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第126話 闘いの杖と女神

「でもアル、わたしはライナさんのそのワンドをあげるのは良いと思うけど、大丈夫かしらね」

「そうですね、おひいさま。あの当時、ミネルさまはとても落胆されたと聞いていますし」


「それはわたしも、本人を眼の前にしたので知っているわ、シフォニナさん。それからずいぶんと時が経って、ミネルさんの気持ちもようやく収まって。それで、その杖をアルが見付けたらしいと知ったとき、わたしはついミネルさんに言い出せなくて」


 人外メンバーはまだなんやかやと話している。

 一方で当のアルさんは、そのミネルミーナの闘いの杖とかいうワンドを再び箱の中に納め、それを手に持ちながらむすっと口を閉ざしていた。

 そしてもう一方の当事者のライナさんは、ようやく先ほどの驚きから立ち直ったようで。


「あのぉ、シルフェさまー。あのワンドって、そんなに凄いものなんですか?」

「ええ、それはね」

「そのことについては、我が教えよう。この闘いの杖はだな、ミネルミーナが単に魔法をというだけでなく、その名の通りに闘いに特化させたワンドとして、天界で作らせたものなのだ」


「闘いに特化させたワンド、ですか?」

「そうだ、ザック。いまこの地上世界では、魔法の杖を使用する魔法遣いはあまりおらんんようだが、本来、魔法の杖とはどういうものだ」


「あー、僕も遣ったことがないからなー。なので実際のところはわかりませんけど、要するにその使用者の魔法適性を増幅させる手助けをして、かつ魔法を発動させ易くしてくれるものじゃないですか?」


 学院での魔法学概論で、そんなことを習ったよな。

 呪文は魔法発動を助けるもので、杖は魔法適性を助けるもの、でしたかね。

 でも、実践的な魔法学講義では魔法の杖を遣う者はおらず、そういった杖に頼らずに呪文も無詠唱で、本人の魔法技術と自力と言える魔法力を伸ばすことが重視されていた。


 あと、錫杖のような殴れば武器になる大型のじょうならばともかく、魔法の杖というのは本来、肉体的に頑強では無く近接戦闘訓練を受けていない魔法遣いでも持てる、長さ数十センチ程度のか細いスティックが一般的なのだそうだ。


 でもそんなものに頼っていては、戦闘において後方の安全圏から魔法を撃つのならともかく、乱戦のような戦闘の現場では却って邪魔になり役に立たない。


 つまり、魔法を呪文の詠唱から短縮詠唱、更には無詠唱と、即座に発動させる技能へ訓練するように、杖に頼らずに自らの魔法適性に応じた魔法を遣い、近接戦においては物理的な武器も使用するというのが、この世界のいまの時代の魔導士の考え方になっている。

 まあ、学院で俺が立ち上げた総合武術部も、そんな考え方の延長線上にあったのだけどね。


 更に言えば、ライナさんの祖父はアルタヴィラ侯爵家騎士団の魔導士部隊の部隊長として、近接戦闘が得意では無い魔導士たちを率い、15年戦争時に部隊が単独になってしまった場面で急襲されて多くの部隊員を護り、ご本人は戦死されたという辛い記憶をライナさん自身が受け継いでいる。



「まず、この魔法の杖は、あらゆる魔法を増幅させる機能だけでなく、使用者の魔法適性に関わらず、どんな魔法でも発動を可能とする」

「それって」

「要するに、魔法においては万能の発動増幅道具だ」


 つまり、例えば火魔法しか適性の無い者であっても、この杖を遣えば風でも水でも他の四元素魔法が撃てるばかりでなく、増幅機能によってそれなりの魔法攻撃が可能になるということらしい。


「もちろん、その増幅機能は、使用者本人のキ素力と魔法力によって力の大小が決まるがな」

「それはそうでしょうね」


 キ素力とは魔法の燃料の量や質であり、魔法力はその燃料を使用して魔法を実現させる力と言えば良いか。それでこの魔法の杖は、ターボみたいなものだよな。


 なので、いくらターボが優秀でも、燃料供給量が少なくまたその質も悪く、かつ魔法を実現させるイメージ力などが低ければ、いくら杖で増幅させてもたかが知れているということだ。

