第133話 急遽、王都へ戻る
真性の土の精霊グノモス様のお膝元であるドワーフの王国とやらが、魔物軍団の攻撃を受け交戦になったという話は、大陸の東の遠い地での出来事だ。
そこは大陸の中央で東西に伸びるニンフル山脈の東端で、クロウちゃんの推定ではここグリフィニアから4千5百キロメートルは離れている。
4千5百キロというと、前々世で言えば東京とタイのバンコクとの間が4千6百キロぐらいだから、そのぐらいの遠方だね。
ちなみにドリュア様の世界樹は大陸の東南方向の先で更に遠く、5千キロ以上の距離がある。
しかし精霊とその眷属、つまり精霊族の話であるから、遠い地の他人ごとと無視する訳にはいかない。
「それで、そのアレア様に来ていただいて話を伺うのは、いつ頃になりますかね」
「我としては明日でも良いのだが、ザックたちはそういう訳にもいかんだろ?」
「明日は、さすがに無理ですね」
アレアウス様とたぶん転移魔法で送って来るミネルミーナ様の三武神が揃う場所としては、グリフィニアでは無くて人の数が少なく、ある程度は人外関係の事情に慣れている王都屋敷が確かに妥当だ。
だけど俺たち王都屋敷メンバー全員が戻るとなると、通常の人間の手段での移動とする必要がある。ジルベール男爵お爺ちゃんのところにも寄らないとだし。
そうすると移動に2泊3日。仮に明日に出立しても4日後以降だな。
「どうする? エステルちゃん」
「明日1日は準備に当てて、明後日出発ですかね」
「すると、20日に王都到着だから、その翌日以降か。どうですか? ケリュさん」
「うむ、仕方無いだろう。その日程でミネルに迎えに行って貰うとする」
「ルーさんは、どうやって王都まで来るんですか?」
「わたしも行くのか?」
「ルーもだ。ミネルには途中でここに寄って貰うから、3人で来るのだ」
「はぁ、わかりました」
さすがのルーさんも、上司神であるケリュさんには逆らえないようだ。
「それで、先ほどの話ですが……」
「アマラ様とヨムヘル様か」
「ええ。地上の主立った者たちに、ご来臨を報せるとかは?」
「親御さんが、離れて暮らす息子のところに様子を見に来るだけのこと。つまりお忍びだ。わざわざ大勢に報せて出迎える必要は無い……と我は思うのだが、シルフェはどう思う?」
ケリュさんが言うような、そんな気軽なことで良いのですかね
「そうね。ニュムペさんはご近所だし、仮にグノくんとサラさんが来なくても、ドリュアさんはどうしようかしら」
「わしが迎えに行こうかの?」
「そうねぇ。あの子はザックさんとエステルとは面識もあるし、たまには世界樹を離れて遠出するのも良いかもね」
グノくんという呼び名は取りあえず置いておいて、地上世界の自然を司る真性の精霊は皆、アマラ様とヨムヘル様のお子たちだからね。
ここは長女であるシルフェ様にお任せするしかないですな。
しかしそうすると、少なくともアマラ様とヨムヘル様、ミネル様とアレア様、ルーさんにニュムペ様とドリュア様が揃うとなると、日帰りでお帰りいただくという訳にも行かないよなぁ。
「部屋、足りてるかな」とエステルちゃんに尋ねると、彼女も指を折って数えている。
「いま空いている客室が3部屋だけですね」
「足らないか」
「わたしが部屋を移しますよ」
「わたしも新参者だから、移動しましょうか?」
シフォニナさんとクバウナさんがそう言ってくれた。
「アビー姉ちゃんとソフィちゃんが使っていた部屋が空いてるよね。あと、アマラ様とヨムヘル様には、もし来たら父さんと母さんの部屋を使って貰おうか。あの部屋なら広いのと、綺麗に片付いているでしょ?」
「そうですね。それぞれ私物も置いてありませんし、お掃除はいつもしてますから」
「そうしたら客室では無いですけど、一時お引越しをお願いしますか」
「わたしの部屋の両隣ですよ」
王都屋敷の2階は、向かって右側のウィングが客室になっているのだけど、部屋数は7室しかない。
そこを、カリちゃんとシモーネちゃん以外の人外メンバーの部屋としていた。
シフォニナさんとクバウナさんに左ウィング側の部屋に移っていただき、中央の父さん母さん用に空けてある部屋も使えば、なんとか足りるですかね。
「ということですから、王都屋敷に戻って翌日はお引っ越しとお迎えする準備もありますので、22日以降ということでお願いします、ケリュさま」
「おお、わかった、エステル」
王都屋敷の女主人はエステルちゃんなので、彼女の最終決定をもって6日後の22日以降ということになった。
それではそろそろお昼どきなので、持って来た料理を出しましょうかね。
大森林の奥地から戻り、直ぐに王都屋敷メンバーを調査外交局本部のラウンジに招集。
