第130話 里での滞在終了
里の爺様連中とブルーノさんたちが大型のエルクの獲物を持ち帰って、当然ながら大宴会になった翌日の午後、ティモさんの探索部隊とアルポさん、エルノさんが帰って来た。
俺たちに3日遅れての陸路での帰還。ボドツ公国部隊に捕らえられて重傷を負わされたヤルマリさんも、欠損した片目を含めて後遺症も無く元気な姿で戻った。
ティモさんたちは、焼け落ちたボドツ公国の前線砦及びその周辺の状況をざっと観測してから帰途に着いたとのことで、その報告を受ける。
それによると一夜明けた前線砦はほぼ全焼していて、修復には数ヶ月から半年は掛かるのではないかとのこと。
そうですか、誰が焼き討ちを掛けたのでしょうかね。あ、結果的に俺ですね。でも、危険な魔導呪符を大量に持込んで、無造作に使用していたのが禍いとなったのですよ。
前線でのその突然の出来事をタリニア側も偵察部隊が直ぐに発見したらしく、かなり大騒ぎにはなっているらしい。
だが、うちの探索部隊がタリニアの都市内に行けない状況になってしまったので、具体的な反応は掴めていない。まあそれはいいでしょう。
ティモさんたちの観測と推測では、タリニアに大攻勢を掛けようと準備していたらしいボドツ公国側としても、ふたつあるうちの片方の前線砦が壊滅し、かなりの兵数が失われないまでも大火傷などで後方送りになった模様なので、砦の修復も含めて当面は難しいのでは無いかとのこと。
まあ、大攻勢が先送りになっただけなのかも知れないけど、戦略の見直しがされるということもあるかも知れない。
また、ひとつだけになった前線砦に対し、タリニア側がこの状況に乗じて逆に攻勢を掛けるとかもあり得るが、彼らはもっぱら守りに偏りがちだ。
いずれにせよ、大規模な衝突は当面無くなった可能性が高いが、リガニア地方の安定と平和に向けては都市同盟側が勝利して貰えればとは思う。
尤も、タリニア近郊の森で直接に相対した感想も踏まえて俺個人としては、かなりの実権を有するまでになっている傭兵部隊に肩入れする気はあまり無いよな。
結果の見えない紛争以後を語るにはまだ早いが、特に北部の同盟都市においては傭兵部隊の扱いを中心として戦後処理にはかなり苦労するのではないかな。
また仮に、その傭兵部隊を雇用契約が終了したからと上手く追い出せたとしても、例えばあの連中が大量に隣国のセルティア王国に流入すると、こちらとしてはかなりの問題になる可能性が高いしね。
その辺のところは、こっちの国王さんにもひと言注意しておく必要があるだろう。
また昨日の祭祀の社での報連相で、ヨムヘル様がちらっと言っていた、俺が手を出し過ぎるなという言葉も、こういった将来的なことを思うと軽く考えない方が良い気がしている。
ともかくもティモさんたちの里への帰還に、昨日に続いて里のすべてのファータ衆が中央の広場に集まった。
まずはシルフェ様とケリュさん、エーリッキ爺ちゃんと俺、里の長老衆などを前にしての報告会。
そして案の定というか予定通り、探索部隊を慰労する大宴会ですね。
「今晩も長くなるよな」
「うふふ。でも、ティモさんたちは二ヶ月以上も戦地に行っていたのですから、今夜は大いに飲んで食べて貰いましょうよ」
「だね」
「さあ、統領から部隊の皆に、ご苦労さまのお酒を注いであげないと、ですよ」
「うん、行こうか」
◇◇◇◇◇◇
翌日の午前には里長屋敷の大囲炉裏の間で、ティモさんも交えての久し振りの王都屋敷メンバーミーティングを行った。
ちなみにティモさん以外の三貴族家からの部隊員については、この午前はそれぞれの実家で休養して貰っている。
「まずはティモさん、それからアルポさんとエルノさんも、あらためてだがご苦労さまでした」
進行役はジェルさんで、シルフェ様たち人外メンバーも加わっているような居ないような、まあ王都屋敷のラウンジでのいつもの風景と一緒だが、今日はエーリッキ爺ちゃんも参加だ。
