第125話 貴重なお土産の数々
「リーアさんには、エステルちゃんの側に控えていることが多いだろうて、これをお土産にどうじゃな」
「わたしにも、ですか? そんな、畏れ多い……」
リーアさんにとアルさんがお宝の山から取り出したのは、1本のダガーだ。サイズ的には短めでブレードも細身だが、一見して普通のダガーだよね。
ただし、これには専用の鞘が付属しているという。
「アルさん、それって普通のダガーっぽいけど、やっぱり魔導武器?」
「ふふん、こうして見ると確かに普通じゃが、ほれ」
「あ、ダガーが消えましたよ。って、姿隠しの魔法の匂いがします」
「カリにはわかったか。そうなのじゃ。このダガーには、それから鞘にも、姿隠しと同じ系統の魔法が付与されておる。じゃから、こうして元に戻し、鞘に納めてもういちど、ほれ」
見えなくなっていた抜き身のダガーが再び姿を現し、そして鞘に納めて「ほれ」と言うと、今度は鞘ごと見えなくなった。
鞘にも魔法が付与されているらしく、だから専用なんだね。
それから、アルさんの「ほれ」というのは別に合図ではなくて、見鬼の力で見たところ、軽く流したキ素力が魔法のオンオフになっていようだ。
「それって、大昔の暗器なの? アルさん」
エステルちゃんの言った暗器とは、つまり暗殺用に用いられる武器のことだが、アルさんのコレクションはほぼ古代文明時代のものなので、その時代にも暗器が存在したということなのかな。
「まあ暗器としても遣ったじゃろうが、護衛用、護身用の武器ということじゃな。要するに、武器をおおっぴらに携帯出来ない場所でも、これならば持っていても誰にも見えんからの」
要人自身やその護衛が、武装出来ない場所に行かざるを得ない場合でも、このダガーならば装備することが出来て、いざというときに備えられるという訳だね。
「それに魔法無しでもこのダガーは優秀でな。なにせ材料は、エステルちゃんの黒銀と同じ黒曜ミスリルじゃから、斬れ味も尋常ではないぞ」
「ひゃっ」
確かにこのダガーのブレードは光をも吸い込むかのように黒い。つまり、ただのミスリルよりも硬く、かつ魔法、特に黒魔法の伝導性が高く、そしてとてつもなく稀少で高価だということだ。
アルさんの解説によると姿隠し魔法というのは黒魔法系統で、所持者がその魔法を遣えなくてもキ素力を少し流すだけで、ダガー自身が姿隠し魔法を長時間に渡って発動し続けさせるために、黒曜ミスリルを素材としているのだとか。
なので、柄や鞘にも部分的に黒曜ミスリルが使われているのだそうだ。
「そんなもの凄く貴重な物、わたし、いただく訳にはいきません」と、リーアさんは首を横にぶるぶる振る。
「しかしリーアさん。貴女はエステルさまの側にいるのだから、万が一の場合に備えて、これを持っておくというのはありだぞ」
「でも、ジェルさん」
「そうよー。貴重とか高価とか言ったら、アルさんがくれる物ってぜんぶそうなんだからさー。それよりも、リーアちゃんが持っているのが相応しいって、みんな納得するわよー」
「ですよ、リーア姉さん。わたしたち騎士が同行出来ないケースもあり得ますから、そんなときにはリーアさん頼りですし、その場合には強力な武器です」
お姉さん騎士たちもそう言って、このダガーをリーアさんが所持するのを賛成した。
「せっかくアルさんが選んでくれたものだから、いただいておきましょうよ、リーアさん」
「は、はい」
「そうしたら、これはエステルから渡した方が良いわよね」
「ふむ、そうじゃな。ならばエステルちゃんからリーアさんへ」
「はい。ところで、このダガーに名前はあるの? アルさん」
「名前か、ええとじゃな、うーむ」
「それはね、エステルさん。姿隠しのダガーですけど、黒竜を欺くダガーという異名があるのよ、うふふ」
「バラすでない、クバウナ」
「だからアルが気にしてね、探し出して隠しておいたのよ」
「ははあ」
実際には黒竜であるアルさんを欺くほどでは無いのだけど、大昔にブラックドラゴンにさえにも見つからず欺ける武器という意味で、そんな異名が付いたのだとクバウナさんが教えてくれた。
まあ、いくら見えなくなる鋭い黒曜ミスリルの武器だからと言って、ダガー1本でアルさんをどうにか出来る訳ではないのだろうけどね。
そのアルさんから鞘に納められたダガーを受取ったエステルちゃんは、自分でもキ素力を流して消えるかどうかを確かめたあと、「それではリーアさん。この黒竜を欺くダガー、大切にしてくださいね」とリーアさんに渡した。
渡されたリーアさんも自分のキ素力で魔法のオンオフを試し、また鞘から抜いて抜き身を再び見えなくさせている。
その彼女の瞳が、暗器を遣い慣れたファータの探索者として怪しく輝いていたのは、まあ見なかったことにしましょう。
