやエルフとは、やっぱりあまり仲が良くないんだよね。
腕は確かなので、納得してください。
「それからの、ザカリー様よ。わしはエーリッキ爺ちゃんで、こっちはカーリ婆ちゃんじゃ。ザカリー様は、わしらのことをそう呼んで貰えないかの」
「え、あ、わかりました、エーリッキ爺ちゃん、カーリ婆ちゃん。それじゃ僕のことは、ザックと呼んでください。お母さんもお願いします。エステルちゃんも、そう呼んでますしね」
「お、おう、ザック様じゃな。嬉しいのう。心得たぞ」
「ザック様は、ええ子だわね」
「よろしくね、ザック様」
到着したばかりだけど、とても温かい気持ちが溢れて来て、5日間かけて来た旅の疲れがいちどに吹き飛んだようだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しています。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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