ウォルターさんとミルカさんも居たので詳細を話すのは控えたが、ケリュさんとシルフェ様のご用という理由で、急遽王都へ戻ることを伝える。
「(あまりおおっぴらに言えないことなのねー)」と、念話の出来るライナさんが聞いて来た。
「(うん、詳しくは王都に戻ってからにするけど、武神の御二方とルーさんが王都屋敷に来られる)」
「(あひゃー。それは大ごとじゃない)」
「(ジェルさんたちにはそれとなく伝えといて)」
「(わかったわー)」
短時間のミーティングを終えてそれぞれが準備にばらけると、ウォルターさんとミルカさが俺の側にやって来た。
「ケリュ様とシルフェ様のご用ということでしたが、それ以上は私どもには?」
「ごめんなさい。詳細は話せないんですけど、ケリュさんの同僚が来られるので、その場所を王都屋敷で、という感じです」
「ケリュ様のご同僚、ですか」
「それってもしかして、武神三神っ」
「まあ、そういうことで」
うちの父さん母さんを含めて、どこまで話すかはエステルちゃん、クロウちゃんと大森林からの帰りがけに相談したのだけど、まあこのぐらいにしておこうということだ。
自分の両親にもきちんと話せないのは、いささか心苦しい。でもいまさらだけど、人間の常識をかなり超えているので仕方無いよね。
◇◇◇◇◇◇
王都に戻る準備で1日を置いて、翌18日の午前に俺たちは出立した。
今回は人外メンバーも一緒だが、アルさんだけは別行動。彼は大陸の東端まで飛んで世界樹に行き、ドリュアさんを招いて来ることになっている。
まあアルさんの場合、馬車に揺られて旅をするのを嫌うし、かと言って馬に跨がると馬が怖がるからこの別行動は丁度良い。
あと、俺とそれからケリュさんは騎乗だ。
俺の愛馬の黒影はやはり、俺を乗せての長距離移動だと機嫌が良いし、ケリュさんの方はこれも自分専用の騎馬である風花を手に入れたばかりだからね。
シルフェ様たちが馬車に乗るということもあるし、エステルちゃんとシルフェ様からそれぞれ許可も得ての、騎乗での王都行きとなった。
ちなみに、エステルちゃんの愛馬である青影だけが牽かれて行くのは可哀想だと、道中の途中で俺が青影に乗り換えるか、あるいはエステルちゃんも騎乗することにした。
その日の夕刻にはブライアント男爵領の領都に到着。
ジルベール男爵お爺ちゃんとフランカお婆ちゃん、それからユリアナさんに出迎えられ、いつものように歓待される。
男爵家の主立った人たちも参加しての晩餐の席では、またしてもリガニア探索活動でのヤルマリさん救出作戦の話を請われ、俺とライナさんを中心に語る会となった。
この晩餐には探索部隊に男爵家から派遣されていたソニヤさんも出席していて、戻ってからおそらくは何回も話しただろう彼女視点からの救出作戦の話を一緒にして、大いに盛り上がる。
ジルベール男爵お爺ちゃんをはじめ、男爵家の皆がその話を初めて聞いたみたいに興奮し、そして自分も参加したかった、その場に居たかったと悔しがる様子を見ると、ああここもやっぱり北辺の武闘派貴族家なのだなと、あらためて感じさせるそんな夜だった。
それから翌日は順調に道中を旅し、いつものように途中の街でのホテル1泊を挟んで、7月20日に俺たちは王都屋敷へと到着した。
「皆、道中、ご苦労だった。ただちに、それぞれするべきことを済ませ、夕食後に全員参加のミーティングを行う。以上だ。解散」
グリフィニアから到着直後の動きについては皆慣れたものだが、今回はなぜ急遽、王都屋敷に戻ったのかの説明がされることを知っているので、ジェルさんの言葉にいつも以上に素早くそれぞれの仕事に動く。
特にアデーレ王都屋敷料理長以下、エディットちゃんとシモーネちゃんの厨房チームは大変なのだが、料理作りをいつも手伝ってくれるシフォニナさんやクバウナさんも加わって、早速夕食の準備へと移動して行った。
エステルちゃんはカリちゃんを連れて、明日に部屋を移動するシフォニナさんとクバウナさんの、その移動先の部屋の点検に向かった。
どちらもカリちゃんの部屋を挟んで両隣だね。アビー姉ちゃんが使っていた部屋をクバウナさんに、ソフィちゃんが使っていた部屋はシフォニナさんにと決めてある。
部屋の広さは、これまでふたりが居室にしていた客室とほぼ同じ。それぞれ私物は残っておらず、いつも綺麗に掃除がされているのだけど、念のためにだね。
しかし今後、こんなことが増えて行くと明らかに客室が不足しているので、これはどうにかしないといけないですな。
王都屋敷の本館で残っている部屋は、2階ではシモーネちゃんの居室の並びの2部屋で、これは広さが少し小振りになる。
1階は居室として使える部屋が3室しかなく、そのうち2室はアデーレさんとエディットちゃんの部屋なので、こちらは残り1室のみだ。