 だけど、適性の無い魔法を撃てるようになるのは凄い。


「尤も、かつてミネルミーナがこの杖を授けた魔法遣いは、当然ながら四元素魔法のすべてに、かなり強力な適性があったし、魔法の力も相当なものであったがな」


「なるほどです。つまり、能力が低い者が遣うものでは無く、最強の魔法遣いがその先を実現させる道具であると」

「そういうことだ。更に加えてと言うか、この杖が闘いの杖と呼ばれる所以なのだが、使用者はこの杖に魔法を纏わせて、戦闘相手を殴ることができる」


「殴れるのー?、ケリュさま。それも魔法を纏わせて?」

「ああそうだ、ライナさん。先ほど見たと思うが、この闘いの杖は鍛えた黒曜ミスリルで出来ている。であるから、いささか細身ではあるが、メイスのように打撃武器として遣えるのだ。それも例えば、火魔法ならば火焔を纏わせてな」


「あひゃー。それってまるで、わたしのための杖じゃないですかー」

「じゃろ、ライナちゃん。だからわしは、この杖をライナちゃんにあげようと思ってじゃな」

「さすが師匠だわよー」

「じゃろじゃろ」


 イェーイとか、アルさんとライナさんがハイタッチするような能天気なやり取りを見ながら、人外人間問わず他のメンバーはやれやれと溜息をついている。

 しかし俺もちょっと興味があるよな。


「ねえアルさん、ケリュさん。試しに僕が遣ってみていいかな?」

「ええですぞ、ザックさま」

「ザックなら良いが……ここではダメだ。おまえだと危険過ぎる」

「なら、お城の外で」


 今度は皆が俺を見て、やれやれという表情をしている。でもさ、そんな杖、試してみたくなるじゃないですか。




 ぞろぞろと皆でアルさん城の外に出た。どうこう言って、みんなもこのミネルミーナの闘いの杖に興味があるじゃないですか。


 アルさんが収納ケースから杖を取り出して、俺に渡してくれる。


 なるほど、俺は魔法の杖を遣った経験が無いけど、たぶん一般的な木製の杖よりもかなり重量感はあるよな。

 メイスのゴツさは無いけど、そのままで殴ってもそれなりの攻撃力がありそうだ。まさに前々世の特殊警棒だよね。


「ザックさまったら、そんなに振り回したら危ないわ」

「突くとか、打ち込むとか、初めて扱ったとは思えんな」

「なんでも武器にしちゃえますからね、ザカリーさまの場合」


 いや、前世では短棒術つまり十手術も習って鍛錬したからね。

 この杖には手元の鉤は無いけど、長さは40センチぐらいと十手にも良く似ている。


 さて、魔法を撃ってみますか。

 俺はすべての元素魔法に適性があるので、魔法増幅の機能の方ですね。


「ザック。もう感じておると思うが、キ素力はほんの少しにしてくれよ」

「わかってますって。身体の中のキ素が、この杖まで一体となって循環するのを感じられますから」


 そうなんだよな。これはおそらく、剣を握った場合の強化剣術に近い感覚だ。

 だが、強化剣術の場合には自分の技術でキ素力を剣に伝導させるが、この杖は能動的に俺のキ素力を求めて来るみたいだ。


「そうしたら、まあ普通にファイアーボールでも」と、俺はだだっ広いアルさんの洞穴の内部空間の、肉眼では霞んで見えるような遠くの壁の上方に向け、斜め上に杖の先端を指し示す。そうして、俺的にはごく弱いファイアーボールを撃った。


 ひゅるるるるー、ちゅどーん。


 そのかなり距離のある洞穴の壁から天井にかけての辺りで、ごく弱い筈のファイアーボールが着弾して猛烈な爆発を起こし、バラバラと壁が少し崩れたように見えた。

 ほほう、これはなかなか。強力なエクスプロージョン並に増幅されておりますな。

 そうすると、もっと威力を増して撃ったらどうなるのでしょうか。


「だから、ほんの少しにしろと言っただろうが」

「勘弁してくだされ、ザックさま。わしの洞穴が崩壊してしまいますぞ」


 いやアルさん。さすがに崩壊するまでにはならないよ。どうやら岩の壁に多少穴を穿ったみたいだけどさ。



 で、次はこの杖に魔法を纏わせる場合ね。

 アルさん、どうやってやるの? ああ、杖から発動させてそのまま杖と一体となるイメージね。では火焔ぐらいで。ジェルさんが所有している魔導剣の火焔の剣のようなイメージだな。