「黒竜を欺くダガーというのは、あくまで大昔の異名じゃからな、エステルちゃん」
「でも、姿隠しのダガーよりもそっちの名前の方が、なんだか曰く因縁がありそうで、良いですよね、師匠」
「カリは煩い。因縁などありはせん」
「お待たせしましたー。いよいよお土産の最後、わたしのでーす」
「煩いぞ、ライナ」
「そわそわして待ってたのは、ライナ姉さんだけですよ」
この宝物庫に居るのもずいぶん長い時間になって来たので、ここに椅子やテーブルを出して、みんなのんびりお茶などを飲んでいる。
ああ、ソフィちゃんとユディちゃんとフォルくんは、いただいた剣で早速に形稽古なんかをしてますね。
リーアさんは、またダガーをオンオフして消したり出したりしてますか。相変わらず無言で、瞳だけが怪しく輝いていますが。
「まあ待て、ライナちゃん」
「えーっ」
「その前に、シモーネ」
「はひっ?」
テーブルに出したお菓子を食べていたシモーネちゃんが、アルさんに呼ばれて変な声を出した。
「せっかくなので、シモーネにも何かあげようと思っての。いいじゃろ? シルフェさん」
「ええ、良いですけど、なにかしら。魔導武器はいらないわよ」
「精霊の子に武器は渡しませんぞ。シモーネには、それからアルポさんとエルノさん、グリフィニアで留守番をしているアデーレさんとエディットちゃんにと思っての」
つまりアルさんはこの際だから、王都屋敷メンバーの全員に洩れなく何かくれるみたいだね。
「まあ、量産品で申し訳ないのじゃがな」と彼が取り出したのは、見た目はシンプルだが重厚で高価そうな小型のアクセサリーケースのような物。
「中身はこれじゃ」
「あ、それって。ほら、ザックさまも見て」
「ああ、なるほど」
そのアクセサリーケースに納められていたのは、見たことのある首飾りが3つと、同じ系統のデザインの細身のバングルが2つだ。
「これは以前から探しておいた物での」
「わたしたちの身代わりの首飾りと、良く似てるわ」
「だね。そうするとこのバングルも」
「そういうことですわい」
俺とエステルちゃんがいつも肌身離さず身に着けている身代わりの首飾りは、昔にアラストル大森林の奥地へ冒険者のメンバーと探索に出掛けた際に、うちの母さんから貰った物だ。
1回きりの効果だけど、身に着けている人が死に至るような目にあったとしても、この首飾りが身代わりになって本人は全回復するという。
そして一緒に入っていたバングルもおそらく、身代わりの腕飾りということなのだろう。
「まあ、ザックさまの庇護下におる分には、そんな目に遭うことは無いと思うが。この世に絶対は無いからのう」
「これをシモーネがいただけるということは、精霊でも効果があるのかしら、アル」
「精霊は人間のように、身が傷つくとか消えるとかは滅多に無いがの。ただ、シモーネのような幼い精霊じゃと、万が一のケースでそんなこともあり得る。そこでじゃ、クバウナ、頼めるか」
「わかったわ、お安いご用よ。この5つともでいいわね。あ、そうだ。ザックさんとエステルさんも、あなたたちの首飾りをテーブルに置いて」
そう返事をしたクバウナさんは、テーブルに並べられた5つの首飾りとふたつのバングルに、聖なる光魔法と強い回復魔法を混合させたような魔法を掛けた。
「ザックさんとエステルさんの首飾りには、良い回復魔法が載せられていたわ」
「それって母さんのです」
「アンさんが強化のために載せたのね。でも大丈夫よ。ケンカせずに、うまく重ね掛けが出来たわ」
「クバウナが強化魔法を載せたでな。これで精霊にも効果がちゃんとある」
「もちろん、人間にもね」
それで、俺とエステルちゃんのは持ち主に戻され、残りの首飾りとバングルは再びアクセサリーケースに納められてエステルちゃんに渡された。
「そうしたらシモーネちゃん。はい、これはあなたのよ」
「うひゃー、ありがとうございます、アルお爺ちゃん、クバウナお婆ちゃん、エステルさま」
「そうしたら、着けてあげましょうね」
「はいっ。お願いします、シフォニナさん」
ケースに残ったふたつの首飾りはアデーレさんとエディットちゃんに、そしてバングルはアルポさんとエルノさんへと後で贈られる。
「なんだライナ、大人しくなったな」
「うん、ジェルちゃん。なんだかわたしひとりが、わーわー騒ぐのも、ちょっと恥ずかしくなって来てさ」
「ようやく、それがわかったか」
なるほど、先ほどからライナさんは大人しく椅子に腰掛けて、ちょっと優雅な仕草と雰囲気で紅茶のカップを口元に運んでいる。
そうしていれば、少々色っぽ過ぎる点はあるとして、どこぞの貴族の美人お嬢様に見えなくもないですぞ。
「さて、ライナちゃんじゃな」
「はい」
