第131話 探索部隊のグリフィニア帰着
グリフィニアに戻ってから4日後、ティモさんたちリガニア紛争探索派遣部隊の6名が帰着した。
彼らの出迎えには、父さんを初めとしたグリフィン子爵家の主立った者たちのほか、キースリング辺境伯家からはベンヤミン・オーレンドルフ準男爵とヴェンデル・バルシュミーデ準男爵の両名、ブライアント男爵家からは当主のジルベール・ブライアント男爵が顔を揃えている。
辺境伯家のベンヤミンさんは外交担当だが、ヴェンデルさんは騎士団長だね。
そしてもちろん、辺境伯家の調査探索局責任者であるエルメルさんと男爵家の調査探索チーム責任者のユリアナさんも控えていて、探索部隊員を出迎えた。
ティモさんたちの到着が午後も遅い時間だったこともあり、探索の報告会は明日に行われることになり、今夜は大広間での慰労会だ。
尤も、昨日に当屋敷に到着していたジルベール男爵お爺ちゃんとベンヤミンさん、ヴェンデルさんに俺は捕まり、俺たちがリガニア地方に行ってからの数日間の出来事のあらましは白状させられている。
なのでそれに伴い、リガニアの同盟都市の現状やボドツ公国との紛争最前線の様子は、お爺ちゃんたちもおおよそは既に把握していた。
「三貴族家合同リガニア紛争探索派遣部隊、グリフィン子爵家調査外交局独立小隊、ティモ従騎士以下6名。探索活動を終了し、ただいま帰着いたしました」
「帰着、ご苦労。1名も欠けることなく、皆の無事な帰着を確認しました。ティモ隊長、ヴェイ二さん、ヤルマリさん、クイスマさん、リリヤさん、そしてソニヤさん、2ヶ月半の探索活動、大変お疲れさまでした」
調査外交局本部のあるヴァネッサ館前での、探索部隊員と出迎えの面々が相対しての形式的なやり取りだが、いちおう本作戦の総指揮を任されている俺が、ティモ隊長からの帰着報告を受取った。
まあ、ファータの里から2回目なんだけどね。
「皆、ご苦労さまでした。ひとまずは当調査外交局本部で暫時休憩して貰い、本日は夕刻より子爵様のお屋敷の大広間に於いて、探索部隊解散式及び慰労会を行う。続いて明日午前は調査外交局本部ラウンジで報告会。以降は、各家の責任者の指示に従ってください」
「はっ」
続いてミルカ部長が今日明日の予定を伝える。
「そうしたら、みなさん中に入ってくださいね。まずはお紅茶と、それから甘い物で、旅の疲れを取ってくださいな」
「はいっ、エステル嬢様」
エステルちゃんの告げた甘い物とは、当家謹製の干菓子に加えてミルクショコレトールを用意していますよ。
加えて慰労会ではデザートに、ザックトルテをアデーレさんが大量に準備してくれている筈だ。
ちなみにこの場には、シルフェ様たちは顔を出していない。すべてファータの一族の者で編成された探索部隊員への慰労は、里で済ませているからね。
ここに居るのはカリちゃんと、あとは何故かケリュさんが独立小隊の制服を着ながらも存在感を極力消して、ジェルさんたちの隣でこっそり加わっている。
「我は独立小隊の名誉騎士であるからな」とか言っていたけど、そんな立場にいつなったですかね。
まあ見た目は独立小隊の騎士制服を着ているし、彼がそう主張したら、うちの父さん以下、誰も否定は出来ないのだけどさ。
本部ラウンジ入ると、調査外交局員が総出で拍手と共に出迎えた。
そしてヤルマリさん、クイスマさん、リリヤさんのもとへはベンヤミンさんとヴェンデルさん、エルメルさんが、ソニヤさんへはジルベールお爺ちゃん男爵とユリアナさんが歩み寄り、ティモさんとヴェイ二さんは父さんと母さん以下の大勢に囲まれる。
「今日を無事に迎えられて良かったですね」
「うん。この光景からひとりでも欠けていたらと思うとさ……」
「もしそんなことがあったら、ザックさまが前線のぜんぶの部隊を壊滅させてましたよ」
「カリちゃんたら」