それ以外だと、調査外交局王都屋敷支部の隣に増設したジェルさんたちが住んで居る建物があって、そちらにはまだかなり空室があるのだけれど、これはグリフィニアから騎士団員などが来た場合に使うための部屋だ。
今回の宿泊予定としては、武神であるミネルミーナ様とアレアウス様、精霊のニュムペ様とドリュア様のそれぞれに各1室。
そして、本当に天界から降りて来るのか俺には未だに疑問の、アマラ様とヨムヘル様のために父さんと母さん部屋を使って貰う。
だけど、まず来ないだろうという火の真性の精霊のサラマンドラ様は別として、土の真性の精霊のグノモス様が来たら、客室が足りないのだよね。
「その場合は、わたしが使おうとしていた部屋を空けるわ」
「するとクバウナ、おまえはどうするんじゃ?」
「それは、アルのお部屋で一緒させて貰うに決まってるじゃない」
「なんじゃとーっ」
先日にグリフィニアでそんな会話もありましたが、側で聞いていたアルさん以外のみんなは、いっそのことそれで良いんじゃない、って考えていたと思いますよ。
それぞれの仕事も終わり、夕食も済ませて、皆で手早く片付けを手伝い、ラウンジへと移動する。
食後の紅茶を淹れて貰い、俺はカーファがいいかなと言いかけたのを「また時間が掛かるので、落ち着いてからにしましょうね」と窘められ、それぞれが思い思いの席に腰を据えた。
「それでは、王都屋敷ミーティングを行う。議題は明日からの予定についてだが、つまり、こうして急ぎ王都に戻った理由をあらためてご説明いただける、とのことだ。それでは、ザカリーさまからでよろしいですかな?」
ミーティングを進行してくれるジェルさんから冒頭の発言があり、皆の視線が俺に集まった。
「ありがとう、ジェルさん。それでは僕からご説明いたします。説明に不足がある場合は、あとでケリュさんやシルフェ様からお話しいただくとして……」
「うむ、良いぞ。まずはおまえが進めろ」
「えーと、ですね。今回、急遽こちらに戻ったのは、ケリュさたちのご用でとグリフィニアでは説明しましたが、そのご用とは、近日中、早ければ明後日にでも、この王都屋敷に天界の武神三神が顔を揃え、会議を行います」
俺の発表に、皆はキョトンとした顔で俺を見ている。
ジェルさんとオネルさんが少し落ち着いた表情なのは、ライナさんがこのふたりにはそれとなく伝えていたからだろう。
「加えて、その会議にはアラストル大森林の管理をされている聖獣フェンリルのルーさんと、それから真性の精霊様のうち、水の精霊のニュムペ様に加え、樹木の精霊のドリュア様も参加されることになっており、大陸の東におられるドリュア様はいまアルさんが迎えに行っています」
「…………」
「更に……」
「ザック、まあそれは待て」
「そう、ですね」
えーと、情報が多過ぎましたかね。ラウンジは静寂に包まれ、人間の誰からも声が出ない。
だがやがて、さすが年長者というかユルヨ爺が口を開いた。
「それは……、畏れながら、三柱の武神様が集まられて、そこに精霊様があとおふたり、それからアラストル大森林の聖獣様も来られると……。この王都屋敷に……。つまり、ここでそのような方々の会議が行われると……。これは、どえらいことだ」
「まあまあ、ユルヨ爺よ。それほど堅苦しく考えんでも良いぞ。ミネルミーナとアレアウスは我の同僚であるし、それにミネルは先日に会った者もおる。ライナさんは弟子になったしな」
「わたしのお師匠さまなのよねー」
ライナさんの軽さが逆に皆を安心させます。
「それで、大森林から来るルーは我の部下だ。それに、幼少期からのザックを見護る者として、奴と出会った者もおるだろう」
「あの、ケリュさま。わたくしたちがお会いしたのは、恐ろしくも大きなフェンリルさまのお姿で」
「ああ、ジェルさん、大丈夫だ。ちゃんと人の姿をさせて来るぞ。少々無愛想ではあるがな」
「ドリュアさまって、世界樹に棲んでおられて、エルフの始祖の精霊さまですよね。世界樹の樹液や実をくださった」
「ショコレトール豆やカーファ豆も、元はドリュアさまですよ、オネルさん」
「いまエステルが言ったように、うちとは縁が深いのよね。それにあの子、わたしの末の妹でとてもいい子だから、心配無いわよ」
ようやく皆も口が開けるようになって、いつもの雰囲気になった。
「それで、今回の会議が何故開かれるかなのだけどね」
皆の注目が再び俺に集まる。
これは王都屋敷メンバーには事前に話して良いと、ケリュさんから許可を貰っているので、会議の目的と言いますか、その理由となった出来事を次に説明しましょうか。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




