第124話 アルさん城のお土産
“アルさん城(仮称)”の2階に造られていた個室の部屋決めを皆でワイワイ行ったあと、里から持って来た昼食をいただきながらの談笑タイム。
ちなみにこの2階でいちばん広い部屋は、俺とエステルちゃん用とシルフェ様とケリュさん用の2つのメインルームかと思ったら、ラウンジと食堂にする予定というそれよりも更に広い空間がありました。
人間の感覚で言うと、ここはもう大広間だよね。
しかしこのラウンジ兼食堂も家具や什器がまったく無く、現状はただのだだっ広い空間。
床は石造りでそこに直に座るのもなんなので、野営用の椅子やテーブルを出しての昼食となった。
「このアルさん城って、要するに1階がドラゴンサイズで、2階が人間サイズということだよね」
「アルさん城ってなんじゃ、ザックさま」
「ここの名前を仮に」
「いいじゃない、アル。それとも、アルノガータ城にする?」
「うーむ、真名を付けるのはのう……」
「じゃあ、ザックさまの言うようにアルさん城ですよ、師匠」
クバウナさんが言ったアルノガータ城の方がそれっぽいのだが、人外の上位存在の中には本当の名前、つまり真名を隠したがる人も居る。人じゃ無いけど。
真名を露にするとは、その存在の魂の本質を明かしてしまうのだとか、口に出して呼べばその存在を縛ることが出来るとか、なんとかでしたっけ。
なので、何気にひょろっとアルさんの本当の名前を口に出したクバウナさんは、アルさんを縛ることが出来ちゃうということですかね。
別に真名で呼ばなくてもクバウナさんなら、アルさんに言うことを聞かせられると思いますが。
ちなみに、そのクバウナさんの真名はクバウナラネーラと言うらしく、カリちゃんのカリオペもカリオペラネーラというのが本当の名前だと、「ザックさまだけに教えちゃいますよ」と前にカリちゃんから聞いた。
南方行きの旅のときに、人間風の家名をクバウナさんが大昔に人間界で使っていたブランとしたので、正しくはカリオペラネーラ・ブランとなりますか。なんだか、どこかのお嬢様みたいだよな。
あと、こっそり本名を教えてくれた際「だからわたし、ザックさまに縛られちゃいます。えへっ」とか言っていたが、何を言ってるんだか。
「それじゃ、アルさん城ということね」
「エステルちゃんも言うのなら、それで良いですわい」
「さっき、おトイレとか厨房用の部屋とかは見せて貰ったけどさー、アルさん城にお風呂はないのー?」
「お風呂ですかいの。それはライナちゃん、わしの構想としては、甘露のチカラ水浴場を1階に造ろうかと思ってるのじゃよ」
「甘露のチカラ水浴場?」
「カァカァ」
お昼を食べ終わって、まったりしていたクロウちゃんがその案に食い付きました。
アルさんの考えでは、甘露のチカラ水を泉からここまで引いて来て、それをお湯にして浴場の大きな湯船を満たすのだそうだ。沸かし湯の温泉みたいなものですか。
泉は何千年も湧き続けているので、お風呂に使うぐらいでは涸れることは無いという。
「それは良いと思うけど、人間が入っても大丈夫かしら。直ぐのぼせそうよ」
「普通の水で薄めれば良いのではないか」
「そこはシルフェさん。ケリュさんの言うように、甘露のチカラ水を熱して普通の湧き水で薄めて適温にしようと考えておるのですわい」
高濃度にキ素を含有している甘露のチカラ水をお湯にして、それに人間が入るとシルフェ様の言うようにただ早くのぼせてしまうのか、それとも何か特別な作用があるのかは、これまでに経験値が無いので分からないのだそうだ。
「わたしも本当のところはわかりませんけど、熱い甘露のチカラ水に人間の身体が浸かると、体内を巡るキ素が強く活性化してしまう可能性は考えられるわね」
「そうするとクバウナさま。甘露のチカラ水のお湯に入ったら、もっと強い魔法が撃てるようになるとかー?」
「そうかもですけど、やっぱり薄めないとダメよ、ライナさん。たぶん薄めても多少の効果があるとは思いますけど」
要するに入浴で一時的にバフが掛かるということですかね。でもなんとなくだけど、魔法が暴発してしまいそうで怖い。
それに、お風呂に入った直後に魔法を撃つとか、そんなケースは滅多に無いんじゃないかな。
「さて、今回初めて来たソフィちゃんたちには、お土産でも持たせようかのう」
昼食と談笑タイムもひと段落し、よいしょと椅子から立ち上がったアルさんがそんなことを言う。
初めてこのアルさんの棲み処に来たのは、ソフィちゃんにフォルくんとユディちゃん、そしてリーアさんの4名だ。
「待ってましたー、宝物庫ね」
「ライナ、おまえはアルさんの言った言葉が聞こえなかったのか。今回初めて来たソフィちゃんたちに、だぞ」
「それにライナ姉さんは、ずいぶん前にアルさんから凄い魔導具をいただいているじゃないですか」