「まあ、そんな暴発を止めるのも、我の仕事だがな」
探索部隊員への労いは出迎えた皆に任せて、俺とエステルちゃん、カリちゃん、そしてケリュさんとクロウちゃんはその様子を少し離れて眺めている。
いやいや、ケリュさんはヨムヘル様から言われてましたよね。俺と一緒に剣を振るっている未来が見えるって。
それにそもそも、俺はそんな暴発はしませんから。ボドツ公国まで飛んで、ボドツ公の首を獲るとか、取りあえずそんな暴挙は控えますから。カァカァ。え、そこまで言って無いか。
そんな俺たちのところに、ベンヤミンさんとヴェンデルさんとエルメルさんが、辺境伯家から派遣の3人を伴ってやって来た。
「ザカリー長官、このたびは誠にありがとうございました」
「ヤルマリは片目を失い、身体のあちらこちらに重傷を負ったのだとか。そんな生死の境い目から助け出していただき、更には神の所業とも言うべき治療で、こうして奇跡的に目も取り戻して回復し、帰って来ることが出来た。これは辺境伯家としても、ザカリー長官にいくら感謝をしても、し切れませぬ」
ベンヤミンさんとヴェンデル辺境伯家騎士団長がそう言って、頭を下げて来た。
エルメルさんとヤルマリさんたちは一緒にケリュさんが居ることもあって、静かにそして深く一礼している。
それにしても、辺境伯家でもファータ衆が自分たちの身内として、親身になって遇されていることがわかる言葉だ。
「頭を上げてください。誰も欠けること無く、こうして皆で戻る助力をするのが今回の僕の仕事です。治療に関しては、そうですね、幸運にも条件が揃っていたと言っておきましょう。それ以上は聞かないでください。ね、エルメルさん」
「あ、はい、そうですね。ここはザカリー長官が、そういう奇跡を為すことの出来る御方だと、そう納得しておきましょう、ベンヤミンさん、騎士団長」
あの治療の場にクバウナさんが居て、カリちゃんも居てだから、本当に条件が揃っていたんだよね。
それからは、ジルベールお爺ちゃん男爵とユリアナさんがソニヤさんを連れてやって来たりして、大広間での慰労会の準備が整うまで暫く歓談が続いたのだった。
◇◇◇◇◇◇
「いやあ、昨晩はよく食べて、よく飲んだね」
「お爺さまとヴェンデルさまが、ザックさまのこと離しませんでしたから」
「そこにウォルターさんとクレイグさんも加わって、15年戦争戦中派のご仁たちに囲まれて、飲めや話せやって、大変だったよ」
「救出作戦の様子を何回も話してましたよね」
昨晩の慰労会、そして今日の午前中の報告会と探索部隊の帰着に伴う一連の会を終えて、これで今回の探索オペレーションはすべて終了となった。
慰労会にはうちの調査外交局員や騎士団員も参加し、シルフェ様たちもあまり目立たないかたちで参加してくれた。
更に今日は、それぞれ辺境伯家と男爵家に戻る両家の探索部隊員もエルメルさんとユリアナさんに伴われて、あらためてシルフェ様とケリュさんに慰労していただいた。
彼らにすれば里でと昨晩、今日と、一族の始祖から直接に言葉を貰うという、もしかしたら探索部員に任命されたからこその最大の出来事だったのかも知れないね。
報告会ではうちの父さん、ジルベール男爵お爺ちゃん、そしてベンヤミンさんとヴェンデルさんの辺境伯家の準男爵ふたりを前にして、探索部隊員からの探索活動の成果が口頭で報告された。
これはまあオペレーションの最後を締める多少形式的なもので、詳細の報告や分析なんかはそれぞれで領地に戻ってから行われるだろう。
グリフィン子爵家でもティモさんとヴェイ二さんが報告書を作成し、俺と父さんに提出することになっている。
こうしてリガニア紛争探索オペレーションはひと段落したのだった。
なお、報告会のあとには屋敷の応接室に場所を移し、三貴族家の主だった者で三者協議が行われた。