 しゅぼっ、と杖の握り手から少し先が先端まで火焔に包まれる。

 ほほう、これは俺の手はぜんぜん熱くならないのですな。


「熱く無いの? ザックさま」

「それが、熱く無いんだよね、エステルちゃん」

「へぇー。わたしも持たせて」

「いいけど、このままじゃ渡せないよね」

「いちど魔法を切ってからじゃな」

「エステルさまの次はわたしねー」


 ということで、エステルちゃんからライナさん、そして人間メンバーの全員と、杖に魔法を纏わせる体験をしてみた。

 その結果だけど、火魔法の苦手なエステルちゃんも無事に火焔を纏わせることが出来、同じく苦手にしているが一般の魔導士ぐらいは遣えるライナさんも問題無し。


 以下、ソフィちゃん、フォルくん、ユディちゃんと魔法の遣える子たちも出来て、本来は魔法発動が出来ないところをシルフェ様の加護によって風魔法が遣えるようになっているジェルさん、オネルさん、ブルーノさんも、なんとか火焔が少し出るぐらいまでは可能だったのだが。


「わたしの火焔の剣やオネルの氷晶の剣とは違うのだな」

「わたしたちでは遣い物になりませんね」

「やっぱり、魔法遣いのための杖ということでやすな」


 そうなんだね。魔法を増幅させ、苦手な適性を遣えるようにし、かつ魔法を纏う打撃の魔導武器として活用出来るにしても、ブルーノさんの言うように魔法遣いのための杖なのですな。



「ということで、この杖はわたしがいただけるのかしら?」

「わしはそのつもりじゃが」

「まあ待て、ライナさん。そこはやはり、ミネルにひと言、断りを入れるべきだぞ、アル」

「ふうむ。まあそうなのですがのう」


「わたしもそう思うわ。ケリュ、あの女神ひとを呼んだら?」

「そうするか。いいな? アル」

「まあ、シルフェさんとケリュさんがそう言うのなら、わしは良いですわい」


「ミネルさんには、隠し持ってたことを白状して、ちゃんと謝るのよ」

「まあええが、行方不明だった杖をわしが探し出して保管しておったのじゃから、却って感謝して貰いたいところじゃて」

「アル」

「わかった、わかった、クバウナ」


 まあそこはよしなに、なんだけど、ええっ! ミネルミーナ様を呼ぶんですか? ここにですか? いまですか? ケリュさんが呼べば来るんですか? ああ、闘いの魔法を司るぐらいの女神様なので、転移魔法が遣えるから直ぐ来るですか、そうですか。


「では呼ぶぞ。アル、頼むな。ザックもな」


 えーと、アルさんは分かるのだけど、なんで俺の名前も挙げるのですかね。




 ケリュさんが口を閉ざしたままで何かをどこかに発信している。


 共有出来る念話では無いので、俺とクロウちゃんの間でやり取りしている通信みたいなものですかね。つまり、神様間の通信ですか。

 だから、おそらくそれと似た通信の出来る式神のクロウちゃんのことを、ケリュさんはクロウ殿と神に準じた扱いにしているのかな。


 それはともかく、「呼んだぞ、直ぐに来るそうだ」とケリュさんが口を開いたので、うちの人間のメンバーは一様に不安そうな表情になった。

 神様と言えばケリュさんが身近に居るのだけど、彼の場合、最近は存在が当たり前過ぎて神様感が薄れてるからね。


 だけど、これから初めて会うことになる女神様となると、それは不安になりますよね。特に当事者でもあるライナさんは、魔法戦闘の神様が来るということでかなり落ち着かない。