「われらが先に引揚げたあとの前線の状況については、昨晩にざっと共有して貰ったので、今日は良いだろう。また、グリフィニアに帰還後には子爵さま方への報告会があるだろうから、探索のあらましについてはその場で報告をお願いする」
「はい。報告内容については、ヤルマリたちとまとめて置きます」
「それで、グリフィニアへの帰還だが、既にミルカ部長が先に走って探索の終了を報せているので、われらも早々に帰る必要がありますな、ザカリーさま」
「うん。父さんたちも、それからエルメルさんやユリアナさんも待っていると思うのでね。それで僕としては、今日の午後にでも出発しようかと考えていて、エーリッキ爺ちゃんには了解を貰った」
「わしとしては、もっと長く里にとは思うがな。まあこれは致し方無い」
「アルさんにも頼んであるけど、いいですよね」
「もちろんじゃて」
「わたしたちも一緒にグリフィニアね」
シルフェ様たちも一緒にグリフィニアに行きます。
「あの、私たち探索部隊員は……」
「ティモさんと探索部隊員は、今日ひと晩ぐらいは里で身体を休めて、それからグリフィニアに戻ってくれれば良いよ」
「ですが」
ティモさんとしては俺たちと一緒に戻ると声に出しそうになったようだが、重傷から回復したばかりのヤルマリさんをはじめ、三貴族家から派遣されている探索部隊員のことが直ぐに頭に浮かんだようだ。
彼らもアルさんの背中に乗せて貰うのもなんだし、まず第一にティモさん自身が空を行くのがとても苦手なんだよね。
「ティモ、部隊員揃ってグリフィニアに無事に帰還するまでが探索部隊の仕事でやすよ。それに、その帰還部隊をしっかり率いるのも、隊長の役目でやす」
「はい。そうですね」
ブルーノさんがそう言葉を添えてくれたので、少しほっとした表情になったティモさんは大きく頷いた。
「よし。では、昼食をいただいたのち、われらはグリフィニアに向けて出発する。それから、アルポさんとエルノさん」
「ほよ?」
「なんぞ? お叱りではないよな」
何か叱られるようなことでも仕出かしましたかね。
「叱るとかはではないぞ。おふたりに、ザカリーさまより渡すものがある」
「われらに?」
「タリニアではご苦労さまでした、というのも含めてね。これは僕からと言うより、アルさんからなんだ。ふたりと、それからグリフィニアで留守番をしているアデーレさんとエディットちゃんにね。リーアさん」
「はい」
リーアさんがマジックバッグから収納ケースを取り出し、そこからバングルをふたつ出して俺に渡してくれた。
「アルさんからはうちの皆に、いろいろ魔導具をいただいているからね。これはアルポさんとエルノさんに」
「これは?」「腕輪ですかいの」
「身代わりの腕輪じゃ。死に至るような攻撃を受けたときに、いちどだけその腕輪が身代わりになってくれる。腕に填めてその腕輪にキ素力を少し流せば、ふたりそれぞれの専用になりますぞ」
「ははぁ、これはなんとも……」
「老い先短いわれらになぞ、勿体ない」
そんなことを呟きながらも、爺様ふたりの眼は少し潤んでいるように見えた。
いやいや、老い先が短いとかはとても思えませんけどね。あなたたちはそんなバングルを身に付けて無くてもそう易々と死にませんよ。
昼食の席には三貴族家合同の探索部隊員と里から派遣された爺様婆様も加わって、皆で賑やかにお昼をいただいた。
「最後に統領が砦を燃やしたのは痛快だったのう」
「ほんに。だが、われらももう少し闘いたかったわい」
「弓矢戦で終わってしもうたでな」
「もうひとつの砦も攻めてしまおうって、アルポ隊長とエルノ副隊長の提案に乗れば良かったかいの。いやあ惜しかった」
「これ、しーっだぞ」
「この爺たちは何を言っているんだか」
「ティモがマトモで良かったわいな」
アルポさん、エルノさん、ナニ提案してるですか。さっきの叱られるとかはそれですか。ティモさんが止めてくれたみたいだけど、良かったですよ。