議題は今後の直近のことで、ひとつは北方山脈を挟んでリガニア地方に隣接するエイデン伯爵家との情報共有。
そしてもうひとつは、今回のオペレーションのそもそもの発端であるセルティア王国の国王への情報提供についてだ。
結論としては、エイデン伯爵家へはあまり日を置かずに、辺境伯家の外交担当であるベンヤミンさんと調査探索局責任者のエルメルさんが訪れ、先方の調査外交責任者であるコルネリオ・アマディ準男爵と面談することとした。
ベンヤミンさんとコルネリオさんは、たぶん近い将来的に姻戚関係になると思うから、当然の人選だ。
今回はベンヤミンさんに伴って来なかったブルクくんと、それからルアちゃんは元気ですかね。外交の勉強をしている筈のブルクくんはともかく、ルアちゃんは変わらず元気だろうな。
そしてアリスター・フォルサイス国王への情報提供の役目は、まあ俺ですね。
国王と面談したときの会話から始まったオペレーションなので、俺が区切りをつけないと行けませんね。
そのほか、三貴族家として特に目立ったアクションは起こさないことが確認された。
これは、はからずもボドツ公国の大攻勢が停滞することになると推測され、こちらの北辺の貴族家としても、直ぐに何らかの積極的な行動に移る必要が無いだろうとの判断からだ。
「まあ誰のお陰とはいまさら言わんが、大攻勢の時期を遅らせる出来事がはからずも前線で起ったのじゃからな」とジルベールお爺ちゃん男爵が俺をニヤっと見ながら口にしたが、今更ですからね。
ただし、おそらくは時期が遅くなっただけで、大攻勢の計画が無くなったという意味では無い。
それに加えて、報告されたタリニアなど特に前線近くの同盟都市での傭兵部隊の立ち位置に関しても、皆から憂慮の言葉が口に出された。
この辺のところも、紛争地域に最も近い位置に在るエイデン伯爵家に、ベンヤミンさんとエルメルさんを通じて共有されるだろう。
「近々、また王都に戻らないと行けませんね」
「だね。ティモさんにはゆっくり休んで貰って、それからかな」
「そうですね」
報告会に続いての三者協議と午前の予定をこなし、昼食後には辺境伯家と男爵家の皆さんはそれぞれ領地へと帰って行った。
いささか慌ただしいところもあったけど、特に辺境伯家ではモーリッツ辺境伯以下に、探索部隊員の無事な帰着と紛争の最前線の状況を早く知らせたいということのようだった。
今日は7月の15日。予定が重ならなければ参加すると伝えた学院の総合武術部らの夏合宿は1ヶ月後なので、王都に戻るにもまだだいぶ余裕はある。
それでいまは久し振りに調査外交局本部の長官室で、俺とエステルちゃんのふたりだけでのんびりしていた。
ちなみにカリちゃんは、ライナさんとソフィちゃん、フォルくん、ユディちゃんを引き連れて、アルさんからいただいた魔導武器を試すために、子爵家専用訓練場に行っている。クロウちゃんもそっちか、あるいは空の散歩ですかね。
「ザックさまは、訓練場に行かなくて良かったんですか?」
「うん、まあ。ライナさんの闘いの杖の遣い方にはちょっと興味があるけど、アルさんの洞穴で試してみたし、見ていると遣ってみたくなるでしょ?」
「あー、そうすると、少しでも出力を間違えたら、ザックさまの場合、大変なことになるわ」
「そうなんだよね」
「ライナさんだったら、カリちゃんも付いていますし、大丈夫ですよね」
ライナさんはともかく、ソフィちゃんたち若者組は魔導武器に慣れていないので、カリちゃんはお目付役ですな。
彼女なら何かあっても、咄嗟に魔法で障壁を張るなどして対処が可能だと思う。
「ザック、いるか?」とドアの向うから声が聞こえた。あの声はケリュさんだな。
それで「どうぞ」と俺が応える前にドアが開かれて、ケリュさんが入って来た。
人外メンバーの中で、公的に俺の秘書の立場を持つカリちゃんを除いて、こうしてひとりで動くのはケリュさんぐらいだ。神様なのにね。