「ん? 妙に静かじゃな。まあええ。魔導武器が欲しいと言ったが、ライナちゃんの職業はなんじゃな?」
「なぁに、あらためて。えーと、グリフィン子爵家調査外交局、独立小隊レイヴンの騎士、格闘魔導騎士ですよー」
最後がなんだか変なのですけど。自分のことを格闘魔導騎士と言うのが、最近のライナさんのマイブームだよな。
「ライナ、おまえ、師匠のアルさんが珍しく真面目に尋ねたのだから、おまえも真面目に答えろ」
「えー、ジェルちゃん。わたしはいたって真面目よー」
「まあええて。格闘魔導騎士、かの。つまり、魔導士でありながら、殴る蹴るも含めた近接戦闘もこなすということじゃな」
ライナさんは土魔法の天才、達人ながら、火や風や水といった所謂撃ち出す系の四元素魔法が苦手だったこともあり、近接戦闘で闘うのも好む。
この辺のところは、もうひとりの土魔法の師匠であるダレルさんが、かつて冒険者だったときに大斧遣いだったのに理由が近いのかな。
「とは言っても、剣や槍などの魔導武器の得物というのも、何か違うじゃろう。まあ、それらでもかなり遣えるとは思うのじゃが。ライナちゃんは何か望みはありますかの?」
「わたしは、師匠にいただいたものなら、何でも遣いこなせるように頑張りますわ」
「急に殊勝な物言いになったぞ」「良い物が貰えるかどうかの瀬戸際ですからね」と、ジェルさんとオネルさんがコソコソ話しているが、そんな周りの反応を余所にライナさんはにっこりと微笑んでいた。
「いまの人間の世界では類い稀な魔導士であり、かつ近接戦闘でも打ち勝つことを望む、そんなライナちゃんには……これじゃ」
これまでと同じようにお宝の山の方を向いたアルさんが念じると、同じくフワフワと浮かびながら何かがこちらに向かって飛んで来る。
でもあれって、武器そのものじゃなくてケースだよな。
先ほどの首飾りやバングルを納めていたアクセサリーケースに少し似た外見だが、だいぶ細長い。でも剣を納めるほどの大きさは無いよね。
アルさんの手元に来たその箱の蓋を、彼は魔法を遣って開けた。どうやら魔法鍵が掛かっていたようで、中の物がかなり厳重に納められていたのが分かる。
そうして中から取り出したのは、はて、あれは何ですかね?
細長い棒ですか。カァカァ。そうだね、前々世の特殊警棒にちょっと似ているか。
おそらく革で巻かれたグリップがちゃんとあって、その先に金属らしき部分が伸びている。長さは全体で40センチぐらいかな。
つまり16インチの警棒と言われれば、俺やクロウちゃんにはそのように見える。
しかしあの鈍く黒光りした金属部分、たぶん黒曜ミスリルだよね。
「それって、ワンドですか? 師匠」とカリちゃんが尋ねた。彼女も興味津々だ。
確かにこの世界だと、ワンドと言えばワンドか。つまり魔法の杖という物だけど、現在この世界でワンドを使用する魔導士はあまり見ない。
「ワンドであり、ワンドでは無いものじゃな」
「???」
「アル、もしかしてそれはあれか。おぬしが隠し持っておったのだな」
「ははあ、隠し持っていたとは、人聞きが悪いですぞ、ケリュさん」
「しかしその杖ならば、我だって存じておる。ミネルミーナの闘いの杖じゃないか」
「ふははは、ご名答じゃ」
シルフェ様とシフォニナさんは、その名前を聞いて驚いている。
そしてクバウナさんは、たぶんアルさんがそれを所有しているのを知っていたのだろうけど、やれやれという表情だ。
しかしミネルミーナって、ケリュさんとご同輩の武神三神のうちのおひとりですよね。
知略と戦いの女神ミネルミーナ様。戦の知略とともに魔法戦闘を司る、妖艶で美しくも恐ろしい女神様と伝えられている。
「かつて古代に、あいつがその当時最高の女魔法遣いに下げ渡し、そしてその彼女の消失と同時に、その杖も行方不明になったと聞いておる。地上世界最高の魔法遣いと、この世に稀な杖のどちらもが失われたことに、ミネルミーナのやつも酷く嘆いていたからな。そうか、その杖はアルのところにあったのか」
「このお爺さん、暫く引き蘢って居たし、ミネルさんにも内緒にしてたのよね」
「クバウナさんは知ってたの?」
「ええ、なんとなく。でも、わたしからミネルさんに告げ口する訳にも行かないでしょ」
「下手すると、あの女神、この洞穴に攻め込んで来るものね」
おいおい、人外メンバーで盛り上がってるけど、そんな物騒なものをいきなり出さんでくださいよ。
いただく筈の当の本人のライナさんは、眼と口を大きく開いて固まっているじゃないですか。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
アルさん城とお土産回が思いのほか長くなっていますが、もう少しお付き合いください。