 エステルちゃんはシルフェ様に「どんな女神さま?」と尋ねていて、なにやらシフォニナさんと3人でひそひそ話している。


「カリちゃんは会ったことあるの?」

「いいえ、わたしは無いんですよ。お婆ちゃんによるとなんでも、普段は朗くて優しいけど、場合によってはちょっと怒りっぽい方みたいです。美人さんは美人さんらしいですけどね」

「そうなんだ」


 美人で普段は優しく、でもちょっと怒りっぽいところがあるとは、少しシルフェ様に似ているのかな。

 ケリュさんは俺と言い合いはしても本当に怒ってはいなくて、ちょっと生意気で天然タイプの少年みたいなところがあるのだが、同じ武神でも性格はだいぶ違うんですかね。



 そんな感じでアルさん城の正面で待っていると、俺たちの眼の前の空間の一画がゆらゆら揺らぎ始めた。

 これが転移魔法の前兆か。俺もいつか転移魔法を覚えたいよな、とか思っていると、その揺らぎの中にひとりの女性の姿が現れる。


 黄金色に七色の輝きが混ざったような不思議な色合いの長い髪。背丈はエステルちゃんよりはやや高く、シルフェ様やジェルさんと同じくらいか。人間の女性とすれば少し長身といった感じだ。


 そして、さっきカリちゃんが言っていたように、なるほど美しい。でも想像していたよりは多少幼い顔立ちで、見た目年齢的にはエステルちゃんやカリちゃんに近いかな。


 身に纏っているのは、たぶん魔法遣いのショートローブみたいだよね。膝上丈のその下からは美しい素足が伸びていて、ロングブーツを履いている。

 この世界では魔導士と言っても、こういう魔法遣いらしい姿をあまり見ないので、なんだか新鮮ですなぁ。


「来たわよ、ケリュ」

「おう、忙しいところ悪いな、ミネル」


「あら、シルフェさんじゃない、お久し振り。シフォニナさんもね」

「こちらこそね」

「良くお出でくださいました」


「アルとクバウナさんも居るのね。どうしたの? みんな揃って」

「おお、久し振りですの」

「ご無沙汰してますわ」


「アルったら、どうしたの? お爺ちゃんになっちゃってさ」

「煩いわい。いま人化すると、こうなるんじゃ」

「ふーん、クバウナさんは若いのに。それで、そっちの子もホワイトドラゴンね」


「わたしの曾孫娘のカリオペですよ」

「はじめまして、ミネルさま。カリオペです。カリと呼んでください」

「よろしくね、カリちゃん」


 ぺこりと頭を下げたカリちゃんに微笑むと、彼女はぐるりとこちらに誰が居るのかを確認するように見渡した。


「あらっ。シルフェさんの陰で直ぐにわからなかったけど、シルフェーダじゃない。シルちゃん、あなた生きてたの? 元気してた?」

「あの、えーと」

「シルフェーダじゃなくて、わたしの眷属一族の直系のエステルよ。いまは妹にしてるの」

「エステルと申します。よろしくお願いします


「へぇー。娘じゃなくて妹ねえ。でも、生まれ変わりよね、ケリュ」

「まあ、なんだ。そこは良いとして、こっちがエステルの婚約者のザックだ。まあ、我とシルフェの義弟おとうとだな」



「ははぁ。あなたがザックさんね」

「ザカリー・グリフィンです、ミネル様」

「ちょっと、近くに来て良く顔を見せなさい」


 おい、重力魔法で引き寄せるんじゃないですよ。しかし力、強いな。


「ふーん。わたしの魔法に抵抗出来るのね。あなたのこと、アマラさまとヨムヘルさまから聞いてるわよ。会うことがあったら、よろしく頼むって。どれどれ。へぇー、あなた強いのねぇ。それに、たくさんの兵士の上に立って幾度も闘ったことがあるのかしら。そっちのカラスさんが参謀役なのね」


「カァカァカァ」

「あら、ごめんなさい。カラスじゃなくて、クロウちゃんか。よろしくね、クロウちゃん」


 少なくとも確かに魔法の力は強大で、それから良く喋るちょっと小生意気なお姉さん、いや美少女女神であることは分かりました。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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