ちなみに隊長と副隊長という肩書きは、15年戦争当時の特別戦闘工作部隊当時のもので、この爺様婆様たちはそのときの部隊員だったらしい。
「それにしても、われらを裏切ったツェザリめはどうしますかいな、里長」
ツェザリとは、タリニアでファータが契約していた連絡宿の主人だ。
この主人はファータの一族の者ではなく人族で、また長らくその宿を使うことも無かったのだが、久し振りに現れて長期滞在していた探索部隊員のことを、タリニアの治安維持を行っている傭兵部隊にタレ込んだのだ。
「まあ奴のことは、いまは放っておけ。あいつはタリニアの住民じゃし、そうせねばタリニアで暮らして行けなかったということじゃろうて。ただし、当然ながらわしらとの縁は切れた」
「今後、ツェザリとあ奴の宿や商売に何があろうと、ファータは一切、助力はせんということだ。それでよろしいですかの? 統領」
エーリッキ爺ちゃんとユルヨ爺がそう言って、俺の同意を求めて来た。
「次にファータの者がタリニアの街に足を踏み入れるとしたら、戦局がだいぶ変わってからのことになると思うし、それまでは放置で良いでしょ。森に仮拠点も造っておいたしね」
「それまでは、ですな」
「ザックさまの言う通りじゃて。そのときには、多少のけじめは取って貰うがのう」
紛争が起きてから大してケアが出来なかったのかもだけど、長年に渡り一族と友誼関係にあった者の裏切りには、やはりけじめは必要なのだろうね。
裏の世界では特別かつ大きな存在であるファータが、少しでも舐められたままなのはよろしくないということか。まあエーリッキ爺ちゃんに任せましょう。
この昼食の席の締めでは、あらためてシルフェ様とケリュさんから探索部隊員のひとりひとりに慰労の言葉が掛けられた。
こういった探索仕事で、一族の祖たるおふたりから直接に言葉をいただくのは極めて稀な経験だということで、三貴族家から派遣の現役ファータ衆も、そして里から派遣の爺様婆様たちも大いに感激しておりました。
もうひと晩は里で身体を休めて、明日に出立することになったティモさんたち探索部隊員と、それから里の衆の全員に見送られて、その日の午後、俺たちはグリフィニアへの帰途に着いた。
里の境界を出て、森の中の迷い霧のエリアを抜けた少し先の開けた場所から、3人のドラゴンが飛び立つ。
まずは、いつものようにクロウちゃんを頭に乗せたカリちゃん。
続いて人外メンバーの4人を乗せたクバウナさん。
そして最後は、俺たち人間メンバーを乗せたアルさんだ。
なお、ユルヨ爺とアルポさん、エルノさんは、アルさんの背中で空を飛ぶのは初めて。
ユルヨ爺は泰然自若としていたけど、ふたりの爺様は「われらはティモたちと陸路で」とかなんとか渋っていた。
でも「ザックさまに内緒で、勝手に砦を攻めようとした罰ですよ」とエステルちゃんに叱られて諦めたというか、覚悟を決めたようだ。
それでもいざ飛び立って、上空でアルさんが擬装の白い雲を晴らし周囲が見えるようになると、「ほほう、食わず嫌いとか言うが、実際に乗せていただいてみれば、これはなんとも爽快な体験よな」「アルポ、こっちに来い。里の森やら街道やらが下に見えるぞ。向うには北方山脈だな」と、途端に騒がしい。
彼らは直ぐに背中の上を歩き出してドラゴンの翼の肩先まで行き、眼下の風景やら進行方向の向うに見える北方山脈の雄大な風景を楽しんでいた。
「煩いぞ。静かにせんか」
「ははあ、ジェルさんもこっちに来て風景を楽しもうぞ」
「こうして腹這いで、頭を出して下を眺めると、いやあ速いこと速いこと」
「あ、いや、わたしはユルヨ爺と、暫くここで精神統一をしていてだな」
「然様」
ジェルさんとユルヨ爺はふたりで座禅のようにドンと座って、そこから到着まで決して動きませんでした。
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