「だってぇ」
「だって、じゃない」
「まあ待て待て、ジェルさんや。それで何かの、ライナちゃんは前にあげた物が不満じゃったのかのぉ」
もう3年前のことになるけど、アルさんが初めてグリフィニアのうちの屋敷に来たときに、エステルちゃんとレイヴンメンバーにお土産を持って来たくれたんだよな。
クロウちゃんも、そのときに貰った魔導具である火焔弾と石弾の指輪を、両方の足首に填めている。
エステルちゃんがいただいたのは、白銀と黒銀のふた振りのショートソード。ジェルさんには火焔の剣。オネルさんには氷晶の剣。ブルーノさんには雷撃の弓。ティモさんには加速のショートソードと、それぞれにどれも強力な魔導武器をいただいた。
そして魔導士であるライナさんが貰ったのは、重力可変の手袋というもの。
この手袋、実際は指の部分が剥き出しの手甲のようなもので、確か大エルクキングとかいう魔獣の革で作られている。
大エルクキングは、何かを制御して状態を変化させる魔法が得意だったそうで、その革と部分的に黒ミスリルを素材に、重力魔法を付与して作られたのが重力可変の手袋だ。
具体的には自分で重力魔法を遣えなくても、この手袋をすれば重力魔法による可変作用でとてつもない重量物でも軽々と持ち上げられ、遣い方によっては装着者の重力を変化させて高く跳躍することも出来る優れものだ。
「不満とかじゃないのよー、アルさん。あの手袋に不満はこれっぽっちも無いし、もの凄い魔導具だっていうのもわかっているわ」
「ならば大人しくしておけ。おまえも良い歳して、我侭を言うものじゃないぞ、ライナ」
「まあまあ、ジェルさん。それで?」
「でもね。ジェルちゃんたちみんなは、直接戦闘に使える魔導武器をいただいたでしょ? わたしのこの重力可変の手袋だって、遣い方で戦闘には凄く役立つけど、でもやっぱり武器が欲しいというか、なんて言うか……カリちゃんだって、あのメイスを持ってるしさ」
カリちゃんのメイスとは、アル師匠に貰ったと言うより宝物庫から自分で引っ張り出して来た、巨頭砕きのメイスという代物。
サイズ自体は普通なのに、およそ人間では持ち上げることが不可能な超重量の危険物だよね。
このメイスにキ素力を流し込むことで人間も遣えるようになり、古代文明時代はそうして使用されていたそうだが、その流し込む必要量が膨大過ぎて、王都屋敷メンバーでも俺以外には手に持つことすら適わなかった。
ちなみにライナさんが重力可変の手袋を装着し、かつキ素力を流し込めば、このメイスをなんとか振るうことが出来たけどね。
それでライナさんとしては、同じくアルさんを魔法の師匠とする姉妹弟子のカリちゃんのメイスが羨ましかったらしい。
まあ、人間である自分の妹弟子がホワイトドラゴンで、その妹弟子が所有する人間では振るうことの出来ない魔導武器を羨ましがるとか、もう人としての常識をだいぶ手放してはいる気がするのですけどね。
「ふうむ。直接戦闘に使える魔導武器とな……。まあ、まずはソフィちゃんたちのお土産を見繕って、それからライナちゃんの武器を考えるかのう」
「アルさんて、ライナ姉さんには昔から結構甘いですよね」
「甘くするとつけ上がるから、適当でいいですぞ、アルさん」
「まあ、そうは言うても、やはりわしの弟子じゃしな。それに戦力が更に上がるのは良かろうて」
「うふふ。ということだってー。ありがとうございます、師匠ぉー」
長い付き合いで今更ながら、やれやれという表情のオネルさんとジェルさんの声は無視して、ライナさんは平常運転でした
それから俺たちは1階に降りて、大ホールからアルさんの居室の更に奥にある宝物庫へと向かった。
そこは武器やら、何やら用途の分からない物たちの山。
集めたお宝を仕舞うドラゴンの宝物庫と言えば、キラキラ輝く金銀財宝の山があると思いがちだが、そこはアルさんならではで、ほとんどが今の時代には存在しない魔導武器や不思議な魔導具ばかりだ。
しかしその量は膨大で、かつ乱雑に置かれている状態を初めて見たソフィちゃんたち若者組は、再び口をあんぐり開けている。
「ほほう。久方振りに来たが、ここはあまり変わっておらぬな」
「ほんとうに、相変わらずの雑多さだわ」
「これでも、前にわたしが来たときに、少し片付けたのですけどねぇ」
ケリュさんは何百年前、クバウナさんは50年ほど前、そしてカリちゃんは1年前にここに来ているが、その長い年月を経ても状態はほとんど同じらしい。
「また少し片付けましょうか?」
「今日はよしておきなさい、カリ。そんなの何年掛かるかわからないから。こんどわたしとふたりで来て片付けましょ」
「そうしますかね、お婆ちゃん」
「おい、誰も頼んではおらぬぞ」
「頼まれても、そんなのやるひとなんて、わたしたち以外にはいないでしょ」