グリフィニアだと、シルフェ様とシフォニナさんはだいたい2階のお客様用のラウンジに居るし、アルさんも同じく。クバウナさんもアルさんたちの側に居ることが多いけど、ときどきはうちの母さんと話している。たぶん回復魔法のこととかだよな。
シモーネちゃんはグリフィニアに戻ると、直ぐに侍女として働いていた。働き者の良い子です。
その点、まあケリュさんは神様だし、彼の自由気侭な行動を人間がどうこう言えないのですがね。
そう言えばアデーレさんとエディットちゃんには、グリフィニアに戻って早々に身代わりの首飾りを進呈しました。
ふたりとも首を横に振ってかなり固辞していたけど、そこはやはりエステルちゃんから「シモーネちゃんとお揃いだし、ほら、わたしとザックさまともね。それに貰ってあげないと、アルさんががっかりしますよ」と言われて、ようやく受取ってくれた。
「ザックとエステルも居たか。ちょうど良かった」
「なんですか、義兄上」
「明日はおまえたち、予定は無いよな」
「ええ、いまのところ無いですけど。エステルちゃんは?」
「そうですね。特にありません」
何ですか? 何かしてほしいことでもあるのかな。
「明日にでも、ルーノラスのところに行こうかと思ってな」
「ああ、ルーさんのところに」
「それで、おまえたちふたりも一緒にと思ってな」
ルーノラス、つまりフェンリルのルーさんはアラストル大森林の管理人の神獣で、ケリュさんの部下だ。
そんな部下は、地上世界の主要な場所の何ヶ所かに居るらしいが、俺が識っているのはルーさんと、それから南方のサビオの森の賢者ハヌマート、ハヌさんのふたりだね。
特にルーさんの場合は、身近なアラストル大森林の主であるばかりでなく、俺が今世にこの世界で初めて出会った高位の人外の存在であり、どうやら幼少期の俺のことをさりげなく身護ってくれていたらしい。
「いいですけど。僕も久し振りにルーさんと会いたいですし」
「大森林の水の精霊さんたちにも、何か持って行ってあげないとですね」
大森林の奥の湧水池地帯に棲む水の精霊たちは、普段は滅多に口に出来ない人間の料理とかお菓子が大好きなんだよな。
「で、明日行くのは?」
「まあ、我は大森林の様子を見がてらというのもある。それにクバウナはかなり久し振りであるし、加えてヤツと多少の相談ごともあるからな」
なるほど。狩猟と戦いの神であるケリュさんとしては、アラストル大森林は地上世界における本拠地みたいなものだ。
クバウナさんは昨年の夏の終わりに王都屋敷の方に直接着たので、大森林はかなり久し振りなのかな。
俺とエステルちゃんも前回、大森林の湧水地地帯に行ったのは、昨年の夏だったか。
でもケリュさんとそれからシルフェ様もだろうけど、明日に大森林に行く目的は、最後に付け加えるように言った多少の相談ごととやらなのではないかな。
「行くメンバーはどうします?」
「ザックとエステルと、それからクロウ殿だけだな。あとはアルとクバウナとカリ、シフォニナだ。シモーネは置いて行くと、シルフェは言っていた」
ルーさんは大森林の奥地に、とは言っても大森林全体から見ればそれほどの奥地では無いのだけど、例え俺直属のメンバーであっても人間を大勢連れて来るのを嫌がるからね。
昨年に彼と話した際にも、人間が来られる境界は入口から20キロほど行った冒険者の最奥到達地点まで、と決めてある。
「わかりました。うちの父さんやジェルさんたちにも、その旨は伝えておきますよ」
「そうしてくれ」
ということで、明日はルーさんや水の精霊さんたちの居る大森林の湧水地地帯に行くことになった。
それにしても、ルーさんとの相談て何ですかね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