「ぐぬぬ」
まあその辺のところはドラゴンの3人で相談して貰うとして。
「それでさー、ソフィちゃんたちのお土産は何にするのー?」
「おお、そうじゃった。なに、先ほどから当たりはつけておいたでな」
そう言ったアルさんは、お宝の山の方を向いて何やらじっと見ていたが、「ほれ、来い」と発すると、魔導具の山の中から何かがふわふわと浮き上がって、こちらにゆっくり飛んで来た。
あれはどうやら剣のようだよね。それも4本ある。
それらの剣はどれも鈍く黒光りしていて、見た目は似ているように思えるがサイズが違うのかな。
「まずはこの2本。このふた振りのショートソードは、黒隕金剛のショートソードというものじゃな。2本ひと組で、つまり二刀流専用のものという訳じゃ。これをソフィちゃんに進呈しましょうぞ」
「え?」
いきなり進呈すると名前を呼ばれたソフィちゃんは、大きな眼を更に大きく開いて驚いている。
「加えて言えば、この2本は、エステルちゃんの白銀黒銀とまあ言ってみれば姉妹のような剣じゃ。ただし、この妹剣は白銀黒銀ほどの魔法力は備わってはおらぬ。しかしキ素力を流し込むことによって、鋭さがどんどん増す。なに、何もせんでも充分に鋭いのじゃがな。この姉妹剣を、ファータの里で第二の人生を始め直したソフィちゃんに差し上げますで、エステルちゃんから二刀流を学ぶと良いて」
「黒隕金剛の剣か。それは良い物を貰ったな、ソフィ」
そのソフィちゃんは、あわあわ声も出せずに固まっている。
「黒隕金剛って何ですか、ケリュさん」
「ああ、黒隕金剛とは空の高みから降って来た金属。要するに隕鉄の一種と言えば、ザックやクロウ殿はわかるか。しかしただの隕鉄ではなく、アダマントを含有した合金だ。なので、非常に硬い」
「カァカァ」
クロウちゃんは直ぐに理解したようだ。
隕鉄とは宇宙から飛来した金属で、主に鉄とニッケルの合金であることが多い。
加えて宇宙を飛来しながら長い時を経て冷却されている物なので、一般的にはそれほど硬い金属だとは言えないらしい。
だがこの剣の素材になっている黒隕金剛と呼ばれる合金の場合、その隕鉄に極めて硬いアダマントが含有しており、かつ古代文明時代の技術で鍛え直しているため、かなりの硬度を誇るらしい。
ちなみに金剛とはアダマントのことで、最高硬度の物質であるダイヤモンドを示す金剛石から来ているのだとか。
なお俺の前々世の世界では、ロンズデーライトと呼ばれるダイヤモンドより硬いとされる物質が見つかっているが、これは隕石衝突などの高圧・高温環境の中で形成された、六方晶の結晶構造を持つ炭素同素体なのだそうだ。
「それで、このふた振りの両手剣も同じく黒隕金剛の剣でな。こちらはこの2本が双子剣。つまりは、フォルとユディの専用の剣じゃな。遣い方はソフィちゃんのショートソードと同じで、キ素力を込めれば鋭さが増しますぞ」
「ほほう。ソフィにはエステルの姉妹剣で、フォルとユディには双子剣と、これは考えたなアル」
「まあ上手くそんなものが、わしの宝物庫にあったのを思い出しましてな」
「あなたたち、本当に良いものをいただいたわね。そうしたら、そうね、やっぱりザックさんから渡してあげなさいな」
「ザックさんからが良いですわ。ね、アル」
「それはもちろんじゃて。わしとしては、この庫の物はすべてザックさまに差し上げたつもりですからの」
ううむ。そう言えばジェルさんたちの魔導武器も俺から渡したのだけど、アルさんの発言については、まあいまは深く考えないようにしましょう。
それで、抜き身で浮かんで飛んで来た4本の剣にアルさんが良い鞘を見繕ってくれたので、それぞれをそこに納めて3人に渡す。
「あひゃあ、エステル姉さまと姉妹のショートソードでありますよぉ。姉さま、二刀流の訓練、お願いします」
「ええ、もちろんよ。遣いこなせるように頑張りましょうね」
「ユディ、僕たち専用の剣だ、もの凄いぞ。ブルーノさんも見てください」
「お兄ちゃん、どっちが上手く遣えるようになるか、競争だよっ」
「うん、負けないぞ」
「ふふふ。良かったでやすな。これは一層精進せねばいけやせんぞ」
「もちろんですブルーノさん。アルさま、ザックさま、ありがとうございました」
「ありがとうございましたぁ」
えーと、僕は渡す役をしただけだから。でも、とても喜んでいる3人の笑顔とやる気に満ちた表情を見ると、こちらも嬉しくなるよね。
「そうしたら、いよいよわたしの番かしらー」
「まあ待つのじゃ、ライナちゃん」
「ええーっ」
ライナさん、落ち着いて、どうどうどう。ほら、まだリーアさんがお土産を貰ってないし。師匠がちゃんと考えてくれますから。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




